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Photo byo4ne37

20年間続けた「学校の先生」を辞めてみたら見えたもの

    40代。小学生の子どもが二人。夫との4人暮らし。大学卒業後に小学校教員として採用され、産休や育休を間に挟みながら20年間を駆け抜けてきた。

    今年の3月31日、退職の辞令を受け取り、先生を辞めてみた。「辞めてみた」って言ってみたが、その言葉の響きのようなポップさは微塵もなかった。職業、肩書を失う怖さ。自分のアイデンティティが崩壊しないだろうか。収入が途絶えて暮らしを維持していけるのだろうか。私に稼ぐ力があるのだろうか。
    でも、「辞めた後」の世界が見てみたくなったのも正直なところ。そういう意味では「辞めてみた」との表現がしっくりくるのかもしれない。
    「次の就職先とか決まってるの?」
    答えはノー。ライフ・イズ・アドベンチャー。なんてかっこいいもんじゃないけれど、私は私の幸せの形を追求すると決めた。
    退職してみてからの、今の気持ちをここに残しておきます。

    20代 がむしゃら時代

    「久しぶりの20代〜!!」
    1校目は若いというだけで大歓迎されての着任だった。それもそのはず、時代は就職氷河期の末期。ようやく永久凍土がゆるみ、教員の採用数が増え出した頃の採用だった。私より数年前に初任者として着任していた先生は、すっかり落ち着いた30代のパパ先生だった。その上は40代、50代…。
    なんと。20代は私しかいない。素敵な出会いがあるか否かどころではなく、まずこの環境に馴染めるのか…。との心配は杞憂に終わり、持ち前の昭和感が隠せずすっかり50代女子会に混ぜてもらってエンジョイできた1年目だった。

    わからないことだらけの若者が、大した研修期間もないまま最前線に放り込まれるのがこの職業。えっ、マリオカートはしたことあるけど、いきなり公道ですか!?くらいの心細さ。
    自分よりもひと回りもふた回りも年上の保護者も不安だったはず。たくさん涙も流した。小学生の子どもをもつ保護者になった今、担任の先生のことはいつも応援していたいし、感謝の気持ちを忘れないでいたい。「ありがとうございます。」の一言が、爆発的なエネルギーになることを知っているから。

    20代には心の底から出会えてよかったと思える先生方から、たくさん学ばせてもらえた。ある先生がおっしゃった言葉が私の指針になっている。
    「学校の先生をしていると、また同じ学年で退屈と言う人がいるけれど、私はそう思ったことがない。同じ教材であっても子どもが違う。だから新しいやり方を考える。だから毎年新鮮で、退屈なんて思ったことがない。」
    同じやるならわくわくするほうへ。
    もちろん、教材研究にはとても時間がかかる。経験もスキルもない。莫大な時間や労力、時にはお金も費やしながら、悩みながら、どうすれば楽しい授業になるかと一生懸命に考えた。教師のこういうところもブラックだと言われるのかもしれないけれど、自分のために時間がたっぷりと使える20代に、がむしゃらにやれたのも良い経験だったと思っている。
    過ぎ去った今だから言えるのかもしれないけれど。

    30代 ライフイベント目白押し時代

    関心事は自分のことだった20代を閉じ、次のステージへと駆け上がる。
    30代に入り、結婚、転勤、引っ越し、出産、産休育休、家を建てる、復帰、2人目出産、産休育休、復帰…。えっ、自分で書いていながらライフイベントが目白押しすぎて後ずさり。
    この間に保育園の入園だったり、発熱した子どもの迎えだったり、仕事での立場が少しずつ変わって責任が重くなったり、コロナ禍がやってきて息をひそめるように生活したり。

    「自分の荷物から何かを下ろさないと、身動きがとれなくなるよ。」
    20代の頃とは違う生活と仕事とのバランスに悩む私に、先輩からの一言。わかってる。わかってるんだけど…!!うまい手の抜き方や割り切り方を知らない私は、ひたすらにもがいていたような。
    そして追い打ちをかけるように身体も変化してきてPMSに悩まされ、家の中では不機嫌モンスターと化していた。今は薬の力も借りて、毎日笑顔のご機嫌ママ…なはずはないが、モンスターではなくなった。はず。(本人調べ)

    ライフイベントの激動期には前だけを向いて走り続け、壁にぶち当たることも多々あったが、まわりの人にも恵まれて30代を完走できた。
    また、この頃から今まで全く読んでこなかった本との出会いや音声プラットフォームやnoteとの出会い、新しい友人との出会い、人生に影響を与えてくれる人との出会いなどもあった。保守的だった私が能動的に出会いを求める日が来るだなんて。
    「人生、おもろ。」
    20代よりも30代ってさらにおもしろい。そう思えた。

    40代 自分の幸せ模索時代

    30代後半から新しい情報や人との出会いが増えたことで、十人十色、人の数だけそれぞれの生き方があることに目が向き始めた。
    教師としての自分。時々揺らぐことはあったけれど、定年まで続けるんだろうなと思っていた。
    でも、様々な生き方があることを知れば知るほど、私にも異なる人生があるんじゃないかと思うようになってきた。

    時を同じくして、怒涛のライフイベント目白押し期は終わり、保育園送迎時代にも終止符。世間の「小学校入学したらめっちゃ楽〜。」の言葉を鵜呑みにしていたが、あれ?あれ?あれ?全然楽になってないのでは!?
    もちろん、以前のように子どもが頻繁に風邪をひくことはなくなった。着替えもトイレもお風呂も自分でしてくれる。しかし、宿題チェックに音読サイン、週末に詰め込まれた習い事の送迎ハシゴ。成長とともに子どもの心の中も当然ながら複雑に。話に耳を傾けたり遊んだりする心の余裕も底をつきかけていた。仕事の量も責任も増す一方で、日曜日の午後は2階に閉じこもって翌週の準備。ババーン、不機嫌モンスター再来。やり始めたら仕事は楽しい。関わっている子どもたちもかわいい。やり甲斐もある。そうなんだけど…だけど。だけども。

    この生活、一体誰が幸せなんかなぁ…。
    退職を考えた一番のきっかけはこれ。

    そして、違う24時間の使い方もしてみたくなっていた。
    もっと今しかない子どもとの時間を大切にしたい。
    もっとワークライフバランスの「ライフ」にも軸をおきたい。
    もっと本を読みたい。
    もっと言葉を綴りたい。
    働くことはしていたい。人とつながっていたい。私にできること、働き方、他にもあるのかも…。

    もちろん先のことを考えると怖かった。
    でも、先のことを思うとわくわくしている自分もいた。
    私の「幸せ」の形とは。
    夫とも話し合い、退職することが決定した。40代をもっともっと私らしく、おもしろく生きるために。

    4月

    4月1日。どんな気分でこの日を迎えるのだろうとわくわくしていたが、退職と同時に子どもの学童保育もなくなったので、子どもたちと過ごすいつもの土日のような感じでヌルッとスタートした4月。エイプリルフールだと興奮気味に嘘をついてくる子どもたちに「嘘はきらいや。」と塩対応。

    4月を迎えてみて、小さな変化があった。
    子どもたちの「暇暇暇!公園行きたい!」の声に、二つ返事でOKが出せるようになった。時間の余裕が心の余裕に直結しているのを肌で感じる。
    今までは春休み中も毎日学童通いだったが、初めてずっと一緒に過ごした春休み。親としては3食を提供しながら、退屈させすぎない1日のプロデュースに白目をむきかけたが、
    「春休み、楽しかった。今日でもう終わりかぁ。」
    と、公園でフリスビーを投げ合う次女。この一言には一緒に過ごせてよかったと心底思えた。でも、これが40日続くのが夏休みだよ…白目。

    退職の時に頂いた花束を花瓶に差し、毎日水換えをすることも小さな喜び。以前は「時短」に関する本を読み漁り、花瓶の花も傷んできたなぁと気づきはしても見て見ぬふりして過ごしていた。
    家の中だってそう。一度も掃除したことのない窓サッシもあるし、家族の健康と期待を一身に引き受けるルンバ君だけが室内の美化に励んでいた。まだまだ手の届いていない場所はあるものの、キッチンの床を丁寧に布で拭いていると味わったことのない爽快感が得られることを知った。整えること、手をかけること、大事にすること。いつまで続けられるのかはわからないけれど、時間があるからこそできることのために黙々と手を動かしてみる。

    長距離ランナーなのにたまに50M走にも出場してハードルも跳んでつまずいて、それでもたまにプライスレスな喜びがあって…というような働き方を今までしてきただけに、この4月とのギャップに適応しきれていない自分がいたり、焦りのようなものを感じたりもする。時々学校の夢も見る。昨夜はなぜか職員室で必死に乾電池を探している夢だった。単3くださいって必死だった。

    でも、辞めてみなければ見えなかった景色がいっぱい見えている。何ものにも代えがたい時間。
    何かをつかむためには、握りしめた手を一度開かなければならない。
    そして、ここから私自身も更に次のステージへと上がれるように、精進してまいらねば。

    太陽が西の山のほうに向かって少しずつ角度を変えている。もうすぐ子どもたちが帰って来る。
    今日も制服をドロドロにして、くっつきむしでもつけて帰ってくるかな。今日の出来事を、息継ぎするのも忘れる勢いで聞かせてくれるのかな。
    キーボードを叩いていた指先を天井に向け、大きく息を吸い込んだ。

     
     
    子ども2人と金魚を育てる地方在住40代主婦。元教員。日々のぽやんとしたことエッセイにしたためています。

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