プーは、今日も元気です。
私は、家族からプーと呼ばれている。
理由は、半年間無職だからだ。実家にいる家族から電話が掛かってくるたびに、「プーは、元気でやってるか?」と聞かれる。私は、その度に「現金はないけど元気はあるよ」という無職ならではの常套句を返している。そんな私を見ても家族は皆「そうか、元気でやってるか」と嬉しそうに返す。幸い、早く仕事しろ、まだ無職なのかと言われたことは一度もなく、私が元気であればそれでいい、というタイプの人たちなので、それはそれで有り難かった。しかし、それに甘えて、のんびりしすぎてしまい転職期間に穴が空いてしまったことは、やや悩みの種ではあった。
以前は、忙しい職場で働いていた。常に人手が足りず、業務が重なることなんて日常茶飯事。新卒から理不尽なことにも臨機応変に対応してきた。ある日、限界を感じ、泣きながら家族に電話を掛けた。「もう駄目かもしれない。毎日朝が来るのが怖い。」とべしゃべしゃに泣き、人生で初めて家族に弱音を吐いた。それを聞いた父は否定することなく「辞めたければ辞めればいい。あなたの人生なんだから。」と返してくれた。私はそれに救われてもう少し頑張ろうと思った。それから一年半踏ん張り、二度目の限界を迎えて退職した。もう家族に心配させたくなかった。それから毎週のように家族から連絡が掛かってくるようになった。その度に、「プーは元気でやってるか?」と聞かれるようになった。私は、「変なあだ名付けないでよ」と最初はむきになってはいたものの、元気かどうか確認するためにあえてあだ名を付けて揶揄っていたんだと気づいた。これも私を気遣っての言葉だったのかもしれないと分かってからプーというあだ名を受け入れるようになった。
無職になってから身近な人へのありがたみをより痛感するようになった。家族やいとこ、友達等、私が苦しいとき、泣きそうなときに、それを感じ取ったように電話を掛けてくれた。実家に帰省しても、家族はいつも通りの日常を過ごさせてくれた。今まで私は、この当たり前に甘えてばかりで、当たり前というかけがえのない物に気付かなかった。大人になってようやく気づいたこの当たり前を一生大切にしようと心に決めた。
家族やいとこ、そして友達へ。
プーは、今日も元気に転職活動をしています。