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刺し子

    編み物の時期が終わり、さてこれからなにをしようかと、うろうろ考えていた春先。押入れの奥から平らな紙箱を見つけ、蓋を開けてみると、5年ほど前につくった刺し子のふきんが出てきた。「花ふきん」と呼ばれるもので、小さな図案が特徴。時間をかけてゆっくりと一針一針刺したふきんは、使うのがもったいなく、箱の中にしまったままだった。

    取り出してみると、うっすらと、縁が黄ばんでいるものがある。真っ白な晒しなので、黄ばみが目立つ。もったいぶらず、早く使わなかったことを悔やむ。それでも、時間をかけてつくったふきんは処分することができず、また元の箱の中へしまった。

    刺し子ふきんづくりで大変なところは、晒しに5mmの方眼をチャコペンで描くこと。図案を見ながら、線を頼りに針を刺すわけだけれど、とにかく、その作業に時間がかかる。なんとか終わらせて、早く刺したいと、気持ちが急く。

    久しぶりに刺し子をしようと、手持ちの糸を探っていると、紺色の刺し子糸が見つかった。道具は晒しと糸、針、チャコペンのみ。材料が少なくて済むのも刺し子の魅力だ。「同じような線を、ひたすら刺すのは飽きないの?」と聞かれたことがあるけれど、これがまったく飽きない。同じ動作を繰り返すことで無心になり、瞑想をしているよう。

    いま刺しているのは、「あやめ」の図案。花の外枠を刺し終わったので、あとは花の一つひとつの中央に、十字を刺せばできあがり。

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    毎日時間を見つけては、映画や海外ドラマを流しながら、ひたすら手を動かしている。手芸中の映画やドラマは、日本語吹き替えにする。字幕だと目で追う必要があるので、吹き替えにして、耳で内容を追っている。ポッドキャストのお気に入りは「ゆる言語学ラジオ」。ホストの2人の博識に、思わず「ヘェ〜」と声が出る。

    わたしは話すのが苦手なので、いくらか知識があることでも、それを言葉にしてうまく伝えることができない。事前にカンペを用意して練習していても、まとまりのない話になってしまい、自分でもわけがわからなくなってしまう。ポッドキャストやラジオなどで、人を魅了できる人がうらやましい。

    もうそろそろ刺し終わるので、次なにを刺そうかと、考えているところ。次作のために、あざやかな水色の糸を注文した。最近は、外出する際にも持って行き、喫茶店や病院の待ち時間などにも、せっせと刺している。うっすらと、手首が痛くなっているほど。それでも、やめられないのだから。

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