
今この時代に是非読んでほしい「進撃の巨人」
私はもうずっとこの作品の虜だ。
自分の価値観をひっくり返されるような衝撃を何度受けたかわからない。
「進撃の巨人」ファンは世界中に山ほどいて、考察もし尽くされている。
この記事は私の超個人的な解釈を経ての感想並びに願いを込めた。
※物語にがっつり関わる重大なネタバレアリ!そこを知らないで観る方が断然おもしろい作品です※
※全てにおいて良い・悪いを判断する記事ではありません。故に論争も望みません。
※個人の見解です。
以上を踏まえてよろしければ最後までお付き合いいただければ幸いです。
最初巨人は明確に「敵」だった
主人公・エレンは物語序盤に巨人に母親を食い殺される。
そこから彼の復讐心に火が点く。
「一匹残らず駆逐してやる…!!」
このセリフは進撃を知らなくても一度は耳にしたことがあるんじゃないだろうか。
人間にとって巨人は無差別に人を食い殺す化け物。
倒すべき「敵」だった。
突然明かされるに憎っくき巨人の正体
巨人は人間だった。
「人を食い殺す化け物」が自分たちと同じ「人間」だと判明した時は頭を強く殴られたような感覚だった。
作中で「人類最強」とされたリヴァイ兵長はこの真実を明かされた際に
「俺は今まで人を殺して飛び回ってたってのか?」
と呟いた。
自分が正しいと信じていた行為が「殺人」だと知った彼の苦悩が窺えるセリフだ。
彼の人間らしさが垣間見える瞬間だ。
世界がさらにひっくり返る
マーレ編。
ここで挫折した人はかなりの数に登るという噂だ。
私自身も突然出てきた見知らぬ人物達の日常を見せられ、戸惑った。
グリシャ(エレンの父)の視点だと気付くまでに少々時間を要した。
エルディア人
巨人化できる人種:始祖ユミルの血を引く「ユミルの民」。条件を満たせば巨人に変化できる身体構造を持っている。
かつて「巨人の力」を使って大陸を支配し、マーレなどを迫害した背景がある。
それを経て「エルディア人」と呼ばれている人達は皆腕に揃いの腕章を付けさせられていて、行動にも制限があるらしいと判明。
私は「ナチス・ドイツ」を思い出した。
そしてこの描写だけで「現在エルディア人が差別の対象になっている」というところまで理解できる。
マーレ人
一方「マーレ人」と呼ばれる人たちはいわゆる巨人化能力を有しない、普通の人間。
「エルディア人は悪魔の末裔だ」と教えられて育っているので彼らに激しい憎悪を抱き、軍事力として利用。
彼らに対する過酷な支配を行っている。
ガビ・ブラウンという少女
作中ここまで嫌われたキャラはいなかったんじゃないかと思う。
私もガビには苦手意識しかなかった。
カビはサシャを銃殺した。
私を含め読者は連載当初からサシャを好意的に見守ってきた人が多かったはずだ。
ガビはサシャの命を奪った加害者で、サシャはガビに撃たれた被害者。
しかしガビは「エルディア人は悪魔の末裔」と洗脳に近い教育を受けて育った。
そして直前に調査兵団によるレベリオ収容区の襲撃を経験。
自分を助けてくれようとした兵士にサシャの攻撃が的中して死亡。
突然の理不尽な出来事とエルディア人(調査兵団)への激しい憎悪と復讐心を抱いた。
ガビ側からすれば、サシャ殺害は「自分が教わってきた悪魔を討伐した」くらいの感情だったのだろう。
ここでガビを嫌いになることは簡単だ。
背景を知ったって許せないという人が今もたくさん存在するのも当然だ。
私たち読者の大半は身内感覚で眺めていたサシャという女の子を目の前で殺されたのだから。
しかし本当の身内であるサシャの父は「過去の憎しみを次の世代に背負わせてはならない。子供たちを森から出してやらんといかん」と語り、サシャの母はまるで教祖様のように崇め奉られる存在になったエレンの支持者の攻撃から身を挺してガビを守った。
エルディア人と直に接したガビは
「悪魔なんていなかった。この島には人がいるだけだ」
と涙を流した。
人の命を奪っていい理由なんて私はあってほしくないと思っている。
だが、まだ12歳の少女が日々大人に教え込まれる知識を疑うなんてできなくて当たり前だ、とも思う。
悪魔だと思っていた相手が「自分と同じ人間だったんだ」と気付けた彼女はすごい。
……だからってガビ大好きー!とはなかなかなれないのだが…(笑)
それでも彼女が戦いが一段落した後も生きていて良かったと思う。
勝気な性格は元々でこまっしゃくれた口をききまくるが、戦いの中で命を落とさなくて本当に良かった。
余談だが私は戦いの場じゃないが、教育においてガビと同じ経験をした。
それはまた別記事で書こうと思う。
主人公は絶対的正義ではない
エレンは最終的「地鳴らし」という人類ほぼ皆殺しを選ぶ。
そう、「進撃の巨人」は主人公=正義という物語ではない。
こちらが正義だと信じていたものが一瞬で覆される。
誰が味方で誰が敵なのか……そもそも味方や敵がいるのか…。
そしてエレンのしたことは本当に「悪」だったのか。
先程も記したが、私個人は「人を殺していい」理由なんてない方がいいと思う。
それでも「人を殺すしか自分の生きる道はない」となった時、絶対に武器を手にせずにいられるだろうか。
それでも人間は生きていく
激しい戦いの後も生きてる人間たちには当たり前に明日が来る。
命はある。
ただ住む場所や大切な人を失い、心に深い傷を負った人々が悲しむ時間も十分にないまま次へ進まなくてはならない。
生きていくために。
戦いが終われば、全て解決ではないのだ。
だからこそ私は今この作品をすすめたい
これはすごく私個人の感覚になってしまうのだが……物語序盤に出てくるアルミンのセリフ
「100年壁が壊されなかったからといって今日壊されない保証なんてどこにもないのに…」
ここに現在の日本を重ねてしまった。
そこは各々の思うところがあるだろうから深く言及しないでおく。
自分が何を知っていて、何を知らないのか。
「敵」がいたとしてそう判断した材料は?
自分が正しいと思っていることは本当に正しいのか。
少なくとも私は「進撃の巨人」を追っている間も今もずっと自分の心に問いかけていたと思う。
「この世界は残酷だ。そしてとても美しい」
作中ミカサが口にする言葉だ。
私はここに「進撃の巨人」という作品がぎゅっと詰まっているんじゃないかと思う。
進撃のラストはそれをまざまざと見せつけられる。
束の間の平和を得たミカサはエレンを想い続けている。
それも込みで彼女のパートナーになる人物とミカサは結ばれ、新たな家族を作った。
子どもも生まれた。
ミカサは孫に見送られる形で生涯を終える。
彼女以外の戦いを知る人間もそれぞれ寿命を迎える。
それからすぐなのか、数年後……または遠い未来かもしれない。
エレンを埋葬した木がある丘から空爆の様子が見える。
街が発展しているのも分かる。
しかし何度も何度も立派な兵器が登場する。
ミカサ達が平和に暮らしている間にも世界は争いを繰り返していた。
女王となり、その最前線に置かれているヒストリアは民を思いやる言葉の後に
喪失のさなかにある世界が危惧するようにエルディア国はイェーガー派が取り仕切る軍を結成し日に日に力をつけています。
海の向こう側で生き残った人類の報復を恐れて島は一丸となり声を上げます。
勝てば生きる、負ければ死ぬ、
戦わなければ勝てない。
戦え、戦え。
巨人がいなくなっても争いはなくならない。
と吐露している。
ヒストリアはエレンによって未来を伝えられている。
そして「この未来だけは鮮明に見ることが出来ました」と言う。
ヒストリアの言葉が指す「この未来」はきっと終止符を打ったはずの戦いがまた目の前で繰り返されているという現実、と私は解釈した。
戦いで公に「悪」となったのはエレンだ。
それでもヒストリアは「きっとこの結果はエレンだけの選択ではありません。私たちの選択のもたらした結果がこの世界なのです」と考えている。
最後に
「私たちは戦わなければなりません。これ以上戦わないために」
と、一見矛盾しかない考えを明かす。
でも渦中の人にとっては真実なのだろう。
+ヒストリアは「残された猶予をどう生きるか、この巨人のいない世界を」と続ける。
戦いはなくならない。
だからこそ「日常」をどう生きていくのか。
そう問いかけられているような気がしてならない。
綺麗ごとで終わらないからこそ刺さる「進撃の巨人」
戦いは終わりました。
何だかんだエレンも救われました。
ミカサと結ばれました。
めでたしめでたし。
こんな風にならないからこそ私は「進撃の巨人」に強く強く惹かれた。
人が生きている以上「終わり」はない。
戦争を起こし「こんなこと二度と繰り返してはならない」と誓う。
しかしその願いを持ち続けられるのも私自身が戦争の一面しか見えてないからだと思う。
「争いは何も生まない」
「人を傷付ける…ましてや殺すなんてもってのほか」
「戦争反対!」
そう声高に主張できるのは私が「平和」な国でずっと生きてこられた人間だからだ。
世界では今日も争いが起き、たくさんの人の命が失われている。
自分の身に降りかかっていないだけで「戦争」には終わりがないのだと思う。
そのやるせなさを抱えながら私はこれからも「進撃の巨人」という作品を愛し続けていくのだと思う。
+αで言わせて!
アニメと原作では違うところもたくさんあるのでアニメ視聴後、原作もおすすめしたいです!!
絵が苦手…というお声もよく聞くし、私もその一人でしたが……今は「諌山先生の絵、最高」ってなってます(笑)
進撃の世界観とものすごくマッチしてるんですよね!!!
ご参考までに。