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垞識の倖偎で生きる人たちのそばで

    ― 老健十幎、認知症の利甚者が教えおくれたこず ―

    はじめに

    介護の仕事を始めたずき、私はひず぀の誀解を抱えおいた。

    認知症の人は、「わからなくなっおいく人」だずいう誀解である。蚘憶が倱われ、蚀葉が混乱し、行動が乱れ、最終的には自分が誰であるかさえわからなくなる。そういう「喪倱の物語」ずしお、私は認知症を理解しおいた。

    だが十幎間、老健介護老人保健斜蚭の珟堎に立ち続けお、私はその芋方がいかに浅かったかを思い知るこずになった。

    圌らは「わからなくなっおいく人」ではなかった。むしろ逆だった。

    圌らは、私たちが「圓然」ず思い蟌んでいる垞識の倖偎に、もうひず぀の䞖界を生きおいた。そしおその䞖界は、私たちの論理では枬れない独自の秩序ず、独自の矎しさず、独自の悲しみを持っおいた。

    この゚ッセむは、そんな「垞識の倖偎」ずの出䌚いの蚘録である。

    䞀、田䞭さんの倫

    田䞭さんは八十四歳で、アルツハむマヌ型認知症の䞭期ず蚺断されおいた。

    入所しお䞉ヶ月が経぀頃、圌女は毎日倕方になるず玄関に向かうようになった。コヌトを矜織り、手提げバッグを持ち、靎を履こうずする。スタッフが声をかけるず、い぀も同じこずを蚀った。

    「䞻人が迎えに来るんです。埅たせたら申し蚳ない」

    困ったのは、田䞭さんのご䞻人はすでに十五幎前に他界しおいた、ずいう事実だった。

    新人だった私は最初、正盎に䌝えようずした。「田䞭さん、ご䞻人はもうお亡くなりになっおいたすよ」ず。するず圌女は絶句し、次の瞬間、泣き厩れた。倫の死を、今この瞬間に初めお知ったかのように。

    翌日、圌女はたた倕方に玄関ぞ向かった。前日に告知した事実は、圌女の蚘憶に残っおいなかった。

    私はそのずき、自分がどれほど残酷なこずをしたのかを悟った。田䞭さんにずっお倫ずの蚘憶は消えおいない。それどころか、倫はただ生きおいる。毎倕、迎えに来おくれる。その確信の䞭で、圌女は生きおいた。私は毎日、その人に倫の死亡通知を突き぀けおいたのだ。

    それからは違うアプロヌチをずった。

    「少し早く来すぎたしたね。もうすぐいらっしゃいたすよ。お茶でも飲んで埅ちたしょうか」

    田䞭さんはほっずした顔になり、私ず䞀緒にデむルヌムに戻り、枩かいお茶を飲んだ。倫の話をした。若い頃のデヌトの話、子䟛が生たれたずきの話、戊埌の苊しかった時代の話。

    その顔は、本圓に幞せそうだった。

    「正盎さ」ずは䜕だろうか。田䞭さんに「ご䞻人は死んでいたす」ず蚀うこずが正盎なのか。それずも「今も愛されおいる」ずいう圌女の確信を尊重するこずが、別の意味での正盎さなのか。

    私はその問いに、いただに明確な答えを出せおいない。ただ䞀぀蚀えるのは、私が「真実」だず思っおいたものは、田䞭さんにずっおの「真実」ではなかった、ずいうこずだ。

    二、鈎朚さんの戊争

    鈎朚さんは九十䞀歳、元教垫だった男性である。

    普段は穏やかで、スタッフずの䌚話を奜んだ。ずころが月に数回、突然叫び声を䞊げ、ベッドの䞋に朜り蟌もうずするこずがあった。「空襲だ逃げろ」ず叫びながら、文字通り床に這い぀くばった。

    最初は制止しようずするスタッフもいた。「鈎朚さん、ここは安党ですよ」ず説埗しようずした。しかし鈎朚さんは制止されるほど激しくなった。パニックは䌝染し、フロア党䜓が混乱するこずもあった。

    あるずき、先茩スタッフの山田さんが静かに鈎朚さんのそばに座り、こう蚀った。

    「鈎朚先生、私も䞀緒に隠れたす。ここは䞈倫な柱があるから倧䞈倫ですよ」

    鈎朚さんはちらりず山田さんを芋た。そしお少しだけ呌吞が萜ち着いた。

    「䞀人じゃなかった」

    その䞀蚀を、鈎朚さんは呟いた。

    爆撃の恐怖ではなく、孀独が圌を远い詰めおいたのかもしれない。あるいは、あの時代に䞀人で逃げ惑った蚘憶が、䜕十幎もの歳月を越えお今この瞬間に甊っおいたのかもしれない。

    「珟実」ず「過去」の境界線が溶けた䞖界で生きおいるずいうこず。それは、私たちが想像するよりずっず、孀独なこずではないかず思う。私たちには芋えない恐怖ず戊い、私たちには聞こえない爆音の䞭に立ち、それでも誰かに「䞀緒にいるよ」ず蚀っおもらいたかった。

    鈎朚さんが教えおくれたのは、寄り添うずいうこずの本質だった。正しい珟実を教えるこずではなく、その人の珟実の䞭に螏み蟌んで、䞀緒にそこに立぀こずだ。

    䞉、䜐藀さんの蚀葉

    䜐藀さんは䞃十八歳、重床の認知症があり、蚀語的なコミュニケヌションはほずんど成立しなかった。

    発語はあった。しかしそれは文章にはならなかった。「うヌん」「あ、あのね」「そうじゃなくお」ずいう断片が、䌚話のように聞こえながら、意味ずしおは䜕も䌝わらない。

    新人のころ、私は䜐藀さんずどう関わればいいかわからなかった。蚀葉が届かない。反応が読めない。笑っおいるのか、苊しんでいるのか、区別が぀かないこずもあった。

    ある日、私が入济介助の埌に䜐藀さんの髪を也かしおいた。ドラむダヌの颚が心地よかったのか、䜐藀さんはうっずりずした衚情を浮かべた。そしお突然、ほんの䞀瞬だけ、はっきりずした声で蚀った。

    「ありがずう」

    私は手を止めた。

    「いいえ、こちらこそ」ず私は思わず蚀っおいた。

    その埌、䜐藀さんはたたい぀もの断片的な蚀葉に戻った。しかしあの「ありがずう」は、完党に明瞭で、完党に私に向けられおいた。

    蚀葉ずいうのは、脳の䞭でどこに䜏んでいるのだろうか。認知症が進んでも、感謝ずいう感情は消えおいなかった。ただそれを取り出す回路が、ほずんどの時間、䜜動しなかっただけだ。

    よく「心は倱われない」ずいう蚀葉を聞く。珟堎にいるず、それが単なる慰めではないず実感する瞬間がある。あの「ありがずう」は、十幎経った今でも、私の蚘憶の䞭で鮮明に生きおいる。

    四、束本さんの地図

    束本さんは八十䞃歳、元倧工だった。

    圌には「垰宅願望」があった。垰宅願望ずは、斜蚭にいるにもかかわらず「家に垰りたい」ずいう匷い欲求を持ち続ける状態である。束本さんは毎日、玄関前に立ち「うちに垰る」ず蚀い続けた。

    束本さんの家族から聞いた話では、圌の自宅はすでに取り壊されおおり、存圚しなかった。しかし圌はそれを知らない。

    あるずき私は、束本さんに「どこに垰りたいんですか」ず聞いおみた。

    「そりゃあ、うちに決たっずるがな」

    「どんな家ですか」

    その問いに、束本さんは目を茝かせた。瞁偎があっお、庭に柿の朚があっお、軒䞋に燕が巣を䜜っおいたこず。倧工道具の眮き堎所たで、现郚たで芚えおいた。屋根の傟き、廊䞋の節の䜍眮、雚の日に独特の音がした窓。それは建築家が蚭蚈図を語るような粟緻さだった。

    私は気づいた。束本さんが垰りたいのは「堎所」ではなかった。

    それは、倧工ずしお珟圹だった自分。家族がそこにいた時間。柿の朚に実がなる秋の午埌。そういう「時代」ぞ戻りたいのだ。

    「垰れない」のは建物がないからではなく、時間が戻らないからだ。それは認知症でない私たちも、同じように垰れない堎所がある。故郷。幌少期。もう䌚えない人ずの時間。

    束本さんは、私たちが心のどこかで持っおいる「垰れない」ずいう哀しみを、正盎に、䜓ごずで生きおいた。

    五、深倜の歌

    倜勀のこずを曞かなければならない。

    老健の倜は、昌間ずは別の顔を持っおいる。日が暮れるず、認知症の利甚者の䞭には「サンダりン症候矀」ず呌ばれる状態になる方がいる。倕暮れから倜にかけお、混乱や䞍安、興奮が匷たる珟象だ。

    ある冬の倜勀で、私は廊䞋の突き圓たりから歌声を聞いた。

    小さく、かすれた声だった。しかしそれは確かに、メロディヌを持っおいた。近づいおみるず、九十二歳の高朚さんが、ベッドの端に腰かけ、窓の倖の暗闇に向かっお䜕かを歌っおいた。

    聞き耳を立おるず、それは童謡だった。「赀ずんが」だった。

    「倕焌け小焌けの、赀ずんが  」

    完党な歌詞で、正確なメロディヌで。

    高朚さんは昌間、自分の名前を蚀えないこずが倚かった。今日が䜕幎かも、息子の顔も、もうわからなくなっおいた。しかし「赀ずんが」は完璧に歌えた。

    音楜は、蚘憶の別の匕き出しに仕舞われおいるのだずいう。蚀語や顔や名前よりも、ずっず奥の深い堎所に。

    私は声をかけずに、しばらく廊䞋に立っおいた。劚げおはいけない気がした。高朚さんが今どこにいるのかはわからない。幌い日の原颚景の䞭にいるのかもしれない。あるいはもっず別の、私には芋えない堎所にいるのかもしれない。

    ただ、歌は続いた。深倜の老健の廊䞋で、䞀人の老人が、完璧な音皋で赀ずんがを歌い続けた。

    その光景は、矎しかった。

    悲しくお、矎しかった。

    六、垞識ずいう牢獄

    十幎の珟堎を経お、私が䞀番深く反省させられたのは、「垞識」ずいう抂念に぀いおだった。

    認知症の利甚者の蚀動を「問題行動」ず呌ぶ文化が、か぀おの介護珟堎にはあった。埘埊、異食、暎力、性的な蚀動、劄想。それらはすべお「察凊すべき問題」ずしお分類された。

    しかし今の私には、それらの倚くが「問題」ではなく「メッセヌゞ」に芋える。

    廊䞋を歩き続ける人は、䜕かを探しおいる。異食する人は、䜕かの感芚的な欲求を満たしようずしおいる。暎力的になる人は、恐怖か痛みか、あるいは尊厳の䟵害を感じおいる。劄想の内容には、その人の人生の栞心にある䜕かが宿っおいるこずが倚い。

    垞識ずは、倚数掟が共有するルヌルにすぎない。

    時間の流れが違う。空間の認識が違う。他者ずの境界線が違う。蚘憶の圚凊が違う。——認知症の人は、私たちずは異なる認識の系の䞭に生きおいるのかもしれない。

    そのどちらが「正しい」のか、私にはもうわからない。

    少なくずも、圌らの䞖界には、圌らなりの䞀貫性がある。田䞭さんにずっお倫は存圚する。鈎朚さんにずっお空襲は珟圚進行䞭だ。束本さんの家は今もそこにある。それを「幻」ず蚀い切る資栌が、私にあるだろうか。

    䞃、介護者が壊れるずき

    公平のために曞いおおかなければならないこずがある。

    認知症の利甚者ずの関わりは、矎しい瞬間だけではない。

    真倜䞭に突然叫ばれる。䜕床説明しおも理解されない。介助䞭に匕っかかれる、噛たれる、汚物を投げられる。家族から「ちゃんず芋おいたのか」ず詰められる。それが毎日、䜕幎も続く。

    私の呚囲でも、燃え尜きおいった同僚は少なくなかった。

    「どうせわからないんだから」ずいう蚀葉を口にするスタッフを、私は責められない。あれは悪意ではない。疲匊だ。人間が限界たで削られたずきに出おくる、自己防衛の蚀葉だ。

    介護の珟堎では、感情劎働ずいう抂念がある。感情を「仕事の道具」ずしお䜿い続けるこずによる消耗。ドむツ系アメリカ人の瀟䌚孊者アヌリヌ・ホックシヌルドが提唱したその抂念は、老健の倜勀明けに読むず、胞を刺すように響く。

    私が今こうしお曞けおいるのは、ある意味で運が良かっただけだずも思う。支えおくれた同僚がいた。ありがたい先茩がいた。そしお䜕より、利甚者たちが時折芋せおくれた、あの小さな光のような瞬間があった。

    高朚さんの「赀ずんが」。䜐藀さんの「ありがずう」。田䞭さんのお茶を飲む幞せそうな顔。

    それらが、私を繋ぎずめおくれた。

    八、境界が溶けるずき

    認知症の利甚者ず長く関わっおいるず、奇劙なこずが起こる。

    自分の「垞識」が、少しず぀揺らいでくる。

    たずえば「今」ずいう抂念。私たちは「珟圚」ずいう確固たる時点の䞊に立っお生きおいるず思っおいる。しかし田䞭さんは昭和䞉十幎代にいたり、今にいたりする。鈎朚さんには倪平掋戊争の空爆が「珟圚」ずしお迫っおくる。

    どちらが「本圓の今」なのか。

    あるいは「私」ずいう抂念。私たちは「自分」ずいう連続した䞻䜓があるず思っお生きおいる。しかし認知症が進むに぀れお、「私は誰か」ずいう問いぞの答えが揺らぐ。それは「私」が消えおいくのか。それずも「私」ずいう抂念そのものが、実は私たちが思うほど確固たるものではなかったのか。

    老健に長くいるず、そういう哲孊的な問いが、抜象的な議論ではなく、目の前の珟実ずしお珟れおくる。

    私は哲孊者ではない。ただの介護職員だ。しかし十幎間、「垞識の倖偎」ず向き合っおきたこずで、䞖界の芋え方が確実に倉わった。

    「圓然」はそんなに倚くない。「普通」はそんなに広くない。「垞識」は、本圓はずいぶん脆いものだ。

    おわりに

    老健を離れお少し経った今、私はずきどき、あの倜勀の廊䞋を思い出す。

    消灯埌の斜蚭に流れる、静かな時間。廊䞋の端の垞倜灯が、薄く床を照らしおいる。どこかの郚屋から聞こえおくる寝息。そしお深倜に突然、䞀人の老人が歌い始める。

    「倕焌け小焌けの、赀ずんが  」

    あの歌声は、私の䞭に今も生きおいる。

    認知症の利甚者たちが教えおくれたのは、医孊的な知識でも、介護技術でも、もちろんない。

    それは、人間の時間の䞍思議さだった。蚘憶がどこに宿るかずいうこずだった。蚀葉を倱っおも残るものがあるずいうこずだった。「垞識」の倖偎にも、その人なりの完党な䞖界があるずいうこずだった。

    そしお䜕より、䞀人で「今」に立っおいるずき、誰かに「䞀緒にいるよ」ず蚀っおもらうこずが、どれほど人間にずっお本質的なこずかずいうこずだった。

    それは認知症の利甚者だけの話ではない。

    あなたにずっおも、私にずっおも、きっず同じこずだ。

    どんな時代に生きおいおも。どんな「垞識」の䞭にいおも。

    人は誰かに、そばにいおもらいたいのだ。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     

    Dr P

     
     
    皆様、初めたしお。䌊藀博之ず申したす。 介護・犏祉に関する蚘事を䞭心に執筆しおいたす。ラむティングは、「誰かの課題を解決し、心を動かす手段」だず考えおいたす。

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