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未来を勝手に決めるな ―「6速は無理よ」

    第二子を産んで二年後、車の免許を取ることにした。運転できないと、いろいろ不便だったからだ。
    十八から二十二歳くらいの間、周囲が次々と免許を取る中、わたしは取らなかった。だって興味のないものには心がまったく動かないんだもの。
    「いつか必要になるんだから今のうちに取っておけばいいのに。」と何度か誰かに言われた気もする。確かに、その通りだ。他人の人生にお気遣いありがとうございます。



    夫の車は「6速ミッション」の国産スポーツカーだった。「6速ミッション」が何を意味するのか、さっぱり分からない。けれど、夫や義母の反応を見る限り、なにやら難しいものらしい。

    「6速は無理よ。」と義母は言った。
    まったく運転をしない義母が、6速ミッションの難易度を理解しているんだ。へぇ。

    夫も、「オートマに買い換えればいいし、オートマ限定にしたら?」と言う。

    そうか。普段乗ってる夫が言うなら、きっと難しいんだな。わたしは車に興味もないし、どんくさいからな。だったら夫の言う通り、オートマ限定で取ろう。そう決めて自動車学校へ行った。

    ところが、窓口で家の車がマニュアル車だと答えると、担当者は軽く言った。
    「じゃあ、マニュアルで取ればいいじゃないですか。」
    どんくさい主婦が落ちれば儲かるという目論見か。と、一瞬頭をよぎったけど、そこは教習所を信じて、まあ、だったらそれで。と、あっさりマニュアルで免許を取ることに決めた。
    夫には事後報告。
    何度落ちたって検定料を払うのはわたしだし、文句ないでしょ、と思って。
    えー、大丈夫なの?と驚いてはいた。
    大丈夫かと言われても、もう決めちゃったし。

    その後、わたしは一度だけ実技試験に落ちた。最初のクラッチ操作が、なかなかうまくいかなかったのだ。教官は優しく慰めてくれた。
    「落ち込まずに、何度もやってみてください。わたしもできませんでしたよ。」
    その優しい言葉は、ありがたい。ありがたいが、少し困った。
    わたしは最初から、できない前提で始めている。昔、まだオートマ限定なんて無かった時代、近所のおばさんが数か月かかっても、なかなか免許を取れなかったのも知っている。だから、一回どころか何度も落ちるくらい、想定内だ。なので、全く落ち込んでいない。

    ……ここは、落ち込む場面だったのだろうか。
    残念そうな顔をした方がよかったのかな、と少し考えた。

    もっと苦戦するかと思ったが、落ちたのはその一回だけで、免許は取れた。ちょっと安心した。わたし、そんなにどんくさくないかも、と。

    免許を取り、わたしはその「6速ミッション」をドゥングドゥングさせながら乗った。
    ただ、なぜ6速も必要なのかさっぱりわからなかった。わたしは4速までしか使わなかったから。
    1速の隣にバックギアがあるのも、最後まで慣れなかった。初心者なので必要以上に力んで、発進するつもりがバックギアに入ってカーンカーンと警告音が鳴る。これだけは本当に慌てた。

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    こんなかんじで入れ間違い多発。

    「初心者の主婦・スポーツカーでスーパーに突っ込む!」 一歩間違えばそんな記事が出るところだったこともあった。
    駐車場で初めての車庫入れ。アクセルとブレーキの踏み間違え事件。
    ブォォォン!!! あの、やんちゃな連中が出すような爆音を、駐車場で思いきりかましてしまった。
    そのとき、この車の構造に心底感謝した。
    わたしの車は1センチも動かなかったからだ。

    ブレーキだと思って踏んだのはアクセルだった。普通なら笑えない。けれど、そのときわたしは左足でクラッチを踏んでいた。おかげで車は爆音だけを響かせて、その場にとどまってくれた。マニュアル車って、案外えらいんだな。

    保育園のママ友には、走っているだけでマニュアル車と見破られた。シフトレバーを見せず、車の挙動だけでマニュアル車だと分からせるわたし、すごい。
    ママ友を送った時、「え??氷糖さんミッションなの???」と驚かれるのも地味にニヤけた。なんかちょっとデキる人感出してるかも、と思って。

    そんな感じだから、上手いか下手かと言われれば、そのどちらでもなく、ド下手だった。
    しかし、下手と「無理」は違う。
    そしてわたしは、免許があっても普段全く運転をしない義母にだけは、それを証明したかった。
    「6速は無理よ。」
    あの言葉が、妙に記憶に残っていたのだ。

    わたしは精一杯義母にマウントを取った。
    「先日、高速で隣の県に行ってきたんですよぉ~」と自慢げに義母に話した。
    「ふーん…そうなの……」といつもの温度より低い義母様のお返事。「6速は無理よぉ~」の勢いがないじゃないですかぁ。ふふふ。
    わたしは満足した。

    あの時、何をもって「無理」と言ったのか。

    だからわたしは乗り続けた。
    育児中の主婦が、初心者マークを貼ったスポーツカーを、ドゥングドゥングさせながら。
    9割はスーパーへの移動手段としてだが、1割は意地で。

    ちなみに今の家の車はオートマ車である。
    あの経験を経た今でも、運転は特に好きではない。便利だから乗る。それだけだ。ただ、「6速は無理よ」という言葉だけは、今でも根に持っている。

    人の未来を勝手に決めつけてくれるな。


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    #エッセイ
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