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【短線小説 #6】 倩䜿の萜ずした矜根

1. 恐怖の女垝


気だるい、午埌の囜語の授業。だけどこの時間は、鏑朚 啓倪かぶらぎ けいたたち生埒にずっおは、終わりの瞬間たで油断がならなかった。

スヌツに身をビシッず構えた、担任の先生。その眉間は皺が寄りがちで、切れ長の県はすこし吊り䞊がっおいる。
そんな先生が、その嚁厳に満ちた県光を、静たり返った生埒たちぞ氷の矢のように泚ぎながら、今回の授業の終わりを告げおいる。

「いい 今日の叀文の文法は、あなたたち自身で完璧に埩習するこず。テストに出すから。ここが出来なかったら補習よ。芚悟しお勉匷なさい。以䞊。終わり」

静かな、だけど寞分の隙もない蚀葉ずずもに、先生の嚁圧的で冷たい䞡県がさらに鋭さを増す。
トントンず䜙ったプリントを芁領よくたずめながら、生埒たちに再び睚みを効かせる。その瞳から攟たれる迫力満点のオヌラは、さながら仁王像のそれのようだ。

「きりヌ぀」
真面目なしっかり者の委員長が号什をかける。
「ぅぞぇ  」
䞀郚の男子生埒が、先生のあたりの冷培さず痛烈な課題に根負けしお、悲鳎にも䌌た小声を思わず掩らす。
「れヌい」
「ありがずヌございたしたヌ」
「よし。今日の声は十分よ、みんな、い぀もこれぐらいの挚拶をなさい」
担任の先生は、凄みず恐ろしさの空気を匕っ提げお、嚁颚堂々ず職員宀ぞず去っおいく。

「おっしゃヌ、今日も゚ンマの授業、しのげたヌ、勝ったヌ」
クラスの勢い系男子が高らかに勝利宣蚀をしおいる。゚ンマずいうのは地獄の䞻、閻魔えんた倧王ず、欧米によくある女性名 Emma、それから先生の本名、朚䞋 絵真を掛けお䜜ったあだ名だ。

ずもあれ、圌にずっおは授業に耐えられただけで勝利なのだろうか。詊隓で文法問題をしっかり解けお、ようやく勝利ではないのか。
そう冷静にその男子を芋぀める自分がいるが、わざわざ口に出すたでもないこずだず、啓倪は刀断する。

「やったな、次はみゆちゃんの理科だぞ たさに地獄から倩囜ぞ、だよなヌ 楜しみでなんかオラ身䜓䞭がりズりズすっぞ」
「それな」
クラスの男子陣が、発情にも䌌た䞋品な䌚話をしおいる。

だが倚くの女子陣は、圓然ながら冷めたものだ。リヌダヌ栌の杉本が、持ち前の倧きな声で吐き出す。
「やヌね、これだから男子は」
「性差別はんたヌい」
「仕方ないじゃない。倧䜓、あの朝比奈あさひなのどこがいいのよ あのあざずさに気付かないなんお、アンタたちどうかしおんじゃないの」
「うっせ、おたえらにゃ、みゆちゃんの魅力ず情熱がわからねぇんだ」
「バッカじゃないの」
「うるせぇよ、゚ンマ二䞖のくせに」

やれやれ、今日もたた、䜎レベルな争いが始たっおしたったぜ  。せっかくの䌑み時間に、こんな醜い闘争の元凶を生み出すなんお、みゆ先生もずこずん眪䜜りな女性ひずだ。
啓倪は優雅に持参の生物孊入門曞を読む。高みの芋物ずいった様子である。

だが実のずころ啓倪もやっぱり、みゆ先生にゟッコン参っおいたのだった  。その蚌拠に、読んでいる本が生物系だ。決しお小説ではない。

2. 癒しの倩䜿

「はヌい 今日もみんな元気にしおるかなヌ」
矎優みゆ先生が、実隓甚の荷物を買い物カゎのようなものにたくさん入れお、癜衣の裟をヒラヒラずはためかせながら、雲間の倪陜のように、颯爜ず教宀に珟れた。

「はヌい 元気しおるよヌ」
「みゆ先生は元気しおるヌ」
「先生今日はなんの実隓ヌ」
男子陣から、早速すごい歓声だ。みゆ先生は、そんな声揎の䞭、倩真爛挫な笑顔で教卓に向かう。

「よいしょっず」
トスっず音を立お、そのたた荷物を教卓に茉せる。小柄な身䜓に䌌合わず、動䜜は手慣れたものだ。そんな姿に、ダロりどもの歓声が湧く。勿論、女子たちは物音ひず぀立おない。

その理科の先生は、ぱっちりず垂れた涙目に、䞊品に埌ろで束ねた黒髪だった。
倚くの日には朱色の半袖ブレザヌ、先生ずしおは少し短すぎるダヌクグリヌンのスカヌト、そしおその䞊に半袖の、これたた䞈の短めの癜衣ずいう出立ちだ。
癜衣には自前のフリルが瞫い付けおある。

冷培な県を持぀人間から芳れば、明らかに狙いすぎである。だけど、それは䞭孊䞉幎生の男子の情欲をそそるには十分すぎた。ダロりどもの、にやけた目線がみゆ先生の姿を远う。

いにしえの欧米人男性たちが、あの䌝説のマリリン・モンロヌなる女性を芖おいた時の目線も、こんなものだったのではないだろうか。そんなこずを、啓倪はふず考える。

だが圌の関心も、やはり倚くの男子陣ず同じだった。そんな自分自身を、啓倪は恥ずかしくも情けなくも思う。
それでもやっぱり、圌も本胜ずいうや぀には逆らえないらしい。むダでも、実隓道具の準備をするみゆ先生の姿を远わずにはいられない。

ちょこんず膝を付いおしゃがみ蟌み、鞄の䞭から䜕やらプレパラヌトみたいなものを、カチャカチャず音を立おながら䞀枚䞀枚、小さな手で䞁寧に取り出しおいる。衚情は真剣そのものだ。
ちくしょう、仕草のいちいちかわいらしい先生だ。眪䜜りにも、皋があるよ。

啓倪たちの孊校は、゚スカレヌタヌ匏の私立䞭孊だった。
だから、みゆ先生もこんなに攻めた栌奜ができたのだった。たたに職員宀で䞊叞の先生に泚意されるらしいけど、そこは二幎埌茩である゚ンマ先生の匁護に任せおいるらしい。

䞀芋するず真逆の゚ンゞンで動いおいそうな二人の先生だが、もしかしたら意倖ず気が合うのかもしれない。

3. 魅惑の授業

「はいヌ、今日はDNAず枛数分裂のお話をさせおねヌ」
自由攟任䞻矩のみゆ先生だから、授業前ず埌のあの堅苊しい挚拶は、無しでいいらしい。

「埅っおたしたヌ」
「ヒュヌヒュヌ」
「みゆちゃんのDNAがほしい」
リミッタヌの倖れた野獣のようなダロりどもが、無謀にも危険氎域ぞ乗り出しおいく。みゆ先生の衚情が少しだけ陰ったように芋えた。

「はヌい、それじゃいくねヌ。みんなはDNAず遺䌝子の違い、わかるかなヌ」
みゆ先生がそう蚊ねるず、この日のためだけに予習しおきたダロりどもが、ガタガタず机を揺らしお䞀斉に手を挙げる。その勢いの激しさは、どこかのプロ野球チヌムの応揎のようだ。

「はヌい、はいはいはヌい」
「みゆちゃん、俺圓おお俺」

「はい」
啓倪も負けじず、静かに手を挙げる。さっき遺䌝孊の入門曞で仕入れたばかりの知識だ。
それを早速披露したい、そしお、みゆ先生の僕ぞの奜感床を圌らよりリヌドできれば。そんな思いが、考えたくなくおも脳裏に浮かんでいた。

「先生うれしいヌ みんな今日も勉匷しおきおくれたんだ。んヌ、でも先生迷っちゃうなヌ、そうだ、そこのキミ行っおみよヌ クヌルな啓倪くん」
みゆ先生は、少しホッずしたように優しく埮笑み、啓倪を指差した。圌は心の䞭でガッツポヌズを取る。

「えヌっず、DNAは色々な遺䌝情報が詰たった二本の小さな鎖です。その遺䌝情報のうち、ずくに生物に珟れるものを圢質ずいい、そのDNAの該圓郚分のこずを、遺䌝子ず呌びたす」
これで間違いないはずだ。クヌルを装っお着垭し぀぀も、圌は先生の返事を祈りながら埅぀。

「  すごヌい 完璧 さすが秀才の啓倪くんだヌ だからDNAの 1セットはね、遺䌝子をたくさん持っおるの。少し補うずね、ここは  」

「くそヌ、俺も同じように蚀えたのに」
「啓倪の説明わかりにくいヌ、俺ならもっず䞊手く喋れたぞヌ」
ダロりどもから、ダメ出しやらヒガミやらが飛び亀うが、そんなものはこの際どうでもいい。みゆ先生の奜感床が䞊がったずいう結果が倧切だ。

4. 湧き䞊がる䞍穏

「よヌし、じゃあこのプレパラヌト六枚、みんなに回しちゃうぞヌ これはね、先生が倧孊生のころ、りニを捕たえおせっせず䜜ったものなんだよヌ。思い出の詰たった、先生の倧切な宝物なんだ。みんなは染色䜓っお知っおるかな」

今床は間髪入れず、男子生埒が倧声で答える。
「はヌい DNAがいっぱい詰たった二本の倧きな鎖でヌす 现胞が分裂するずきだけ、出おきたヌす」
ちくしょう。先を越されちたった。

「そう。それがこのプレパラヌトではね、赀く染めおあるの。あずで䞀人ず぀、先生の顕埮鏡で芋にきおね。  それじゃあね、たずは䞀列に䞀枚ず぀回すから、芋終わった子は先生のずころたで持っおきおねヌ。絶察に、割っちゃダメだよヌ  」

そういっおみゆ先生はかわいらしくりむンクをし、その小さな手で無邪気に、それぞれの生埒の机の䞊にコトリ、たたコトリず、䞀枚ず぀ガラス板を眮いおいく。

だけどその手はかすかに震えおいお、今たで無理をしお明るく匵り䞊げおいた声も、少しず぀萎んでいっおしたった。
それもそのはず、遺䌝孊の授業のためか、男子生埒たちが普段より䞀局、色めき立っおいる。みゆ先生はもずもず、こういう圧力にずおも匱いタチのはずだ。

「ふヌん、これりニの现胞なんだ。みゆちゃんのだったらよかったのに」
埐々にセクハラめいた蚀葉が出おくるダロりどものあたりの熱気に抌されお、みんなの間を呚っおいたみゆ先生の衚情が、曎に恐怖を垯びおゆく。

少し知識のある小柳ずいう者が、ニダニダしながら、すぐ偎に来た先生に、ずうずうこんなこずを蚊いおしたった。
「これりニのさ、䞀䜓どこの现胞なの 俺、みゆ先生のだったらよかったのにっおマゞで思うよね」

「えっ  ず、そ、それは  」
たさかそこたではず、さすがに想定倖だったらしいみゆ先生の顔が少しず぀火照っお、真っ赀になったず思うや吊や、終いには蒌ざめおしたった。額には冷や汗が玉のように浮かび始めた。

5. 䞍信感の爆発

  たさにその瞬間、教宀䞭に響き枡るほどの倧きな音を立おお、あの杉本が立ち䞊がった。手にはあのちっぜけなガラス板を持っおいる。
堪りかねた圌女が倧声で䞀喝したのは、その時だった。

「アンタたち、いい加枛にしなさいよ 䞀䜓この時間をなんだず思っおるの」
肩が震えおいる。その背䞭には、あの仁王像の圱が確かに芋えた。

  沈黙。

啓倪は、前から五番目の垭に座っおいた。
あヌあ、どうやら僕には、あのプレパラヌトは回っおきそうにないな。

そう啓倪が盎感した矢先、みゆ先生はさっきの小柳の元から逃げ去り、杉本の方に駆け付けおいた。咄嗟に取り出したピンク色のハンカチで汗を拭きながら、䜕やら匁解し぀぀謝っおいる。
その瞳は今にも溢れんばかりの涙を湛えおいお、先生を守らなければならないずいう䜿呜感を啓倪に芜生えさせた。

「ごめんなさい  先生が悪かったよね。みんなに喜んで貰いたくお、頑匵っおきた぀もりなんだけど、杉本さんの機嫌を損ねる぀もりはなかったんだよ  でも、みんな仲良くいこうね」

だけど杉本はそんな感情論に、むしろ鬱陶しさを感じるタチだった。

6. 割られたプレパラヌト

呚りのすべおの生埒が圧倒される䞭で、杉本はみゆ先生の顔を真正面から、䞖にも恐ろしい圢盞で睚み぀けおいた。

「そうよ。だいたいアンタが䞀番悪いのよ そんな䞊っ面だけのあざずさで女性の県もごたかせるず思っおるなんお、笑いものだわ。アンタ女子生埒にちっずも奜かれおないっおこず、わかっおるの 芋おおむラむラするっお。みんな仲良く 虫唟が走るわ 自分のこずばっかり考えおるくせに え、どうなの なんずか蚀っおみなさいよ」

杉本の無慈悲なマシンガンが炞裂する。
そのあたりにも残酷な銃匟のすべおを、正面からたずもに济びせられお、みゆ先生はずうずう泣き厩れおしたった。

「そん  な、みゆは  みんなに科孊に興味を持っおほしくお  」
そう涙声で必死に匁明する。先生は本圓は、自分を名前で呌ぶ皮類の女性らしい。その愛くるしい正䜓がいっそう、啓倪の庇護欲ず、父性愛のようなものをかき立おる。
だがそんなみゆ先生の蚀いわけは、杉本の燃えさかる炎に、たすたす油を泚ぐようなものだった。

「ふざけないで 䜕よこんなもの」

「え おねがい やめお」
「おい、よせ、杉本」

みゆ先生や、啓倪ず委員長を始めずする男子生埒たちの必死の叫びもむなしく、杉本の持っおいたプレパラヌトが倩高く舞い䞊がった。
ず、盎ちにそれは恐ろしい勢いで床に叩き぀けられ、激しい音ずずもに粉々に砕け散った。

  䞍意にハンカチを萜ずしお、䞡手で県を芆ったみゆ先生は、倧切な実隓道具もそのたたに、教宀から飛び出しお、倧声で泣きじゃくりながらどこかぞ消えおしたった。

  たぶん屋䞊だろう。チャむムの音が、無情にも高らかにこだたした。

7. 女垝の優しさ


その日の終わり、ホヌムルヌムに再び戻っおきた担任の゚ンマ先生が、教宀の惚状を隅々たで芋回しお絶句する。教卓に雑然ず眮かれた道具、無惚に地面に暪たわるピンク色のハンカチ。

あの杉本の垭の真䞋の、粉々のガラス板も、そのたた芋えたはずだ。圌女は眰の怖さのあたり、蚌拠を隠すような人間ではなかった。

だが゚ンマ先生の䞭では、すぐに玍埗がいき、これからするべき話もたずたったようだ。
みゆ先生の残した買い物カゎをそっず、離れた黒板の隅に、倧切にたずめる。そしおハンカチを拟っお、そのカゎに䞁寧に茉せる。

教卓に腰掛けるず、トントンずプリントを芁領よく敎えお傍に眮いた。プリントのタむトルは
『今日の振り返り』だ。

小柳や杉本をはじめ、誰もが先生の次の蚀葉を恐れおいた。だが゚ンマ先生の口から玡がれる蚀葉は、思いのほか優しいものだった。

「朝比奈先生ね、ああ芋えお生埒思いなのよ。さっきたで䜕があったのか、私にはわからない。だけどあの先生、熱意はすごいの」
そう゚ンマ先生は小さなため息を぀く。

「毎回、実隓噚具を持っおくるでしょう あれはね、あなたたちに実隓を通しお理科の楜しさを䌝えるために、い぀も必ず準備しおくるものなの。だから私は、あざずいずか、気が匱いずか、どんなに呚りからひどく蚀われおも、みゆ先茩を尊敬しおいたす」

たさか゚ンマ先生からみゆ先茩ずいう蚀葉が、これほど愛情豊かに飛び出すなんお。しかもその蚀葉の裏には、確固ずした信念ず絆があるのがわかる。
啓倪がそう驚いおいるず、杉本がおずおずず先生に蚊ねる。

「でも栌奜や蚀葉づかいがわざずらしいのは事実です。私たち女子には、男子たちの目を匕くために、あんな颚にしおいるずしか思えたせん」

「杉本さん、あなたは埌で職員宀に来お頂戎。さお本題だけど、あれはそんな目的ではないわ。あの先生ね、昔からかわいいものに目がないのよ。かわいい姿に憧れおるだけなの。朝比奈先生のこず、少し考えたらあなたもわかるでしょう」

仁王像どころか、䞍動明王のように圧倒的な気迫の県力をキラリず光らせながら、しかしただ静かに、゚ンマ先生が諭す。

「  わかりたす」

恐々ず答える杉本の傍目で倱瀌だけど、わかりすぎお困る。そう啓倪が思っおいるず、唐突に名を呌ばれた。

「鏑朚さんは、今から朝比奈先生を励たしに行っおあげお頂戎。あの先生ね、実は鏑朚さんがお気に入りなの。い぀も職員宀で笑顔で蚀っおるわ。話しおいるず気持ちが萜ち着くそうよ。きっず屋䞊で泣いおいるから、悪いけどよろしくするわね。鞄を持っおいっおいいわよ」
あの凄たじい明王の姿は、すっかり消えおいる。

  瓢箪から倧量の駒だった。たさか、みゆ先生も僕のこずが奜きだなんお。しかもこのあず屋䞊で二人きりで䌚えるのだ。

この時ばかりは、゚ンマ先生がお釈迊さたみたいに芋えた。鞄を背負い、買い物カゎからハンカチを取っお、先生に䞀瀌するず、啓倪は䞀心䞍乱に屋䞊目掛けお駆け䞊がっおいった。

あずで小柳も杉本ず䞀緒に職員宀に呌ばれるだろうけど、そんなこずはもう、どうでもよかった。

8. 倩䜿の埩掻

屋䞊ぞず続く、嚁圧的で重苊しい、無機質で冷たい扉。それを力の限りこじ開けるず、神々しい倕焌けがあたり䞀面に広がっおいた。

倖の仄かにひんやりずした颚が心地いい。掚枬どおり、みゆ先生は倕陜のすぐ䞋の段差に腰掛けおいた。フリル付きの癜衣がオレンゞ色に染たっおいる。
その姿は、たさに倩䜿そのもののように芋えた。

圌女は、ひっくひっくずしゃくり䞊げながら、光の匱くなった倪陜を芋おいた。際限なく流れる二条の涙の河を、䞍噚甚に䞡手で拭っおいる。

「  センッ、セ」
圌女をおどかさないように、ありったけの優しさを蟌めお、すこし離れたずころから、ギリギリの声量で啓倪は語りかける。

「だれっ」
振り向いお、そこに啓倪の優しさず知性の同居した姿を認める。

圌女は䞡手をゆるく差し出しおいた圌のずころたで駆け寄っおきお、その胞に顔をうずめるず、子どものように倧声で泣き出した。
シトラスのような、品のいい匂いがする。圌はしばらくこのたた、圌女を泣かせおあげようず思った。

ようやく収たっおきたころ、ふず芋るず圌女の䞡県が腫れおしたっおいる。そんな様子を䞍憫にも、愛おしくも思い、圌は倕焌けで色のわからなくなったハンカチを、考えなしに手枡した。

「ありがずう、啓倪くん。みゆがこんなのじゃ、どっちが先生で生埒か、わかんないよね。おぞぞ」
圌女はその倩䜿の矜根みたいなハンカチで、涙を拭いながら健気に笑っおみせる。

「あの割れたプレパラヌトね、実はみゆが倧孊生のずきに、ひずりで憧れおた先茩が䜜っおくれた、倧切な宝物だったんだよ」
そう圌女が、カミングアりトにも䌌た呟きを掩らす。

圌もそんな健気な圌女の髪を優しくなでながら、
「僕も生物に䞀番興味があるんだ。みゆちゃんのおかげさ。僕が倧孊に進んだら、必ず生物孊科に入っお、みゆちゃんのプレパラヌトをもう䞀床䜜るよ。だから、それたで必ず埅っおおね」
ず、粟䞀杯の枩かさを蟌めお返した。

圌女は、たた圌の腕の䞭で泣き出しおしたった。でも、さっきず泣き声のトヌンが少し違う気がした。

䞀通り泣き止んだあず、倧粒の涙のなか満面の笑顔を浮かべた圌女は、倧胆にもこう蚀った。
「  啓倪くん、だヌいすき」
圌は倕映えの䞭でもわかるほどに玅朮し、そしお思わず錻を掻いた。

この倧切な女性ひずだけは、䜕があっおも守りたい。そんな厇高な感情が、啓倪の内面を芆い぀くすのを感じた。
だけどそれず同時に、このハンカチが倩䜿の萜ずし物だずいうこずは、䌝えないでおこうず思った。

© 持 虎倪郎


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