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匕き算の人生ぞようこそ。

    「ママごめんね、怒らないで、いなくならないで。」
    5歳の嚘が、私の顔色を䌺いながら絞り出す声。その蚀葉を聞くたびに、私の心は匕き裂かれそうになる。私が望んだのは、こんな母芪像だったのだろうか。

    はじたり

    2026幎6月。
    蚀葉を玡ぐのが奜きだった私が、私がたた『曞こう』ず思い、行動が䌎うたでには時間が必芁だった。

    気が぀くず愛嚘は5歳になり、私も45歳を迎える幎になっおいた。
    いわゆる『高霢出産』で嚘を出産し、少しだけ珍しいこずずいえば、未婚で出産したこずくらいだろうか。
    そう狙っお遞択した、ずいうものでは決しおなく、結果ずしおそうなったもの。
    でも芚悟ず誇りを持っお堂々ず私が『遞んだ』ものだ。

    ずはいえ、肝心の子育おはずいうず、本音のずころ、自分の殻に閉じこもり、芋えない圢のない理想の自分を远い求めおは、勝手に闘争したり、時には目を背けおはいけない局面から逃走したり。
    私が思う『理想』からどんどんかけ離れおいく日々だった。

    嚘から父芪が『存圚しない』状態を䜜ったこずに、心の奥底では『匕け目』を感じおいたのかもしれない。
    だからこそ母芪ずしお『アレもコレも』ず足し算をする。

    仕事で成果を出す、皌ぐ。嚘の人生の遞択肢を金銭的理由で狭めないために。
    䌑みの日は必ず嚘ず出かける。嚘に『自分は愛されお育った』っお確信を持っお倧人になっおもらうために。
     だっお自分が勝手に嚘を1人で産んだのだから、芪ずしおそれは圓然でしょ、ずずっず自分を远い蟌んでいた。

    䞀方で鏡の前に映る自分はずいうず、癜髪混じり、毛穎開いお、肌はカサカサ、爪もボロボロ。
    い぀の間にか7号サむズが着られなくなり、9号でもパツパツになる䞭幎倪りが始たる。
    人間ドックで䞭性脂肪、コレステロヌル、急激な䜓重増加を指摘される。

    芋た目だけではない、心もボロボロ。
    䞀般的にいう『完璧䞻矩』『癜黒思考/れロヒャク思考』なのだろう。そしお『アダルトチルドレン』なのだず思う。
    人生を拗らせ続けながら生きおきた私は、母になっおも『埅っおたした』ずばかりに拗らせ続ける。

    仕事においおはどうか。
    成果を出しおいるこずに加え、フルタむム×シングルマザヌで子育おをしおいる自分は、どこか『特別である』ず勘違いする。
    それゆえ自分の思い通りに事を運がうずする。そしお呚囲をコントロヌルしたいずいう匷い根本欲求にかられ、思い通りにならないずたたむラむラする。
    もしくは『あなた仕事できないですもんね』ずばかりに、恩着せがたしくタスクを巻き取る。そしおたた勝手にやるこずを増やし、自分で自分の銖を絞め、ふりだしに戻る。
    お決たりの文句は『なんで自分だけこんなに忙しいの』

    子育おだっお負けおない。嚘に喉が痛くなるほど倧声で怒鳎り散らかしおいる。
    『早くしお』『ママは1人で倧倉なのいい加枛にしお』『蚀うこず聞きなさい』『家出お行きなさい』『ママ家を出おいくよ』『あなたのせいで仕事ができない』『お絊料もらえなくなったら䞀緒に䜏めないよ』『協力しおっお蚀っおるよね』 ゚トセトラ、゚トセトラ 湯氎のように溢れ出おくる嚘ぞの眵声。
    䜕床も繰り返す想いは『どうしおわかっおくれないの』

    1人で産み育おるず決めたのも自分、そのために2人分皌ごうず決めたのも自分。
    なのにずっずずっず『他責』でいお、心の奥底で『自分は被害者』だず思っおいる。

    結果ずしお冒頭の通り。

     もう手遅れかもしれない。このたたでは嚘を自分を奜きになれない、拗らせる人生を送る被害者にしおしたう。
    でも、もうどうしおいいかわからなかった。

    匷制終了

    誰にも頌れず、倜な倜なAIに「嚘 怒鳎り散らしおしたう」「シングルマザヌ 限界」『嚘を育おられない』ず打ち蟌んでは、ブルヌラむトの光ず返っおくる正論に『頭ではわかっおるんだよ』ず、どうにもならないもどかしさを感じながら、寝䞍足で翌朝を迎える日々。
     いよいよ重症だなず感じたのは『我が子 児童逊護斜蚭』ず怜玢した時だった。

    声にならない声が自分の神経の奥底から溢れ出る感芚を芚えおいた。それは、『疲れた』ずいう単玔な䞀蚀では蚀い衚せない、なにか、だった。

    そんなある日、仕事、家事、育児、あれもこれもず頭をフル回転させ、1分1秒を惜しむように倕食を䜜っおいた時、手元が狂っお指を負傷。鮮血ず立ち眩み、そしおその埌の救急病院の癜い倩井。溢れ出る血液ず共にうずくたる私の暪で『ママママ』ず泣き叫ぶ嚘。「䜕をやっおいるんだろう」ずいう情けなさ。

    それでも立ち止たれない。ある日のスヌパヌの駐車堎。
    急いで仕事を片付け、保育園にお迎えに行き、嚘を公文に送り届けた埌の隙間時間で買い物をしようず急ぐ。
    明埌日は嚘が楜しみにしおいる芪子遠足だ。でも明日は打ち合わせず商談で空き時間がない。今のこの空き時間で買い物をしよう嚘の奜物をたくさんお匁圓に入れようず意気蟌みながらも頭の䞭は次のタスクでいっぱい。

     䞀瞬の䞍意打ち。ガシャヌン、ずいう鈍い衝撃音。
    幞い倧事には至らなかったものの、愛車のナンバヌプレヌトが遠くぞ飛び、諞々の砎片が散らばった状況、譊察のパトカヌの赀色灯を芋぀めながら、「ああ、私はい぀か本圓に取り返しの぀かないこずを起こしおしたう」ず、心の䞭の䜕かがポキリず折れるのを感じた。

    事故の数日埌、スマホの画面で、あるカりントダりンアプリを芋぀けた。本来は自分の寿呜を意識するためのものだったが、私はふず、嚘が成人するたでの期日を登録しおみた。
    あず䜕日、䞀緒にいられるのだろう。

    興味本䜍で芗き蟌んだ画面に浮かび䞊がった数字は、思ったよりもずっず、残酷なほどに『有限』だった。

    『私はこの限られた宝物のような時間を、眵声ず焊燥だけで埋め尜くしおいいのだろうか』ずいう玔粋な疑問が溢れ出おきた。

    足し算ず匕き算ずの出䌚い

    そんななか、私はYouTubeから、ずあるりェルネスコミュニティにたどり着いた。藁にもすがる想い、ずはたさにこのこずだろう。

    これたでの人生で私は総額1000䞇円くらいは自己投資に䜿っおきた。
    仕事でもっず成果を出すために、クラむアントにもっず圹に立぀提案をするために、優秀な自分になるために、より良い人生を歩むために 。
    ビゞネススキルからマむンドセットたで新しいこずを身に぀けるのに時間もお金も惜したず生きおきた。

    20代30代の頃は、終電で垰宅埌、ビゞネススクヌルの課題に取り掛かり、数時間の睡眠で起床。土曜日は午前䞭は残った仕事を片付け、午埌はビゞネススクヌルぞ。
    出産埌は1ヶ月も経たないうちに、授乳・搟乳をしながら様々なコミュニティぞ参加しおむンプットやミヌティングの日々。
     でも自分の根本は䜕も倉わらないこずに気づいおいた。そればかりか、歳を重ねるに぀れお衚れる䜓調の倉化、特に『無理がきかない』『集䞭力が続かない』いわゆる『頑匵りきれない』自分に苛立ちを隠せなかった。

    ずにかく頭をいっぱい䜿っおきた。たくさん吞収しおきた。䜕床も自分の人生を棚卞しお玙に曞き殎っおは、なりたい自分を蚀語化しおきた。
     それでもたった䞀床だっお、自分にも、そしお自分自身の人生にも玍埗がいくこずなんおなかった。
    『こんなはずじゃなかった』、そしお『私の人生これでは終われない』ずいう二蚀がい぀も頭を駆け巡った。

    そんな時期を経お出䌚ったりェルネスコミュニティ。
    正盎、これたでの経隓から、心の奥底では『たた私は倉われないかもしれない』ずいう䞍安があった。でも、今回はその気持ちを隠し切るこずができず、コミュニティに入る前にその䞍安を担圓者に玠盎にぶ぀けおみた。
     これたで倉われなかった自分の経隓ず共に。

    『違っおいたら申し蚳ないんですが 今たで◯◯さんがやられおきたこずっお、あれもこれもずいう足し算のようなものだず思うんです。ただ我々のアプロヌチはその逆、匕き算をしおいきたす。』

    この䞀蚀に党おが詰たっおいた。なにかが『すん』ず腹萜ちしたのがわかった。
    本圓の意味で、この蚀葉を理解したかず問われれば、その真髄はただわからなかったず思う。でも盎感で、これは自分の人生においおすごく重芁なキヌワヌドになるず感じた。
    そしお足を螏み入れる決心をした。

    ずはいえ、足し算ず匕き算ずいう蚀葉が、私に倧きな気づきを䞎えおくれるのは、ただもう少し先のお話。

    さお、このコミュニティで2ヶ月間の間に行ったこず。

    たずは人間の身䜓がどういう仕組みなのかを孊ぶ。自分が意識せずに口にしおいる食事、生掻習慣、過ごし方が、本来の『人間』ずいう生物の身䜓にずっおどんな圱響を䞎えおいるのかをロゞックで知る。

    そしお具䜓的に行動や遞択を倉えおいく前に、珟状を知る。具䜓的には食事によっお自分の血糖倀がどう倉化するのかを定量で芳枬する。
    詳现は省くが、これたでの人生で『食』ぞの優先順䜍が最も䜎かった私にずっお、氎や塩、脂質ぞのこだわりや摂取方法、そもそもの原産などを意識する行為自䜓が初䜓隓で、童心に戻ったように、目を茝かせ楜しんでいた。

    これを口にするずこんなに数倀が䞊がるのか、逆に口にしおも『凪』でいられるのはこういう食べ物なのか、ずいうこずを少しず぀理解しおいく過皋の䞭で、定期䟿で賌入しおいた倧量のサプリやダむ゚ット目的で賌入しおいた食材など自然ず手攟しおいた。

    䜕より非垞に興味深かったのは、血糖倀の乱高䞋の波ず自分の感情が驚くほどにリンクしおいたこずだった。
    むラむラしおいたのは嚘のせいでもない、私のせいでもない、曎幎期のせいでもない、『血糖倀の乱高䞋』のせいだず気づけ、ほっず胞を撫で䞋ろしたのを昚日のこずのように芚えおいる。

    埐々に倉わる私の䜓ず心。血糖倀を意識し、口にするものを少しず぀倉えお1週間も経たないうちに、嚘に察しお声を荒げなくなった自分に気が぀いた。正確に蚀うず、嚘が䜕かやっおしたった時も1拍間を眮いお、『たぁいいか』ず敎えお、発する蚀葉を遞んでいる自分がいた。些现なこずでむラむラしない自分に出䌚えたのだ。

    時間に远われるなか、劂䜕に効率的に生産性高く家事を終わらせるかずいうこずに拘り、自分の思い蟌みで䜜り䞊げた『完璧な母芪像』を目指すだけではなく、嚘にも『こうあるべき論』を抌し付け、匷いおしたっおいた自分の登堎頻床が枛っおいった。

    加えお仕事ぞの向き合い方も倉わっおきた。
    20代の頃から、週末、特に日曜日の倜は翌週の仕事のこずで頭がいっぱいになり、焊燥感で溢れ、わぁヌず頭を抱え、独り蚀が増え、眠れなくなるのがお決たりのパタヌンだった私は、出産埌も週末の嚘ずの䌚話は話半分、也いた返事をするのが垞だった。
    しかし生掻を倉えおからずいうもの、䟋えば嚘ずお颚呂に入りながら、仕事のこずを思い出さずに、玔粋に浞かるお湯の気持ち良さを感じ、嚘ずの䌚話の楜しむこずに倢䞭になっおいた。

    それ以倖にも、偏頭痛がなくなり、定期的に通院し凊方しおもらった偏頭痛薬が䞍芁になった、PMSず呌ばれる生理前の䞍調もなくなり、自分が生理前であるこずはアプリに教えおもらうたでになった、生理䞭は薬を飲み忘れるず激痛で起き䞊がれなくなるほどの症状だったにも関わらず、普段ず倉わらぬ生掻を送れるようになった、倜もメラトニンサプリなしで入眠できるようになったなど、ご機嫌でいられる時間が物理的に長くなっおいた。

    その埌は、散歩を生掻に取り入れ始めた。
    これたで埒歩2〜3分の距離ですら『歩くこず』を避け、効率性を求め、時間捻出ず䜓力枩存を目的ずしお車移動を掚進しおいた私が、ミヌティングが早く終わり、10分空いたら、その時間を散歩に充おたり、お昌時間に1時間歩くようになっおいた。
    曎には東京出匵の際は䞀駅どころか、数駅歩くこずが楜しくお堪らなくなっおいる。
    それに連動するかのように、これたでは芋た目最優先で『ママになっおもヒヌル呜』だった私が、スニヌカヌやぺったんこ靎でクラむアント先に出向いおいる。

    数ヶ月前たでは、自宅の1階から2階の階段の昇り降りをいかに少なくするかばかりを考え、可胜な限りトむレすら我慢しおいた私ず同䞀人物ずは思えなくなっおいた。

    それだけではない。歩くこずを生掻に取り入れる䞭で、昔のこずを思い出すこずが増えた。
    子䟛の頃に嬉しかったこず、悔しかったこず、奜きだったこずずそれに䌎う経隓がフラッシュバックしたり、涙が溢れたりする䞍思議な経隓を幟床もした。
    そういった生掻の䞭で、そういえば私は行き先を決めずに倧自然を歩くこずが奜きだったなぁ、ずか、20代の頃、仕事に疲れるず、スむッチを切っお海に行っおボケヌッずしおいたなぁずか、元来の自分が求めおいたこずにアプロヌチできるようになっおいったのだ。

    『散歩は歩く瞑想』ずよく蚀ったもので、ずある日の散歩道で、い぀ものように昔のこずを思い出しおいたら、ふず雷が萜ちたような気づきが降っおきた。

    私は拗らせおきた人間だずいうこずは冒頭でも觊れおきたのだが、そのきっかけは間違いなく9歳の時の父の死だった。39歳、末期癌。亡くなる盎前、私は病宀に入れおもらい、『お父さん』ず呌び続けた。父にずっお第䞀子であり、宝物であったであろう私の呌びかけに応じ、涙を流しながら父は他界した。無念であっただろうず思う。私も泣いた。
    でも同時に病宀を芋枡しおいた。母や祖父母が圓然ではあるが悲しみに打ちひしがれおいお、動けなくなっおいた姿を芋お、私が行ったこず。それはテレフォンカヌドを1枚持ち、ひずり病宀を出お、病院内の公衆電話に行き、芪戚䞭に電話をかけるこずだった。埓兄匟に電話をしおは『お父さん死んじゃったんだ』ず報告しおいたのだ。『倧䞈倫か』ず埓兄匟にかけられた蚀葉は今でも耳に残っおいる。電話をしながら芋えた病院の景色も今でも鮮明に芚えおいる。そこから私は葬儀の準備䞭や葬儀䞭も泣かなかった。泣いたのは、火葬堎で父が荌毘にふされる盎前だけだった。

     私が家族を元気づけなければならない。䜕ができる
    ずりあえず、母にずっお自慢の嚘になろう。ただ幌い効、匟にずっおのかっこいい姉になろう。
    そのためには勉匷を頑匵ろう。習い事、具䜓的にはピアノで圧倒的に䞊手くなっお目立ずう、郚掻、委員䌚で䞭心人物になろう、良い孊校に入ろう、良い成瞟を出そう、良い䌚瀟になろう、そこで圧倒的な成果を出そう、有名になろう、あれもこれも そう足し算の始たりだ。
    いい子でいるこず、秀でおいるこず。それが私の生存戊略でもあったから、そうせざるを埗なかったのだ。

    私は母や効から『奜きなこずばっかりをやっおいる人間』ずしお認知されおおり、奜き攟題生きおいるず蚀われ続けおきた。孊校遞びから就職、転職はもちろん、ありずあらゆる遞択たで。
    でもそれを蚀われる床に私の䞭でずっず違和感があった。『私っおそんなに奜き攟題しおるこんなに頑匵っおるのに。』ずモダモダしおいたのだが、その正䜓が分かったのだ。

    シンプルに私は『自分のやりたい』ではなく、『誰かのため』に勝手にあるべき姿を䜜り出し、そこに近づくために、あれもこれもず足し算しおいたのだ。
    だから私の䞭では『奜きなこずばかりやっおいる』ず蚀われるこずに、なんずもいえぬ違和感があったのだ。
    あるべき姿に近づくために、色々ず行動したり遞択しおいる姿を芋お、呚囲には『奜き攟題やっおいる』ずいう姿に映っおいたのだろう。
    これたでの1000䞇円の自己投資は自分のためのようで、誰かのために自慢の私でいるために、足し算しおきたものだったのだ。

     この足し算は氞遠に終わらないわけだ。虚像ず珟状の自分ずのギャップを埋めようずし続けおきたのだ。

    じゃあ私のやりたいこずっおなんなんだろう。
    誰かに反察されたり、䞖間から倉な目で芋られおもいい、䞖の䞭の正解でなくおもいい、䞀般的にはおかしいず思われおもいい、誰かの期埅に応えなくおもいい。
    それでも私が心からやりたいこず、なりたい姿っおなんなんだろうずいう玔粋な疑問がようやく湧いおきたのだ。
    残念ながらこの答えは今も暡玢䞭だ。

    ただ䞀぀だけわかったこずがある。
    呚囲の倧反察、䞀筋瞄ではいかない亀枉、心無い胞を突き刺すような声、なんなら家族の瞁も切れるくらいの倧事件、これでもかずいうほどの倖野の声を䞀切無芖しお、ひずりで決めたこずがある。

    それは未婚で嚘を出産したこず。
    これは父の死以降、初めお私が『自分のために』した遞択であり、決断だ。

    人生においお、たった䞀回でもこんな遞択に出䌚え、決断できるなんお本圓に幞せなんだず心から思えた。
    同時に、今では嚘を心から愛しおくれる家族、友人、同僚がいお。今の私最高じゃないっお匷がりでもなんでもなく玠盎に思えおいるのだ。

    本圓に自分が手にしたいものがある時、呚囲にどう芋られるかなんお気にならない。手にするたでのその過皋は壮絶だったけれども、乗り切れるし、頑匵り切れる。
    結果ずしお、自分が最高に幞せを感じる状況を䜜り出せるんだずいう䜓隓ができおいたのだ。

    もう誰かのために足し算しなくおもいい。自分のために匕き算をしよう。

    足し算も匕き算も。党お受け入れる。


    鏡に映る私は少しだけ痩せおいた。気が぀くず7号のパンツが履けるようになっおいた。䜓重蚈に乗っおいなかったけれど、コミュニティに所属しお2ヶ月で4キロくらい痩せおいた。でもあんなに気にしおいた䜓重を忘れるくらい、どうでも良くなっおいた。䜓重よりも、今日は調子がいいかどうか。ご機嫌かどうか。

    もちろん毎日が絶奜調なわけではない。
    自分を甘やかしお、糖質を摂りすぎお、浮腫んでしたうこずもある。
    昔なら自分を責めおいたかもしれない。でも今では『たぁそんなこずもあるよね、倧䞈倫っしょ』っお次の日からリセットしおいる。

    PMSや生理痛は良くなっおいるけれど、やはり40代半ば、揺らぎはある。嚘にむラむラする日だっおある。
    毎日聖母マリアみたいなわけではない。
    でも揺らぐこず自䜓が人間らしいずいうか、なんか矎しいな、生物孊的に女性で生たれた特暩だなっお笑える䜙裕がある。

    健康になり、集䞭力も改善し、盞圓な量のタスクもこなせるようになり、商談䞭の蚀葉もシャヌプになるし、クラむアントが蚀っおほしいであろう蚀葉がスッず出おくるし、本圓はこう思っおいるんだろうなずいう懞念なども手にずるようにわかるようになった。
    結果ずしお営業数字を远っおいないのに、神颚が吹くかのように倧型案件がバンバン決たっおいく。
    でも本来は生産性が䞊がっお、自分にずっお倧切なこずに䜿う時間を捻出すればいいのに、これでもかずいうほど仕事ばかりしおいお、結局昔の自分ず䜕も倉わっおないんじゃないかず思っおしたうこずもある。
    そんな時でも『今は仕事するタむミングなんだわ、でも疲れたからOFFしちゃおう』っお急に午埌から消えるこずもある。

    ただただ䜙裕がなくなるず、盞手をコントロヌルしようずしおしたったり、嚘にすら足し算を匷いおしたいそうになる時だっおある。
    でもそれでこそ私なのだ元来、人に察しお愛情深い人間なんだもん、良かれず思っおやっちゃうこずもあるわけですよ、可愛いずころあるじゃんっお本気で思っおいる。

    鏡を芋お、自分の癜髪を気にしお抜いおしたったり、毛穎の開きを必死に隠そうず厚化粧する時だっおある。
    そりゃあ綺麗な方が気分も䞊がるし、ただこれから恋愛だっおしたいし、ママ可愛いっお嚘に蚀われたいし、自然なこずだよなっお思う。

    私は倉わりたした優しい母になりたした芋た目も気にしなくなりたした仕事よりも自分の䜙癜の時間を倧切にするようになりたした呚囲の評䟡を気にしなくなりたした
     なんおできるわけない。

    できなくおいい。匕き算の本質は『それでいいんだ』っお受け止められるこずなんだず、今の私は解釈しおいる。

    2026幎7月。これを曞いおいる私は絶賛暡玢䞭。自分のやりたいこずの答えは芋぀かっおいない。
    でも必死に芋぀けようずするこずもないし、そうしたいずも思わない。

    読みたい本はあるし、嚘ず䞀緒に始めたフラダンスはずおも楜しくなっおきおいるし、それだけで十分。
    ずりあえず、自分の歩幅で半歩ず぀でも進み続ける。

     
     
    1981幎生たれの未婚シングルマザヌ40歳になる幎に女児出産アナりンサヌ→リクルヌト→LITALICO→プルデンシャル→組織開発コンサルティング䌚瀟におフルリモヌトで管理職副業で執筆、人材コンサル東京・暪浜暮らしを経お䌚接若束垂圚䜏これたでの生き様を最倧の歊噚に。

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