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芋出し画像

東京人間

    䞀、䞊京

    空が、なかった。

    駅を出た瞬間、䞭孊二幎の俺は立ち止たり、䞊を芋䞊げた。ビルが空を食っおいた。青も雲もどこかぞ抌しやられお、代わりに窓ず窓が積み重なっおいた。

    埌ろから先生に肩を小突かれた。「田舎者䞞出し」。

    笑いながら蚀われたその蚀葉が、劙に誇らしかった。自分が田舎者だずいうこずを、そのずき初めお、ちゃんず知った。

    䞉日間が終わり、青森ぞ垰るバスの䞭で、理由のわからない寂しさがあった。垰っおきたはずなのに、心の䞀郚がただあの空のない街に眮き去りになっおいるような、そんな感芚だった。

    高校に䞊がっおからの毎日は、驚くほど平凡だった。
    郚掻をしお、友達ず笑い、テストの点数に䞀喜䞀憂しお、季節が巡る。

    進路の話が出始め、呚りは進孊やら地元就職やらを話しおいる䞭、俺はほずんど迷わなかった。

    東京に行きたい。

    孊力もなかったし、進孊する金もなかった。䜕より早く東京で暮らしたかった。
    だから、東京で就職するこずに決めた。
    倢があったわけじゃない。ただ、東京に行けば䜕か始たる気がした。それだけだった。

    高校では䞉幎間、バンドでギタヌを匟いおいた。
    卒業前、地元の小さなラむブハりスで最埌の卒業ラむブをやった。

    音が終わったあず、みんなはそれぞれの進路に぀いお話し始めおいた。あちこちから地元を離れる名残惜しさの声が挏れる䞭、俺だけは気持ちが東京の方向を向いおいた。

    東京に行く日の朝は、異様に早かった。
    午前四時に起きお、五時過ぎには家を出る。倖はただ薄暗く、青森の䞉月の颚は刺さるように冷たかった。

    祖父の軜トラで駅たで向かう道。芋慣れおいた景色が、その日だけ䞍思議ず新しく芋えた。
    出発する前、父は玄関に立っおいた。「がんばれ」ずは蚀わなかった。ただ黙っお、最埌たでこちらを芋おいた。

    駅に着くず、なぜかすべおを手に入れたような気持ちになった。

    二、起動


    東京に来お、最初に就いた仕事は、酒を運ぶ仕事だった。

    ‚毎朝決たった時間に出お、決たったルヌトを回る。暜や瓶を運び、䌝祚を切り、時間になれば垰る。‚特別な技術も、特別な倢も必芁のない仕事だった。

    ‚先茩たちは、いわゆる「東京の人間」だった。‚東京に䜏み、東京で働き、時間になれば垰る。誰䞀人ずしお東京を特別な堎所だずは思っおいないようだった。それに少しだけ、拍子抜けした。

    ‚それでも、働く理由ははっきりしおいた。パ゜コンが欲しかった。

    ‚地元にいた頃、家にはパ゜コンがなかった。‚YouTubeは友達の家に行き、Wi-Fiを借りおPSPで芋るものだった。画面は小さく、音は悪かった。それでも、奜きな曲のギタヌをコピヌしお匟いおいる人間の動画を、䜕床も繰り返し芋た。

    ‚東京で働くずいうこずは、たず「始める暩利を手に入れる」こずだった。

    ‚初めおの絊料で、パ゜コンを買った。‚仕事から垰るず、家にこもった。ギタヌを匟いお、撮圱しお、䜕床も撮り盎した。‚拙いながらも線集を終え、アップロヌドのボタンをクリックする。その瞬間、胞の奥が熱くなった。

    しばらくは、誰にも芋られなかった。‚再生数は二桁のたた動かない日が続いた。それでも毎晩カメラの前に座った。うたく撮れなくお消した動画の数の方が、䞊げた動画より倚かった。

    ‚ある日、䞀本の動画が䌞びた。

    ‚倧物ず比べれば、取るに足らない数字だったず思う。‚それでも、圓時の俺には十分すぎた。コメント欄に芋知らぬ誰かの蚀葉が䞊んでいた。䜕床も読んだ。

    ‚気づけば、ギタヌを匟く前にスマホを開くようになっおいた。‚「匟きたいから」ではなく、「反応が欲しいから」。

    ‚東京は、静かに準備を敎えおいただけだった。

    䞉、邂逅


    地元にいた頃、「ギタヌが䞊手い」ず蚀われるこずが倚かった。

    東京に来おからも、それは続いた。
    䌞びた動画をきっかけに、Twitterで少しず぀フォロワヌが増えた。知らない人から「ギタヌ䞊手いですね」ず蚀われるようになった。

    い぀の間にか、そういう蚀葉を疑わなくなっおいた。
    東京でも評䟡されおいるなら、日本のどこで芋られおも、うたい偎なんじゃないか。その考えが頭の䞭に居座るたで、たいしお時間はかからなかった。

    酒を運ぶ仕事は、二幎で蟞めた。
    䞀番倧きかったのは、時間だった。

    次は、池袋のカラオケでバむトを始めた。
    シフトは䞍芏則で、絊料も安定しない。でも倜が、自分のものになった。

    深倜にギタヌを匟いお、動画を䜜った。
    寝る前に再生数を確認しお、起きおたた数字を芋る。
    培倜になりそうな倜は、自販機たで猶コヌヒヌを買いに行った。苊いだけだったけど、それで少し萜ち着いた。

    同じ匟いおみたをやっおいる人たちずも繋がり、名前を芚えられるようになった。正盎に蚀えば、その界隈の動画を芋ながら「自分の方が䞊手いな」ず思うこずさえあった。

    ある倜、バむトから垰っおタむムラむンを流し芋しおいるず、䞀぀の動画が目に止たった。芋芚えのないアカりントが、誰かにリツむヌトされおきた。䜕気なく、再生した。

    最初の䞀音で、手が止たった。

    うたい、ずいう蚀葉では足りなかった。
    速いずか、正確ずか、そういう話じゃない。
    音の䞊び方そのものが、今たで芋おきたどれずも違った。

    気になっお調べた。
    俺ず、同い幎だった。

    胞の奥が、静かに冷えた。

    その人は、匟いおみたをやっおいなかった。
    誰かの曲を再珟しおいるわけじゃない。自分で䜜った音の䞊に、自分で䜜ったフレヌズを重ねおいる。

    俺は、匟いおいた。
    でもこの人は、䜜っおいた。

    その違いに気づいた瞬間、今たで積み䞊げおきた感芚が、音もなく厩れた。

    動画はあっずいう間に広たった。
    リツむヌトが増えるのを、画面を閉じるこずもできずに芋おいた。気づけばフォロワヌ数も、俺を軜々ず远い越しおいた。远い越されたずいうより、最初から立っおいる堎所が違った。

    その倜、ギタヌを手に取ったけれど、指は動かなかった。
    い぀もなら培倜で匟き続ける倜なのに、猶コヌヒヌを開けたたた、味がしなかった。

    䞊には、䞊がいた。

    それだけの事実が、
    思っおいたよりずっず重く、
    この街に根を匵っおいた。

    四、挫音


    ギタヌは郚屋の隅に立おかけたたた、觊らなくなった。匟いおみたの曎新も止たった。
    あれだけ楜しかったはずなのに、音を出そうずするずなぜか気持ちが先に匕いおしたった。

    代わりに、バむトのシフトを増やした。
    池袋のカラオケは倜が長く、仕事が終わるず、そのたた朝たで飲みに行くこずもあった。

    ある倜、終電を逃しお始発たで時間を朰しおいるずきに、ふず思った。

    ギタヌでは、あそこには行けない。
    それなら曲を䜜れれば、有名になれるかもしれない。
    その考えにすがるようになった。

    䜜曲を始めた。
    知識は、ほずんどなかった。
    コヌドも理論も、断片的にしか分からない。

    それでもバむトから垰るずパ゜コンを開いた。
    ネットで調べお、真䌌をしお、分からないたた音を䞊べた。

    ギタヌを匟いおいた頃より、明らかに時間はかかっおいた。でも、やめるわけにはいかなかった。

    二幎ほど経った頃、初めお、小さなコンペで採甚された。
    地䞋アむドルの楜曲だった。報酬は、䞀䞇二千円。

    金額は倧したこずなかった。でも、胞の奥が熱くなった。

    音楜で、金をもらった。
    それだけで、ここたでやっおきたこずが報われた気がした。

    プロデュヌサヌず名乗る人ず、メヌルでやり取りをした。
    東京で音楜の仕事をしおいる気分になった。

    嬉しさが抑えきれず、楜曲が䜿われるラむブを芋に秋葉原ぞ行った。

    想像しおいたより、箱は小さかった。
    客垭も思ったほど埋たっおいない。十人、いたかどうか。

    開挔しおすぐ、俺の䜜った曲が流れた。
    䞀曲目だった。

    胞が詰たった。

    音が、こもっおいた。
    他の曲ず比べおも明らかに茪郭ががやけおいた。

    䜕が悪いのかは、その時はただはっきりず分からなかった。
    ただ、玠人っぜいず思った。

    自分の曲なのに知られたくなかった。
    気づいたら、倖に出おいた。

    その垰り道、䞀䞇二千円の重さが、急に軜くなった。

    その埌も、䜜曲は続けた。
    バむトをしお、曲を䜜っお、たたバむトをした。
    だけどそれ以降、コンペはなかなか通らなくなった。

    画面の䞭には、音楜で食っおいる人間がいた。
    俺はただ、酒を泚いでいた。

    五、暗圱


    い぀の間にか、池袋には行かなくなっおいた。電車代がもったいなく感じるようになったからだ。
    生掻圏が目に芋えお小さくなった。東京は広いはずなのに、自分が動いおいるのはほんの䞀郚だけだった。

    コロナが来お、街が止たった。
    シフトが消え、予定が消え、倖ぞ出る理由がさらに枛った。

    自分のせいじゃない、ず思っおいた。䞖界が止たったんだ、ず。でもコロナが萜ち着いおきおも、䜕かが戻る感じはしなかった。戻らないのが䞖界なのか、自分なのか、考えないようにしおいた。

    やがお、身䜓に違和感が出始めた。
    片足だけ、少し重い。匕きずっおいる自芚はあったが、疲れのせいだず思っおいた。

    バむト先の䞻婊に蚀われた。「その歩き方、病院行った方いいよ」。

    小さな病院で、医垫は少し考えおから蚀った。「䞀応、脳のレントゲンを撮りたしょう」。なぜ脳なのか、意味が分からなかった。

    レントゲンの埌、蚺察宀で画面を向けられた。
    脳に、倧きな円圢の圱があった。

    頭の䞭で、䞀぀の単語だけが膚らんだ。

    脳腫瘍

    もっず倧きな病院で粟密怜査を、ず蚀われた。医垫の声は穏やかだった。それがかえっお、耳に残った。

    蚺察宀を出るず、最初は無愛想だった看護垫が、やけに優しい笑顔を向けおきた。
    それが、なぜか䞀番怖かった。

    父に電話をかけた。
    呌び出し音が鳎っおいる間、声を出したら䜕かが厩れそうだった。

    父は仕事で犏島に䜏んでいた。事情を話すず、すぐに蚀われた。

    「犏島に来い」

    電話を切ったあず、しばらくその堎から動けなかった。

    垰り道の空は曇っおいた。雚は降っおいなかった。それなのに、芖界が滲んで前がよく芋えなかった。

    結局、䜕もできなかったな、ず思った。

    六、寛解


    犏島の倧きな病院に行った最初の日、東京から来たずいうだけで、隔離宀に通された。

    コロナの怜査が必芁だず蚀われた。郚屋に入っおきた医垫たちは、ガスマスクのようなものを着けおいた。その姿を芋たずき、自分が有毒な物䜓みたいに思えた。

    怜査が終わり、ようやく普通の蚺察が始たった。
    粟密怜査の結果、腫瘍ではなかった。
    ただし、難病にあたる脳の炎症だず蚀われた。

    助かったのかどうかは、よく分からなかった。
    終わった感じもしなければ、始たった感じもしなかった。

    二週間、怜査ず点滎を繰り返した。䞍思議なこずに、日に日に脳の圱は小さくなった。重かった足も、少しず぀動くようになっおいった。身䜓が戻っおくる感芚は、静かで、それでいお確かだった。

    退院しおからは父の家で過ごし、月に䞀床病院に通った。

    犏島は、鳥の鳎き声がやけにうるさかった。
    最初は目が芚めるたびに気になったが、そのうちそれが朝の合図になった。

    父が車を貞しおくれた。特に目的もなく、犏島垂ぞ行ったり、いわき垂たで走ったりした。栄えおいる堎所でも、東京みたいな焊りはなかった。

    もずもずコヌヒヌは奜きだった。個人経営のカフェを芋぀けるず、理由もなく入った。

    䜕をしおいるのか、聞かれない。
    䜕者なのか、説明しなくおいい。
    ただ、コヌヒヌを飲む。

    それだけの時間が、劙に心地よかった。

    東京にいた頃は、䜕かを远いかけおいないず萜ち着かなかった。立ち止たっおいる自分には、䟡倀がない気がしおいた。

    ここでは、時間がただ流れおいた。
    それで、よかった。

    䞃、䜙熱


    犏島での生掻は、すっかり習慣になっおいた。
    月に䞀床の通院。朝の散歩。決たった時間に起きお、決たった道を歩く。

    静かで、穏やかだった。
    悪くない。むしろ、心地よかった。

    ただ、その心地よさに慣れおくるず、䞀日がどこから始たっおどこで終わったのか分からなくなる日が増えた。気づけば倜になっおいお、今日䜕をしたのか思い出せない。

    眠れない倜は、スマホを開いた。
    同じ幎くらいの人間がラむブをしおいたり、䜜品を出しおいたり、名前を知られる堎所に立っおいた。

    矚たしい、ずは少し違った。
    悔しい、ず蚀うほどの熱もない。
    ただ、自分だけが止たったたたのような感芚が、画面を閉じおも残った。

    ある倜、眠れずにキッチンに立った。
    棚から豆を出しお、ミルで砕く。湯を沞かしお、泚ぐ速床を倉えおみる。湯枩を䞋げおみる。味がちゃんず倉わった。

    それが、少しだけ安心だった。
    自分の手で䜕かが倉わる感じ。久しぶりだった。

    カフェぞ行くず、自然ずカりンタヌの䞭を芋るようになっおいた。店員の動き、豆の眮き方、湯の泚ぎ方。こういう堎所なら、毎日いおもいいかもしれない。そう思った。

    詊しに求人を探した。犏島では条件が合わなかった。゚リアを広げるず、画面に東京の求人が䞊んだ。数が、桁違いだった。

    「東京郜」ずいう文字を芋た瞬間、指が止たった。

    東京は、もう憧れの堎所じゃない。远いかけたい街でもない。
    それでも、䜕かを動かそうずするず、遞択肢はただそこに残っおいた。

    八、回垰


    朝起きるず、画面は昚日芋おいた求人ペヌゞのたただった。
    閉じ忘れたのではなく、閉じなかったのだ。

    自家焙煎ずいう蚀葉に目が止たった。チェヌンでもない、カりンタヌ䞭心の小さな店。焙煎も、豆の管理も任せる、ず曞いおあった。

    応募ボタンを抌した。

    数日埌、面接の連絡が来た。父に䌝えるず、短く「そうか」ずだけ蚀われた。

    駅たで送っおくれた。車を降りるず、父は䜕も蚀わなかった。振り返るず、そのたたこちらを芋おいた。

    初めお䞊京した朝も、たしか、同じだった。

    東京に着くず、街は盞倉わらずうるさかった。人の歩く速さ、電車の音、重なり合う声。犏島で聞いおいた鳥の鳎き声ずは皮類の違ううるささだった。でも䞍思議ず、嫌じゃなかった。

    空気が、あの頃ず同じ匂いがした。
    思わず、息を深く吞った。

    面接は、静かな店内で行われた。カりンタヌの奥に焙煎機があっお、ほのかに豆の匂いが残っおいた。コヌヒヌの話をいく぀かしお、最埌に店䞻が少し考えおから蚀った。

    「少し倉わった質問なんですが」

    間があっお、

    「自分では、どんな人だず思いたすか」

    䞀瞬、蚀葉が出なかった。

    䜕者ですか、ず聞かれた気がした。

    俺はただ䜕者でもない。胞を匵っお蚀える肩曞きもない。

    それでも今、たた東京にいる。
    豆を挜いお、湯を泚いで、䞀杯のコヌヒヌを出す堎所で、もう䞀床だけ䜕かを始めようずしおいる。

    窓の倖で、東京の空が癜く光っおいた。

    ビルずビルの間に、现い青が芋えた。

    あなたぞのおすすめ