
蜜柑⑧
還魂
幾つもの魂の連なり。ワタクシは其の一つに過ぎぬ。
幾つもの山の連なり。其れを何処までも何処までも駆けてゆく。身体は驚くほどに軽く、虞れはない。
皆、同じ顔をしている。笑っているように見える。皆、幼い、小さく軽い魂。透き通り、透けている。一応に存在だけが高い声を上げている。
途中、尋常小学校を通った。ような気がする。これもまた懐かしく、会ったことのあるような気のする人々と共にワタクシはいた。ワタクシは只其処にいた。心地が良かった。ワタクシに話かけたものがいたように思うのだがよく思い出せぬ、教室の冷たい窓が、軋む床が小気味良い。
かと思えばまた、山並みを走る。山の連なりを走る。翔。ワタクシは速い。軽い。何せタマシイなのだから。
「来たのだね」
山の途中、大きな寺を通った。寺もまた、透けているようでもあり透けていないようでもあった。
大きな寺の中をこれまでと同じく駆けてゆくと、大きな広間に出た。畳の広間にはこれまた大きな襖があり、襖には美しい絵が描かれていた。竜だったか虎だったかはたまた山だったか。もしくは只、白い襖であるだけだったようにも思う。否、山だった。襖に書かれているのは山だった。
襖の奥には窓があった。窓からは朝の光のようなものが清らかに差し込まれている。
「来たのだね」
声の主は窓際の、縁側の椅子に腰掛けていた。部屋の片隅に座っていた。ワタクシは知っていた。此のヒトがここにいることを知っていた。ワタクシは少し、怖かった。此のヒトが怖かった。此のヒトが余にキヨラカであるのが怖かった。和尚サマのようでもあり、其のようでもないように思われた。形があるようでもあり、ないようでもあった。ワタクシは矢張り少し、恐ろしかった。恐ろしいほど尊く神聖な空気に満ちた其の場所からワタクシは逃げ出したい程だった。本当のところ、この建物に入ってからというものワタクシの脚はすくみはじめていた。何かに出会ってしまう予感で、震え出していた。けれども現れた其の声の主は途方もなく優しい声をしていた。其れなのでワタクシは安堵していた。少し、涙が出そうだった。
ワタクシは挨拶をして広間を出た。清々しい心地だった。
ワタクシは山を駆け抜けた。丘を駆け降りた。最初、そういえばこの丘を駆け登ってきたような気がした。然しながらワタクシは今、駆け降りていた。軽い。軽く、なんの憂いもない。
駆け降りたその先に、見慣れたようで知らないような古い家が立っている。ワタクシの魂は迷うことなく其処へと合流した。
家の中は決して広いとは言えず裕福めいてもいなかった。家の中にはたくさんの魂の洗濯物が所狭しとぶら下げてある。ワタクシはシアワセだった。理由はない。
ワタクシは魂の子供たちと共に狭い寝床でぎゅうぎゅう詰めになって眠った。
「南無阿弥陀仏」
男は息を引き取る寸前、最後の夢うつつ、吐き出すようにそう言った。