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フェルメール展に思う(着衣の絵画、写実的な具象画の良さ)

 フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展が明日2026年9月27日に最終日を迎える。大人気となり、チケット入手の困難さや混雑が報じられている。私も夫婦で申し込んだが、抽選に漏れた。それで、せっかくなので公式ガイドブックを買ってみた。
 大塚国際美術館で複製を鑑賞したことはあるのだが、その時は現物を見ただけだった。やはり解説を読むとより深く理解できて面白い。
 それで思ったのだが、着衣の絵画、写実的な具象画の良さを再認識した。

 着ているもの、装身具、室内の調度品を読み解く面白さというか、情報量が多いのである。裸体画でも、背景や構図、どういう情景を描いているのかを読み解くことはできるが、比較したら情報量は少ない。
 裸体画だと、特に男性異性愛者が裸体の女性が描かれた絵画を鑑賞する場合、どうしても裸体に注目してしまったり、また展覧会場のような場所でじっくりと鑑賞するのがしづらいということもある。
 美術史上で重要な裸体画の巨匠の展覧会があったとしても、このフェルメール展や、あるいは大ゴッホ展ほどには観客を集めないだろう。

 ついでながら家族の写真でも、背景(室内でも行った場所でも)や服が記念になり、後年見返す時も楽しいのである。児童ポルノ法の導入前に「子供の成長記録として裸の写真を撮ることができなくなる」という反対論があったのを思い出したが、ためにする議論と言うほかない。
 裸では年齢がわかりにくい。体に合わない真新しい小学校の制服を着ている写真なら、入学前後に撮ったとわかるが、裸では幼稚園か小学校かの区別は難しいだろう。もっと上の年代になったら、第二次性徴に着目して年齢を推定するのだろうか。そんなことは誰もしないだろう。子供の成長記録なら普通に着衣で写真を撮ればよいだけのことだ。

 先日の記事で「フェミニズムとわたしと油絵」(金谷千慧子著)の読書記録を書いたのだが、フェルメール展の公式ガイドブックを読んだ今となっては、「確かにヌード絵画が多すぎる」「着衣の絵画のほうがいい」とも思うようになった。

 ともあれ会期は後1日、チケットを入手出来た方はお楽しみください。本物を見られるとは羨ましいです。


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