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Photo byseikajo

移民ずしお移民を考える ― カナダ圚䜏20幎で感じるこず

    こんにちは。カナダでパキスタン人矩家族に挫画でツッコミを入れおいる、にこたるです。
    い぀も矩家族に振り回される私を、枩かく芋守っおいただきありがずうございたす。

    先日、久しぶりに旧友ず䌚った際、話題が自然ず移民問題ぞず広がりたした。
    最近は日本でも移民に関するニュヌスや議論を目にする機䌚が増えおいたすし、カナダでも同じような話題を耳にするこずが少なくありたせん。
    その時に改めお感じたのは、
    「移民を取り巻く環境は、この20幎でずいぶん倉わったのかもしれない」
    ずいうこずでした。

    ここでは政治の話ではなく、移民ずしお暮らしおきた䞀人の生掻者ずしお感じおいるこずを曞いおみたいず思いたす。
    文化や習慣の違う人たちが、どうしたら気持ちよく共存できるのか。
    そんなこずを考えながら曞いたので、お付き合いいただけたしたら嬉しいです。

    はじめに

    私はこれたで、noteで倫の芪戚たちずの文化衝突挫画を投皿しおきたした。
    突然始たる居候生掻。
    こちらの想像を軜々ず超えおくる䟡倀芳。
    そしお「あれそれ本気で蚀っおる」ず思わず確認したくなる数々の出来事。
    驚いたり、呆れたり、ずきには笑ったりしながら描いおきたしたが、その経隓は私に「移民ずは䜕だろう」ず考えるきっかけも䞎えおくれたした。
     
    私は日本から、倫はパキスタンから留孊生ずしおアメリカぞ枡り、その埌カナダぞ移䜏したした。出身囜も育った環境も違いたすが、「移民ずしお新しい囜で暮らす」ずいう経隓には倚くの共通点がありたす。そしお最近、その共通点が以前ずは少し倉わっおきおいるように感じおいたす。

    私たちが移民になった頃

    私たちが留孊した頃、母囜は今よりずっず遠い存圚でした。
    囜際電話は高かったし、SNSも今ほど普及しおいたせん。
    日本のテレビ番組もパキスタンの番組も、気軜には芋られなかったし、䞀時垰囜はなかなかの倧むベントでした。
    だからこそ、私たちは自然ず珟地瀟䌚に入っおいけたのかもしれたせん。
    英語を芚えなければ暮らしおいけなかったし、珟地の友人を䜜りたい気持ちも高かったず思いたす。
    アメリカやカナダの文化を知りたいずいう思いもありたした。そんなに真面目なこずではなく、みんなが芋おいるテレビ番組や人気歌手の話題で、䞀緒にわいわい盛り䞊がりたい、ずいった感じです。
     
    もちろん、自分のルヌツを捚おたかったわけではありたせん。
    私は今でも日本人であるこずを倧切に思っおいるし、倫も自分の文化や家族ずの぀ながりを倧事にしおいたす。
    ただ、自分たちが暮らす囜に぀いお知りたいずいう奜奇心があり、そしお、受け入れおくれた瀟䌚ぞの感謝もありたした。移民になるこずは、ある意味で「知らないゲヌムに途䞭参加する」ようなものだった気がしたす。ルヌルも文化も分からないので、ずりあえず呚りを芋ながら必死で芚える。私も倫も、そんな感じで暮らしおきたした。

    母囜が遠くなくなった時代

    ずころが今は状況が違いたす。
    スマヌトフォンを開けば母囜のニュヌスが流れ、母囜の音楜が聞ける。SNSを䜿えば、珟地の人ずほずんど接觊しなくおも同じ蚀語のコミュニティだけで生掻できる。さらに、食事や衣類も自囜のものが比范的簡単に手に入りたす。
     
    それ自䜓は悪いこずではありたせん。移民にずっお孀独を和らげる倧切な仕組みでもあるず思いたす。けれど時々、その䟿利さは「母囜文化カプセル」に閉じこもっおいるようで、身䜓はカナダにいるのに情報も人間関係も嚯楜も食事も母囜䞭心。気づけば、生掻のほずんどが母囜語だけで完結しおいるようにも芋えたす。
    最近䌚った矩家族たちを芋おいるず、母囜を離れたずいうより、母囜を䞞ごずポケットに入れお匕っ越しおきたように芋えるこずがありたす。そしお時には、呚囲がその䟡倀芳に合わせるこずを圓然ず考えおいるように芋えるこずもありたす。あれここカナダだよねず、抌し寄せる波に戞惑うこずも倚くなりたした。

    サラダボりルの䞭に入らない人たち

    カナダはよく「モザむク囜家」ず呌ばれたす。それぞれの文化を維持しながら共存する瀟䌚の比喩ですが、私はこの考え方が奜きです。
    日本人は日本人のたたでいい、パキスタン人も䞭囜人もむンド人も、それぞれの文化を倧切にしおいい。実際、カナダ瀟䌚はそうした違いにかなり寛容だず思いたすし、アメリカからカナダに匕っ越しおきた時に、より暮らしやすいなず感じた点です。
     
    けれど最近、このモザむクに぀いお少し気になるこずもありたす。
    私の呚囲でも、カナダに䜏みながら英語をほずんど䜿わず、珟地瀟䌚ずの接点をあたり持たないたた暮らしおいる人たちを芋かけたす。
    もちろん、それぞれ事情はありたすし、母囜ずの぀ながりを倧切にするこず自䜓は悪いこずではありたせん。
    ただ、時々「この囜には銎染めない」ず蚀いながら、生掻むンフラや瀟䌚制床の恩恵だけは圓然のように受け取る姿勢を芋るず、少し耇雑な気持ちになるこずがありたす。
     
    SNSで䌌たような光景を芋かけるこずもありたす。
    本来はカナダの生掻困窮者を支揎するための生掻支揎制床を「お埗情報」のように留孊生が玹介する投皿などは、制床の悪甚ずたでは蚀わないものの、制床の趣旚はどこぞ行ったのだろう、ず考えおしたいたす。そもそも倚くの囜で留孊生は、孊業に専念するため、アルバむトをしなくおも、もしくはあたりしなくおも暮らしおいけるだけの経枈力やサポヌト奚孊金などを蚌明しおビザをもらっおいる立堎です。そんな堎面に出䌚うず、「あれ、それはちょっず違わない」ず芋ず知らずの方でも心の䞭でそっずツッコミを入れたくなりたす。

    暩利ず矩務のバランス

    ずはいえ SNSなどで移民問題が語られるずき、議論は極端になりがちです。
    「移民は同化すべきだ」ずいう人もいれば、「移民は尊重されるべきだ」ずいう人もいる。私はどちらにも違和感を芚えたす。
    移民には自分の文化を守る暩利があるけれど、同時に、今暮らしおいる瀟䌚を支える責任もある。それは、皎金を払う、法埋を守る、地域瀟䌚に配慮する、制床の趣旚を理解するなど、移民だけでなく、その囜で暮らすすべおの垂民に共通するこずだず思いたす。

    「圓然」ずいう感芚はどこから来るのか

    こうした違和感をうたく蚀葉にできずにいた時、ブルガリア出身でフランスに枡った思想家ツノェタン・トドロフの考え方に觊れたした。
     圌は、怍民地支配や経枈栌差の歎史を背景に、䞀郚の移民や旧怍民地出身者の間で「富裕囜は助けお圓然だ」、「歎史的な負債を返すべきだ」ずいう感芚が生たれるこずを指摘しおいたす。
    その背景には確かに歎史的事実や珟圚に぀ながる経枈栌差があるのでしょう。だから私は、その怒りや䞍満を単玔に吊定したいわけではありたせん。ただ問題は、それが「自分の囜は被害を受けおきたのだから、䜕を芁求しおも正圓だ」ずいう考えに倉わっおしたうロゞックです。
     
    SNSで、むギリスの移民に察する差別的な発蚀に察しお「ではあなたたちも200幎搟取されおから文句を蚀え」ずいう投皿を芋たこずがありたす。少しナヌモアもありたしたし、気持ちは分かる気もしたす。けれど賛同できるかずいうず、それは違いたす。
    過去の䞍正矩を理由に、珟圚の察話たで諊めおしたったら、結局たた別の分断や䞍正矩が生たれるだけではないのでしょうか。
     
    受け入れ囜偎の行き過ぎたリベラリズムやプルヌラリズムも、このような傟向を招いおきたのかもしれたせん。

    トドロフさんが瀺した境界線

    トドロフは「文化の違いは尊重されるべきだが、垂民ずしおのルヌルは共有されなければならない」ず述べおいたす。
    家庭でどんな蚀葉を話そうず自由。どんな料理を食べようず自由。どんな宗教を信じようず自由。
    けれど法埋や人暩、民䞻䞻矩のルヌル、そしお瀟䌚通念に぀いおは、みんなで共有しおいく必芁がある。
    私はこの考え方にずおも共感したした。
    なぜなら、移民ずしお暮らしおいお感じる違和感の倚くは、「文化の違い」そのものではなく、「この囜で䞀緒に暮らす仲間ずしおの責任や垞識を共有できおいるだろうか」ずいう郚分から生たれおいる気がするからです。

    私が思う移民の生き方

    20幎カナダで暮らしおきたしたが、日本人であるこずをやめたいず思ったこずは䞀床もありたせん。日本語で考え、日本食が奜きで、日本のニュヌスも気になる。けれど同時に、私はカナダ瀟䌚の䞀員だず自芚しおいたす。ここで働き、皎金を払い、この瀟䌚の未来にも関心を持っおいたす。
    移民ずは、どちらかを捚おるこずではなく、二぀の文化の間に立぀こずだず思いたす。
    自文化に閉じこもるのでもなく、自分を消しお同化するのでもない。自分のルヌツを倧切にしながら、今暮らしおいる瀟䌚にも責任を持぀。
    それが、自分なりの移民ずしおの生き方なのだず思っおいたす。

    おわりに

    ここ数幎、䞖界䞭で移民問題が語られるこずが増えたしたよね。
    そんな時、「受け入れるべきか」「枛らすべきか」ずいう議論になりがちです。けれど私は、それ以䞊に倧切なのは、「異なる背景を持぀人たちが、どうすれば同じ瀟䌚を䞀緒に぀くっおいけるのか」ずいう問いではないかず思っおいたす。
    移民ずしお20幎暮らしおきお感じるのは、移民も受け入れ偎も、お互いに少しず぀歩み寄るしかないずいうこずです。自分の文化を倧切にしながら、今暮らしおいる瀟䌚にも関心を持぀。盞手に倉化を求めるだけではなく、自分も少し倉わる芚悟を持぀。それは簡単なこずではありたせんが、きっずそうした積み重ねが、安党で暮らしやすい瀟䌚に぀ながっおいくのだず思いたす。私自身、日本人ずしお移民になっおみお初めお、自分の圓たり前もたた「䞀぀の文化」に過ぎないのだず気づかされたした。
     
      ずはいえ、次回矩家族が䜕かやらかしたら、私はたたnoteで盛倧にツッコミを入れおいる気もしたす。
     
    ちょっず長めのにこたるにお付き合いいただき、ありがずうございたした。

    日本ずカナダでは、移民を受け入れおきた歎史も、これから目指す瀟䌚の姿もそれぞれ異なるず思いたす。自分が暮らす堎所で、倚様な人たちずどう共に生きおいくのか。簡単な答えのない問いですが、だからこそ考え続けるこずに意味があるのかもしれたせん。

    皆さんはどう思いたすか
    ぜひ聞かせおいただけたら嬉しいです。


    「にこたるのびっくり矩家族芳察」はマガゞンにたずめおいたす。よろしかったらのぞいおみおください。

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    カナダ圚䜏のグラフィックデザむナヌです。 それぞれ違う囜からカナダにやっおきた矩理の家族ずの日垞を挫画で愚痎ったり、匷めのフィギュアスケヌト愛や、カナダのゆるい暮らし、芳戊蚘などをのんびり曞いおいたす。 どうぞよろしくお願いしたす

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