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【小説】 第31話「後任」

四月から、新しい後輩が来た。名前は水野さん。まだ「さん」付けで呼んでいる。琴里のときは、いつからか呼び捨てになっていた。その違いに、自分でも少し驚く。

引き継ぎは一週間ほどで終わった。電話の取り方、ファイルの綴じ方、鎌田課長の書類の山に触れてはいけない範囲。琴里が座っていた席に、水野さんが座る。同じ机、同じパソコン、同じ角度の窓。座る人間だけが違う。

気になったのは、消しゴムだった。

琴里は、いつも新品を使っていた。減ったら替える。角がまだ尖っているうちに、次のものに手を伸ばす。もったいないと思っていたけれど、本人はそうは思っていないようだった。



水野さんの消しゴムは、もう半分ほどの大きさになっている。角は丸く、あちこち黒ずんでいる。それでも使い続けている。減っていくことを、気にしていない様子でもない。ただ、まだ使えると思っているだけのようだった。

「それ、そろそろ替えないんですか」

聞いてみると、水野さんは自分の手元を見て、少し笑った。

「これくらいがちょうどいいんです。新しいのは、なんか、まだ自分のものじゃない気がして」

そうですか、とだけ返した。

昼休み、給湯室でお茶を淹れながら、その言葉を反芻していた。減らさないように使う人と、減ったら替える人。どちらが正しいということはない。ただ、違う。それだけのことだ。

寂しいのか、ほっとしているのか。自分でもよくわからない。琴里がいなくなったことの続きが、まだどこかで終わっていないのかもしれない。水野さんの消しゴムを見るたびに、それを思い出す仕組みに、いつのまにかなっていた。

窓の外では、桜がもう散り始めている。今年は例年より早い。事務所の床に、花びらが一枚、風で迷い込んでいた。誰も気づかないまま、それは午後の光の中でしばらく揺れていた。



最後までお付き合いいただき、
誠にありがとうございました!
貴方に幸運が訪れますように♪


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