凌の場合
フープピアスを片手でつまむ。
左の耳たぶにつけてるほうだけ、カチッと音がする。
その音が、その時の何かの俺のスイッチになる。
子供ができたらしい。
できたらしいって、言い方あかんか。
彼女が妊娠したって。
検査薬やからまだ確定ちゃうけど、明後日仕事休みやし病院行ってみるわって。
おーわかった、気をつけて
なんて言えるーーーー????
無理無理、俺の子がおんねんで?
俺もついていくから!ってラインは終わった。
ほんまか?ほんまに妊娠してんのか?
間違いとかじゃなくて?
親に借りた金で買った、俺の人生初の高い買物のバイクにまたがる。
エンジンをかけると、マフラーから心地良い低音が地響きをあげるようにうなる。
そうそう、これこれ。
「すんませーん、バイクの買取やってます?」
俺はこのまだ親にほぼほぼの借金が残ったバイクを、まずは売ろうと思った。
おっちゃんが言うには、バイクをザッとしか見てへんのに「5万かなー」と、くわえタバコのまま煙たそうな顔して言った。
ゴマン?!!
ゴマン?!!
ゴマンて、5?!!!!!!!!
お邪魔しましたー!と俺はシケタ気持ちで家までぶっ放した。
母子家庭の母親は、ずっとずーーぅと働き詰めで、お母さんは寝んでもいける人なんやと思ってた。
ショートスリーパーってやつ?
そんなんやと思ってたけど、ちゃうらしい。
実はバイクで事故って今 入院してるけど、飯とリハビリ以外寝てるらしい。
「お母さん寝クソやねん、せやしまた寝るし、これあげるわ、持って帰り。」と、お見舞いでもらったお菓子やジュースをくれる。
俺が受け取る隙に布団をかぶると、イビキをすぐかきはじめた。
今日も言いそびれた。
お母さん来年おばあちゃんになりますよ!
おめでとうございます!って。
「言いそびれたって、よー言わんだけやろ?
言いそびれた言いそびれた言うてたら、もう産まれんで!」と、さおちゃんはなんかお腹に赤ちゃんできてから肝が据わった。
あんだけ、さおちゃんわから〜ん、凌く〜ん助けて〜って言ってたあほ女が、市役所の手続きがこーであーで、ほんで赤ちゃん何周目で母子手帳取りに行ってって、チャキチャキさおちゃんに成り変わった。
というより"さおさん"と呼んでしまうほど、しっかりした気がする。
お母さんと似てるなぁ、なんかこのチャキチャキ感。
そうか、お母さんもチャキチャキせんと何も進まんかったんか。
お姉ちゃんに相談したら、
「私知らんでー!ノータッチで!
ウジウジすんなよ!やることやっといて!」
って突き放したようにさおさんと同じ事を言うって事は、お母さんにも言われるやろなと思った。
俺は意味もなく、眠れない目を大きくわざと開いてまたバイクにまたがった。
夜道を走るのは、好きやったりする。
でもあんまり暗いと、このまま俺だけどっか遠くに誘導される気がして、コンビニの明かりを見ると寄ってまう。あー、寂しかった。
さおちゃんはきっと、つわりの合間を見つけて眠ってる。
俺は何をどうすればいいのか、答えは1つのはずが俺の頭にはアミダクジがあって どの線を選ぼうかと今日も考えてしまう。
朝方帰るとお姉ちゃんがもう起きて、お弁当を作ってた。
えらいな。俺なんて高校卒業してからもう半年、無職を貫いてる。
「さおちゃんとこいっとったん?
あんた働かな、さおちゃんに捨てられんで。」
無視してシャワーを浴びる。
仕事もせず、ブラブラしてたくせに、しっかり汗臭い。
「凌!!シャキッとしなさい!!」
お母さんが松葉杖でケツを叩いてくる。
右足の膝上から足の指を覆うほどのギブスをつけて、車椅子でうろつけるほど家広ないんですわと、松葉杖を伴ってタクシーで帰ってきた。
子供ができたと告げた翌日に。
今日はさわちゃんちに挨拶に行く日。
お姉ちゃんが大きな菓子折りを買って来てくれて、お母さん用にも退院おめでとうって小さい菓子折りを買ってあげてた。
お姉ちゃん、ほんまえらいな。
ボーっとそんな事を考えてたら、さっきの松葉杖のくだり。
俺はさわちゃん、ねーちゃん、お母さんに怒られてばっかりいる。
ミルクティメッシュをいれたギャングスパイラル
は、俺が自信をもてる髪型だった。
髪型、服装、バイク、俺が俺として生きる全て。
俺を彩る全て。
なのに、、、
鏡の中のこのひ弱な坊主頭のブカブカスーツ姿は、ほんまに斎藤 凌 俺なのか?!!!
さわちゃんのお父さんは、パンチパーマじゃねぇかよ!ギャングスパイラルが釣り合ってたんじゃねぇのか?!あぁ?!!!
っていうのはもちろん心の声で、俺はぺこぺこ頭をさげた。
さわちゃんのお母さんは、俺のお母さんの足を見てのけぞったまま停止。
さわちゃんは悪阻でゲッソリで、俺はひ弱な坊主。
何これ?!いけるか?この感じ。
仕事はまさかのさわちゃんのお父上の会社に強制的に雇われる事になり、俺はなにもかもからもう逃げられない運命となった。
だって2人の新居はこの家のさわちゃんの部屋、6畳間。 終わった。色々つんだ。
こんなんじゃ、気晴らしにバイク乗りに行くことすらでけへんやんけ!!!
なんかイライラする。
どんどん勝手に決まっていくエトセトラに、俺は焦りと無力さで余計イライラするやんけぇーーーーー!!!!!!
さわちゃんのお腹が丸くなってきた頃、今度は俺が入院した。
まさかのお母さんと同じ右足を、複雑骨折。
ボッキボキに折れた骨を、医者がボルトで固定したらしい。
ボルトのせいでか、はたまたこんな時期にと思ってか、俺はとことん情けなくなって泣いた。
「泣いたどころの話ちゃうわ!
オットセイみたいやったで、ほんまぁ。」
お母さんはそう言って、リハビリ通院後の調子よくなった自分の右足を曲げたり伸ばしたりしてる。
オイッチニ、オイッチニ、オイッチニ、オイッチニ。
俺は役にも立たない足と、ほんまに役に立たない形ばかりの旦那 父親としてさわちゃんの手を握っている。
ふーーーーーーーー
ふーーーーーーーー
ってさわちゃんが言うと俺も
ふーーーーーーーー
ふーーーーーーーー
それを繰り返し繰り返し、痛い痛いと言うとテニスボールで腰らへんをさすった。
「そこちゃうんじゃボケぇ!!!」
え?誰?
俺はキョロキョロとテニスボール持って探した。
どこにおっさんがおんのかと探した。
「お前もーえー!でとけボケぇ!!」
さわさんが、さわちゃんが!!
さわちゃんやったん?!!
さわちゃんが吐くと、俺も吐き
さわちゃんが泣くと、俺も泣き
産まれた赤ちゃんが血だらけで俺は気を失った。
俺もさわちゃんと同じように腕に点滴をし、横になってる。
「お父さん、抱っこされますか?」
と、看護師が赤ちゃんを連れてくる。
俺はベッドに横になりながら腕をのばし、赤ちゃんをもらった。
こいつか?!こいつがさわちゃんのお腹におったんか?
俺の子供、、、俺の。
俺の、、、、
「すいません、うるさくて。」
と、さわちゃんは看護師達に謝り
「ほんまオットセイみたい!!!」と笑った。
さわちゃんは車椅子に乗りながら、俺のベッド脇から赤ちゃんを覗いてる。
俺が産んだみたいになってるやん。
俺はお父さん、俺はお父さんになったんや!!!
俺はお父さんやぞ!!!!!!
この日を境に俺は変わった。
19年生きてきて、ずっとお母さんとお姉ちゃんに甘え続けた。
甘える相手は年齢を重ねるたびに増えて、教師だったり、クラブの顧問だったり、ともだちだったり。
さわちゃんだったり、さわちゃんの両親だったり。
お父さんがいないという環境によがり、父親知らんからこんななったんや!!!って逃げて、何一つ成し遂げず生きてきた。
松葉杖でケツを叩かれたぐらいじゃ覚めず、仕事で汗を流しても覚めず、さわちゃんの涙にも覚めず、なのに今この瞬間に俺は起きた!
「おはよう、佐助!おはよぉ!」
と佐助を強く抱きしめすぎて、またさわちゃんに怒られる。
おれの息子は佐助
3520g
49センチ
佐助のお父さんは、マリオのスターをゲットして走り転げるマリオのよう。
俺は強くなる!
俺は全力で佐助を守る!!!
決心してバイクは売った。
ギブスが取れず、
車の免許はまだ取りに行けてない。
その代わりと言ってはなんやけど、俺はパソコンを自在に操れてお父上にはとても感謝されている。
佐助が喋れるようになる頃には、免許を取って狭くてもいいから引越しして、3人で暮らす。
今の俺の目標!!!!