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せいかつメモ

    高校三年、卒業を控えたあの日の私から今日の私に綴るメモ。

    色々あるけど結局私は私だったし、変わってない。


    高校三年 夏

    昔は着るのが難しいと思っていた個性的な服が着れるようになった
    難しいと思っていた化粧がいくらか形になった
    好きな服を着て好きな靴を履いて好きな見た目になって、自分が生きている気がした。

    毎朝同じ制服を着て、同じ時間に同じ場所に来る電車に乗る。
    四季が巡ろうと季節が変わろうと変わらない通学路。
    それも、もう数える程になってしまった。

    夕日がやけに眩しかった日、良いことがさほどある訳ではない私の人生について、生きることについて考えた。

    自分なりの自分で生きたい、と。

    高校生、様々な色があるだろう。
    成功も失敗も、友情も恋愛も、勉強も遊びも。
    多様な経験の中で自分らしさがあるはずだと私は考える。
    どこかで自分の適性を、最適解を、最優秀を見つけ出した時があったのではないか。
    自分が出来ることはこれだ。自分はこうだ。
    決めつけるわけでは無いが、 なんとなく があったのでは無いだろうか。
    しかしそこに重なる苦難苦難苦難。
    何度潰れても、嫌になっても、捨ててもなお、立ち上がりまたいつもの通学路を歩いたのではないだろうか。

    この文章を読んでいる時には、どんなことがあっても、高校生だからで一掃できてしまうこの貴重な時間も残りわずか、もしくは過ぎているかもしれない。

    それを過去で終わらせるか、青春と飾っておくかは人それぞれだろう。

    青春なんて綺麗な言葉では無い何か。
    たくさんの人と関わり、3年間にしては多すぎるほどの経験を積み、考え、悩み、次へと進んでいけた。
    人によって差異はあるし、何があったかなんて私が語れることでは無いが、振り返ると「そこそこ楽しかったんじゃないの?」くらいに思えるだろう。
    帰り道一人で見た綺麗な景色や、ずっと聞いていたあの曲など、ひとつでも思い出が残っているのではないだろうか。

    飛んで火に入る夏のソレ

    18歳というのはなんでも出来る気がしてしまうようで、実は他人には言えないようなこともしてきた。しかし悪いことでは無いので安心して欲しい。
    自分から出来ないことに足を突っ込んでは折れる毎日。なぜ計画のひとつも立てずに失敗にダイブするのか、自分でも不思議でしかない。
    とりあえずこれ、あれ、こんな感じ。それしか頭の中にないのだから行動に移せるわけがなかろう。

    実際18歳の私は一人の人間でしかなかったし、スティーヴン・キングのスタンド・バイ・ミーを見ようとDJ・サリンジャーのライ麦畑でつかまえてを読もうとただの人間であった。
    どんなに自分に変化を与えてくれそうな物語でも、変わったのは心だけで何も出来ないのが現状である。そして、これを私はエモーショナルと噛み砕いて良いように心に閉まっておくことにした。

    無線のイヤホンが世間一世を風靡する中徐々に人気が高まりつつある有線イヤホンを使い電車に乗る。予定時刻より10分以上遅刻している。
    しかし有線イヤホンはノイズキャンセリングが無いためうるさかった。

    人は1度最上級に触れてしまうとそれ以下には戻れないのだろう。
    だから、自分史上最高の人と出会ってしまった場合その人から離れることは出来ないのではないかと考えた。
    その人がいかに周りからの酷評を受けようが、私史上最高の人となってしまった以上その人を嫌うことは不可能なのだ。

    確かでは無いが。

    夏。ただの夏。夏と言うより猛暑。酷暑。
    暑すぎて息することもままならない通学路。
    なんで夏休みに学校行かなきゃなんないんだよ
    を3年間繰り返している私。これ、意外と楽しいやつ。めんどくさいけど何故か優越感というか、何か悦的なものが得られてしまうのだ。
    とても幸薄な私でもこの瞬間だけは少し幸せなのだ。そしてこれからもそうであって欲しい。

    世間一般に「五月病」という言葉があるが、私的には「7.8月病」を作って欲しい。
    みんな夏休みに辛くならないのか不思議で仕方ない。
    忙しない学校生活から一気に解放され、何もかも無くなった私は毎年もぬけの殻になっている。学生になってからというもの12年間ずっとそうなのだ。

    私から学校を奪うと何も無くなってしまうが、そこまで学校が好きかと言われると...そこまでである。
    不思議なことに好きでも嫌いでも無いものが自分の動力源だったりするのだ。やらなきゃいけないことだからと自分を急かしているが、いざ終わってしまうととても寂しい。私にとっての学校がそれにあたる。

    眠れない夜に埃まみれの部屋の角から綴る。
    私は10代という貴重な時間を何に費やしたのだろうか。考えてみれば勉強、部活、バイト、趣味。どれでもない。何を追いかけて、なんのためにここまで息をしていたのか。そんな漠然とした疑問が溢れるばかりだ。

    12年間という短い学生生活で何を得たのか。
    何がしたいのか。今では無い、未来への疑問。
    何も思いつかない。こんな10年間を青春と一括りに呼んで綺麗に終わらそうとしていてはいけないのではないかと思った。

    スマホのメモ帳に眠気眼で書き尽くしたこの文があなたに届く頃、あなたは何を目指して、何を追いかけているのだろうか。夢があるのだろうか。

    夢というのは結局自身の欲望に過ぎない。
    そんなことを思った18歳、高校最後の夏休み。

    大きくなるにつれどんどん見たくなかった壁の向こうの「現実」が見えて辛い。

    この世に永遠があれば私は少なからずそれを今この瞬間に望んだかもしれない。
    それほど今は永遠という言葉が憎い。

    明日が来ることの保証なんでどこにもないのに
    今日が終われば明日。今日の次は明日でしょ?
    そんなことばかり。軽率に生きている。緩く明日は巡って昨日になると。
    だがそれでいいと私は思う。

    もし仮に、毎日明日の保証がされて、それが国民全員に伝わるとしたら、その日報が切れた時私たちは勝手に終わるだろうから。

    そんな考えに耽る夏。
    夏はあまり好きじゃない。
    みんな夏のせいにしたがるから。

    8月の終わり
    夏休みは見境なく潰れて行った。
    大学入試に追われ、ポートフォリオを作って31日間は過ぎていった。
    思い返せばそう悪くない夏休みだったのではないか。
    失うものも得るものも、沢山あった。

    夕方になって秋の気配がする。
    電車の車窓から見る8月最後の夕日は恐ろしく綺麗だった。


    高校三年 秋 文化祭

    軽音楽部に所属していた私にとって文化祭は引退の場であった。

    一人一人の音がひとつになるあの感覚。
    もう終わるんだなと思うと寂しいあの緊張。
    気がつくと文化祭が過ぎようとしている。
    体育館のステージのど真ん中、みんなが見てるのかそうでないのか分からない視線が交差する中で重なる音。
    緊張と不安との寂しさと後悔と思い出と、色んな思いが詰まった音。
    私の学生生活が削られて、どんどん無くなっていくことを実感している10月。
    前に進むにはまだ少し痛いような17歳。
    大人になるのが怖くて嫌な高校三年生の秋。

    文化祭を終えて季節はすっかり冬。ステージは個人的に大成功だ。中学生の陰湿な私と比べたら大きな躍進だろう。沢山の人と話して、沢山の人を愛して、全力でぶつかったからこそ、終わった時に沢山の人から喜んでもらえたと私は考えている。

    イヤホンから流れる音楽も季節の変化とともに変わっていった。

    冷たい空気が刺さるように痛い11月。
    冬は一気に訪れ、時の流れを痛感する。

    高校三年 冬

    卒業が近づくにつれて時間の大切さに気がつく。
    友達と話す時間も、課題に頭を抱える時間も全て。
    全部後から思い返して良かったと言えるだろう。
    そんな過去はだんだん青春になっていく。
    そんな感じがした。

    嫌な定期テストも、苦手な課題も、終わらない卒業制作も、全て終わろうとしている。

    そんなことを考えていたら涙が出そうになってしまった。
    それほど寂しくて大切だった。
    このメモもあと少しで終わるだろう。
    卒業するその日まで、日常に抱く様々な感情を書き綴っていこうと思う。

    高校三年 冬 卒業式前日

    もう、数える程もない。卒業を明日に控えた私達は楽しくカラオケをしていた。
    みんな多分泣きそうなんだろうな、そんな空気を感じながらも卒業ソングを熱唱。
    哀愁漂う雰囲気で別れを告げた。
    1人で帰路に着くこの瞬間、色んな思い出が頭をよぎる。
    友人が学校に来なかった日、私が行かなかった日。喧嘩した日。最高に笑った日。
    全部いい思い出って訳じゃないけど、それも含めて本当に楽しかった。「青春を謳歌する」を体感できた1年であった。みんな違うけどみんな似てて、大変な時は自分だけが苦労してるんじゃなくて。1人でも色々なことができるようになった。強くなった。

    3年前の春、快晴の中執り行われた入学式。

    気が付けば最後の日。私たちにとって最高の青春。
    しっかり見つかったよ。最高の仲間に囲まれて、温かい教室で毎日授業を受けて、毎日笑って。辛いことがあっても忘れさせてくれる大切な仲間が沢山できた。みんながいたから青春が完成したと思うよ。ありがとね。一人で帰る道も幸せだった。

    5年前、中学二年生。治ることは無いという病気にかかった私。当時の私に言ってあげたい。
    「少し我慢して、そのまま、諦めないで走り続けなさい。自分のペースでいいから、人より遅れていいから、自分を愛して、自分の足で立ちなさい。」と。
    大丈夫、不安にならなくても明るい未来があるよ。そう言いたい。

    最高だった全部が終わると思うと寂しい。
    人間というのはここまで寂しさを極められる生き物なのか...。
    ただこの別れは辛いだけでは無い。
    少し晴れ晴れとした気持ちが心の端っこにいる。

    先生、私幸せです。愛に包まれて成長出来ました。

    もう戻ってこないね。これで最後。
    じゃあね、高校生の私。最高だったね。











    時は進んだ。この話を終わりにはできなかった。まだ終われない、そんな気がしたのだ。

    大学一年 春

    歩きながら顔を真っ赤にして目に涙を浮かべる人がいた。手首に私と同じ傷跡がある人がいた。みんなそれなりに苦労してるんだなと思うと気が楽になる。
    皆同じ。私だけじゃない。人生で初めてそう思えた。正直、この18年間1度と言っていいほど人の痛みに共感したことが無いのだ。
    朝泣きながら電車に乗って思った。
    またこれが始まって、ちょっとすれば慣れて、だんだん楽しくなるから。最後は終わりたくないって思うから。高校時代の経験が本当に糧になってると思う。まだ、まだやれる。

    小さい頃の夢が泡みたいに弾けた、4月。
    高校生の頃の私はその次元で永遠と生き続けると思っていた。死んだ。いなくなったのだ。
    私は今を生きている私しかいない。そう気がついた。大人になるとはこういうことなのか、少し寂しくなった。

    夕立が来そうな5時半。高校の親友と会い帰路につき1人考えに耽ける。高校時代の帰路は私を昔へ誘う。でもその昔はもう無くただの過去である。菜の花畑の黄色が灰色がかってみえるこの曇り空の下、私の気持ちだけは晴れている。

    大学生になって色々な場所で色々な暮らしをしてる人が沢山いるんだとこの頭ではっきりと理解した。その色々に私も含まれている。色々と言うくらいなら、各個人に「色」があるのでは無いだろうか。私は何色だろうか。四季と共に色を変え光ったり消えたりを繰り返している気がする。それは決して大きなものでは無いが、静かに、ひっそりと強く息をしている。もっと、強くなれると思っている。

    昨夜、夜2時まで部屋の窓を開けて外を見ていた。去年この世を去ったアイドルのことを思い浮かべていた。彼には、あの純粋無垢な彼にはこの世は合わなかったのだろう。私も合わないと感じている。色々考えて、泣いた後に思った。彼の分まで、それ以上に、自分の人生を生き尽くしてやろうと思えた。せっかくの人生なのに悩んでる時間が1分でも多いなんて不幸せだ。悩んでも解決しないことなら悩まず寝るのが吉だ。そう知った18歳の春。すなわち「ふて寝する」。

    大学一年 秋

    久しぶりにこの日記を書く。いつの間にか季節は秋になった。18回目の秋。日差しはまだ夏と変わらない暑さで私の肌を焼くが、風が涼しくなった気がする。朝方だからだろうか。
    今日は退学届けを大学に提出しに行く。大学とは教育方針、環境、自分の心理的問題もあり自主退学を選んだ。今後のことを考えて不安になったが、もし自分と同じ境遇の人に会った時は経験者として少しは優しくできるかなと思った。皆より弱いから皆より優しくなりたい。少しでも次に進む努力をしている自分を今は大切にしよう。

    思い返せば小学校の頃から学校が嫌いで、登校時間になるとよく泣いてた記憶がある。中学は半分通わなかった。高校は楽しかったから通えたものの体調は着いてこずに微妙だった。我が強いからなのかやりたくないことから逃げてるのかなんなのかよく分からない。だけど自分から勉強するのは嫌いじゃないし、色々なことに興味がある。だったら今歩んでいるこの道も間違いでは無いのだろうか。

    色々考えて毎日足踏みしてる。だから1歩だけ動いてみる。これが続けば変われるかな。変わらずとも何か、自分の為になればいいな。

    退学後 18歳 夏

    人の悩み相談に乗ったり、頼っていいよということが多いが時に人は限界が来るようで─
    友人が今夏の私のような状態になり心を病んでいて、付き合って2ヶ月の彼氏と別れると言うので私の家に泊まりでずっと悩みを聞いた。
    私は普段友達からポジティブモンスターだとか言われてるけどそれも限界があったみたい。
    ずっと、ずっとマイナスな発言だけを耳にしてると人間だめになるもんで、さすがに参ってしまった。私言った気がする。
    「自信の無い人間がいちばん嫌い」
    「すぐに死ぬとか言わないで欲しい。」
    これは元彼からずっと言われてた言葉で、私の生きる上で大切なものになっている。
    自分が起こした問題だって分かってるならそれなりに対処すればいいのにずっとうじうじしててそれが何時間じゃなくて日にち単位だとこっちも腰が折れる。

    翌日、友達は次の出会いへ私は高校へ卒業証明書を取りに同じ駅へ向かった。
    私は全部悔しくて、苛立って、ただただ泣かないように自分の機嫌を取るのに必死で新しくリップとチークを買った。それでいい。人に見せないで自分の中で悲劇のヒロインぶってればいい。人間表だけじゃないよ。ずる賢く楽に生きなきゃ。時には苦労もするけどさ。


    辛くなったらカネヨリマサルを聞いけばいい。
    大人にならなきゃいけないから。我慢。
    他人には関心を持ちすぎない、期待し過ぎない、干渉しすぎず程よく接する。これでいい。
    そうやって上手く自分を守って生きて、時に馬鹿になればいい。上手く、誰よりも上手く生きよう。

    ただ、逃げない。それだけは誓う。

    退学後 18歳 秋

    久しぶり。随分時間が経ったね。過去の私も今の私も何一つ変わってない。15歳の頃から夏が嫌いなのも、夏に何も出来なくなるのも全部。
    そして小学生の頃からの夢も。

    小説家になりたい。文章で人の心を動かしたい。楽しいだけじゃなくて、悲しかったり辛かったり色んな経験をさせたい。そんな夢。自分が今持っている苦しさや、もどかしさ、無力さ、全部他人にぶつけたい。共感なんてしなくていいからただ読んで欲しい。読む中でたまに「自分と似てんじゃん」なんて思って「結局人間だよな」と腑に落ちて欲しい。
    2024年、4月。今はもう退学した大学の帰りの駅でみた自分と似たような辛そうな人たち。スーツのお兄さんも、お姉さんも泣いてた。辛そうだった。腕に傷があった。人間みんな病んでる。絶対に幸せで順風満帆で不満なんてひとつもなくて、生まれてから今までで本気で死にたいって思ったことがない人なんていない。はず。そうだと思いたい。この生きにくい世の中で、何とか生きている私達なんだから。


    それ以上でも以下でもない、
    ただそれだけのこと

    感情が塊になってひしめき合っている、夏。
    10代最後の夏がこんな形になってしまっては、と思いつつもどうにもならない状況にただ立ちつくすばかりである。
    もっと喜怒哀楽その他が穏やかな海のように凪いで、時には荒ぶり高波を上げ、、なんてことはなく海に浮かぶプラスチックゴミの塊みたいなのがギチギチひしめき合って水のせいで命を持ったかのように蠢いている。そんな私の感情。
    華ばかり見てきた綺麗な色だけの高校生活から一変、音を立てて崩れ落ちてここまで来た。下へ下へと自ら望んで落ちた。下手くそなのだ。先を見通して行動することが。まぁいい。
    もうここまで来たら目の前で起きていることが「事実」であり、「それ以上でも以下でもない、ただそれだけのこと」という思考で生きるしかない。何かを望んでも、行動をしても、夢があっても、なんでも、ただ自分の目の前で、見えないところで、世界中のどこかで「今」起きていることだけが現実。それ以外は未来か過去か妄想に過ぎない。目が回ってまともにタイピングもできない。思考の排出が出来なくなると私の生きる意味が無くなる。これだけは楽しい。頭の中をそのまま文字にする。いつか誰か私のことを知らない人に見せて 気持ち悪い、 と一言言わせたい。気持ち悪いが普通の人間でもしかしたら今あなたの隣に座っているかもしれない。人間みんな気持ち悪いさ、きっと。
    まともじゃない。夏のせいなんかじゃない。
    元々持っている各々の狂気。それが生活に作用するかしないかの差。私は狂気で生きている。
    常に自分の人生を映画だと思いカメラを脳内で回す。いつかはメロドラマ。いつかはカートゥーン。今日はノンフィクション。明日はなんだ。
    どうせただの映画だ。100年単位の映画。
    だからやりたい放題やってエンドロールには自分の名前を永遠と流し続ける。私と誰か、私と誰か。その時その時、その日その時間で私は違う私である。同じ私は一人もいない。全部が「今の私」である。これが「それ以上でも以下でもない、ただそれだけのこと」ということ。

    眠れない夜に、季節は夏へと変わる。暑さで私たちのことを弱らせて秋になったら食ってやろうなんて考えているのでは無いだろうか。怖い怖い。

    そんなことを考えていたら季節は巡って巡って、気がついたら20歳になっていた。

    現在 20歳 春

    18歳の可愛い私の心配は的中せず、無事秋に食われることもなく現在も生きている。

    大学退学後は再度通信制大学に入学式し、引き続き大好きなデザインを勉強している。その間にとてもいい仕事に就かせてもらったのだが、気がついたら退職せざるを得ない状況になっていた。「ブランドのクローズ」その1行で私の人生は終わった。
    仕事が見つからずどんどん鬱に埋もれていくそんな20歳の春。

    だが、

    まだ、愛があった。

    19歳の秋、現在の恋人と出会った。

    高校3年間を捧げた元恋人は言ってしまえば「モラハラ気質」でとても苦しめられた。
    当時を振り返るととても幼かったなと感じる。
    まぁ、恋愛遍歴の中に過ちの一つや二つあるだろう。

    とにかく残り2400文字は現恋人の話をしようと思う。

    以下、現恋人を「彼」と呼ぶ。

    彼は高校の後輩で他学科他学年で行う企画で出会った。当時私は三年でリーダーを任されていた。企画の内容はプロジェクションマッピングだったので作業は基本的に放課後の暗くなる時間に行われた。というか暗くなるまで作業した。

    企画が始まったのは夏休み明け、秋の始まりでまだ気温が高かった。湿度も異常だった記憶がある。
    私はデザイン科でパソコンを得意としていたため企画全般の主導権を先生と共に握っていた。教える立場に近い、とでも言うべきだろうか。


    とにかくそこで彼と出会った。
    その時の印象は「あの時の」だった。


    実は1年前、私が二年生になった年の入学式で
    「あの子頭かっこいい!!髪型がタイプ!」と友達に話していたのだ。

    (目をつけていた…とも言えなくはない。)

    ただ、その時は顔も見えず「背の高い、髪型がかっこいい新入生の男の子」という認識だった。


    実際彼はモテるらしい。それも納得。
    改めて見ると高身長イケメンそのものだった。
    ただ、私から見ると警戒心が強そうな感じがして話しかけるまでに時間がかかってしまった。(ごめんね)

    企画ではそれだけで…本当にそれだけで何も無かった(はず)



    18歳 秋

    再会は私の心配からだった。
    高校卒業翌年、母校の文化祭へ友達と向かった。
    「企画の後輩達」から「文化祭絶対来てください!」との可愛い連絡があったため「行くしかない」となったのだ。

    その「企画の後輩達」には彼もいた。

    文化祭当日、企画の後輩たちとそれぞれ話したが彼だけが見つからなかった。そのため彼のクラスメイトに聞き何とか探し出した。文化祭が終わるギリギリの時間だった。
    「久々だね、元気してた?就職?進学?」
    私は普段からの癖で早口かつ多くの質問をしてしまう。
    彼は冷静な口調で
    「まぁ。就職なんですけど少し難航してて…」
    とだけ答えた。

    なんかあんまり話弾まないなと頭を悩ませつつ2、3回会話のラリーが続いた後、私は彼の前を去った。

    19歳 秋
    文化祭へ行ってから1年が経とうとしていた。
    彼と会話してからも1年だ。

    そこでふと頭によぎった彼の言葉

    「就職が難航してて…」

    おい待て大丈夫か。すぐに連絡した。

    「就職は何とかなりました」
    と、とても安心した。

    その話の流れで「文化祭一緒に行く?」と私が投げてみた。「え、いいんですか?」と不思議な反応が返ってきた。
    私の感覚では
    「同じ高校を卒業しているのだから一緒に行こう」
    くらいだったが、彼は違ったらしい。

    その後、
    「そういえば文化祭に着ていく服がない」
    と彼から言われたため一緒に服を買いに行くことにした。

    「服買いに来たんだよね?」
    気がついたら東京タワーの上にいた。

    というのも話が弾み高円寺から浜松町へと電車を乗り継いで東京タワーへと向かっていた。
    その日はとりわけ何も起きずに帰宅した。

    翌日、仕事終わりに一緒に帰るようになった。

    そして文化祭前日、付き合った。
    告白というものがあったのだろうか…
    「なんかよくわかんないけど好き」と私がご飯を食べながら伝えた。
    その帰りに「好き、付き合おう」と手を繋いで歩いている途中に言われた。


    現在 20歳 春

    鬱に近い私を彼は日々支えてくれている。
    そして愛がある。
    人生で初めて「あなたのために生きたい」と言われた。
    泣こうが笑おうが、仕事がなくなろうが入院しようが隣にいてくれた。

    何度も確認した。

    「あなたは辛くない?大丈夫?無理してない?」

    そこで初めて彼の本音を聞いた

    「だって一目惚れだもん。」

    実は企画で出会った時から私のことを好いてくれていたらしい。
    彼いわく「かっこよくて綺麗だった」と。

    私は女子に好かれ男子には友達として扱われる性格であった。
    そのため学生時代は「お前の友達可愛いじゃん紹介して」という声が後を絶たなかった。
    その中で「いや私は?」となるがぐっと堪えて友達も紹介しなかった。(自力で素敵な人に巡り会って欲しい為)
    そんな中でも彼には私が良く見えたらしい。

    また彼は背格好がよく器用なため私とは真反対の人生を歩んできた。すなわち大モテ人生だ。
    告白された人数も覚えていないし、見た目で判断されるのが嫌だ、と。ただ私以前に彼女は1人いたが幼い頃の恋愛のため確かでは無いという。

    最初は「イケメンっていいな」とも思っていたがよくよく話を聞くと彼なりのプレッシャーを感じていたという。
    なんでもできそうな見た目の為周りの人間からは期待を寄せられるそう。

    ある日は泣きながら
    「見た目だけで判断されたくない」
    と言い、

    ある日は泣きながら
    「人として好いてくれて嬉しい」
    と言われた。

    彼とは沢山会話をする。
    必要なこと、不要なこと、無意味なこと。
    時には真面目な話も。
    どんな話だって真剣に向き合う。
    これがお互いの在り方で愛だと私は感じている。
    私は恋人から大切にされること自体が初めてであり、彼は恋人と過ごすことが初めてである。

    私たちは全部が初めてで不器用だ。
    だが互いを、自分を愛することはできる。

    思ったことを素直に言えるのも、辛い時に頼れるのも全て彼が私に注いでくれた愛のおかげだと思っている。

    私は愛された分のなにかを返せているだろうか。

    不安になり彼に聞いたことがある。
    すると一言だけ返ってきた。

    「隣で笑っててくれればいいよ」

    その言葉が何よりも私の支えになっている。


    そして今日も私たちは自分を愛し、互いを愛している。


    そして私は今日も生きている。
    生きること、愛すること、私をすること。

    歳を重ね、たくさんの感情を文字にし、泣き、笑い、生きていく。

    何があっても、愛することだけはやめない。

    自分を愛する。相手を愛する。

    それは私がこのメモを綴る上で大切と感じたことだ。

    またいつか、このメモを開いて、人生と四季と愛を語るのだろう。

    今日のメモはここまで。

     
     

    haru

     
     
    20歳、冬生まれ猫派。言葉を大切にしたいお年頃。 京都芸術大学 通信 コンテンツ創造学科2年 頭に数字があるのは手書き記事 そうでないのはAIと並走して制作するコンテンツです

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