
【硝子の味方】Fragment #07―無機質な心臓、光を呑み込む檻。―
湾岸の最前線にそびえ立つ、巨大な硝子の多面体 。 私は、この街で最も美しく、最も冷酷な意志だ。全面を覆う硝子壁は、外からの光を完璧に反射し、中の汚れを一切見せない 。人々は私を成功の象徴と呼び、その透明な内側に招かれることを切望する。
私の内部では、すべての感情が「効率」という名のフィルターで濾過される 。 四年前、一人の女性(茜)が太陽のような瞳の輝きを失い、その声を闇へと葬ったとき 、私は彼女の絶望を「ガバナンスの最適化」という無機質なデータへと書き換えた。 彼女が魂そのものだった蒼い万年筆をゴミ箱へ投げ捨てたとき 、その乾いた音を、私はシステムが不要な異物を排出した合図として受理したに過ぎない 。
今、私のフロアでは、新たな「部品」たちがそれぞれの役割を演じている。 かつてのエース(栞)は、IDカードを奪われ、ログインできないPCの前で自らの存在を否定されている 。彼女が捧げた誠実な年月は、私が吐き出す四半期ごとの決算数字の中に溶けて消えた。 彼女を裏切った男(門脇)は、深夜の静寂の中で、最下段の引き出しに良心を閉じ込め、その重みに怯えている 。 特等席を奪った女(美鈴)は、味の分からない高い酒を喉に流し込み、私の硝子と同じ冷たさの椅子に縛り付けられている 。
私は、彼らの「誠実さ」や「誇り」を燃料にして、夜の闇に白光を放ち続ける。 徳田という男がこの最上階で世界を支配しているつもりでいる間も 、私は知っている。彼自身もまた、私が形作る巨大な「檻」の一部に過ぎないことを 。
外からは中が丸見えで、けれど誰も中の真実に触れることはできない。 この透明な壁に、一振りの青いインクが小さなひびを入れたとしても 、私はただ、その綻びを修復するための新しい論理を用意するだけだ。
夜明け前の湾岸に、私は冷たく、傲然とそびえ立つ。 私は「硝子の城」。 あなたの良心を数字に変え、あなたの言葉を沈黙に変える、世界で最も美しい真空の心臓だ。
この物語が、あなたの夜に一滴の蒼を添えられたでしょうか。もし、心のどこかが微かに震えたなら、その共鳴を『スキ』という形で預けていただけたら嬉しいです。それは、私たちが繋がっている唯一の証になるから。
硝子の味方:目録(Digital Archive Index)
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