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Photo byankou_onna

波紋の先

    夜のプールって、ちょっと雰囲気あるよね。

    昼間はあんなに騒がしいのに、太陽が沈むと途端にセンチメンタルな雰囲気出してくる。

    照明に照らされた水面がゆらゆら揺れて、お月さんまで触れそうなくらいに反射してさ。

    塩素の香りが弛んだ気持ちを引き締める。

    照り返しの熱が冷えたプールサイドから、水に飛び込んだ瞬間体が沈む泡音と自分の鼓動だけが聞こえる世界。

    息を吐けば泡がぶくぶく浮かんで、その泡だけが水面の向こうの世界へ帰っていく。
    俺から出た泡やのにどこに帰るんやろ、なんて思いながら泡が弾けて消えていく。

    水の中ってさ、時間の流れ方おかしくない?

    25mなんてほんまなら数十秒の距離やのに、水の中ではやたらと長い。

    逆に1時間くらい泳いでても、あっという間やったりするしさ。

    時間の概念が捻じれてるんちゃうかな。

    昔、どこまで息を止めて泳げるかしいひんかった?

    苦しくなっても、もうちょっとだけ。
    もう少しだけって。

    次第に限界がきて、水面へ顔を出して思いっきり息を吸う。

    あの瞬間、肺が膨らむあの瞬間に生きてる実感が湧く。

    でも、大人になると息を止めることなんかなくなるやんか。

    苦しくなったらすぐ顔を上げるし、無理しいひんようになる。

    きっと悪いことじゃないんやけど、無意識のうちに明日のことを考えてしまう。
    もっと今だけを見て生きてたのに、いつの間にか大人しい大人に成り下がってる。

    でもさ、強いて言えば誰かを想ってる時だけは別なんかもね。

    想いを抱えてる時ってさ、水の中にいる感じしいひん?

    周りの音はあんまり聞こえへんし、見えてる景色もぼやける。

    やたらと鼓動だけがうるさくて、近づこうと思えば思うほどに抵抗があって、思うように前へ進めへん。

    少しでも近づきたくて必死にもがいてる時ほど変な泳ぎ方になるしな。

    クロールでいけばいいんか、平泳ぎが正解なんか。
    奇を衒って犬掻きもあるし、イルカみたいに泳いでもいい。
    バタフライはさすがに本気すぎるけどさ。

    そんなことを考えてる時点で、多分もう体は沈んでる。

    それでも水の中は好きやで。
    大好きやで。

    苦しくて息もしんどいのに、もっと深く潜りたくなる。

    不思議。

    映画やドラマで夜のプールのシーンが出てきたら、大体恋が始まるか終わるかのどっちかやん?

    昼間のプールは子どもがきらめいた顔しながらほたえる場所やのに、夜になると急に恋愛色が強くなる。
    プールもいろんな顔せなあかんから大変ね。

    でも、ちょっとだけわかるんよ。

    昼間は自分が楽しければそれでよかった。
    水をかけ合って、潜って、笑って。

    でも夜になると、急に波紋の先にいる人のことばっかり考えてしまう。
    受け止めて欲しい言葉が増えていく。

    言葉なんか簡単に水に飲まれるってのに。

    たまに目が合って笑うくらいがちょうどいいんかもしれんね。

    静かやのに退屈じゃない。
    どちらかと言えば刺激的なまである。

    苦しいから心地いい。
    苦しいから追いかけたい。

    でも、次第に腕がだるくなって息継ぎも乱れる。
    気持ちは溢れるほどあるのに、もう限界で足をついてしまう。

    顔を上げて肩で息をする俺に、波紋の先から聞こえてくる心地いい声。

    「もう25mだけ」

    その声だけで、多分また俺の体は沈んでる。

     
     

    雲呑

     
     
    ひっそり書き出す訛りの効いた一人言

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