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ポスト・ポストカリプスの配達員〈3〉

    居石信吾

    前

     その肌は白すぎて、うっすらとついた霜と区別がつかないほどだった。長い睫毛、長い髪の毛、綺麗な形の眉。それらの体毛も全てが白い。水色の発泡スチロール製コンテナの中に、胎児のような格好で丸まって、眼を閉じている。
     ポストカリプス前のデータライブラリで見たことがある服装。患者服、というやつだ。薄手で、身体のラインがはっきりと分かる。乳房は大きかった。瞳を閉じていても分かるあどけなさが残る。未成年だろうか? 微妙なラインだった。
     難病の患者を、医療が発達した未来が来るまで冷凍保存する……そんなこともポストカリプス前の文明では行われていたらしい。彼女もそんな患者の一人なのだろうか?
     しかし何故ポストに?
     しかも青いポストに。
     青いポストにまつわる伝説……それは青ポストが戦時中に重要戦略物資をやりとりする基幹ポストノードだったことから生まれたものだ。曰く横流しされた金塊が入っている。曰く戦争を終わりへと導く秘密決戦兵器のパーツが入っている。曰く亡命した将校が未だに生きたまま複製され彷徨っている……。
     凍った女の子が入っているとは、ついぞ聞いたことがなかったが。

     俺はおっかなびっくり女の子に触れてみる――冷たい。親指でキュッと霜を拭う。拭ったところをつついてみる――柔らかい。俺は少し驚いた。ポスト・ポストカリプス文明では冷凍冬眠といえば血液を全て有機不凍液に入れ替え、不凍液の糖分を栄養にして低温の永の眠りにつかせるものだ。蘇生確率は2桁を切る。こんな……まるでただ本当に眠っているだけのような有様は、俺の知らない技術によって成された処置だった。
     サハラ沙漠は消滅したとはいえ、ヒートポスト現象により気温はやはり高いままであり、太陽はほぼ天頂にあって林立するポスト群の日陰に隠れることもできない。このままだと女の子はじき自然解凍されるのは確実に思われた。
     俺は冷気を吐き出し続ける青ポストと女の子を交互に見る。
     ――このまま見なかったことにして、戻しちまおうか。
     それがベストだな、うん。このまま手ぶらだと大赤字だが、酒の席で大受け間違いなしの与太話が出来たと思えば、まあいいか。本当は良くないが、俺の配達員としての勘が告げていた。「関わるな」と。
     俺は発砲スチロールの蓋を手に取ると、コンテナを閉――目が合った――じた。
    「……んん?」
     何か今、良からぬことが一瞬起こったような……。脳味噌も理性も網膜に埋め込んであるナノアイカメラも起こった出来事を正確に把握していたが、ナノアイカメラは更に視界の片隅で120fpsのコマ送りでリピート再生していたが、感情がそれを否定したがっていた。開けて確かめればめんどくさいことが確実に起こる。
     速やかにこのままポストに再投函すべし!
     俺がコンテナに手をかけた、その時。
     ――ばっこーん!!!
    「うおおお!?」
     コンテナの蓋が内側から勢い良く吹き飛ばされた!
     そして、白い女の子が右腕を高々と突き上げて立ち上がったのだ! 叫びながら!
    「密閉が甘い荷物をポストに入れるな―――っ!」

     再び目が合った。彼女の目は、赤かった。そして、その瞳の中には……。
    「ここはどこ?」
     女の子はキョロキョロと辺りを見渡しながらそう言った。俺は腰を抜かして口をパクパクとさせることしか出来ない。どんな怪物のアンブッシュにも動じずにこれまで配達稼業をこなしてきた俺だが、さすがにこれは感情制御モジュールの閾値を越えていた。
    「私はだあれ?」
     続けて女の子が言った
     ……マジかよ。記憶がない……? 俺はから唾を飲み込む。冷凍睡眠からの覚醒時には記憶の混濁や消失はよくあることらしい。まあ記憶がないなら都合がいい。このまま舌先三寸で丸め込んでしまおう。
     だが。
    「うっそでーす」
    「ああ!?」
     俺は立ち上がって思わず叫んだ。なんだこいつは?
    「ユーモア。ブラックジョーク」
    「ブラックジョークって自分で言うんじゃねえよ!」
    「どうどう。怒らない怒らない。あっUFO」
    「……」
     俺は険しく睨んだまま、女の子が指差した方をチラッと見る。当然、サハラの青い空が広がるばかり。
    「やーい引っかかってやんのー」
    「……」
    「黙ってちゃつまらないなあ。あっ後ろ危ないよ」
    「……もう引っかからんぞ。お前は、誰だ」
    「んー。その前にここはどこ? 起きたばっかでGPS〈グローバル・ポスティング・システム〉が上手く働かないんだ」
     なんだそのシステムは?
    「ここは、サハラだ。西サハラ。元モロッコ領」
    「ああサハラね。はいはい郵便衛星〈PoSat〉コール……郵便番号同期完了、と。ところで君、後ろが危ないよ」
    「あのなあ、乳が大きいからって俺がいつまでも許すと思うなよ? もう引っかからんぞ、と、……」
     気がつけば、俺は日陰にいた。太陽は天頂にあり、ポストの影は足元に丸く、ぬらりとした溶解粘液が頭上から、
     BLAME! BLAME! BLAME!
     肩越しに背後へと咄嗟のノールックバースト射撃。片手で撃ったためシグサガワーの強烈なリコイルで身体が前につんのめるが俺はむしろそれを利用して、跳んだ!
     直後!
    「SHHHHHHHHHHAAAAAAGYAAAAAAAAAAAAAAHHHH!!!!」
     百年は調律をしていない巨大パイプオルガンの鍵盤の上で下手くそがワルツを踊ったような、おぞましき咆哮! スタンプコレクターが蘇生していたのだ! 小物と侮っていたか……!
    「だから危ないって言ったのに」
     白い女の子はのんびりというと、スタンプコレクターに向き直った。
    「ふーん。アドレス不明時の『手紙の悪魔〈メーラーデーモン〉』か」
    「何わけの分からんことを言ってる! 早く逃げるか隠れろ!」
     だがかく言う俺も隠れようにも宅配ボックスの殻はスタンプコレクターの近くにあり逃げ場なし! 一か八か、ポストに飛び込んでみるか!? 俺は青ポストに視線をやる――そして目を見開いた。
     ポストから、巨大な――圧倒的に巨大な質量が現れようとしている!
    「GRRRRRRRRRR!?」
     スタンプコレクターもその気配に気づき触手を強張らせて警戒態勢を取った。唯一のこの場の例外は、白い女の子。
     自然と。悠然と。泰然と。
     当たり前のように。何でもないように。息をするように。
     女の子は青ポストの中から片手でその質量を取り出すと、残像と衝撃波を伴う速度で怪物に叩きつけた!!
     CRAAAAAAAASH!!!!!
    「GYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAASSSSHHHHHH!!!!!!????」
     俺は、青ポストにまつわる伝説を思い出していた――曰く戦争を終わりへと導く秘密決戦兵器のパーツが入っている――だがそれは兵器、なのだろうか? そうと呼ぶには、それはあまりにも、あまりにも異形だった……!

     少女の赤い瞳、その虹彩に爛々と赫〈かがや〉く『〒』マーク!
     そして少女の片手には俺も見慣れた機械〈マシン〉。赤と白に塗り分けられた、そう、それは兵器などではなく配達スーパーカブ……ただし、その大きさは10メートル超!
     もはや『アルティメット・カブ』と呼ぶのが相応しい、雄々しき神機!!
     そのフロントカウルにはやはり『〒』マーク。少女の瞳と同期して、機体全体に有機的に走るパワーラインが、力を蓄えるかのような脈動明滅を繰り返す……。

    「YOU、ちょっと消えておくれよ」

     白い女の子はにっこり笑って、そう言った。

    【続く】

     
     
     
    ニンジャヘッズ。現在逆噴射小説大賞 投稿作「ポスト・ポストカリプスの配達員」の続きを連載中。

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