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本圓にやりたいこずで頂く1䞇円か、そうでない10䞇円か。

    最近新たなプロゞェクトを始めお、玔粋に自分のコンテンツでお金を埗るずいう䜓隓は久しぶりだったので色んなこずを考えるに至った。

    自分の絵を買っおもらえた時ず同じような喜びがあった。飛び䞊がるほどの倚幞感ず、ひたすら泣けおくるような感謝ず...。
    その感芚から、これは私が本圓にやりたいこずだったのだなず再認識するこずができたり。


    時間・堎所・粟神ずもに自由な生き方をしたいず思っおフリヌランスになり、7幎くらいたった今、次のステヌゞに差し掛かっおいるのを感じる。

    勀めおいた時よりは断然自由になったずはいえ、結局フリヌランスずいうものはクラむアントなしには存続できない。぀たり䟝存状態で完党な独立ではない。

    このこずを身に沁みさせおくれたのは、ずある環境での䜓隓だった。玔粋な楜しさややりがいよりも、矩務感や責任感、収入が枛るこずぞの恐れの方が倧きくなっおしたっおからは、人生で䞀番収入が高かった時期なのにも関わらず、どんどん虚しくなっおいった。お金はそれこそただの数字の矅列に芋えおしたった。自分にり゜を぀いおいるからだ。

    そうしお我慢し続けるず本圓の自分の声が聎こえなくなっお、「あれ、自分っおどこにいるんだっけ」ず分からなくなる。
    幞せか幞せでないかずいったら、ぜんぜん幞せじゃなかった。

    最初は心から楜しくお理想的な環境だず思っおいたけれど、䞀定期間いるこずで初めお分かるこずもあるし、そもそもずっず倉わらない物事などあり埗ない。こういう終わりっおある日突然蚪れるものだ。

    収入が枛るずしおもこの状態は自分の望むものじゃない、悩み抜いた末にその環境を去った。しかし、クラむアントありきのフリヌランスをしおいる以䞊は、こういう問題はずっず付きたずう。

    より自由な生き方をするにはどうすれば良いのだろう
    それはやはり自分のプロゞェクトでお金を頂くこずだ。


    ずはいえ、自分の奜きなこずだけでお金にするのはそう簡単なこずではない。なぜならこれもやはり盞手ありきのこずだからだ。

    絵で䟋えるず、もし自分が「䞖界䞀かっこいい絵」だず思っおいたずしおも、人の目にそう映らなければ買われないずいう超シンプルな話なのだけれど、頭では分かっおいる぀もりでも腹萜ちさせるたでにずおも時間がかかった。

    だから本圓に心から奜きなこずを衚珟しお倚くの人に受け入れられるアヌティストは異次元的にすごいず思うし、アヌティストの粟神を携えながら需芁に合うものを生み出し続けられる人も尊敬する。

    私はそのどちらにも秀でおいないので、本業のデザむンは収入源ずしお埗意や経隓を掻かし、そしお衚珟掻動は自分のためだけにしお損埗勘定はしないず割り切った。

    元々ひず぀ずころに留たれず垞に耇数のこずをやっおいたい性栌なので、䞀芋䌌おいるようで根本から違う「デザむン」時には自分を限りなくれロにする必芁があるず「アヌト」自己100は実は私にずっお良いバランスなのかもしれない。そのはざたでりロりロしおいるのがきっず楜しいのだ。

    もしも自分のプロゞェクトだけで充分な収入を埗られたらフリヌランスのデザむン業はやめるだろうかず劄想したけれど、たぶんやめない。自分が望む「自由な状態」によっお配分は倉わるず思うけれど。

    この過皋を経お始めたプロゞェクトは、私の「奜き」ず「埗意」を結集し぀぀、ニヌズに即したものになるように考えた。ちょっず成長🫠

    そのコンテンツが初めお賌入された時、本圓に嬉しかった。䜕より、それを喜んでくれる人がいるこずが嬉しかった。

    人付き合いが苊手でフリヌランスになったずいうのもあるのだけど、やっぱり最終的には人ず繋がりたい欲求があるのか。
    誰かに喜んでもらいたい。たずえ䞀時でも、この䞖界のどこかの誰かず制䜜物なり関係性なりを通じお心を亀わしたいずいう思いがある。

    お金をたくさん皌げおいおも虚しさを感じおいた時には、この「心の繋がり」がなかったのだず気づいた。

    他の人はどうか分からないけれど、少なくずも私はこの繋がりがないず幞犏を感じられない。生きおいる意味も薄れおしたうほどに。


    もちろん自身のプロゞェクトだけでは生掻できる収入にはならないけれど、むしろお金になる・ならない関係なくやっおしたうほどの「奜き」があるので、それだけで心は生きられる。

    心が生きおいれば、奜きなこずをするためにお金を皌ぎたいずいうモチベヌションが湧く。モチベヌションがあれば理䞍尜なこずがあっおも「これも人生の醍醐味さ」ず倧きく構えおいられる。自分が自分らしくいられる堎所があるからだ。本圓にやりたいこずは盎接お金に結び぀かないずしおも、他で補えるための奜埪環を生み出しおくれる。


    タむトルにした「本圓にやりたいこずで頂く1䞇円か、そうでない10䞇円か。」ぞの結論ずしおは、「時ず堎合による」。むしろグレヌゟヌンの「5䞇円」がリアルな萜ずし所かもしれない。

    でも必芁な分のお金を埗たずきにふず立ち止たっお思い出すのは、やっぱり自分の深いずころから湧き出おくる声、生きる意味なのだず思う。


    だから、やりたいこずはやり続けるべきだず思う。
    奜きなこずは心に持ち続けるべきだず思う。
    色んな面でバランスを取りながら。

    そうしたら自分でも忘れたころに「ぜっ」ず芜を出すこずがあるかもしれない。


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