
○○さんですね #終章
目が覚める。
激しく息を吸い込む。
肺が空気を求めて悲鳴を上げているようだった。
全身が汗で濡れている。
心臓が嫌な音を立てていた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
まるで何かから逃げているような鼓動。
主人公は暗闇の中で天井を見つめた。
夢だった。
そう思おうとした。
だが。
違う。
ただの夢ではない。
そんな確信だけが胸の奥に残っている。
あの部屋。
あの椅子。
あの声。
あの紙。
そして。
あの言葉。
「確認します」
主人公はゆっくり体を起こした。
時計を見る。
午前三時三十三分。
昨日と同じ時間。
偶然。
そう思いたかった。
しかし。
それを偶然と呼ぶには、何かがおかしかった。
主人公は震える手で顔を覆う。
その時だった。
机の上に置いていたスマートフォンの画面が、ひとりでに点灯した。
通知音は鳴らない。
ただ静かに。
青白い光だけが部屋を照らしている。
画面には。
見覚えのないアプリが表示されていた。
黒い背景。
白い文字。
中央に一行だけ。
【確認中】
主人公は凍りついた。
触った覚えはない。
インストールした記憶もない。
恐る恐る画面を見る。
すると。
文字が変わった。
【照合完了】
その瞬間。
アプリが勝手に開いた。
主人公の指は触れていない。
画面には一覧が表示される。
果てしなく続く名前。
何百人。
何千人。
いや。
それ以上。
上へ。
下へ。
終わりなく並んでいる。
誰かの名前。
また誰かの名前。
知らない名前。
知らない名前。
知らない名前。
そして。
その中に。
見つけてしまう。
「○○」
自分の名前だった。
主人公の呼吸が止まる。
目を疑う。
何度見ても変わらない。
確かにそこにある。
自分の名前。
その横には。
小さな文字。
【回収済み】
理解できない。
意味が分からない。
回収?
何を?
誰が?
主人公は慌てて画面を閉じようとする。
だが。
閉じられない。
電源ボタンも反応しない。
アプリは消えない。
まるでスマートフォンそのものが別の何かになってしまったかのように。
その時。
部屋の空気が変わった。
急に寒い。
冷蔵庫を開けた時のような冷気ではない。
もっと深い。
もっと嫌な冷たさ。
背後に気配を感じる。
主人公はゆっくり振り返った。
誰もいない。
暗闇だけ。
だが。
確かに何かいる。
見えないだけで。
そこにいる。
その確信だけがあった。
そして。
耳元で声がした。
すぐ後ろ。
息がかかるほど近く。
「やっと見つかりました」
主人公の全身から血の気が引く。
体が動かない。
叫べない。
逃げられない。
首だけがゆっくりと後ろを向く。
暗闇。
何もない。
しかし。
その奥。
部屋の隅。
そこに。
誰かが立っていた。
夢の中で見た人物。
顔は見えない。
輪郭だけ。
影だけ。
それなのに。
笑っていることだけは分かる。
主人公は後ずさる。
一歩。
また一歩。
だが。
影も同じだけ近づいてくる。
距離が縮まる。
主人公は震える声で尋ねる。
「誰なんだ……」
影は答えない。
ただ静かに首を傾げる。
まるで不思議そうに。
まるで当然のことを聞かれたように。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
「ずっと探していました」
一歩。
「ずっと確認していました」
一歩。
「やっと一致しました」
一歩。
「やっと」
影の顔が近づく。
もうすぐ目の前。
主人公は恐怖で目を閉じた。
その瞬間。
最後の言葉が聞こえた。
「○○さんですね」
それは問いではなかった。
確認でもなかった。
間違いなく。
断定だった。
そして。
スマートフォンの画面が最後に光る。
そこには。
新しい表示が追加されていた。
【確認済み】
【回収完了】
【対象消失】
次の瞬間。
部屋から音が消えた。
光も消えた。
存在も消えた。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
ただ。
翌朝。
その部屋に主人公の姿はなかった。
机の上にはスマートフォンだけが残されている。
真っ暗な画面。
しかし。
一瞬だけ。
反射した画面の中に。
誰かの顔が映った気がした。

そして。
どこからともなく。
紙をめくる音が聞こえる。
ぱら。
ぱら。
ぱら。
低い声。
「次を確認します」
(終) 🌑📖✨