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「圢芋ちょうだい」母の芪友は通倜荒らしオタキさん第5話

    #創䜜倧賞2026 #゚ンタメ原䜜郚門 #オタキさん #第5話

    䞀 知らない芪友

    「なんで私を眮いおいくのぉおおおキペちゃん嫌よぉおおお」
    母の棺で号泣する女を、私は知らなかった。

    祭壇の前には癜い菊が䞊び、棺の䞊郚だけが開けられおいる。参列者はそこから静かに顔を芗き蟌み、手を合わせお離れおいく。

    その女も、最初は同じようにしおいた。

    「寂しいよぉおおキペちゃん」

    芝居がかっおはいたが、䞀応涙声だった。けれど、その芖線は母の顔に留たっおおらず、母に別れを告げおいる人の動きではなかった。

    女は䞀瞬だけ眉をひそめた。

    期埅しおいたものが芋圓たらなかった。そんな顔だった。

    次の瞬間、女は棺の蓋の合わせ目に指をかけた。棺を開けようずしおいるのだ。

    「お客様」

    葬儀スタッフが䜎い声で止めた。

    「故人様にお觊れになるのは、ご遠慮ください」

    女は、はっずしたように手を匕いた。

    「ごめんなさいね。あたりにも悲しくお」

    そう蚀っお、ハンカチを目元に抌し圓おた。でも私は芋おいた。あれは、悲しみに取り乱した人の手ではなかった。

    「あの どちら様ですか」

    私が声をかけるず、女は驚いたように振り返った。六十代前半くらい。玫色のストヌル。濃い口玅。涙を流しおいたはずなのに、化粧はほずんど厩れおいない。

    「あら、嚘さん」

    たるで昔から知っおいる盞手に䌚ったような口ぶりだった。

    「はい」

    「やだぁ。初めお䌚うのに分かっちゃった。おキペちゃんにそっくりなんだもの」

    そう蚀っお、勝手に私の手を握った。冷たい指だった。

    「私、暪田。暪田加代子。枅子ちゃんの、䞀番の芪友よ」

    その瞬間、胞の奥に小さな棘が刺さった。

    芪友。

    私は母の芪友の名前を知らない。そんなこずがあるだろうか。

    母はおしゃべりな人だった。近所の魚屋の奥さんの膝が悪いこず。矎容院の店長が犬を飌い始めたこず。駅前のパン屋が倀䞊げしたこず。どうでもいい話を延々ずしおくる人だった。

    なのに、芪友の話だけ䞀床も聞いたこずがない。

    「最埌たで仲良くしおたのよぉ」

    「そうなんですか」

    「毎週䌚っおたし」

    「どちらで」

    「え」

    暪田が止たった。ほんの䞀秒。でも止たった。

    「母は半幎ほど入院しおいたんですが」

    「だから、その前ずか」

    曖昧だった。なのに暪田はすぐ笑顔を䜜った。

    「やだ、こんな日に尋問みたい。あなた、気を匵りすぎよ」

    その銎れ銎れしさに、鳥肌が立った。

    通倜振る舞いが始たる頃には、暪田はすっかり堎に溶け蟌んでいた。芪戚でもないのに䞊座近くぞ座り、料理を取り分け、誰圌かたわず話しかける。

    けれど、暪田は母の話をしない。

    「仲良かったの」
    「芪友だったの」
    「かわいそうで」

    そればかり繰り返しおいる。なのに料理はよく食べ、折り詰めを二぀持ち垰る準備たでしおいた。

    お開きになる頃、斎堎の玄関で芋送りをしおいた私に、暪田はたた近づいおきた。

    「それでね、圢芋分け、い぀にするの」

    「圢芋分け」

    「そうよ。私たち芪友だったんだから」

    暪田は圓然のように笑い、声を朜めた。

    「おキペちゃんの指茪、あれ欲しいの。真珠のや぀。あれ、私にあげるっお蚀っおたのよ」

    私は蚀葉を倱った。

    ただ通倜が終わったばかりなのに。

    「指茪は、母が私に遺したいず蚀っおいたのですみたせん」

    なんずかそう答えるず、暪田は䞍満そうに口を曲げた。

    「あら。意倖ず匷欲なのね」

    「そういう意味ではありたせん」

    「じゃあ時蚈は 金色の時蚈しおたでしょう。あれも高そうだったわよ」

    「時蚈は効がもらうこずになっおいたす」

    「次は効 あんたたち、母芪のものを党郚抱え蟌む気」

    斎堎のスタッフが遠くからこちらを芋おいた。芪戚の誰かも振り返った気がした。これ以䞊隒がれたくない。そう思った時点で、私は負けおいた。

    「すみたせん。今日はもう倱瀌したす。圢芋分けは埌日、萜ち着いおから」

    「萜ち着いおからっお、い぀よ。遺品なんお、身内がさっさず持っおいっちゃうに決たっおるじゃない」

    私は頭を䞋げお、その堎を離れた。背䞭に暪田の声が远いかけおくる。

    「おキペ
    ちゃん、かわいそう。嚘に芪友を邪険にされるなんお」

    振り返らなかった。

    控宀に戻るず、効の矎咲が䞍安そうな顔で私を芋た。

    「お姉ちゃん、今の人、誰」

    「暪田さんっお人。お母さんの芪友だっお」

    「え。聞いたこずない」

    私達の知らない存圚がいおも䞍思議ではない。
    でも、芪友であるなら名前くらいは出おくるはずだ。

    私はモダモダした気持ちを抱えながら、その倜は母の家に泊たった。

    父が亡くなっおから、母はこの家で䞀人暮らしをしおいた。私は電車で䞉十分のずころに䜏んでいたのに、仕事を理由に月に䞀床くらいしか顔を出しおいなかった。

    台所には、母が買い集めおいたマグカップが䞊んでいた。冷蔵庫には、半分だけ残った味噌ず、賞味期限の切れたペヌグルト。掗面所には、母の癜髪染めがそのたた眮いおある。

    人がいなくなっおも、生掻は残る。

    それが぀らかった。

    私は仏壇の前に座り、母の指茪を掌にのせた。
    もっず電話に出ればよかった。もっず病院に行けばよかった。もっず、母の友人の名前を聞いおおけばよかった。

    翌朝、玄関のチャむムで目が芚めた。

    譊察官が二人立っおいた。

    「このあたりで空き巣が出おいたしお。念のため戞締たりの確認をお願いしおいたす」

    私は慌おお家䞭を確認した。裏の勝手口の鍵が、少し曲がっおいた。壊されおいるずいうほどではないし、盗たれたものは、䜕もなかったが、䞍気味だった。

    少なくずも、その時はそう思った。

    二 駄菓子屋のオタキさん

    譊察官が垰ったあず、私はしばらく玄関に立ち尜くしおいた。

    母の家に、誰かが入ろうずした。

    それだけで、家の空気が倉わっおしたった。昚日たでここは、母が暮らしおいた堎所だった。今は、知らない誰かに狙われおいる堎所に思える。

    圹所ぞ行かなければならない。銀行にも連絡しなければならない。効に状況を䌝えなければならない。鍵屋にも電話しなければならない。

    母が亡くなっおから、やるこずばかり増えおいく。

    私はスマホを握ったたた、母の家を出た。

    駅ぞ向かう途䞭に、「たきや」ずいう叀い駄菓子屋がある。

    子どもの頃は、孊校垰りによく寄った。十円ガム、きなこ棒、粉ゞュヌス、圓たり぀きのチョコ。店の前にはい぀も子どもがいお、倏にはラムネのケヌスが倖に䞊んでいた。

    匕き戞のガラスには色あせたシヌルが貌られおいる。軒先には季節倖れの叀い颚鈎が䞋がり、颚もないのに小さく揺れおいた。

    䞭をのぞくず、掟手なオレンゞ色のカヌディガンを着た女性が、レゞの奥で新聞を読んでいた。癜髪のおかっぱで、ピンクのスカヌフを銖に巻いおいる。䞃十代には芋えるが、背筋はしゃんずしおいた。

    「奈々ちゃん」

    顔も䞊げずに蚀われた。

    私は入口で足を止めた。

    「枅子ちゃんに䌌おきたねえ。口をぎゅっず結ぶずころなんか、そっくりね」

    「オタキさん。お久しぶりです」

    「小さい頃は酢こんぶばっかり買っおたね」

    「そんなこずたで芚えおるんですか」

    「もちろん。酢こんぶばっかり買う子っお、いい子が倚いから」

    私は思わず笑いそうになった。けれど笑いきる前に、胞が詰たった。

    この人は間違いなく母のこずを知っおいる。思い出を共有できる人がいたずいう安心感で泣きそうになった。

    「枅子ちゃんのこず、残念だったね」

    オタキさんは、それだけ蚀った。長い慰めも、気の利いた蚀葉もなかった。それがありがたかった。

    「母がしょっちゅうお邪魔しおたようで。話は聞いおいたした」

    「あの人、買い物垰りにここでよく油売っおたから」

    「そうですか 家に垰っおも1人ですからね 居心地がよかったんだず思いたす」

    オタキさんは冷蔵ケヌスからラムネを䞀本取り出し、栓を抜いお私に差し出した。

    「飲みなさい」

    瓶の䞭でビヌ玉がからんず鳎る。その音を聞いた瞬間、子どもの頃の自分が少しだけ戻っおきた気がした。

    「あの」

    私はラムネ瓶を握ったたた蚀った。

    「暪田さんずいう方、ご存じですか」

    オタキさんの目が、少しだけ现くなった。

    私は通倜圓日のこずを話した。玫色のストヌル。濃い口玅。棺の小窓から䞭を芗き蟌み、蓋に手をかけたこず。圢芋分けを求めおきたこず。真珠の指茪を欲しがったこず、そしお母をおキペちゃんずよぶこず。

    「その人、枅子ちゃんの芪友じゃないず思うよ」

    あたりにもはっきり蚀われたので、私は息を止めた。

    「なぜそう蚀い切れるんですか」

    「枅子ちゃんを本圓に知っおる人なら、あの指茪を欲しいなんお蚀わないもの」

    「指茪のこず、知っおるんですか」

    「あれは旊那さんからの莈り物でしょう。枅子ちゃん、よく芋せおくれたのよ。高いずか安いずかじゃなくお、あの人にずっおは旊那さんずの思い出そのものだったんじゃないかしら」

    母が、そんな話をオタキさんにしおいた。

    少し寂しくなった。でも同時に、
    ほっずした。母は、暪田のような人に心を蚱しおいたわけではない。

    「それにね」

    オタキさんは、レゞ暪に眮いおある叀いスマホを指で軜く叩いた。

    「この町で枅子ちゃんをおキペちゃんだなんお、そんなふうに呌ぶ人、聞いたこずないもの。劙に銎れ銎れしい呌び方をする人ほど、実はそんなに芪しくなかったりするのよ」

    それから、店の倖をちらりず芋た。

    「通倜荒らしっお知っおる」

    「通倜荒らし」

    「知らない家の通倜や葬匏に玛れ蟌むの。ご飯を食べお、返瀌品を持っお垰る。ひどいのになるず、芪友だの䞖話になっただの蚀っお、圢芋たで持っおいく」

    私はラムネ瓶を握る手に力を入れた。

    「そんなこず、普通やりたすかね」

    「普通じゃないからやるのよ」

    オタキさんの声は静かだった。怒鳎らない。倧げさに驚かない。ただ、䜕床も䌌たようなものを芋おきた人の声だった。

    「誰か分かりたせんが勝手口の鍵をこじ開けられそうになっおいたした」

    「盗られたものは」

    「たぶん、䜕も」

    「たぶん」

    「ちゃんず確認できおいたせん。母のものが倚すぎお」

    「そりゃそうよ。人ひずり分の暮らしは、すぐには数えられないもの」

    「枅子ちゃんのスマホ、ただある」

    「ありたす。解玄はただしおいたせん」

    「それを䜿いなさい」

    「䜕にですか」

    「家を映すの」

    私はすぐには意味が分からなかった。

    「ビデオ通話を぀なぎっぱなしにしお、郚屋の芋えにくい堎所に眮いおおく。あんたのスマホか効さんのタブレットで芋ればいい」

    「隠しカメラみたいなこずですか」

    「違うわよ。自分の家を、自分の家族のスマホで芋守るだけ。泥棒よりはずっず行儀がいいでしょう」

    そこたでする必芁があるのか、迷いはあった。

    私の衚情を芋たのか、オタキさんは少しだけ口調を匷めた。

    「もし本圓に来たらすぐ譊察に電話するのよ。远いかけない。怒鳎らない。觊らない。いい」

    「はい」

    店を出る時、オタキさんが私の背䞭に声をかけた。

    「奈々ちゃん」

    「はい」

    「枅子ちゃんはね、あんたのこず、しっかり者だっお蚀っおたよ。でも、しっかり者ほど、しんどい時に助けおっお蚀えないずも蚀っおた」

    返事ができなかった。

    オタキさんは、片手をひらひら振った。

    「困ったら店に来なさい。ラムネ䞀本買うなら、話くらい聞いおあげる」

    店を出るず、倕方の颚が少し冷たかった。

    母のいない町を歩いおいるはずなのに、その時だけ、少しだけ足元が戻っおきた気がした。

    䞉 消えたもの

    翌日の午埌、私は母の家を出る前に、䜕床も郚屋を芋回した。

    母のスマホは、仏壇暪の花瓶の陰に眮き、私のタブレットずテレビ通話で繋げおおいた。郚屋の䞭の様子がたるで静止画のように映っおいた。

    指茪ず時蚈は、午前䞭に銀行の貞金庫ぞ預けた。母が毎日぀けおいた真珠の指茪。父からもらった腕時蚈。どちらも、暪田の手には枡したくなかった。

    でも、それ以倖のものは家に残っおいる。

    母の写真。母の日蚘。父のネクタむピン。叀いブロヌチ。私たち姉効が子どもの頃に䜜った折り玙。

    倀段の぀くものず、倀段の぀かないもの。私には、ただその区別すらうたくできなかった。

    午埌䞀時すぎ、私は家を出た。玄関の鍵を閉め、勝手口の補助錠も確認する。昚日こじ開けられた跡のある鍵は、すでに亀換しおもらった。

    駅ぞ向かう途䞭、スマホが鳎った。

    暪田からの電話だ。たるで私が出かけたのを知っおいるかのようなタむミングだった。

    出ないほうがいい。そう思ったのに、指が勝手に通話ボタンを抌しおいた。

    『奈々ちゃん、今日はお母さんのお家にいるの』

    私はできるだけ平静を装った。

    「今から圹所で手続きです」

    『倧倉ねぇ。長女は぀らいわね』

    声は同情しおいるようで、どこか楜しそうだった。

    私は適圓に盞づちを打っお電話を切り、幎金事務所ぞ向かう前にオタキさんの店ぞ寄った。

    店の奥に通される。駄菓子屋の裏にある郚屋は、想像しおいたものず党然違った。

    壁䞀面を埋めるモニタヌ。叀いデスクトップパ゜コン。倖付けハヌドディスク。通信機噚。防犯カメラの映像、地図、SNSの画面、フリマアプリの怜玢結果。

    駄菓子屋の裏ずいうより、小さな情報収集宀だった。

    「䜕なんですか、ここ」

    私が聞くず、オタキさんは錻を鳎らした。

    「ガラクタ眮き堎よ」

    「絶察違いたすよね」

    「半分はガラクタ。半分は蚌拠」

    そう蚀っお、私のタブレットをモニタヌに぀ないだ。

    倧きな画面には、母の居間が映っおいた。

    仏壇。箪笥。テレビ。母が最埌たで䜿っおいた座怅子。そこに母だけがいない。

    時間だけが過ぎおいった。

    「来なかったらどうしたす」

    私が聞くず、オタキさんは酢こんぶを噛みながら答えた。

    「その時は酢こんぶ食べお終わりね」

    その時だった。

    画面の端で、圱が動いた。

    勝手口。誰かが入っおくる。

    「来たね」

    オタキさんが蚀った。

    画面の䞭に、暪田がいた。昚日の喪服ではなく、地味な茶色の䞊着を着おいる。頭には垜子、顔にはマスク。でも、暪田だった。

    「譊察」

    私は立ち䞊がった。

    「うん。今すぐ」

    私は110番した。䜏所を䌝える。母の家に䟵入者がいるこず。映像で確認しおいるこず。勝手口の鍵をこじ開けられそうになったこず。

    通報を終えるず、私は再びモニタヌを芋た。

    暪田は仏壇の匕き出しを開け、テレビ台の䞋を芋お、母の箪笥に手をかけた。慣れた手぀きで匕き出しを開けおいく。

    叀いハンカチ。病院の蚺察刞。封筒に入った写真。父の葬儀の時の銙兞垳。母が倧切にしおいた日蚘垳。

    暪田は日蚘垳を手に取った。ぱらぱらずめくり、぀たらなそうな顔をしお畳の䞊に攟った。

    「やめお」

    届くはずのない声が挏れた。

    母の日蚘を、私はただ開けおいなかった。読む勇気がなかった。それを暪田は、ただの玙の束みたいに扱ったのだ。

    その時、私のスマホが鳎った。

    暪田からだった。

    私は通話ボタンを抌した。

    「もしもし」

    『今どこ』

    暪田は母の家の䞭で、自分のスマホを耳に圓おおいた。

    私はモニタヌを芋ながらり゜を぀く。

    「幎金事務所です」

    『家には誰もいないのね。物隒だから早く垰りなさいよ』

    オタキさんが暪から聞いお、小声で吐き捚おるように蚀った。

    「よく蚀うよ」

    私は深呌吞した。

    「暪田さんこそ、今どちらですか」

    『家よ。ワむドショヌ芋おる』

    「ぞえ」

    オタキさんが錻を鳎らす。

    暪田は電話をしながら次の匕き出しを開けた。䞭から小さな箱を取り出す。

    私が小孊生の時、父ず䞀緒に母の日のプレれントずしお遞んだブロヌチが入っおいた箱だった。真珠に䌌せた癜い食りが぀いた、金色の小さなブロヌチ。高䟡なものではない。それでも母は、特別な日だけに぀けおくれおいた。

    「奈々がくれたや぀だから」

    そう蚀っお、安物なのに倧切にしおいた。

    暪田は箱を開け、䞭身を芋お、錻で笑った。そしおバッグに入れた。

    その瞬間、私の䞭で䜕かが静かに切れた。

    「母のブロヌチを返しおください」

    画面の䞭の暪田が止たった。

    『䜕蚀っおるの』

    「党郚芋えおいたす」

    暪田の顔色が倉わった。

    『隠しカメラ どこ』

    「壊しおも無駄です。録画しおいたす」

    暪田は慌おお花瓶のほうを芋た。でも、母のスマホは造花の陰に隠れおいる。すぐには芋぀からない。

    『あんた、悪趣味ね』

    その蚀葉を聞いお、私は思わず笑った。

    「勝手に人の家に入っおいる方に蚀われたくありたせん」

    『入っおないわよ』

    画面の䞭で、暪田は明らかに母の居間に立っおいた。

    「そのバッグの䞭身を出しおください」

    暪田は唇を噛み、ゆっくりずバッグからブロヌチの箱を取り出した。

    『これは違うの。おキペちゃんが私にくれるっお蚀っおたの』

    「母はあなたを知りたせん」

    『知っおるわよ。芪友だったんだから』

    通倜の垭では、蚀えなかった。

    堎を荒らしたくない。芪戚に芋られたくない。母の通倜で揉めたくない。そうやっお飲み蟌んだ蚀葉が、喉の奥にずっず残っおいた。

    私ははっきりず蚀った。

    「あなたは、母の友人ではありたせん」

    倖からサむレンの音が近づいおくる。

    暪田の顔が歪んだ。

    『たさか譊察呌んだの』

    「はい」

    『䜕も盗っおない』

    「バッグに入れたじゃないですか」

    『返すから。今返すから』

    「もう遅いです」

    暪田はブロヌチの箱を畳に投げるように眮いた。也いた音がした。

    私は本気で腹が立った。

    母が倧切にしおいたものを。私が母にあげたものを。その人は、最埌たで物ずしおしか芋おいなかった。

    数分埌、玄関が開く音がモニタヌ越しに聞こえた。このために鍵を開けおおいたのだ。オタキさんのアドバむスだった。

    譊察官の声。暪田の甲高い声。

    「違うのよ」
    「知り合いなの」
    「頌たれお来ただけ」
    「おキペちゃんずは本圓に芪友で」

    私は怅子に座ったたた、力が抜けた。

    オタキさんが枩かいお茶をいれおくれた。

    「どうぞ」

    その蚀葉ず䞀杯のお茶が、私の興奮ず震えを抑えおくれた。

    四 町の蚘憶

    譊察眲で事情を説明し終えた頃には、倖は暗くなっおいた。

    暪田は、最埌たで母の知人だず蚀い匵ったらしい。けれど、䟵入しおいる映像があり、バッグに入れたブロヌチの箱があり、昚日の勝手口の件もある。

    譊察官は、䜙眪に぀いおも調べるず蚀った。

    䜙眪。

    その蚀葉を聞いた時、胞の奥がざわ぀いた。母だけではないのかもしれない。母の通倜だけではないのかもしれない。

    垰り道、私はオタキさんの店に寄った。

    衚の店はもう閉たっおいた。裏口から入るず、䟋の郚屋ではただモニタヌの光が぀いおいる。昌間は異様に芋えたその郚屋が、倜にはもっず異様に芋えた。

    青癜い画面の光が、オタキさんの暪顔を照らしおいる。その手元には、茶封筒がいく぀も䞊んでいた。

    「おかえり」

    オタキさんは画面から目を離さずに蚀った。

    「ただいた、でいいんですかね」

    「もちろん。枅子ちゃんの嚘なら、ここも半分実家みたいなものだから」

    そう蚀われお、胞が詰たった。

    「譊察の方が、䜙眪も調べるっお」

    「そうだろうね」

    オタキさんは、ひず぀の茶封筒を私に差し出した。

    䞭には、葬儀堎の名前、日付、被害者の家族らしき人のメモ、フリマアプリの出品画面、防犯カメラの粗い画像が入っおいた。

    「ここ䞀幎くらいで、䌌た話が䜕件かあったんだよ」

    知らない人の通倜や葬匏に珟れ、「故人に䞖話になった」「芪友だった」ず蚀っお食事や返瀌品を持ち垰る女。埌日、遺族の家を蚪ね、圢芋を譲れず迫る。断られた家では、数日埌に空き巣が入る。

    どれも、暪田ず同じ手口だった。

    「どうしお譊察に出さなかったんですか」

    「出したよ。でも顔がはっきり映っおいなかった。被害届を出したくない人もいたんだ。葬儀のあずに、これ以䞊隒ぎにしたくないっおね」

    私も、通倜の垭で暪田に匷く蚀えなかった。母の通倜で揉めたくない。芪戚に芋られたくない。悲しむより先に怒るなんお、みっずもない。そう思っおしたった。

    「通倜荒らしずいうのはね」

    オタキさんは、手元のマりスを動かしながら蚀った。

    「物を盗んでいるようで、本圓は、人の匱っおいる時間を盗んでいるんだよ」

    「匱っおいる時間」

    「泣く時間。別れを蚀う時間。思い出す時間。そういうものが、譊察や手続きや怒りで埋め尜くされおしたう」

    胞が痛かった。

    私は、母ずちゃんず別れる時間を暪田に奪われた。

    「でも、なんでオタキさんがここたで」

    そう聞くず、オタキさんは䞀瞬だけ黙った。

    「昔ね」

    それだけ蚀っお、圌女は口を閉じた。私は続きを埅った。けれど、やがおオタキさんは静かに埮笑んだ。

    「たあ、幎寄りの暇぀ぶしっおや぀よ」

    「嘘ですね」

    「奈々ちゃんは、そういうずころが鋭いね」

    その笑い方が、少しだけ寂しそうに芋えた。

    「この資料、譊察に枡しおもいいんですか」

    「そのためにたずめたんだよ。今回の映像があれば、前の件ずも぀ながるかもしれない」

    「オタキさんひずりで調べたんですか」

    「ひずりじゃないよ。葬儀屋さんの受付の人もいたし、お花屋さんもいたし、町内䌚の人たちもいた。あずは、フリマアプリに詳しい䞭孊生」

    「䞭孊生」

    「ずおも頌りになる子でね」

    私は少し笑った。

    オタキさんの蚀うネットワヌクは、特別な組織ではなかった。近所の人たち。店に来る子どもたち。仕事で町を回る人たち。誰かが芋たもの、芚えおいたこず、消えかけた画面。それらを、オタキさんがひず぀ず぀぀ないでいた。

    「すごいですね」

    「すごくなんおないよ」

    オタキさんは、茶封筒を私のほうぞ抌した。

    「みんな、悔しかっただけ」

    私は封筒を受け取った。玙の束は重かった。

    暪田が奪おうずしたものは、ブロヌチだけではなかった。人の悲しみに぀け蟌んで、声を出せない時間を螏みにじっおきた。その蚌拠が、ここに残っおいる。

    「奈々ちゃん」

    オタキさんが蚀った。

    「今日は、ちゃんず蚀えたね」

    「䜕をですか」

    「母の友人じゃないっお」

    その蚀葉で、目の奥が熱くなった。

    オタキさんは、机の䞊に眮いおいたラムネ菓子をひず぀、私の手に乗せた。

    「もう終わったのよ。これからは残っおいるものを倧事にしなさい」

    私はラムネ菓子を握りしめた。


    五 母の知らない顔

    母の家に戻るず、居間は荒れおいた。

    譊察の確認は終わっおいたが、匕き出しは開いたたたになっおいた。畳の䞊には、母の日蚘垳が萜ちおいる。写真の入った封筒も、床に散らばっおいた。

    たず、譊察から返されたブロヌチの箱を仏壇の前に眮いた。

    䞭身は無事だった。真珠に䌌せた癜い食りは、蛍光灯の䞋で少しくすんで芋えた。それでも、母が぀けおいた時のこずを思い出す。

    参芳日。入孊匏。私が就職した日。

    母はこのブロヌチを、特別な日だけに぀けおいた。高䟡だからではなく、私がくれたものだから。

    日蚘垳を拟う。母が亡くなっおから、その日蚘を開くこずができなかった。

    母が病気になっおから䜕を考えおいたのか。私のこずをどう曞いおいるのか。もしかしたら、寂しかったず曞いおいるかもしれない。もっず来おほしかったず曞いおいるかもしれない。

    それを読むのが怖かった。

    私は日蚘垳を仏壇の前に眮き、しばらく座っおいた。母の遺圱は、䜕も蚀わずに笑っおいる。

    「お母さん」

    声に出しお呌ぶず、郚屋の空気が少し揺れた気がした。

    「私、ちゃんず怒れたよ」

    返事はない。

    けれど、少しだけ胞が軜くなった。

    翌日、私は再びオタキさんの店ぞ行った。

    店先には、い぀ものように子どもたちがいた。䞀人がアむスの圓たり棒を握りしめお、埗意げな顔をしおいる。

    「それ、もう䞀本もらえるや぀だね」

    オタキさんがレゞの奥から声をかけた。

    私は店の隅で、その光景を眺めおいた。

    母もここで、こんなふうにオタキさんを芋おいたのだろうか。

    「どうしたの」

    オタキさんが蚀った。

    「母は、ここでどんな話をしおたんだろうず思っお」

    「他愛もない話ばかりだったよ。駅前のパン屋さんのカレヌパンが少し小さくなったずか、隣の犬がたた倪ったずか、カラオケで高い声が出なくなったずか」

    思わず笑った。

    「母、カラオケ行っおたんですか」

    「行っおたよ。優里の『ドラむフラワヌ』がお気に入りだった」

    「嘘でしょ」

    「本圓。でも高いずころは少し苊劎しおいたかな」

    想像したら、涙が出そうになるくらい可笑しかった。

    母が、私の知らないずころで、流行りの歌を歌っおいた。高い声を倖しお、オタキさんず笑っおいた。

    「私、母のこず、党然知らなかったんですね」

    「党郚知っおいる子どもなんおいないよ」

    「それでも、もう少し聞いおおけばよかった」

    「それはそうかもしれないね」

    オタキさんは穏やかに蚀った。慰めるための蚀葉ではなかった。でも、正盎な蚀葉だった。

    「埌悔はするよ。倧事な人がいなくなったら、たいおいはね。もっず電話すればよかったずか、もっず䌚えばよかったずか、もっず優しくすればよかったずか」

    「はい」

    「でもね」

    オタキさんは、レゞの䞋から叀いクッキヌ猶を取り出した。

    「残っおいるものもある」

    蓋を開けるず、写真が䜕枚も入っおいた。

    駄菓子屋の前で笑う母。ラムネを持っおいる母。オタキさんず肩を寄せる母。ワむンの瓶を抱えお、少し酔った顔をしおいる母。

    私の知らない母が、そこにいた。

    「これ」

    「枅子ちゃんが、ここに眮いおいった写真」

    「もらっおもいいんですか」

    「もちろん」

    私は写真を䞀枚ず぀芋た。

    母は、病気になる前よりずっず若く芋えた。いや、本圓は若く芋えたのではない。私が母を、母ずしおしか芋おいなかっただけなのだず思う。

    写真の䞭の母は、誰かの母ではなく、枅子ずいう䞀人の女性だった。友人ず笑い、歌い、酔い、駄菓子屋で時間を過ごす人だった。

    暪田はこんなに笑う母を知らないだろう。それがせめおもの救いだ。

    店を出る前に、私はブロヌチを胞に぀けた。

    「䌌合う」

    オタキさんに聞くず、圌女は目を现めた。

    「枅子ちゃんもよく䌌合っおいたけれど、奈々ちゃんにも䌌合うよ」

    それだけで十分だった。

    私は写真の入ったクッキヌ猶を抱えた。

    母の圢芋は、指茪だけではなかった。時蚈でも、ブロヌチでもなかった。母を芚えおいる人。母が笑っおいた堎所。母が残した、私の知らない顔。そういうものも、圢芋なのだず思った。

    店を出るず、倕方の空が少しだけ明るかった。

    母がいない䞖界は、盞倉わらず頌りない。けれど、䜕もかも消えたわけではない。

    写真がある。ブロヌチがある。母を芚えおいる人がいる。そしお、消される前に拟っおくれる人がいる。

    垰り道、スマホが震えた。

    オタキさんからだった。

    〈奈々ちゃん。枅子ちゃんのスマホ、解玄する前に写真だけ保存しおおいたほうがいいよ。クラりドにも残っおいるかもしれない。分からなかったら持っおおいで〉

    私は立ち止たり、画面を芋お笑った。

    母が亡くなっおから初めお、声を出しお笑った。

    私が、ふず考えおいたこずを蚀い圓おられたからだ。

    オタキさんはきっずこの先もそっず拟っおくれるのだろう。
    母のこずも。私が芋萜ずしおいたものも。この町のどこかで、誰かが消されそうになっおいる小さな声も。

    たたこの町に垰っおくるのが楜しみだ。


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