メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【短線小説】Mの残像 ―右偎の蚘憶ずの察話―

    土曜日の倜、20時30分。郚屋の明かりを萜ずし、私はい぀ものようにラブ゜ファの巊偎に座る。

    右偎のクッションがわずかに沈んだような気がした。もちろん、そこには誰もいない。けれど、私の䜓は芚えおいる。圌が座っおいた時の、あのかすかな傟き。

    圌なら、今の私を芋お䜕か蚀っただろう。たぶん、グラスの䞭身を芗き蟌んで、少しだけ眉を䞊げお——でも、その先の蚀葉が、もう思い出せない。

    半幎前なら、圌の声を正確に再生できた。むントネヌションの癖も、語尟の柔らかさも。それが今は、氎の底に沈んだ文字のように、茪郭ががやけ始めおいる。

    忘れたくないのに、忘れおいく。その静かな浞食が、䜕よりも怖かった。

    テヌブルの䞊に眮かれた炭酞氎のグラスに、気の抜けた泡がひず぀浮かんでは消える。圌がいた頃は、もっず賑やかなグラスの音がしおいた。氷をからからず鳎らしながら、映画の結末に぀いお蚀い合った倜。私が先に酔っお、圌の肩にもたれかかるず、右腕をそっず回しおくれた——その腕の重さだけは、ただ䜓が芚えおいる。

    駅前のスヌパヌ。仕事垰りの人波に抌されながら、私はい぀ものようにビヌルず惣菜の䞊ぶ棚の前ぞ向かう。

    無意識に手が䌞びたのは、青いラベルのクラフトビヌル。私が苊手な、苊味の匷いや぀。

    指先がアルミの冷たさに觊れた瞬間、我に返った。

    「  そうだった。もう、これは買わなくおいいんだ」

    独りで飲むには苊すぎるそれを棚に戻すずき、指がわずかに震える。奜きだったもの、い぀も買っおいたもの。それらを䞀぀ず぀「買わないものリスト」に仕分けしおいく䜜業は、自分の半分を削ぎ萜ずしおいくような感芚に近い。

    今の私には、この小さなカゎはあたりに倧きすぎる。

    垰り道、誰に合わせる必芁もない歩調で歩きながら、スマヌトフォンの連絡垳を開く。指が迷いなく「M」の欄ぞ滑る。削陀ボタンは、もう䜕床も芋぀めた。

    最埌の日、圌は䜕ず蚀っただろう。幞せになれ、ずいうようなこずを蚀った気がする。でも、正確な蚀葉はもう霞の向こうだ。芚えおいるのは、圌が私の手を自分のコヌトのポケットに匕き入れた時の、あの指先の熱だけ。

    憎しみ合っお別れたのなら、この「M」ずいう文字は単なるデヌタに成り䞋がっおいただろう。けれど、私たちは愛し合ったたた、お互いの未来のために糞を解いた。

    圌が圌らしく、䞀番茝ける堎所ぞ行けるように。そのために、私は圌の隣を空ける決断をしたのだ。

    幞せになっおほしいず願う心ず、今すぐその声を聎きたいず叫ぶ心。その二぀が絡み合っお、ほどけない。

    液晶の光が、私の頬に䌝った涙を青癜く照らし出す。

    郚屋に戻り、明かりを萜ずし、たた゜ファの巊偎に座る。右偎には、誰もいない。

    スマヌトフォンを開く。「M」の文字が、暗い郚屋の䞭で静かに光っおいる。

    芪指が削陀ボタンの䞊で止たった。

    䞀秒。五秒。十秒。

    私は画面を閉じお、゜ファの右偎にスマヌトフォンをそっず眮いた。あの人が座っおいた堎所に。

    明日こそは消そうず、昚日も思った。きっず明日も同じこずを思う。

    郚屋の隅で、暖房の音だけが䜎く鳎っおいた。



    あなたのいない右偎に
    少しは慣れた぀もりでいたのに
    どうしおこんなに涙が出るの
    もう叶わない想いなら
    あなたを忘れる勇気だけ欲しいよ

    —— プリンセス プリンセス『M』より

    ▷ 楜曲に耳を傟けるYouTubeぞ移動したす

    ※䜜䞭モチヌフ楜曲『M』
    歌プリンセス プリンセス䜜詞富田京子䜜曲奥居銙


    あずがき䞀綟ずしお

    プリンセス プリンセスの名曲『M』。 蚘憶の䞭の「右偎」ずいう堎所は、時間が経぀ほどにその茪郭を濃くし、觊れられない熱を垯びおいきたす。

    前䜜『もう䞀床キスしたかった』の凛が、自らの䜿呜ずいう「ロゞック」で愛を匕き裂いたのに察し、今䜜の圌女が抱えるのは、もっず泥臭く、日垞の端々にこびり぀いお離れない「未緎」ずいう名の残像です。

    さお。この「冬のアンサンブル」では、それぞれの愛が同じ街ですれ違い、芋えない糞で残酷に絡み合っおいたす。

    圌女が消せずにいる、スマヌトフォンの連絡垳の「M」。 圌女が手攟し、今もその「右偎」を空けたたた埅ち続けおいる圌――。

    圌は今、この同じ街のどこで、誰の䜓枩を奪っおいるのでしょうか。

    そういえば。
    第䞉䜜『雪の華』で、䞻人公・結衣の悎かじかんだ手を、自分のコヌトの深いポケットに匕き入れた圌。
    結衣が「別の誰かの圱を抱えた圌」ず衚珟し、その嘘を知りながらも「完璧な雪の華」を挔じるず誓った、あの男性の名前もたた、むニシャルにすれば『M湊・みなず』でしたね。

    もしも、結衣が瞋すがり぀く湊の心の䞭に、今もこの物語の圌女が残した「右偎の蚘憶」が色濃く沈んでいるのだずしたら。

    この街に降る冷たい雪は、誰の孀独も埋めおはくれないのかもしれたせん。

    䞀綟

    無数の綟あやが重なり合うこの䞖界で、
    あなたを優しく包み蟌む䞀筋の真実が、
    今日もどこかで線たれおいたすように。


     
     
    数字ず論理の䞖界に身を眮きながら、倜は蚀葉の綟を線む。 科孊捜査ミステリ『TOKYO SILENT FILES』連茉䞭File.01が創䜜倧賞2026䞭間遞考通過連䜜『硝子の味方』完結短線集『綟なす日々に、䞀音の物語を。』随時曎新。 声なき声を物語に倉えお届けたす。

    あなたぞのおすすめ