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週末のラグナロクと箱の中にあったもの

    僕の仕事は自社商品のプロモーションだ。
    人の心を動かす仕事と言えば、聞こえがいい。
    今回、担当するアプリはリリースが遅れて、
    時代に置いていかれた新商品である。
    企画書の中でだけは新商品。

    今日の会議で、
    僕たちが提案した企画は不採用になった。
    コンセプトからの見直し。つまり、やり直し。

    もっとSNSで広がるように。
    もっと響く言葉で。もっと目立つ見せ方を。
    もっと、もっと。
    「もっと」には浮力がないのだが、
    その声だけが大きくなっていた。

    その日、体にまで重さを感じながら、
    会社を出た。

    こういうとき、僕は決まって、
    あの週末の空き地を思い出す。

    ——僕は昔、大きなハンマーを持った神様だった。

    小学生のころの話である。

    週末になると、
    僕たちは近所の空き地に集まり、
    「棒」で戦って遊んでいた。

    そのあたりに生えている太い草を抜いて、
    葉を取り除いたものが「棒」だ。

    「棒」ができたら職業を決める。
    段ボールで屋敷を建てる者は貴族、
    自転車で物資を運ぶ者は運送屋。

    空き地に社会ができると、
    即興のドラマパート「物語」がはじまり、
    それぞれの役を、思いつきで演じて遊ぶ。

    そして最後は「棒」で戦って、終わる。

    ある週末、空き地に十人ほどが集まった。
    田中が言った。

    「家で棒を作ってきた」

    出てきたのは、
    太さ二センチほどの木の棒だった。
    草の「棒」を持つ僕たちからすれば、
    工業製品のようだった。

    田中は続けた。
    「これは“大エンド棒”である」

    大+ENDなのか、die+ENDなのか。
    由来を確認する者はいなかった。
    子どもの世界では、意味よりも、言い切る声の大きさが大切である。

    この日、僕たちはいつものように
    「物語」を満喫していた。
    最後の戦いがはじまろうとしたとき、
    どこかに隠れていた田中が現れ、
    大エンド棒を空にかざし、
    神さながらに言った。

    「争いをやめい」

    僕たちは空気を読んで、その場に倒れた。

    次も、その次も、
    田中は神として現れ、遊びを終わらせた。
    そのたび、僕たちは、律儀に倒れた。

    ある週末、杉下が言った。
    「次回はおれが神をやるよ」

    次の週末、
    杉下は、田中の大エンド棒より
    もっと太い「棒」を持って現れた。

    「太さは強さである。
    名は“大大エンド棒”と言う」

    そのネーミングは何とかならなかったのか。

    杉下は「世界はおれが、支配するのだ」と言って、大大エンド棒を空にかざした。
    支配者のような神だった。

    杉下の支配が、しばらく続いたある週末。
    僕は「次はおれが棒を作ってくるよ」
    と神に立候補した。

    するとキヨが「じゃ、その次はおれね」と言う。キヨは、いつも少し離れたところで笑いながら占い師をやっていた。神の交代に予約を入れるとは意外だ。

    いつのまにか、「前の神より太い棒を作る」というルールができていた。

    僕は家にあったラップの芯を束ね、
    ガムテープで固定し、持ち手をつけた。
    見た目は悪いが、「棒」は太ければいいのだ。
    ハンマーのような形になったので、
    「大ゴールデンハンマー」と名づけた。

    次の週末、田中、杉下、キヨは
    大ゴールデンハンマーの迫力に驚いていた。
    一方、他のメンバーは冷たい目をしていた。
    太さのインフレを察知し、神にはならないと決めた賢者たちである。

    この日、僕は「争いからは、何も生まれないのだよ」と言って、最後の戦いを終わらせた。

    それは気持ちの良いものだった。

    帰り際、キヨが言った。
    「次回はおれが神をやるよ」

    僕は驚いた。
    まだ一度しか神をやっていない。

    その日の帰り道、誰もこの遊びの話をしなくなったことに気付いた僕はキヨに神を譲った。

    次の週末、
    キヨは大きな段ボール箱を抱えて現れた。
    全面にガムテープが巻いてある。

    「これは“大爆弾棒”である」
    とキヨが言った。

    「どこが棒なんだよ。箱じゃねーか」
    と僕たちは笑い転げた。

    この日の「戦い」がはじまると、
    キヨは大爆弾棒を抱え、
    「フォー」と言いながら後ろ歩きで登場した。
    テレビで見たムーンウォークの出来損ないだった。

    そして、キヨは、「ストーップ!」と言い、
    世界を平和にした。

    僕は、自分の神の個性のなさを恥じた。

    この日、大爆弾棒とマイケル・ジャクソンは
    大きな笑いを生んだ。
    しかし、空き地には、いつもより静かで、冷たい空気が残った。

    大爆弾棒より太い「棒」はもう作れない。
    新しい神は現れない。

    帰り際、キヨが言った。
    「次は、歴代の神で戦おう」

    「それはおもしろそうだ」
    とみんなが賛成した。

    決戦の日。
    神々はそれぞれの「棒」を手に、
    空き地に集まった。

    陽は姿を隠し、
    空は名もなき嵐の気配に満ちていた。

    田中は大エンド棒を構えた。
    杉下は大大エンド棒を掲げた。
    僕は大ゴールデンハンマーを肩に担いだ。
    キヨは大爆弾棒を抱えた。

    ——賢者たちが見守る中、
    神々の衝突が幕を開けた。

    週末のラグナロク。
    それは、それぞれの「棒」を空にかざし、
    大声で叫ぶだけの混沌だった。

    賢者たちの引きつった顔は、
    今でもはっきり覚えている。

    僕は空に向けて、
    大ゴールデンハンマーを突き上げ続けた。

    やがてラップの芯は崩壊。
    僕は「棒」を失い、その場に倒れた。

    それを見ていた神々も、
    次々に倒れた。

    戦いは終わった。

    役目を終えた「棒」は、
    沈黙の空き地に散っていた。

    少しの時間が流れた。
    そして、キヨはゆっくり立ち上がった。

    何が起こるのだろう。
    僕たちはキヨを見守った。

    唖然とする賢者たちの視線を背に受けながら、
    キヨは「大爆弾棒」という名の箱を開けた。

    箱の中にあったもの。

    それは、サッカーボールだった。

    キヨは少し空気の抜けたボールを取り出すと、
    遠くへ蹴った。僕たちは歓声を上げて、一斉にボールを追いかけた。

    空き地の神々と賢者たちは、
    どこまでも続く青い空に消えた。

    あれから三十年。
    空き地は、マンションの駐輪場になった。
    神々が倒れた場所には、今、自転車が並んでいる。

    僕は電車の中で、
    ノートパソコンを開いた。
    画面には、たくさんのデータと、今日の会議で増えた「もっと」が並んでいる。

    また棒を太くしようとしていないだろうか。

    僕は新しい企画書を開いて、誰も走り出していない空き地を思い浮かべながら、新しい一行目を書きはじめた。

     
     
    はじめまして、一ノセです。 エッセイなどを書いています。 ichinosekyosuke@gmail.com

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