
人はなぜ富津の巨大穴子丼を忘れられないのか
千葉の富津は、よく行ったロケ地だ。
東京湾を渡る。
道路は海ほたるを経由する。
海の上を走っていると、少しだけ旅になる。
木更津を抜け、富津へ向かう。
人妻を拾う。
展望台がある。
海岸の向こうには自衛隊の施設が見える。
晴れた日は風景が広い。
ロケの合間、よく立ち寄る定食屋があった。
展望台の少し手前である。
そこの名物が穴子丼だった。

出てきた瞬間、笑ってしまう。
でかい。
巨大な穴子の天ぷらが丼からはみ出している。
どう考えても一人前ではない。
若い頃は勢いで食べた。
今なら途中で降参すると思う。
それでも注文してしまうのは、穴子を食べたいからではない。
富津まで来たなあ、という気持ちを食べたいのである。
海を見て。
風に吹かれて。
巨大穴子丼を前に途方に暮れる。
その時間ごと食べている。
お出かけというのは、案外そういうものかもしれない。
*
展望台前でインタビューを撮る。
それからランチ。
そのあと、ホテルに行くのだが、カラミ前に食べ過ぎて苦労した男優がいた。
穴子丼は男優泣かせであった。
*
奥さんは刺身定食だった。
正しい選択やと思う。
しかし、目の前にそびえ立つ巨大穴子丼を見て、
「それ、どうするんですか」
と笑っていた。
いや、どうするも何も、食うしかないやろ。
俺も次から刺身定食にした。
でもね、一度は食べとかないとね。
それが名物やん。
*
人は穴子丼を忘れられないのではない。
富津の町が忘れられない。
海風を。
人妻を。
あの日の自分を忘れられない。
そして、人は案外、うまかったものより、困ったものの方を覚えている。
巨大穴子丼は、その記憶の取っ手なのだった。
