
IT会社を14年続けた自分が、無一文になった話
苦しい現実の始まり
自分は、IT会社を経営していた。
社員はいない。一人きりの技術屋社長だった。
会社は14年続いた。
ただ、正直に言えば、順風満帆だった時期はほとんどない。
大きく儲かることもなく、「何とか続けている」という感覚のまま、時間だけが過ぎていった。
2020年10月、人生が大きく動いた
2020年10月
会社設立から11年目の年に、離婚した。
結婚して17年目のことだった。
住んでいた家は、元妻の実家の近くで、実家が所有していた土地に建てた家だった。
いわゆる、マスオさんのような立場だ。
離婚となれば、家を出るのは当然、自分だった。
お金もほとんどなく、家族も失い、完全に一人になった。
無一文に近い状態だったと思う。
知り合いに助けてもらい、引っ越しをし、
支援を受けながら、会社だけは何とか続けていた。
その時は、どこかでこう思っていた。
「ここまで落ちたのだから、 あとは上がるしかない」
だが、それは大きな勘違いだった。
本当の地獄は、ここから始まった
支援してくれていたはずの知人に、会社は、ほぼ乗っ取られる形になった。
最初は、自分でも気づかなかった。
「助けてもらっている」
「今は耐える時期だ」
そう思い込もうとしていた。
だが、気づいた時には、自分には選択肢がなくなっていた。
仕事の内容も、働き方も、条件も、すべてが相手の都合で決まる。
自分はただ、言われたことをこなすだけの存在になっていた。
結果として、騙されたような形で300万円を失った。
取られと言ってもいい。
失ったのは、お金だけじゃない。
判断力も、尊厳も、少しずつ削られていった。
それでも当時は、
「自分が悪い」
「我慢すれば、いつか終わる」
そう考えていた。
今だから分かる。
この時すでに、
人生のハンドルを完全に他人に渡していた。
完全に、他人軸で生きていた。
この状態が、約2年半続いた。
体も、心も、限界だった
その間に、コロナに2度かかった。
1度目は入院した。
娘が病院に来てくれたが、命の危険がある状態だと説明を受けたそうだ。
幸い、乗り切ることができた。
その後、脳梗塞でも入院を経験した。
仕事は苦しい。
お金はない。
体も思うように動かない。
それでも当時の自分は、
「自分が悪い」
「もっと頑張らなければいけない」
そう思い続けていた。
今振り返ると、この考え方こそが、自分を一番追い込んでいた。
まだ、この時点では気づいていなかった
努力しているのに、人生が崩れていく。
我慢しているのに、状況が悪くなる。
それでも、
「耐えれば何とかなる」
「今は踏ん張りどころだ」
そう信じていた。
この時は、まだ知らなかった。
人生を良くする努力と、人生を壊す努力がある
ということを。
これは、成功談でも、教訓話でもない。
ただ、
「頑張っているのに、人生が崩れていった」
その事実を書いているだけだ。
当時の自分は、なぜここまで状況が悪くなったのか、本当の理由が分からなかった。
努力もしていた。
我慢もしていた。
逃げてもいなかった。
それでも、人生は壊れていった。
では、
何が間違っていたのか。
なぜ、
「正しいはずの努力」が、
人生をここまで追い込んだのか。
その理由に気づいたのは、もっと後になってからだ。
次の記事では、
努力が人生を壊してしまう瞬間
について書こうと思う。
最後に
今回の記事の最後に、皆さんにお礼を申し上げます。
フォローやスキをたくさんいただきました。
本当に、ありがとうございます。
ものすごく、嬉しいです!
まだ、序章の段階ですが、
「どうすれば、思い通りの人生になるのか」
それを、順番に書いていきますので、これからも、応援よろしくお願いします。