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低い鼻が好きな理由〜わたしの「好き」はどこから来たのか

    思い出の箱を整理していたとき、
    子どもらしいうさぎの絵に、名前と「さくぶん」と書かれた表紙を見つけた。

    小学生の頃のものだろうか。

    懐かしさに引かれて、中を開いてみた。


    『わたしのかお』
    わたしの きに いって、いるところは、
    はなです。
    なぜかというと、ちいさくて、ひくいからと おもいます。


    思わず、笑ってしまった。

    今の私は、自分の鼻があまり好きではない。
    鼻の高い人を見ると、横顔がきれいで羨ましく思ってしまう。

    子どもの私は、なぜ低い鼻が好きだったのだろう。

    母からは、こんなふうに言われていた。
    「産まれた時、穴しかなくて鼻がないかと思ってビックリしたわ」
    子ども心に「かわいい」ではないのだと思って、
    少し悲しかった。

    当時、アニメ「キャンディキャンディ」が大好きだった。
    祖父からもらった、キャンディの顔が描かれた赤いポーチを肩にかけて、すべり台を滑ろうとしている写真が残っている。

    その歌の中に、
    「鼻ぺちゃなんて気にしないわ」という言葉があった。
    意識していたわけではないけれど、
    キャンディと同じだと思うと、少し嬉しかった。

    そんな小学生の女の子も、やがて異性に興味を持ち、容姿を気にするようになった。

    いつのまにか、私の「好き」は変わっていた。

    でも、その「好き」は、
    本当に自分で選んだものなのだろうか。
    それとも、どこかで覚えたものだったのだろうか。

    そもそも「好き」って、なんだろう。

    高い鼻は、きれいだと思う。
    でも、この低い鼻には、
    いくつもの記憶が重なっている。

    子どもの頃の私。
    キャンディ。
    おじいちゃん。
    母の言葉。

    きれいかどうかだけでは決まらない「好き」が、
    そこにある気がした。

    あの頃の私が「好き」と言った低い鼻を、
    今は少し誇らしく思う。



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    ライフアートデザイナー スタンド名「SEED OF HOPE」 「希望は与えられるものじゃあない  気づいた者の中で、芽吹くだけだ」

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