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次の旅に行ってきます!スリランカ🇱🇰

3月初めに、タイ旅行から戻り約2ヶ月...よく働いたと思います。
もちろん、よく遊びました。
疲れました。

日常のほぼ決まったことをする生活も好きですが、それだけが続くと視野狭窄になってくるのを自覚します。
自分の世界が狭くなり、«この価値観が全てだ»というような思考になってきます。
これはこうでなければいけない、これはこうするのが当たり前だ、という風に、自分の狭い世界で物事を判断するようになってきます。
いけません。

そろそろ完全に日常から自分を切り離す必要があります。

ここ2ヶ月、仕事を詰め込み、新しい仕事の勉強をし、かつ、新社会人になった娘のお弁当作りを毎朝するようになりました。

お弁当作り...
子供が中高生の時、約10年、作り続けていたお弁当、、、解放されてうれしかったのは当然ですが、再びせがまれると、体が反応し、朝早起きし、喜んで作っている自分がいます、、、不思議です。
娘はランチ代を節約したいのだそうですが、確かに新卒の薄給では週5回のランチ代もバカにならないと分かります。
こうやって、私のようにあまり子供の世話に熱心ではなかった母親でも染みついた母親根性がありますから、ましてや子育てに自分の時間のほぼ全てを注ぎ込んだお母さん方が、子供の世話、または他の家族の世話を手放せない気持ちも多少分かります。


人が変わるのには、相当の覚悟が必要です。
日常生活をしながら、«変わりたいなぁ »と思うくらいでは無理でしょう。

がらりと大きく環境を変えねば、自分に染みついたものは、染みついたままでしょう。

私も子供達の大学受験が終わった時、「これで自由だー」と思ったにも関わらず、「あれ?何も変わらない、変えられない...」と、あんなに切望していた自由を得ても、自分が変えられなかったことに驚いたことが忘れられません。


去年、定職を離れ、«心の早期退職!»と意気込んでいましたが、約1年経過した今も、役職的重圧はなくなったにせよ、仕事を減らして悠々自適なノーストレス生活か?と問われればNO。
不安定な日雇い労働のため、ついつい仕事があれば詰め込んでしまう、もちろん、そこそこの休みは確保できているので、そこでの旅のための旅費稼ぎにジタバタ、、、

結局、相変わらずの詰め込み生活です。

ゴソゴソと落ち着かないのは、子年🐭生まれの宿命でしょうか...

50を数年過ぎても、悟りは開けず、右往左往です。

30歳くらいで、人生語ってるような人もSNSでお見受けしますが、私は50を過ぎても、道半ば、、、迷いながらの日々です。
90歳くらいまで生きて、ようやく悟りがひらけるかもしれません。


今どき、コーチングや〇〇メソッド、などの思考法で生きやすくするという本や講座をよく見かけます。もちろんそういう考え方を学ぶのも大切だと分かります。でも、私は、この人間の複雑なドロドロした感情をあえて、方法論を使わず、クリアーにせず、悶々と過ごすことこそ、人生の面白味であるようにも思うのです。

狭い世界でドロドロになった心を抱えて、スリランカ🇱🇰に行ってきます。

スリランカの自然、山、海が私をどう変えてくれるのか?何も変わらないのか?

楽しみです。

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