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えりかの話|泣けない彼女と泣ける私

    えりかに初めて会ったのは中1の時だった。

    部活動とは別に、毎週一度クラブ活動というものをしなければならず、運動音痴で絵を描くのが好きな私は、迷わず美術クラブを選択した。

    クラブが始まった初日、同じクラスのかなちゃんと並んで座っていると、かなちゃんの横の席に、小学校を卒業したばかりとは思えない妙な色気を携えた美女が、チラッとこっちを見たあとに腰をおろした。

    チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきて説明を続けている間、私はかなちゃん越しにあの美女が気になって仕方がなかった。
    美女も私が見ていることに気づいて、目があってしまった。
    私を見て「えへっ」という顔で笑った。
    声には出ていないけれど、それは「えへっ」という顔だった。

    かなちゃんもそれに気づいて、私にどうしたの?と聞いてくる。
    どうもない。
    ここが バーのカウンターで私が男なら確実に声をかけていたけれど、私は女子中学生で目の前の先生は次回の持ち物を黒板に書いている。
    それを書き写さなきゃならない。

    「今日はこれで終わりです」

    その声のあと、私はまた彼女を見た。
    やっぱり「えへっ」という顔をして、今度は本当に「えへっ」と声に出していた。

    かなちゃんが私に
    「ともだち?」と聞いた。
    「初めて会った」と答えると
    かなちゃんは彼女に
    「何組?」と聞いた。
    彼女はずっと、えへ顔をしながら、
    「内緒」と言った。

    それがえりかとの出会いだった。

    中2になって、同じクラスになった。
    けれど、私には私の、えりかにはえりかの所属するグループがあって、そこそこ仲良くはなったけれど、遊びに行くほどではなかった。

    ある日、3年生のヤンキー丸出しの先輩たちが
    教室の入り口で、「○○ってどれ?」
    とえりかの苗字を言い、誰かにたずねていた。

    えりかは、ヤンキーの先輩に呼び出されたのだ。
    えりかはヤンキーではない。
    むしろ、守ってあげたくなるようなタイプ。

    あとで聞いたら、
    えりかは3年生の先輩に告白されて、付き合うことにしたらしいのだけど、それがヤンキー先輩の好きな人だったらしい。
    みんなから好かれていたイケメンだったらしく、2年のくせにとしめられたらしい。

    こわいから、もう付き合うのはやめると言っていた。

    純粋にうらやましかった。
    私なんて告白されるどころか、好きな人と一言だけ話せたってだけで心臓がバクバクして、一日中そのことを考えていたのに。

    「えりか、彼氏いたことあるの?」と聞いたら、
    一年生の時に○○君と付き合ってた。と言った。
    その○○君はお世辞にもかっこいいとは言えないし、どちらかと言えば女子たちから気持ち悪いと言われていた男子だった。

    「え?なんで?」
    と思わず言ってしまった。
    「んー。好きって言われたから」

    えりかは、ずっとそうだった。
    好きと言われると嬉しくて、自分も好きだと錯覚してしまう。
    それがだんだん、逆になっていって重たいと言われて振られていた。

    3年生になってえりかとクラスは別れたけれど、急激に近づくようになった。
    私が同じクラスで仲良くなった友だちと、えりかが同じ部活だったからだ。

    それにもうひとり、2年生の時にえりかが一番仲良くしていた子。
    この4人で、学校帰りにコンビニで飲み物を買って溜まり場で話してから帰ることが多くなった。

    休みの日も、溜まり場でずっとくだらない話をいつまでもしていた。
    きっとその頃の私たちにはくだらない話なんかじゃなくて、それが世界の全てだった。

    私たちの溜まり場に、休日3人の高校生が来るようになった。
    制服はみんな違っていて、地元の友だちだと言っていた。
    誘われて彼らの地元まで電車に乗ってついて行った。いつも行くというカラオケで別の友だちも合流して、またどっちかの地元で遊ぼうと言って、グループ交際のようなものが始まった。

    相変わらずえりかは、その中の一人にすぐに告白されて付き合っていた。
    私にも好きな人がいた。
    でも、その人もえりかが好きだった。

    みんな、えりかだった。
    「なんで?」とは思わなかった。
    私が男なら、絶対にえりかを好きになっている自信があったから。

    えりかは、女から嫌われるタイプの女だったかもしれない。
    現に、私の小学校からの友だちは
    「なんであの子と仲良くしてるの?なんかむかつかない?」と言っていた。

    「なんかむかつく」
    そうなのだ。

    えりかは、
    人の悪口も言わない。
    意地の悪いこともしない。
    八方美人なわけでもない。
    えりかは何も悪くない。

    それでもむかつかれてしまう。

    中学生だった私たちには、今のようにSNSも無ければケータイ電話すらない。
    連絡を取る時は、相手の家にかけて○○ちゃんいますか?と言ってかわってもらう。
    えりかの彼氏が電話をする時に
    「えりかさんご在宅でしょうか?」と言うのを知って、大人じゃん!となり私たちの間では、それを使うのが流行っていた。

    メッセージのやり取りももちろん無いから、授業中に手紙を書いて、かわいく折りたたんだ物を相手まで回してもらう。

    大人ぶりたいけれど、中身は十分に子どもだった。
    ヤンキーの先輩に憧れたり、誕生日にはゲームを買ってもらったり、先生に反抗したり、人気のあるアイドルをばかにしてみたり。

    そんな子どもだった私たちにも、この女は危険だという防衛本能が働いたのだろう。
    私たち女が恐れるのは、男の人が放っておけない女。
    えりかは何も悪くなくても、敵対視されるのは当たり前だったのかもしれない。

    私たちはまだ大人じゃないのに、友だちとしてのえりかよりも、一人の女であるえりかを恐れた。


    それでも、
    えりかは女として生きていることに堂々としていた。男の人からモテることも、やっかみの目があることも、全て受け入れていた。

    だから余計にこわい。

    それなのに私は、えりかが気になって仕方が無いのだ。
    えりかは友だち。
    でも嫉妬の対象。
    私もえりかみたいなりたい。
    いや、こんな女になってたまるか。

    私の心はぐちゃぐちゃだった。
    私にも、えりかのことを好きになる男の気持ちがわかる。
    でもわかればわかるほど、自分の存在が惨めだった。


    高校生になって、中学生時代のグループ交際は自然消滅した。
    私の好きだった人は、相変わらずえりかのことが好きだったようで、
    「告白したらもう新しい彼氏ができたと言われた」と、私に電話がかかってきた。

    こんなに好きなのにどうしたらいい。
    胃が痛くて眠れない。
    こんな話ができるのはおまえだけだ。

    そんなことを、夜中まで繰り返し聞かされていた。私の気持ちを知りながら。
    忌まわしい男だ。

    私は翌日に検定試験を控えていた。
    受かるかギリギリのところで、本当はそれどころじゃなかった。
    それでも電話を切らずに話に付き合っていたのは、彼の気持ちがわかるからだった。


    えりかは当時付き合っていた彼にふられて、やっと私の好きな人の番が回ってきた。

    その、「当時付き合っていた彼」と私も友だちだったから、
    「あんなに好きだって言ってたじゃん。
    えりかを悲しませないでよ。」
    と問い詰めたら、ちょっと重すぎる。
    と困った顔をしていた。

    そして、私の好きだった人も全く同じだった。

    みんな自分から好きになったくせに、勝手な理想をえりかに押し付けて勝手に去っていく。

    高校を卒業して彼女は銀行員になった。
    紹介で知り合った優しそうなイケメンと、22歳で結婚した。
    結婚式も二次会もとても派手だった。
    二次会はクラブを貸し切って、あちこちの塊が大きな声を出して盛り上がっていた。

    私は、高校を卒業したあと専門学校に入り、やりたいことだったはずなのに何か違うってくすぶった。卒業はしたけれど、全く別のことに夢を抱いて応募して落選して、やりたいことが無くなった。
    初めての彼氏はDVが酷かったから別れようと思ったら妊娠がわかって、もう絶対にしないと土下座されて結婚したけれど結局DVはおさまらなかった。


    えりかから送られてきた年賀状。
    庭のある二階建ての家の前で写る、家族3人と大型犬。
    みんな楽しそうに笑っていた。
    絵に描いた幸せすぎて、嫉妬を通り越して笑えてきた。

    私は何をやってるんだ。

    えりかの実家も立派な家だった。
    中学生の頃、何度か遊びに行ったことがあった。
    両親とおばあちゃんが一階で一緒に住んでいた。

    えりかは一人っ子で、2階にはえりかの部屋と、グランドピアノの部屋があった。
    当時の私たちが好きだったXやチェッカーズをえりかに弾いてもらったりした。

    えりかのお母さんは私たちと仲良くするのを嫌がっていたから、留守の間にこっそり入った。
    帰る時は、お母さんの顔を見ないように
    「おじゃましましたー」と逃げるように帰った。
    私たちには何も言わなかったけれど、あとでえりかが叱られていたのだろう。

    次の年に、えりかから喪中ハガキが送られてきた。

    おばあちゃん亡くなったのかな。
    いつも顔を合わせないようにしていたけど、お母さんならお線香をあげに行った方がいいかな。
    などと考えていた。

    しかし、私はこの頃ケータイ電話を壊してしまって連絡先の全てがわからなくなっていたので、
    結局えりかに連絡ができなかった。

    それから半年後くらい。

    えりかが友人を辿って私の自宅に突然やってきた。

    娘を抱いて、
    「えへっ」と言うえりかに驚きはしたものの、あがってもらった。


    唐突にえりかが言った。

    「亡くなったのダンナなんだよ」

    驚いた。
    だんなさんは一つ上だから、27歳。

    自ら命を落としたと聞いて、私は言葉が出なかった。
    涙が溢れそうになるのをこらえた。
    まだ3歳の、えりかの娘が私をじっと見つめていたから。
    私が取り乱してはいけないと思った。

    何が理由かはわからないとえりかは言った。
    うつっぽくなってはいたと言った。
    だから、緑の多い所に家を買って、環境を変えて、犬を飼ったと言った。

    相手の親から、
    えりかと結婚してからおかしくなってこんなことになったと、責められたと言った。
    自分の親からも責められたと言った。

    台所に行くふりをして、堪えていた涙をこぼした。

    話している間、えりかはずっと「えへっ」という顔をしていた。
    時々ほんとうに「えへっ」といいながら。

    えりかは、悲しいことがあっても辛くても、
    ずっと「えへっ」としながら生きてきたんだ。

    たくさんの男の人からモテてきて、家庭環境も良く見えて、順風満帆に幸せに生きてきたように見えるけど、苦しいことはたくさんあったはず。

    あからさまな嫉妬をぶつけられたり、嫌がらせをされたりもあったはず。
    好きだと言い寄ってくる相手は、重たくなってしまうほど好きになった頃には去っていく。

    やっと、ずっと自分を愛すると誓った相手もえりかの前からいなくなった。
    それなのになぜえりかが責められなければならないのか。

    自分を守るためにいつも「えへっ」と笑って生きてきたんだ。
    もう、無理して笑わなくていいよ。

    私が中学校の卒業式で泣いていた時、
    「いいなぁ」
    とえりかが言ったのを思い出した。
    「どんなに悲しくても涙が出ない。悲しい顔もできないから、いやな人だと思われるよね。」

    私と何が違うのか。
    えりかだって苦しんでいるのに。
    何が違うって言うんだ。

    もうできるだけ傷つかないように生きてほしい、と思った。

    娘が保育園に行くから、すぐに働きたいと言っていたので、私のパート先に誘った。
    けれど、えりかは実際には違う場所で働くことを決めた。

    あれから二十数年、えりかも私もそのまま連絡を取ることはなかった。

    思えば、私たちは学生の頃から二人で会うということが無かった。必ず誰かいた。
    仲が悪いわけじゃないのに、二人になるとなんだかお互い黙ってしまう。

    えりかが、突然うちに来たのが最初で最後かもしれない。
    と言っても、かわいい娘も一緒だったからやっぱり二人きりじゃない。

    一緒にいると楽しいとか、話がはずむとか、私たちにはそれがなかった。
    私たちは、お互い一緒にいると苦しい。

    ただ自分にないものを持ってる相手に嫉妬して、もっと仲良くなりたいのにどう近付いていいかわからない。

    初めて会った時から、きっとずっとそうだった。

    大好きな友だちなのに、会うと苦しくなってしまう。

    だけど時々思い出すのは、やっぱり彼女のようになりたかったからかもしれない。

    どうか、彼女のことを本当に愛してくれる人と幸せに暮らしていますように。
    悲しい時は「えへっ」と笑わずに、涙を流して悲しめていますように。

     
     
    HSS型HSPの40代後半主婦です  🐥幼少期からの生きづらかった経験を記事にしています  🍀有料noteは「生きづらさから抜け出したいHSPさんのための記事」です  🌸私がどのようにして楽しく生きられるようになったのかを綴っています

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