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Photo bydeep_fowl8012

みつぞー。最強の自由人

    本作は、これまで note に投稿してきた「みつぞーシリーズ」を、創作大賞2026用にひとつのオムニバスとして再構成したエッセイです。初めての方も、いつも見守ってくださる方も、我が家の「最強の自由人」の歴史をお楽しみください。


    みつぞーは、光蔵だ。 義理の父。主人の父親である。

    本人の前では一応の敬意を表して「お義父さん」と呼ぶが、陰では「みつぞー」と呼び捨てにしている。 みつぞーと呼び始めてもうかれこれ十五年。彼にはそれだけの歴史がある。

    みつぞーは数々のやらかしを重ねてきた。 大抵、それは彼が酔っ払っている時に起きる。

    ある時は息子に包丁を投げ(本人曰く「当たらないように投げた」)、 またある時は実の娘からどつかれ(あまりの口の悪さに娘がキレた)、 またある時は嫁から突き飛ばされた。……嫁は、私である。

    みつぞーを知らない人からすれば「何があったの!」と絶句するかもしれないが、知る者たちは皆、口を揃えてこう言う。 「またかよ」

    これほど散々なことをしでかしているくせに、本人はどこまでもお気楽に生きている。 そして、そのお気楽な足取りで、片道三、四十分もかけて自転車を漕いでやってくるのだ。

    突然だ。思い立ったら来る。思い立たなかったら来ない。 全てはみつぞーを中心に世の中が回っていて、万物の頂点にはみつぞーが立っている。

    テレビでサッカーを観戦すれば、 「あーあ、外した。バカか。今のコースは左だろ!」 「俺がもちょっと若かったらもっと動けるぞ! 甘いなあ」 しまいには、 「監督が悪い、監督をかえろ! 俺がもちょっと若かったら教えてやるんだがなあ!」

    サッカー経験など一切ない、みつぞー。 「お父さんもな、サッカーやってたら今頃監督ぞ。ただな、せんかっただけ」

    美味しい料理を食べれば、 「お父さんもな、このくらいの料理ならすぐ作れるぞ。俺が料理人だったらな、ちょちょいのチョイだ。ただな、作らんだけ」

    私が本を読んでいれば、 「お父さんもな、このくらいの小説なら書けるんぞ。俺が小説家だったらな、なんや、あの、なんてろ賞とかいうやつ、総なめぞ。ただな、書かんだけ」

    ある日、一人暮らしのみつぞーのもとにお隣さんがやってきた。 「うちの孫なんだけどね、今年の春から夕方だけ留守番させることになってね」 手には菓子折りを持っている。 「何かあったらお宅に行きなさいって言っといたから、ご迷惑かけるかもしれないけど、その時はよろしくお願いします」

    お隣さんのお孫さんは、今年小学四年生。 夕方の小一時間程度の留守番くらい一人で十分だろうが、万が一を考えての挨拶だった。 みつぞーはこの手のお願いごとが、非常に、非常に好きである。

    「俺に任せとけ!」 バーンと拳で胸を叩いた。

    あくる日。隣の家の鉄門扉が「ギイイ」と鳴る。 お孫さんが帰ってきたのだ。 そそくさと玄関に飛び出すみつぞー。

    「おい! こっちに来い!」 手招きするが、お孫さんは無言で首を横に振る。 「なんでや? お前んち、誰もおらんのやろ? いいからこっち来とけ!」

    しばらくの沈黙のあと、お孫さんは言った。 「いいえ。大丈夫です。何かあったら伺います」 当たり前だ。

    「なんでか! こんちくしょう! お前のためにジュースもお菓子も買って用意したんぞ! 早く来んか! ばかたれ」 無情にも、玄関のドアが目の前で閉められた。

    この話をするために、わざわざ片道三、四十分かけて自転車を漕ぎ、汗だくになりながら突然やってくるみつぞー。 私から、 「でしょうね」 と軽く流されても、彼は止まらない。

    「子供のくせに遠慮しとるんよ。全く最近のガキはませとるのー。俺が子供だったら喜んでおやつ貰うんだがな!」

    もはや誰にでもなれる男、みつぞーだった。


    みつぞーと母の日


    もうすぐ母の日。

    去年も、その前もそうだったから。
    たぶん今年も、もれなくそうなるだろう。

    これはもしや恒例行事か。

    思い立ったらやってくる。
    自転車を漕いでやってくる。

    玄関扉を開けながら、
    「はいはいはいはい」
    前座の若手芸人のように。

    あるいは、
    「いやいやいやいや」麻生さんで、いなしながら。

    さもなくば、
    「ようようようよう」『今日から俺は!!』

    その日、玄関から聞こえてきたのは、
    「ほいほいほいほい」
    バケツリレーだった。

    なぜ、常に四回リピートなのかはわからない。

    現れたのは、みつぞーだ。
    手には1本の赤いカーネーション。

    数年前、義母が亡くなってから、母の日になると彼はこれを持って現れるようになった。セロハンで包まれたその花には、ご丁寧に
    「お母さんいつもありがとう」
    のステッカーが貼ってある。
    可愛らしい子供のイラスト入りだ。

    「……ありがとう、ございます?」
    わたしは、微妙な薄ら笑いでそれを受け取る。

    どういうことだろうか。
    義父からわたしに母の日のカーネーション。
    確かに私は母である。間違いなく。

    しかし、どういうことだろうか。
    嬉しいのだろうか。私は。

    素直に喜ぶべき局面か。

    みつぞーは手柄を立てた英雄のような満面の笑みで、赤い花を突き出してくる。
    これが小学生の息子だったら、どんなに愛くるしい笑顔に見えるだろう。
    これが夫だったら、一瞬くらいキュンとするのだろうか。

    いやしかし。
    問い詰めたい。

    どういう意図なのだろうか。

    義理の父から、嫁の私へ贈られる、母の日のカーネーション。

    確かに私は母である。
    間違いなく。

    しかし、私は彼の母親ではない。
    なぜこの日を選んで義理堅く、ありがとうと言ってくるのか。

    なぜ母の日なのだ。
    確かに私は母である。
    間違いなく。

    いや、しかし
    ああ、だめだ。思考回路がエンドレス。

    「お母さん、ありがとうって、な?わっはっは。」
    ……いや、わっはっはじゃありません。

    なぜ、照れもせず、赤いカーネーションを手渡せるのか。
    なぜ、堂々と、「お母さん、ありがとう」と言えるのだ。
    鋼のようなメンタルだ。もはや私が産んだ錯覚すら覚える。

    そういえば、娘が保育園の時に
    「ええっ!パパはママから産まれたんじゃなかったの!」
    と愕然とした顔で問われたことがあった。

    「パパも産んでいないし、ましてや、みつぞーも産んでいません」
    血のつながりがバグっている。
    いや、今はその話ではない。

    言いたいことは山ほどある。
    溢れ出すツッコミをぐっと下っ腹に堪えて、
    麦茶を差し出す。
    みつぞーはそれを一気に飲み干す。

    準備は整った。

    喉を潤し、コンディションを万全に整えた彼が、
    これから繰り広げるであろう「みつぞー劇場」。
    彼の顎はもう、止まらない。


    みつぞー密着24時

    ターラッタラー♪(情熱大陸)
    タリラーリラーララー

    みつぞーの1日は短い。
    活動時間はおそらく普通の人の半分にも満たないのではないか、と思う。

    歳を取ると、眠るのも疲れるなどと、よく聞く話だが、もれなく私も最近は朝が異常に早い。
    猫よりも先に目覚めてしまう。
    だからと言って、昼寝をするわけでもなければ、早く就寝するわけでもない。
    歳を取って睡眠が辛くなった。

    私より30歳以上歳も取っているはずのこの老人。みつぞー。きっかり16時。
    その時間になると、ノルマのように焼酎とビール、つまみを自分で準備する。
    面倒な時はスーパーのお惣菜コーナーで適当に見繕って買ったものを食べるし、その他はだいたい鶏肉を焼いて食べる。

    だいたい鶏肉の骨付きもも肉。
    「なんで骨付きなの?」と聞けば、
    「骨付きでないと、しゃぶれんから」 と、至極当然のように答える。

    昨日は、何を食べたの?と聞くと骨付き肉。
    いつも何を食べてるの?と聞くと骨付き肉。

    山賊の暮らしを聞いているかのようにほぼ骨付き肉を食している。
    骨付き肉の骨をしゃぶりながら、テレビに喋りかけて酒を飲む。
    義母がいた時からほぼ何も変わっていない。

    あれよあれよという間に、時計は午後5時。
    みつぞーの刺繍糸のような目はもうほぼ閉じていると言っていい。

    テレビの前に設えたテーブルから、ゴソゴソとお尻だけを器用にずらして布団へ移動。
    本日もお疲れ様でした。就寝。
    たとえ我が家に泊まりに来ていても、このルーティンは鉄壁だ。
    山賊焼きを掲げ、万物の頂点に立つ男には、他人の時間軸など存在しない。

    カチコチ、カチコチ。

    午前2時。お気づきだろうか、彼はもう7、8時間は寝ている。
    ふらりと起きてトイレを済ませると、無言で布団に倒れ込み、秒で寝息を立て始める。

    午前3時。 二度目の尿意。一度脳裏をよぎった尿意からは、逃れられない。

    午前5時。 お待たせしました。いよいよ「みつぞー」の幕開けである。
    驚くべきことに、彼は毎日12時間たっぷり眠る。
    途中、二度の「休憩」を挟むとはいえ、これほどの熟睡、凄くないだろうか。

    目覚めた彼は、まず窓を全開にし、床掃除を始める。
    台所、洗面所、玄関。
    ハンドル付きのバケツにモップを浸し、遠心力でぐるぐる回す。
    みつぞーはこれを誇らしげに「機械(マシーン)」と呼ぶ。手動だけど。
    家の外まで箒で掃くその姿は、かつて義母がしていた通りだ。

    掃除を終えると、神棚と仏壇に手を合わせる。
    仏壇の生花は、絶対に欠かさない。
    亡き義母のために。
    ……一言いいだろうか。
    私は死んでからじゃなく、生きているうちに花束が欲しい。
    あ、みつぞーからではなく、夫から。
    ※みつぞーからは先に書いた通り、です。
    詳しくは『みつぞーと母の日』でご覧ください。

    ちなみに、みつぞーが義母にカーネーションを贈っている姿は一度も見たことがない。
    ひと通り掃除を終えると、やっと朝ごはん。
    レトルトの味噌汁に白米と漬物。
    パウチのおかゆの時もある。
    ゆるりとしているとすぐに8時ぐらいになってしまう。

    そしたら散歩だ。
    1時間くらいかけて気が向く方向へ足を伸ばす。
    歩幅が小さい割に早足なのか、結構なところまで行っちゃってる。
    あまりに順調に歩みを進めると、帰りが大変になるからそこそこでUターン。

    家に戻ると、お昼ご飯を作り出す。
    昼食後に小一時間お昼寝タイム。
    起きたら2時3時。

    テレビをつけてボーっとしてると、午後4時。

    「あ、もう4時か。酒の準備せんとな」

    言いたいことがあれば、さっさと伝え、
    思い立ったらすぐに動かないと間に合わない。

    みつぞーの1日はあっという間。


    みつぞーと鉢植えカーネーション

    市区町村の物価高対策で配布されたQRコード決済。
    これにまつわる、みつぞーの愚痴が始まった。
    始まったが最後、なかなか終わらない。
    スマホの画面を、驚くほど太い人差し指で激しくつついている。
    手自体はさほど大きくないのに、指だけが異様に肉厚なのだ。
    例えるなら、ミッキーマウスの手袋の手。
    あぁ、でもあいつは4本指だったか。
    5本詰まっている分、みつぞーのほうがより過密で、より太い。
    そんな不器用極まりない指先で、
    「自分は理解しているが、周りの老人は分かっていない」
    という謎のマウントを全方位に投げ散らかしている。
    しかし、聞いていて何より不可解なのは、彼の中の固有名詞がことごとく「3文字」で強制終了されていることだ。
    ドラッグストアのコスモス薬品は「コスモ」。
    スーパーのマックスバリュは「マック」。
    人の名前だって、一将(かずまさ)なら「かずま」。
    そこまで呼んだのなら、あと一息だ、最後まで言い切ってやれよ!
    「ス」や「さ」の立場はどうなるんだ!私の喉元まで出かかったツッコミを、麦茶と一緒にゴクンと飲み込む。
    みつぞーはみつぞー。
    いや、彼だけはしっかり4文字なのが、なんだか無性に腹立たしい。
    それにしても、あの太いミッキー指で液晶を圧迫する力が強すぎる。
    そのうち画面がバキバキに割れるんじゃないかとヒヤヒヤして、私は思わず、
    「そんな強く押し付けなくても反応しますよ……」
    と助言した。
    するとみつぞーは、今度はその行き場をなくしたイライラをテーブルの上に委ねて、人差し指でコツコツコツコツと叩きだした。
    ……あぁ、この癖は遺伝している。
    我が家のリビングを見渡せば、主人が全く同じリズムでテーブルをコツコツと叩いているではないか。
    主人のコツコツと、みつぞーのコツコツが、今まさに共鳴している。
    時空を超えた血のセッション。
    悪夢だ。
    ところで、肝心のみつぞーは、さっきから本筋が完全に迷子だ。
    スマホのシステムへの罵詈雑言を並べ立てていたはずが、話が通じないもどかしさに、ついには当の本人が、
    「ええいクソ! 分からん!」
    と匙を投げた。
    結局、彼が何に怒り、何を伝えたかったのか、何ひとつとしてこちらには届いてこない。
    全方位的な支離滅裂さに、こちらもなすすべがない。
    届いたものといえば、母の日のカーネーションにお土産の串団子。
    それに、孫へのお小遣いだ。
    それらを届けるためだけに、彼は片道三、四十分の道のりを自転車でやって来る。
    ゼイゼイと肩で息を荒くしながら玄関に立つその姿は、なんと殊勝なことか。
    そして驚いたことに、今年のカーネーションは1本っきりではなかった。
    なんと、鉢植えにまで進化している。
    もちろん、子供のイラスト入りの「お母さんいつもありがとう」のステッカーも、植木鉢のど真ん中に堂々と鎮座している。
    みつぞーは、あの忌々しいQRコード決済を「コスモ」か「マック」で無事に使いこなせたのだろうか。
    それとも、レジで「ええいクソ!」と叫んで現金で払ったのだろうか。
    結局のところそれは謎のままであるが、我が家のベランダには今、みつぞーの謎の達成感が詰まった真っ赤な鉢植えが、初夏の風に吹かれて美しく佇んでいる。


    みつぞーとお片付け

    「お片付けしなさい」  小さい頃に言われたこと、ないですか?  
    おもちゃをおもちゃ箱にお片付け。
    本を本棚にお片付け。  
    あるべきものを、あるべき場所へ。
    私は子供の頃から割とこういったことが得意だった。
    得意だと言うよりはむしろ、強迫めいていた。
    だって、私の部屋はたったの3畳。
    それなのにタンスも勉強机も本棚まで置いてあったから、勉強机の椅子を引くのと同時にタンスの引き出しは開けられないという狭さだった。
    小5で引越しするまでのほぼ大半の小学生時代を、この3畳の部屋で過ごしていた。
    夏休み前になると、学校に置いていた物を次から次へと持ち帰らないといけない。
    4段の引き出しのタンスの上に積み重なる道具たち。創作意欲満々でどデカい図工作品なんか作ってしまった日には、3畳の部屋の前で立ち尽くした。  それでも、そんな部屋の狭さを毎度忘れてしまうしょうもない子供だった。
    なぜに3畳になったかというと、元々縁側の端っこだったところに父親がアコーディオンカーテンを取り付けて仕切ってくれたのだ。
    一丁前に「自分の部屋が欲しい」と駄々をこねたら、いとも簡単に願いが叶った。
    しかし、簡単に叶った願いは、いとも簡単に理想の姿を崩していった。
    縁側の硝子戸もあるので、それ以上には広くできない故の3畳。
    押入れ?と思いきや、ちゃんと窓も付いていた。
    風通しのその窓には、防犯用に縦に並んだ木製の格子が付いていて、小学生の私が木の棒を左右の手で握り、隙間から外を覗くと、幽閉されたお姫様気分を味わえた。
    だが、外からそれを見た兄に、 「新種のサルがこっちを見てるぞ!」 と
    からかわれて、二度とその窓から外を眺めなかった。
    この3畳の部屋が、すべての私の片付けの源だ。  
    小学生にして、すでにミニマルを強いられていたのだから。

    それと、もうひとつ。
    このサイズはここにピッタリ、といった空間認識能力なるものも多分にこの部屋で培われたと思う。  
    勉強机の引き出しの中は牛乳パックの仕切りやプリンの空容器がきっちりと収められていた。
    使いかけの消しゴムの居場所、余った鉛筆キャップの置き位置、クリップ達の挟み位置。  
    今もそれと全く変わらず、使いかけの生姜の置き位置、余ったネギの居場所、次の出番を待つ間、それらのチマチマした物達は最後の最後まで使いきられるように自分の定位置でじっとしている。
    あるべきものを、あるべき場所へ。  
    このサイズはここにピッタリ、といった私の空間認識能力は、間違いなくあの3畳の部屋で育まれた。
    私の世界は、いつだって美しく片付いている。

    そんな私の完璧な秩序を、片道三、四十分かけて自転車を漕ぎ、跡形もなくぶち壊しにやってくる男がいる。
    みつぞーだ。  
    出された麦茶をグイッと喉へ流し込み、コンディションを整えた彼の顎が勢いよく動き出す。
    しかしその瞬間、私は彼の口元に、あってはならない不穏な「空間」を見つけてしまった。  

    下前歯が、抜けている。  

    見事な一本分の空白。
    そしてあろうことか、その隙間から、ピンク色のべろをちょろちょろと見え隠れさせているのだ。
    まるでかつて窓の外を覗いた私以上の「新種の生物」だ。

    みつぞーの得意げな話が、ひとつの区切りを迎える。  
    その刹那、それまで落ち着きなく動いていたべろが、スッとその下前歯の隙間へとはまり込んだ。  
    ぞっとした。
    完璧な収まりだった。
    牛乳パックの仕切りにきっちり収められたクリップのように、数ミリの狂いもなく、そこへ「お片付け」されたのだ。  
    この新種の生物「べろちょろ」は、私と同じ、いや、私を遥かに凌駕する空間認識能力を備え持っているらしい。
    みつぞーのホラ話が一段落する、まさにそのタイミングを完璧に測り、あるべき場所へ、あるべき姿でおさまる。  
    話が終われば、片付く。
    そういうシステムなのだろうか。

    「お父さんがその気になったら、ノーベル賞も夢じゃないぞ。ただな、取らんだけ」  
    みつぞーが次のホラ話を一区切りさせる。  

    スッ。
    まただ。
    完璧に片付いた。  

    散らかし放題の人生を送ってきたみつぞーの口元で、そのべろだけが、私の美学を嘲笑うかのように、あまりにも美しく定位置へと収まり続けている。私は差し出した麦茶のグラスを握りしめたまま、その完璧な「お片付け」の儀式から、どうしても目が離せなかった。


    みつぞー、あの世に行く(偽)

    もうずいぶん昔の話。
    十数年前のみつぞーは今よりもっともーーっと酒を呑みまくっていて、今よりずっとずーーっと激しく酔っ払いだった時のこと。

    夜中に不気味な轟音が実家に響き渡った。まだ存命だった義母が階段の下で叫んだ。

    「お父さん!」
    「お父さん!しっかりして!」
    「お父さーん!!」
     
    何ごとかと二階で寝ていた私達夫婦も目を覚ました。
    トイレと玄関の前の冷たい床の上にいたのは、軍隊ばりの「気をつけ」の姿勢で、綺麗にうつ伏せで倒れているみつぞー。
     
    ピーンと伸びた足、体に添えられた両手。 
    冷たい板と接着したみつぞーのおでこと鼻。
    どう倒れると、そのような姿勢になるのか不可解な気絶のしかただ。
    「お父さん!」義母がみつぞーの肩を揺さぶる。
    ピクリとも動かずに意識のないみつぞー。
     一同騒然。一瞬で緊迫した空気が流れた。

    「息、してる!?」
    「わからないっ……」
    「救急車!!」
    慌てふためきながら、119番通報する。
    その間も義母が直立不動のみつぞーを揺さぶり続ける。
    「お義母さん、揺さぶらない方がいいかも……」
    私は義母の肩に手をかけた。「もし脳梗塞だったら」と思うと、動かすのは危険だ。

    義母の肩も、私の手も、小刻みに震えていた。
    わずか数分の待ち時間が、処置が間に合わないかもしれないという不安のせいで、果てしなく長い時間に感じられた。

    救急隊員が到着し、ストレッチャーで運ばれていく。
    依然意識のないみつぞー。

    「救急車には1人しか付き添えません。どなたが乗りますか?」
    隊員に促され、義母が震える右手を左手で支えながら、ピシッと挙げた。
    「はい。私が行きます!」
    覚悟を決めた特攻隊員だ。
    軍隊のような姿勢のままのみつぞーと、特攻隊員の義母が車の中に消えた。

     いざ出発!
     ……というまさにその時、数メートル進んだ救急車が急に停まった。
    ハッとした表情の義母が車から降りてドタドタと走ってくる。
    「靴!お父さんの靴!」
    みつぞーの靴を胸に抱えると、「すみませんすみません」と頭を下げながらまた走っていく。
    数メートル先にいた救急車がバックライトを照らしながら、ゆっくりとバックしてきた。
    「じゃっ!行ってくる!」
    気合いを入れた義母の言葉と同時に車のスライドドアがスローモーションで閉まった。
     靴て……。あぁ帰りには歩かせるのね。
    今まで緊張で息を止めていたせいだろうか。その慌てているけど何故か間の抜けたゆったりとした時間に、思わず深く深呼吸してしまった。
     さっきまでの緊迫感よ。どこ行った?
    病院に到着し医師からの診断は
    「……ただの泥酔ですね、ぐっすり眠っていらっしゃいます……」
    ……知ってた。いや、途中から薄々感づいてはいたけれど。

    翌朝、病院の上質なベッドでよく眠れたみつぞー。信じられない程の晴れやかな笑顔で帰ってきた。

    みつぞー、今日もこの世に、ありにけり。


    みつぞーと七回忌


    義母の七回忌だった。
    親戚縁者が集まるこういった儀式を、みつぞーは手ぐすね引いて待っている。

    お坊さんのお説法が始まった。
    白骨の章を詠んだあと、人間はいつか必ず死ぬのですが、もし自分が死んでお浄土に向かう時、待っている故人へ何かお土産を持っていきたいと思いませんか、と問われる。
    「故人の好きだったものは何でしょうか」

    主人も義姉も、みつぞーに至っても、誰も何も思いつかないようだった。
    しかし、私は真っ先に浮かんでいた。

    (みつぞー。)

    もし、私がこの中で一番先に死ぬのなら、きっとみつぞーを連れて行く。
    いやだいやだと足の指に力を込めて、私に引かれる手を振り解こうとするみつぞー。
    「まだ酒が残っとる!」と、置いてきたグラスを必死に掴もうとするだろう。

    そして、あの世でギョッとする義母。
    「要らない要らない!」 みつぞーの頬っぺたを一生懸命押し返す。
    全力の拒絶だ。
    「早く、貰って下さい!」
    押し付ける私。
    「そもそもお義母さんの物ですよ! 置いて行くなんてひどいじゃないですか!」
    「もうやめて〜」 逃げ出す義母。
    みつぞーの手を引き追いかける私。

    あぁ、お線香の煙の中で、私の妄想が止まらない。


    無事にお経も終わり、皆で会食する。
    みつぞーが事前に頼んでおいた鉢盛やお寿司に、ビールと焼酎。
    時間の経過と共に、今度は私が現実世界でギョッとした。

    みつぞーの偽物がいる!

    と、思ったら旦那だった。

    焼酎のグラスを掲げて、自信満々にのたうちまわる、こやつ……。
    声は次第に大きくなり、話す内容は「俺は、俺は、」
    さっきから「俺主張」がエンドレスだ。
    遺伝が発動してしまった。DNAの恐ろしさを感じる。

    そこへ、本家本元の壮大なみつぞーが一言。

    「俺は俺はってうるさいんだよ!」
    「……って、お前、誰だ?」

    「え? 俺だよ」
    旦那が、みつぞーの視線に射抜かれたように固まっている。
    視点は合っているのかいないのか、みつぞーは旦那の顔をじっと見つめたかと思ったら、

    「知らん!」

    いってのけた。一刀両断、快刀乱麻。

    それからうつろな目を義姉にスライドさせると、

    「お前が連れ込んだのか!」

    おいおいおいおい。 とんだ火の粉が降りかかった義姉。
    「ちょっと、飲み過ぎよお父さん! しっかりしてよ!」 怒り狂う義姉。

    たしか前回もこんな感じで、実の娘からはっ倒されたのではなかったか?
    そんなこんなで、今回の法事もしっちゃかめっちゃかな結末を迎えるのだった。


     
     
    猫と暮らしています。ゆる~く投稿します。ほぼほぼ読専です。

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