「勇気」貯金
真、真、真、真正面から、今こんなにも自分と向き合えているのは、世界中、日本中でたくさんの「勇気」をいただいてきたからこそだと思う。
物心ついた時からずっと苦しくて、痛さとしてはずっと感じていたけど、その痛さの根本を探ろうとすること、ましてや癒やそうと解決を探すことは、喉が閉まるほど苦しいものだった。だから、到底、適当な覚悟ではやっていられない。
そこで私は、外へ、外へ、外へ、外へ、外へ、出ていくことを選んだ。内側に閉じこもることは痛いし、苦しいし。苦しさで塗れた私からしたら、ある意味「夢」のような世界に足を踏み入れ、どんなにドキドキしても「えいっ」と高いところから川に飛び込むような感覚で目を瞑って飛び込んで、目をパチパチさせて夢の世界を凝視して、香って、感じて、歩いて、触れて。「夢」に生きる住人とお喋りをして、自分と夢の住人を繋いで、私もたくさんの夢をみる必要があった。解像度高く、知る必要があった。いや、「夢にいきる」必要があった。
中学生の時のニュージーランドホームステイも、英語のスピーチコンテストも、高校の時のトビタテ生としての活動も、カンボジア留学も、課外スクール参加も、大学生になってからのフォルケホイスコーレ留学も、デンマークのワーキングホリデーも、サーミとの暮らしも、北海道での経験も、他大学での研究室インターンも、禅修行も、巡礼も。
世界中で、いろんな夢の在り方をしって、もっと夢の世界を生きるかのように、リラックスして、スキップして、生きていいんだよって、自分に、体全部を通じて、たくさんの生身の愛を通じて、知らしめてあげたかったんだと思う。
22歳、23歳にして、やっと十分に知らしめることができたようで。たくさんの少しずつ、世界中を飛び回って拾い集めてきた「夢」が「勇気」に変わった。だから、私は今、自分と真正面から向き合う過程を経ている。めちゃくちゃ痛いし、苦しいし、悔しいし、痛いし、痛いし、痛いけど、私はたくさんの「夢」を体感を通じて知っている。10年くらいかけて染み込ませてきた。だから、もう少し、頑張れそうな気がしてる。夢が勇気となった貯金が、あるし、繋がった人々から供給され続けている勇気が今もたくさん増え続けている。減るスピード感もかなり早くて、時々困っちゃってるけど、ね。
私は夢に生きるまでは望まない。「夢に生きているかのような身体」で生きることを許してあげられる自分に変化してゆけますように。苦しまなくてもいいんだよって、幸せになってもいいんだよって、身体全体がもう少しだけ、納得してくれますように。