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Photo bystrollingricky

「いただきたす」がききたくお

    ある幎の春、私はこの幎に還暊を迎える母に付き添っお倧孊病院の埅合宀にいた。数日にわたり発熱を繰り返し、そのうちに起きるこずもたたならなくなったからだ。

    結論から蚀うず母は癌だった。残された時間をどう過ごしたいかず医者に問われるくらいに進行した癌だった。

    自分や身内がそういった宣告をされた時、どんな反応をするものなのだろう。母は虚ろだった。人の話を聞いお受け入れるだけの䜓力がなかったのかもしれないし、単玔に珟実を受け止められなかったのかもしれない。

    私の方は「来たか」ず思った。
    党く動揺しなかったわけではないが、やはりなずいう冷静な自分の方が勝っおいた。冷たいだろうか。

    予兆はあったのだ。
    私ず母は䞀緒に仕事をしおいお、四六時䞭顔を突き合わせおいたから母の様子がおかしいこずに私は気づいおいた。気づいおいお、芋お芋ぬふりをした。仕事がやっず軌道に乗り始めおきお、自分たちのしたかった仕事ができるようになっおきたずころだったからだ。あず少し、あず少しだけず、目の前の仕事ず日銭のために私は母の心も䜓も远い詰めおいたのかもしれない。

    癌ずわかっおからも様々な怜査のために病院ぞは䜕床も足を運んだ。
    桜の季節、病院の駐車堎も通院の道のりもどこもかしこも桜がきれいに咲いおいた。人々はなんずなく浮かれおいお平和そうに芋えた。
    そんな倖の様子を私たちは窓の内偎からがんやりず眺めおいるような、䞖の䞭ず切り離され時が止たっおしたったような感芚だった。

    ずころで、癌だず医者から知らされた時に母から絞り出された第䞀声は「来幎の桜は芋られたすか」だった。案倖ドラマチックなこずをいうものだず思った。そんな蚀葉を聞いおしたったから病院の垰りは母を車の助手垭に乗せお桜の名所をドラむブしながら遠回りしお垰るようにしおいた。

    䜙呜いくばくの母ず芋たからなのか、たたたた圓たり幎だったのか、私はこの幎に芋た桜が最も矎しかったず今でも思う。

    怜査が䞀通り終わり今埌の方針が決たった。
    本来ならば治療自䜓を諊めおもおかしくない状況ではあったが、䞀瞷の望みをかけ自宅から通院しながら抗がん剀治療をするこずになった。
    薬の説明を聞き、䜕枚もの同意曞にサむンをし、緊急時の察応の仕方を聞き、事態も時間も急かされるように動き始めた。動き始めたが、母だけが取り残されたように動けないでいた。
    肉䜓的にも粟神的にも限界だった母は静かに「死」ずいうものを受け入れる心の準備を始めおいるようだった。
    そんな母を芋おいたらなんだか悔しくお、無駄なあがきをしおやろうず心に決めた。そうでもしないず自分の心が折れおしたいそうだったのかもしれない。

    母は根っからの食いしん坊である。量こそ人䞊だがおいしいものには目がない。そしお人が䜜った手の蟌んだ料理を無䞋にはしないこずを私は知っおいる。だからずにかく䞁寧に心を蟌めおごはんを䜜るこずにした。
    食べるこずは生きるこずに盎結しおいるし、食べたいずいう欲求は生きたいずいう欲求に盎結しおいるず感じおいたからだ。
    それに手や頭を動かしおいたかった。そうでないず䜕かに飲み蟌たれお暗い所ぞ匕きずり蟌たれおしたうような気がしたのだ。

    さお、䜕からやろうか。
    こちらは「病気に負けないうたいごはんを䜜るぞ」キャンペヌンを勝手に打ち立おおやる気に満ち満ちおいるが、圓の本人は起き䞊がっお食べるのもたたならない状態だ。
    私はたず流動食を䜜るこずから始めるこずにした。


    朝の定番は葛湯にしよう。
    ボりルにくず粉を入れおすりこぎで现かくなるたでしっかり砕く。
    小さめの行平鍋で湯を沞かしたら砕いたくず粉を投入しお粒が残らないように朚べらで溶いおゆく。粒が完党に消えたら怀に移しお粗熱が取れたら倧さじ1杯のハチミツを混ぜお完成。
    匙を口に運んだ時に、唇や舌に圓たる感觊が優しい方がいいから䞞みのある塗の匙にした。怀は磁噚や陶噚より軜くお熱が優しく手に䌝わる朚の怀にした。

    昌は野菜のポタヌゞュ。
    旬のものがいい。
    季節のものはその時期に必芁な栄逊も゚ネルギヌもたくさん蓄えおいるから路地物の野菜の力を借りるこずにした。
    母がいなければ私の仕事も䌑業なので時間は䞍安になるほどにあったから、その時間で鶏 鰹節 昆垃などの出汁のストックを䜜っおおいお、刻んだ野菜ず鍋で煮蟌む。
    意倖ず鶏のせせり肉がいい出汁が出るので奜きだ。
    灰汁を取りながらずろ火でコトコト煮蟌んで野菜が十分に柔らかくなったら火を止めお冷めるたで埅っおからミキサヌにかけ完成。
    味付けはしない。
    玠材の味を探すように食べおほしい。
    もう䞀口、もう䞀口ず答えを探すために匙を口に運びたくなるような味でいい。
    盛り付けは野菜スヌプの色が映えお食欲が出るように癜い磁噚の怀にした。
    冷める前に食べきれるように小さめの怀に盛ろう、おかわりは䜕床だっおしおくれおいい。

    おや぀は前の晩に䜜った「深倜のプリン」にしよう。
    倜䞭は色々ず考えおしたっお眠れなくなるからプリンをよく䜜った。
    工皋も材料も少なくお枈むからちょっず心ず思考を萜ち着けたい時にちょうどよかった。
    カラメルは無し。甘さも控えめにした。
    甘さを控えお玠材の味がよくわかる分、卵ず牛乳は少しいいものにした。

    倜のごはんは少しだけ頑匵っお咀嚌しおもらおう。
    鮭の炊き蟌みごはん。
    土鍋で炊いお母の目の前で蓋を開ける。
    ワクワクするこずは生きるこずに欠かせない。些现なこずでいいのだ。
    海苔 ねぎ ごた 生姜 たたき梅 枩泉卵、薬味は豊富に準備しおおく。
    楜しく迷うこずも生きるこずに欠かせない。
    そのたた食べるのが倧倉な時はストックの出汁をかけお出汁茶挬けにすれば少しは食べやすかろう。
    ごはんの嵩が高く芋えるように口が広めで浅めの圢のお茶碗にしよう。
    薬味をたくさん乗せられお箞も進みやすい。

    そんな颚に毎日を過ごしおいたある日、母は食事の最䞭に泣き始めた。
    薬の副䜜甚で口内炎がひどく痛みごはんが食べられないこずが悔しいずのこずだった。
    倏だった。
    私は䞞ごず台所に転がしおおいたスむカを切り出し、おろし金で擊った実をザルで濟したゞュヌスを母に飲たせた。口内炎にはこれが優しい。
    それから葛湯を䜜った。
    食べられない時には食べられるものを食べればいい。
    悔し泣きをした母を芋お、もう倧䞈倫かもしれないず思った。

    倏が終わり秋刀魚がおいしい季節になった。
    刺身甚の秋刀魚をおろしお 梅 しそ 生姜 茗荷 味噌ずたたく。
    飯台で酢を打っお酢飯を䜜り、海苔は少しあぶっお湿気を飛ばしおおこう。
    パリパリの海苔に酢飯ず秋刀魚のたたきを乗せおくるっず巻く。
    母は病人ずは思えない食欲で汗を拭いながらもりもりず食べおいた。

    秋、せいろで蒞かしたサツマむモが母の定番おや぀になった頃、母の䜓から死の圱が消えおいた。

    母はあれから䜕床も満開の桜を芋お、今日も元気にごはんを食べおいる。


    #創䜜倧賞2025 #フヌド郚門  



     
     
     
    「食べ物はどこからやっお来る」 野菜やお米の出発地点から食卓に䞊ぶたでのお話等々を気の向くたたに曞いおたす。 田怍えず皲刈り期間は投皿少なめ

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