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I lived in Thailand

     「人生で1番古い記憶は?」
     「せやなあ…タイにいたときの…」
     「え?タイ生まれなの?」
     「あ、えっと、いや、違くて、父の海外赴任で2歳のときに連れていかれただけで3歳では日本に帰って…」

     そうなると決まって
     「あ、そうなんだ」
     とがっかりされる。

     「いやあ、なんかごめんね」

     気まずい空気が漂ってしまい、結局、最初の記憶の話まで戻ることはない。まあ、それはそれでいいような気もしている。

     タイに住んでいたのは2歳から3歳のわずか1年間。つまり自我も特になく流されるままに生きているお年頃。なのに少しだけ、ほんの少しだけ覚えていることがある。

     微笑みの国と呼ばれているだけあって、今微かに残る記憶の中で、タイの人はみんな笑顔だ。地理がわからない父を会社に連れて行くために、会社が運転手さんを用意してくれていた。あのおじさんもいつも笑顔だった。会話した記憶ももちろんないし、顔も朧げだが、いつも笑顔だった。しかしながら、運転手という概念は2歳の私には難しすぎて「あのおじさん何者?」となっており、あのおじさんが運転手だったことを理解できたのは高2だったと記憶している。

     タイではサッカーも習っていた。当時3歳で、ポジションはキーパー。ただ、私が所属していたチームが強すぎたのか、私が守っていたゴールにボールが来ることがほとんどなく、ひたすらサッカー場の照明を数えていた。3歳でサッカーをやるなんて、サッカー少年への道まっしぐらなはずが、日本への帰国と同時に辞めてしまった。理由は暇だったから。3歳でサッカーを始め3歳で辞める。ちなみに3歳からサッカーをやっていた幼馴染はプロのサッカー選手になった。あのとき、もうちょっと弱いチームに入っていれば…私はワールドカップでタイと闘うキーパーをしていたかもしれない。

     いつもたどり着くことがない、私の最古の記憶についても、今日だけは話したい。
     おそらく10月ごろ。住んでいたマンションでハロウィンパーティが開催されていた。妹と2人で仮装して、トリックオアトリート!!と叫んでお菓子を採集する。私はスーパーマンの仮装でひたすらマンションを走りぬける。その最中、とある踊り場にたどり着く。その光景が私の最古の記憶だ。ただベージュの外壁というだけで特に強いインパクトがあったわけではない。しかし、とても鮮明に覚えている…



     そう。その通り。タイっぽくないのだ。


     ゾウに乗ったとき、水上マーケットにいたとき、とかそういうポップでキャッチーであればよかったのだが、現実は普通の踊り場。悔しい。いっそスーパーマンの格好をしてダンボと空を飛んで買い物をしたことにしてやろうかと思ったこともあったが、それは最初に見た夢だと指摘されそうで辞めた。

     ちなみに、「タイに住んでいたことがある」という事実には引きがあるようで、絶対に突っ込まれる。その度に、タイ語喋れるの?と言われては、ごめん喋れないと答えていた。そこから本当に話は広がらず焦った私は、少しタイ語を勉強した。アイデンティティのせいで言語学習の順番が逆になった瞬間だった。

     先述の通り、現地の生活は浸透していないし、人生に大きな影響も与えていない。記憶も認知も固まっていないときに1年間住んでいただけ。
     しかし、なぜかタイが遠い存在に思えない。タイフェスが開催されていると行きたくなるし、旅番組でタイが特集されていると観てしまう。最初の記憶が眠っているタイとは切っても切れない関係だ。

     先日、会社の同僚とタイ料理屋さんに行った。そこで私はレッドカレーを注文し、他の2人はカオマンガイを注文。必死にメモを取るタイ人のお姉さん。


     「ゴチュウモンカクニンシテクダサイ!」
    そういいながらお姉さんはタイ語のメモを私に見せてきた。私がタイに住んでいたことを察したのだろうか。
     けど、お姉さんごめん。さすがに読めない。

     
     
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