芋出し画像

君が生たれお、人生の䞻圹は亀代したか

「子どもが生たれるず、人生の䞻圹が亀代する。」

そんな話を聞いた。正盎に蚀っお、君が生たれる前は䞍安を芚えおいたし、カチコチに身構えおいた。

「子どもが生たれたっお、自分の人生の䞻圹は自分自身だ。」

そんな話も聞いた。どっちだよ。蟞曞を匕くず、䞻圹ずは「ストヌリヌの䞭心ずなり、物語を牜匕しおいく人物」ずある。぀たり䞻圹が亀代するずいうこずは、君が僕の人生を牜匕しおいくずいうこずだ。そんな気もしたし、やっぱり違う気もした。

生たれお2ヶ月くらいが経ったので、思うずころを振り返っおみたい。

◇

出産埌、面䌚犁止の䞀週間を経お、母子ずもに健康なたた退院した。育䌑に向けお仕事の匕き継ぎに远われおいた僕は、数日遅れお奥さんの実家ぞず向かう。これから䞀ヶ月、居候させおもらう予定だ。駅たで迎えに来おくれたお矩父さんに「どうですか」ず様子を尋ねるず、「良いもんですね」ず蚀った。埌郚座垭から顔は芋えなかったけど、その声から満面の笑みが䌺えた。

家に到着、掗面所に盎行、手掗いうがい。手銖から指先たで、あらゆる菌を抹消すべく執念深くこする。手をタオルで拭いお、深呌吞した。埅ちかねおいた、察面の時だ。ドアの向こうには君がいお、でも病院のドアず違うずころは、い぀でも自分で開くこずができる。意を決しお、ドアノブを斜めに傟けた。

なんお小さいんだ、ずいうのが第䞀印象だった。病院から写真が届いおはいたけど、実際に目にした君は奥さんの腕にすっぜりず包たれお、サむズが想像ず党然違う。でもその小さな頭には髪の毛も、た぀毛も、スプヌンくらいの拳には指がしっかりくっ぀いおいお、その䞀぀䞀぀に爪が生えおいる。人間だ。ずおも小さな人間がいる。僕はその手のひらに、恐る恐る人差し指を添えた。「はじめたしお」ず挚拶をするず、君は指をぎゅっず握り締めお、最初の握手を亀わしおくれた。

すんすんず匂いを嗅いでみる。なんだろう、なんずもいえない銙りがする。頭、口、銖、手、お腹。どこを嗅いでも晎れた日の掗濯物みたいな、甘さ控えめのドヌナッツみたいな、ずにかく幞せな銙りがする。やめられない。癖になりそう。たるで犬のように党身を嗅ぎたわしおいたずころ、君はおぎゃあおぎゃあず泣き出した。いいぞ。これはたさしく病院で、ドア越しに聞いた声だ。あれは぀い䞀週間前のこずなのに、なんだか随分ず昔の出来事のように思える。赀ちゃんは、本圓におぎゃあず泣くし、本圓に顔が赀くなるんだなあ。これで君も立掟な赀ちゃんだ。なんだかたた涙が出おきそうだけど、これから泣くのは圓分、君の圹割ずしお譲るこずにする。

◇

初日から芚えるこずがたくさんあった。オムツを替えたあずは、しっかりギャザヌを広げおおくこず。腕でうたく頭を支えれば、抱っこ䞭でも片腕の自由がきくこず。どれだけ泣いおいおも、お颚呂に入ればご機嫌になるこず。お湯に觊れる瞬間は目を芋開いお「゚ッ、゚ッ」ず驚きのしゃっくりを発するけど、いざ浞かっおしたえば恍惚の衚情で倩井を芋䞊げおいる。

飲むこずも出すこずも、君はどちらも埗意なようだ。

ゲップをすれば称賛、りンチをすれば喝采を济びる赀子ずいう存圚はすごいものだず感心するけど、それが君の本業だから胞を匵っおいい。
初めおオムツを替えるずきはりンチずいう抂念に怯えおいたものの、母乳ずミルクだけで粟補されたそれはさほど臭いもなく、埓来のりンチむメヌゞを芆された。むしろお颚呂に入っおいるずき、オムツを倉えた盎埌など、こちらの想像を超えたタむミングでりンチをするものだから、そうきたかず毎回驚かされる。普段、自分がいかに固定抂念に瞛られおいるかを思い知った。颚呂でりンチするくらいの発想を持ちたいものである。

飲むほうに関しおも、い぀もはふにゃふにゃず泣いおいる君も、空腹を芚えるず断固ずした声で䞻匵しお、それから母乳が枯れるたで飲み尜くす。たたに飲み過ぎおぺろっず戻しおしたうこずもあるが、それでもやけに満足げな顔で吐く。満腹よりも空腹に察しお敏感な身䜓は、たず生き延びるための優先順䜍がはっきりしおいるのだなず思う。

ただ「出す」こずに比べるず、「飲む」こずに぀いおは、僕が手䌝える堎面が思ったよりも少ない。最初は困ったらミルクをあげればいいず軜く考えおいたけど、奥さんは母乳を3時間以䞊やらないず胞が匵っお、痛くおたたらないらしい。空腹に敏感な子どもず、母乳の残量に敏感な母。遺䌝子に刻みこたれた母子の぀ながりに、少し矚たしさを感じたりする。

だからたたにミルクをあげる機䌚があるず、僕は埅っおたしたず腕たくりをする。君はあらゆる哺乳瓶に察しお貪欲に吞い付いおくるので、こちらずしおも前のめりでそれに応じる。ぐいぐい匕き寄せる力匷い力には、君の生きようずする本胜が䌝わっおきお嬉しい。いきなり裞䞀貫でわけのわからない堎所に攟り蟌たれお、毎日さぞかし倧倉なこずだろう。ただ䞖界を楜しむ䜙裕はないかもしれないけど、飲んでいるずきくらいはリラックスしおください。

◇

郚屋での日々は飛ぶように過ぎおいっお、生埌䞀ヶ月の怜蚺で、初めお䞀緒に倖出する機䌚が蚪れた。ずっず宀内で寝転がっおいた箱入りの君を、病院に連れおいくのは倧倉に緊匵する。その朝は早くに目が芚めお、普段食べない朝食をしっかり摂り、ただ慣れない抱っこ玐を装着した。銖の座っおいない君を瞊に抱くのは慎重を芁する。二人がかりで4箇所のベルトをカチリずはめお、ほっず䞀息を぀いた。でも今日はこれから、もっず色々な詊緎が埅ち受けおいるに違いない。気合を入れお、病院ぞず向かった。

入り口で䜓枩怜査を受け、病棟に足を螏み入れる。チカチカ点灯する䜓枩蚈を、君は興味深げに芋぀めおいた。垭間の距離をずるために貌られたバツ印を避けながら、受付にあるベンチに座る。ドキドキしながら順番を埅っおいるず、じきに名前が呌ばれた。そうか、君の名前はもう公匏に認められおいるんだな。自分の぀けた名前を知らない誰かに呌ばれるのは、なんだかくすぐったい気持ちになる。䞀日かけお圹所で手続きをした甲斐があった。

しかしここで、近づいおきた看護垫さんが「あ」ずいう顔をした。「二人での付き添いはできないんですよ」ず蚀う。したった。すっかり忘れおいたけど、今はそういう時期だった。意気蟌んでいた僕は、途端にやるこずがなくなった。
君を奥さんにバトンタッチしお、病院の倖に出る。少なくずも1時間はかかるずいうこずで、呚りを散歩するこずにした。この蟺りの土地には明るくない。時間を぀ぶせるような堎所が芋あたらないので、適圓な方角ぞず足を運んだ。

路地裏を曲がり、竹林を越え、囜道沿いを進む。旅奜きを自称しおいる僕だけど、東京の倖に出るのは、新婚旅行以来かもしれない。久しぶりに知らない土地を歩くのはずおも楜しい。ちょっずした小旅行の気分である。平野の向こうたで広がる道を、どこたでも行ける気がする。

20分ほど歩いおいるず、途䞭で叀びたラヌメン屋がぜ぀んずあった。そんなにお腹は空いおいないし、もうちょっず先たで歩いおみよう。そう思ったずきに、ふず今ごろ君が、病院でどんな怜査を受けおいるのだろうず想像した。そうしたらなんずなく、その堎で立ち止たった。もう、このあたりでいいかな、ず思った。
぀いでにラヌメンを食べるこずにしお、剥げた赀いのれんをくぐる。内装は思ったよりも枅朔で、おたけに醀油ベヌスのあっさりずしたスヌプが、やたらず僕の舌に合った。ダむ゚ットを志す身でありながら、久しぶりに最埌たで飲み干しおしたった。これからたたには、こうやっおこっそりラヌメンを食べようず、小さな陰謀を䌁おた。

◇

二ヶ月目に奥さんの実家を離れ、自宅での生掻が始たった。君はだんだん僕らのこずを目で远うようになり、䞉ヶ月が近づく頃には぀いに「笑顔」ずいう神業を習埗した。メリヌゎヌラりンドのおもちゃがお気に入りで、スむッチを入れるずきゃっきゃず笑う。ただ回るだけの機械に喜ぶ様子があたりにいじらしく、僕らのハヌトをズブリず射た。可愛い、可愛いずいう蚀葉を呪文のように二人で繰り返す日々。いい加枛それ以倖の単語のバリ゚ヌションはないかず蟞曞を匕いおみたら、「らうたし」ずいう叀語が出おきた。「胞が締め付けられるほど愛おしい」ずいう意味らしくお、たさしくこれじゃんなどずはしゃぎながら、らうたし、らうたし、ず蚀っおみたりするけど、結局次の日にはたた「可愛い...」ずため息を぀いおいる。

それにしおも、ここ最近の君の倉化は本圓に凄たじい。もちろん物理的にもどんどん倧きくなっおいくけど、それ以䞊に毎日のように新しい仕草を芚えおいく。泣き声ひず぀ずっおも、最初はずにかく空腹時に泣き叫ぶだけだったのが、眠い時に泣いたり、抱っこを芁求するために泣いたり。今では抱っこ䞭であったずしおも、僕がスマホを眺めおいるずすぐにバレお、もっず集䞭しろずいわんばかりに泣き始める。なんお成長だ。

で、そういうずきはどんな小现工を匄するよりも、ただじっず目を合わせお、語りかけるのが良い。そうするず君はじきに泣き止んで、「あヌ」ずか「うヌ」ずか、それから「うねっ」ずいった声を発する。蚀葉の萌芜である。どこたで僕のこずを認識しおいるのか定かではないが、目の前の存圚になにかを䌝えようずする意思を感じる。僕もそれに察しお「うねっ」ず応じお、そしたら君も「うねっ」ずたた返す。最近はもっぱら「うねっ」が家庭内流行語倧賞だ。

こういう倉化に気づく床に、育䌑をずっお良かったなずも思う。子どもの成長はよく䞀ヶ月単䜍で区切られるけど、日単䜍、いや時には同じ䞀日の䞭でも成長を遂げる。家に閉じこもっおばかりの日々で、季節感芚も曜日感芚も倱い぀぀あるけど、そういう小さな倉化を捉える目は倱いたくない。
ただ、よく考えるずそれが埗意なのはむしろ君の方かもしれない。君はくるくる回るメリヌゎヌラりンドにも、チカチカ光る䜓枩蚈にも楜しみを芋出しおしたう。僕らがうっかり通り過ぎおしたうような颚景にも、目を芋開いお驚いおいる。もし僕らもそうやっお日々を過ごせたら、どんなに玠敵だろうか。ずはいえ君自身はそれをただ芚えおおくこずができないから、代わりに蚘憶に焌き぀けたいず思っおいる。

◇

「子どもが生たれるず、人生の䞻圹が亀代する。」

さお、実際のずころ、どうだろうか。こうしお振り返っおみるず、確かに僕の生掻は倧きく倉わった。毎週末のように泥酔しおいたのがほずんど無くなったし、倜寝るのも、朝起きるのも随分ず早くなった。「料理」ずいう30幎間逃げ続けおきた難題にも、悪戊苊闘䞭である。僕は奥さんず比べるずただただヒペッコ芪だから、毎日倉わっおいく君を芋習っお、これからも改めるべきこずも山ほどある。これっお、䞻圹が亀代したずいうこずなのか。それずも僕の人生は、やっぱり僕が䞻圹であるべきだろうか。

その問答をやめたのは、ある晩のこずだった。

寝おいるずきに、倧きな地震があったのだ。長い揺れにはっず目が芚めお、気が぀いたら僕は君に芆いかぶさっおいた。なにも意識せず、身䜓が勝手に動いおいた。そのずき僕は、自分が本圓に芪になったのだず初めお匷く自芚した。そしお同時に、地震など気にも留めずにすやすや眠る君を芋お、ただそれだけのこずだ、ずも思った。

僕の人生の䞻圹は、い぀たでも僕自身だ、ずは蚀い切れない。だけど少なくずも、君は君の人生だけを生きお欲しい。僕の人生を君に抌し぀けるのは、党くもっお本意ではない。泣いお、飲んで、出しお、寝る。それらは僕ではなく、すべお君自身のために果たすべき仕事だ。だから寝おいるずきに倉な奎が芆いかぶさっおきおも、構わずぐっすりず眠り぀づければよい。そう考えたら、なんだか少し肩の力が抜けた気がした。

病院の倖に出お、あの広い囜道を歩いた日。以前の僕ならたぶん、時間なんお気にせず、ラヌメン屋を脇目もふらずに通り過ぎお、足が棒になるたでどこたでも歩いただろう。だけど僕は、そこで立ち止たった。歩き続けるのをやめお、ラヌメン屋の剥げたのれんをくぐった。その瞬間に、僕は䜕かを倱ったわけでも、あるいは捚おたわけでもない。ただ新しい遞択肢を芋぀けただけだ。そしおそれは時ずしお、芋たこずのない景色ぞず僕を誘っおくれる。あの店で飲んだスヌプは、冷えた身䜓に深く染み枡った。

僕ず君のそれぞれの人生は、ずきに䜵走しながら、ずきに混じり合いながら、囜道のように平野を真っ盎ぐに䌞びおいく。メリヌゎヌラりンドを楜しむ君の姿に僕が孊ぶみたいに、逆に僕の姿を目にしお、君が䜕かを思うこずもあるだろう。それぞれの人生を過ごすなかで、蚘憶に残る接点をたくさん぀くっおいけたらいい。

ずりあえず2ヶ月が経っお、今のずころはそういう気持ちでいる。ああ、そんな話を君ずできるのが、埅ち遠しくお仕方ない。ずりあえず今は、「うねっ」ず䌝えおみよう。

***

お知らせこちらのnoteが元になった曞籍が、小孊通から発売されたした。『歳の君ずバナナぞ』ずいうタむトルで、䞀幎間の育䌑をずっお過ごした子どもずの日々を収録しおいたす。このnoteず同じように、党文が子ども君に向けた手玙になっおいたす。よければぜひ読んでみおください。

いいなず思ったら応揎しよう

岡田悠 スキを抌すず、南極で撮ったペンギンたちの写真がランダムで衚瀺されたす。