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ベッドの中で旅に出よう


街歩きは、私の趣味のひとつである。
ライフワークと言ってもいいかもしれない。

なぜ東京に住んでいるのか。それは当然、街歩きのためである。
東京は歩いても歩いても、飽きることがない。


旅に出るのも、基本的に街である。
自然が豊かなところに行ったり、旅館に泊まったり、温泉に浸かって美味しいものを食べたりして、のんびり過ごしたい。
そういうのは、それほど興味がない。

私の理想の旅は、ひたすらひとりで街を歩き、神社や寺、美術館や映画館などに寄って、大衆的な店(チェーン店でOK)で飯を食って、街中にあるビジネスホテルに泊まる。
非日常な体験をしたいのではなく、仮想的に数日だけその街の住人になって、休日を楽しむように楽しみたいというか。

かっこよく言うと、街とコミュニケーションを取りたいというか。

兎にも角にも、私は街が大好きなのである。


とはいえ、このところの夏は暑すぎる。ここまで熱いと、街歩きどころではない。
ここ数年、夏は街歩きのオフシーズンとせざるを得ない状況である。

やっと涼しくなってきたと思いきや、今度は雨がちな日が続いている。
雨もある意味では嫌いではないが、今の時期の雨はかなり蒸すので、歩いていても不快なばかりで、気持ちのいい感じはまるでない。

街歩きを趣味とする人間にとっては、嫌な季節である。


よって、外に出ることなく街を歩くことにした。

元々、寝つきがあまり良くないほうである。
そのためベッドの中で本を読むのだが、あまり考えるような本だと睡眠前に向かないので、旅行のガイドブックや地図(または漫画や画集など)などを読むことが多い。
旅行代理店の前に並んでいる無料のパンフレットなども、それ用に大量に取ってきて枕元に置いてあったりする(無料の住宅情報誌を取ってきて間取りをひらすら眺めるのも良い)。

そういったものを眺めながら、自分の脳内に街を立ち上げ、その中を想像で歩いていると、そのうち眠くなってきて寝落ちするのである。


まどろみの中で、頭の中だけが旅に出ている。

駅を出て、右に行こうか。左に行こうか。
商店街には、どんな店が立ち並んでいるだろうか。
ラーメンでも食って、公園の喫煙所で煙草でも吸おうか。

そのうち想像と無意識の区別がつかなくなってきて、自分が現実のベッドを離れ、遠くの街を歩いているような感覚に陥ってくる。

これはこれで、ひとつの旅のかたちと言っていいのかもしれない。


お金も、準備も、時間も、要らない。

ベッドの中で旅に出よう。


知らない場所の地図やガイドを見ながら思いを馳せるのもいいが、私は過去に訪れた場所を歩き直すのが好きである。

特にインドなどは、訪れてから15年以上は経つというのに、印象が強烈だったため、未だに色んなことがよく思い出せる。
ベッドの中に潜り込み、当時インドに持って行った「地球の歩き方」のページをめくっていると、数々の思い出がよみがえる。

生水を飲んで高熱が出た状態で寝台車に乗ったら、ベッドがエアコンの排気口の前で死ぬほど寒く、死ぬかと思ったなあ、とか。
親切ぶって近づいてくる人は基本的に金目当てで、毎日インド人と喧嘩ばかりしてたなあ(でも悪いやつではない)、とか。
人間の死体とかが浮いているガンジス河で泳いだら、外国人が泳ぐのは珍しいみたいで少し人気者になったなあ、とか。


というわけで、今夜も私はベッドの中で旅に出る。

過去の懐かしい旅をおさらいするのも良し。

知らない場所を勝手に想像して旅するのも良し(いつか答え合わせをするのが楽しみだ)。

寝つきが悪いから始めた習慣ではあるが、今となっては旅が楽しくて、眠りに落ちるのが少々勿体ないくらいである。

ベッドの中で、今夜はどこへ旅に出よう。


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