
『月を飼うアパート』
【あらすじ】
消えてしまいたいと思っていた夜、主人公はアパートの屋上で、自称「月を飼っている」という不思議な青年と出会う。彼が飼う月は、街に溢れる「寂しい人」を見つけては照らし、そのたびに少しずつ痩せていくという。青年と孤独や傷を分かち合う中で、主人公は「消えそう」な自分を受け入れ、次第に他者の孤独に寄り添う「支える側」の温もりを見出していく。主人公の言葉によって青年もまた救われ、役割を終えた月は夜明けの空へ還る。月が消え、厳しい現実や寂しさは変わらなくても、主人公の心には青年からもらった「生きて」という言葉が灯り、不器用ながらも再び前を向いて歩き出す。
【本編】
「月を飼っている」という青年に出会ったのは、私が消えてしまいたいと思っていた夜のことだったーー。
夜になると、私は屋上へ逃げていた。
六階建ての古いアパート。
エレベーターのない階段は薄暗く、踊り場の窓には、いつも湿った夜風が張りついている。
コンビニの袋を片手に、
私は重たい足を引きずるみたいに階段を上っていく。
二階。三階。
誰かの部屋からテレビの音が漏れている。
笑い声。
食器の触れ合う音。
「ただいま」と「おかえり」が存在している気配。
その横を通り過ぎるたび、
自分だけが世界から少し浮いている気がした。
部屋に戻っても、
待っているのは静かな空間だけだ。
コンビニ弁当。
途中までしか飲んでいないペットボトル。
返せていないメッセージ。
スマホを開いても、通知はほとんど増えていない。
誰かに嫌われているわけじゃない。
でも、誰かの“特別”にもなれない。
そんな寂しさが、夜になると胸の奥でゆっくり広がっていく。
私は自室の前を通り過ぎる。
帰りたくなかった。
電気をつけて、
シャワーを浴びて、
眠れないまま朝を待つ。
そんな夜を、
もう何度繰り返したかわからない。
気づけば私は、
さらに上の階へ足を向けていた。
屋上へ続く古びた扉。
この先には何もない。
それでも、
なぜかそこへ行かなければいけない気がした。
私は小さく息を吐く。
そして、
錆びたドアノブへ手をかけた。
屋上の扉を押し開ける。
錆びたフェンス。
遠くを走る電車の音。
ぬるい風。
そして、あの月。
「今日も来たんだ。」
声がして、私は肩をすくめた。
給水塔のそばに、青年が座っている。
年齢のわからない人だった。
二十代にも見えるし、もっとずっと昔からここにいるようにも見える。
彼は、空を見上げたまま言った。
「今日は少し欠けてる。」
つられて空を見る。
丸いはずの月が、ほんの少しだけ削れて見えた。
「……本当に欠けてる。」
「そりゃそうだよ。あれ、僕が飼ってるから。」
私は笑いそうになった。
変な人だと思った。
でも、この屋上では、変じゃないほうがおかしい気がした。
「月って、飼えるんですか。」
「飼えるよ。寂しい人を照らしてるうちに、勝手に懐く。」
青年は平然と言った。
冗談なのか、本気なのかわからない。
ただ、その声は妙に静かで、夜に溶けるみたいだった。
「……じゃあ、あの月は、寂しい人を見つけてるんですか。」
「うん。」
彼はそこで少し黙った。
それから、こちらを見ずに言った。
「君みたいな人をね。」
風が吹いた。
心の奥を、見透かされた気がした。
私は、返事ができなかった。
図星だったから、というより。
「寂しい」という言葉を、他人の口から聞くことに慣れていなかったからだ。
みんな、そんなことは言わない。
疲れた、とか。
眠い、とか。
仕事辞めたい、とか。
そういう言葉に形を変えて、なんとかやり過ごしている。
「……別に、寂しくなんか。」
否定しかけて、やめた。
青年は追及しなかった。
ただ、欠けた月を見上げている。
不思議な人だった。
普通なら、もう部屋へ戻っている。
関わらないほうがいい相手だと、本能ではわかっているのに。
それでも私は、少しだけここにいたかった。
「月が欠けるのって。」
自分でも驚くほど小さな声が出た。
「寂しい人を照らしてるから、なんですか。」
青年は、ようやく笑った。
「そう。だから、優しい月ほど早く痩せる。」
風が吹く。
フェンスの向こうで、街の灯りが滲んでいた。
誰かの部屋。
誰かの生活。
誰かの“帰る場所”。
それをぼんやり見下ろしながら、私はふと思った。
もし本当に、この月が寂しい人を見つけるのなら。
どうして今まで、私のことを放っておいたんだろう。
「私は、やっと出会えたんだ。」
街の灯りが滲む。
「寂しいって言ってもいい場所と。」
青年は何も言わなかった。
否定もしない。
励ましもしない。
その沈黙が、妙にあたたかかった。
遠くで、終電の走る音がする。
この街には、帰る場所がある人がたくさんいる。
帰りを待つ誰かがいる人も。
でも私は、部屋へ帰っても、自分がちゃんと存在している感じがしなかった。
電気をつけて。
シャワーを浴びて。
明日のために眠る。
ただそれだけを繰り返して、生きている輪郭が少しずつ薄くなっていく。
「……ここ、不思議なんです。」
私はフェンスにもたれたまま言った。
「ちゃんと息ができる。」
青年は、小さく笑った。
「月明かりは、人を少しだけ正直にするからね。」
見上げた空で、欠けた月が静かに光っていた。
その光は、優しいというより。
“見捨てない”光に見えた。
「私のことなんて、誰も見ていないし、」
言葉は、驚くほど簡単に口から落ちていった。
「帰ったってひとりだし、」
夜風が髪を揺らす。
「……ずっとここにいたいなあ。」
言ってから、自分で少し笑ってしまった。
まるで家出した子どもみたいだ。
でも、本当だった。
部屋へ戻れば、また静かな天井がある。
返事の来ない通知。
脱ぎっぱなしの服。
途中までしか飲んでいないペットボトル。
誰にも必要とされていないわけじゃない。
たぶん、そんなことはない。
それでもときどき、自分が世界から少しだけ浮いてしまっている気がする夜があった。
青年はしばらく黙っていた。
やがて、給水塔にもたれたまま、小さく言う。
「ここに長くいすぎると、帰れなくなるよ。」
「……帰れなくなる?」
「月に見つかった人は、夜に愛されすぎるから。」
その言い方が妙に綺麗で、少し怖かった。
私は空を見上げる。
欠けた月は、さっきより近くにある気がした。
街の灯りよりも静かで。
誰よりも孤独そうで。
なのに、不思議なくらい優しかった。
「欠けた月、最終的にはどうなっちゃうんですか。」
訊いた瞬間、青年の指先がわずかに止まった。
風が吹く。
屋上のフェンスが、きい、と小さく鳴いた。
「……消えるよ。」
その声は、驚くほど静かだった。
私は思わず空を見上げる。
白く光る月。
ほんの少し欠けたその輪郭は、今にも夜へ溶けてしまいそうだった。
「消えるって……なくなるってこと?」
「うん。」
青年は笑うでもなく答えた。
「寂しい人を照らし続けた月は、最後には空へ還れなくなる。」
私は眉を寄せた。
「それ、かわいそう。」
すると彼は、少しだけ困ったように目を細めた。
「優しいね。」
「だって、自分を削ってまで誰かを照らしてるんでしょう。」
「……そうだね。」
青年はそこで空を見上げた。
「でも、月はそれを不幸だと思ってない。」
夜風が、二人のあいだを静かに通り過ぎる。
「本当に苦しいのは、誰にも見つけてもらえないまま、暗闇に落ちていくことだから。」
その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。
私は何も言えなくなる。
青年の横顔は、月明かりのせいか、ひどく遠く見えた。
ふと気づく。
――この人も、ずっと誰かを照らしてきた人なのかもしれない。
青年は、小さく笑った。
「お見通し、みたいだね。」
月明かりが、横顔を薄く照らしている。
「僕はね、ずっと“人のため”で生きてきたんだ。」
その声には、自慢も後悔もなかった。
ただ、長い夜のあとみたいな静けさだけがあった。
「誰かの役に立てるなら、それでいいと思ってた。困ってる人を見ると放っておけなかったし、“大丈夫?”って言われる前に、自分が動かなきゃって。」
彼はフェンスの向こうの街を見る。
「でも、あるとき限界が来た。」
風が吹く。
「気づいたら、何も感じなくなってた。誰かの話を聞いても、涙も出ない。優しくしたいのに、できない。ちゃんと笑えない。眠れない。」
その言葉は、どこか他人事みたいだった。
壊れた記憶を、遠くから見ているみたいに。
「自分が壊れたんだって、そのとき初めてわかった。」
私は黙って聞いていた。
たぶん、この人は。
ずっと“壊れる側”じゃなく、“支える側”だった。
だから、自分の限界に気づくのが遅かったのだ。
「それで?」
私が訊くと、青年は少しだけ肩をすくめた。
「逃げるみたいに、この屋上へ来た。」
空を見上げる。
欠けた月が、静かに滲んでいる。
「そしたら、いたんだよ。あの月が。」
「……最初から?」
「うん。今よりもっと丸かったけどね。」
青年は懐かしそうに笑った。
「で、気づいたら飼うことになってた。」
「そんな猫みたいに……。」
思わず笑うと、彼も少し笑った。
そのあと、小さく呟く。
「たぶん、あの月も寂しかったんだと思う。」
夜が、少しだけやわらかくなった気がした。
「寂しい者同士、手を組もうと思ったんだ。」
青年は、どこか昔話をするみたいに言った。
「僕は一度壊れた身だったし、もう失うものもなかったから。」
その言葉は淡々としているのに、なぜだか胸が痛くなった。
“失うものがない”なんて。
そんなふうに思いながら生きる夜を、この人はどれくらい過ごしてきたんだろう。
「だから最後に、あの月を救おうと思った。」
彼は空を見上げる。
欠けた月は静かに光っている。
まるで、こちらの会話を聞いているみたいに。
「照らすばっかりで、自分は誰にも見てもらえないなんて、あんまりだろ。」
青年はそこで少し笑った。
「……そしたらさ。」
その笑い方が、ほんの少しだけ少年みたいだった。
「あの月、想像以上だったよ。」
「想像以上?」
「うん。放っておくと、勝手に人を照らしに行くし。寂しい人を見つけると、すぐ近寄るし。しかも変に優しい。」
私は思わず吹き出す。
「なにそれ。」
「本当に大変だった。」
青年は困ったように笑う。
「“もう少し自分を大事にしろ”って、毎晩言い聞かせてる。」
その言葉に、私はまた月を見上げた。
少し欠けた光。
でも、その欠け方はどこか、人の傷跡みたいで。
だからこそ綺麗なのかもしれないと思った。
「……似てますね。」
「何が?」
「あなたと、その月。」
青年は、少しだけ目を見開いた。
たぶん、そんなふうに言われると思っていなかったのだ。
夜風が吹く。
給水塔の影が、ゆっくり揺れる。
「……鋭いね。」
彼は苦笑した。
でも、その笑い方はどこか弱かった。
私は答えを急かさなかった。
この人はきっと、ずっと“聞く側”だったから。
自分のことを話すのに、慣れていない。
しばらく沈黙が落ちる。
遠くで救急車のサイレンが小さく鳴って、消えた。
やがて青年は、空を見上げたまま呟く。
「たぶん、両方かな。」
月明かりが、睫毛に淡く落ちる。
「自分には、もう遅かった気がしてた。」
その言葉に、胸がひどく静かに痛んだ。
「壊れるまで頑張るのが当たり前になってたし、助けてもらうのも下手だった。だから、“もっと自分を大事にしろ”なんて言葉、自分には使えなかったんだ。」
彼は小さく笑う。
「でも、あの月まで同じふうに消えていくのは嫌だった。」
風が吹いた。
欠けた月が、少しだけ滲んで見える。
「誰かを照らす優しさって、放っておくと、自分を削る方向へ向かうから。」
その言葉は、夜に静かに沈んでいく。
私は、返事ができなかった。
その感覚を、知っていたから。
私は、気づけば言葉を零していた。
「寂しくて、寂しくて、どうしようもない。」
夜風に混ざるみたいに、声が消えていく。
「誰かに満たしてもらうこともできなくて、」
喉が痛かった。
「自分で自分を満たすなんて、もっとできなくて、」
うまく笑えない。
ちゃんと眠れない。
人といても孤独で、
ひとりになると、自分が空っぽになる。
「人間関係も仕事もうまくいってなくて、ひとりぼっちで、」
そこで言葉が詰まった。
ずっと飲み込んでいたものが、胸の奥から溢れてくる。
「……もう、生きてる実感がない。」
言ってしまった。
誰にも言えなかったことを。
月明かりが、静かに頬を照らしている。
泣いているわけじゃない。
でも、どこか壊れそうだった。
青年は、すぐには何も言わなかった。
慰めもしない。
「大丈夫」とも言わない。
ただ、私の言葉が落ちきるまで待っていた。
その沈黙が、ひどく優しかった。
やがて彼は、小さく息を吐く。
「……そっか。」
たったそれだけだった。
でも、不思議と、
“ちゃんと届いた”と思った。
「生きてる実感ってさ、」
青年は空を見上げたまま続ける。
「誰かに必要とされた時とか、愛された時に生まれるものだと思ってた。」
欠けた月が、静かに光る。
「でも壊れてから気づいたんだ。人って、“ここにいていい”って思えなくなると、急に自分の輪郭が消えていくんだよね。」
その言葉に、胸の奥が微かに震えた。
「だから君はいま、“生きたい”より先に、“消えたくない”を頑張ってる途中なんだと思う。」
夜風が吹く。
その瞬間、欠けた月が、ほんの少しだけ明るく見えた。
「そっか。」
私は、自分の手を見つめた。
風に冷えた指先が、少しだけ震えている。
「私、今、消えそうなんだ。」
その言葉は、不思議なくらい静かだった。
怖いはずなのに。
誰かに知られるのが嫌だったはずなのに。
この屋上では、ちゃんと口にできる。
「生きてる実感って、私も“誰かと作るもの”だと思ってた。」
恋人とか。
友達とか。
職場とか。
誰かに必要とされて、愛されて、居場所をもらって。
そうやって人は、生きていけるんだと思っていた。
「だから、この社会に必死にしがみついていたみたい。」
ちゃんと働かなきゃ。
ちゃんと人付き合いしなきゃ。
ちゃんと笑わなきゃ。
置いていかれないように。
“普通”から落ちないように。
でも、本当はずっと苦しかった。
私はゆっくり空を見上げる。
欠けた月。
それでも、綺麗な光。
「……自分だけでも、」
声が夜に滲む。
「生きてる実感を感じられるときが来るのかな。」
青年は、すぐには答えなかった。
その代わり、少しだけ目を細めて月を見る。
「たぶんね。」
静かな声だった。
「それって、“突然完成するもの”じゃないと思う。」
風が吹く。
「誰かといて安心した夜とか、ひとりでちゃんと眠れた日とか、“今日ちょっと呼吸しやすいな”って瞬間とか。」
彼は小さく笑った。
「そういう小さいものを、体の中に少しずつ集めていく感じ。」
月明かりが、フェンス越しの街を照らしている。
「だから今は、“消えそうな自分”を責めなくていい。」
その言葉に、胸の奥で何かが静かに崩れた。
私はずっと、
“ちゃんと生きられない自分”を嫌っていたのかもしれない。
「聞いてもいい?」
青年は「ん?」と小さく首を傾ける。
月明かりが、その横顔を白く縁取っていた。
「どうして、そこまで人に優しくできるんですか。」
風が止む。
街の音だけが遠くで揺れている。
「壊れてしまったのに。」
言いながら、自分でも少し不思議だった。
普通なら、もう誰かを照らしたくなんてなくなる気がした。
傷ついた分だけ、人を遠ざけてもおかしくないのに。
でもこの人は、欠けていく月を放っておけなかった。
寂しい人を見つけると、ここへ連れてきてしまう。
まるで、自分が昔救われなかった夜を、何度もやり直しているみたいに。
青年はしばらく黙っていた。
それから、小さく笑う。
「……優しいわけじゃないよ。」
その声は、少し掠れていた。
「たぶん、見捨てられなかっただけ。」
彼は空を見上げる。
「壊れたとき、自分で自分を見捨てそうになったんだ。」
欠けた月が、静かに滲む。
「だから、同じ顔をした誰かを見ると、放っておけない。」
その横顔は、どこかひどく孤独だった。
私は、この人の孤独に触れてしまった気がした。
静かで。
深くて。
長い間、誰にも触れられなかった孤独。
きっとこの人は、ずっと“支える側”に立ってきた。
誰かの話を聞いて。
誰かを安心させて。
「大丈夫」と言えなくても、せめて隣にいようとして。
そうやって、自分が壊れていくことには気づかないまま。
胸の奥が、じわりと痛む。
そして次の瞬間。
――助けたい。
そう思っている自分がいた。
私は少し戸惑う。
さっきまで、“消えそうだ”と言っていたのは自分のほうなのに。
なのに今は、この人のほうが、ひどくひとりに見えた。
「……ねえ、」
青年がこちらを見る。
私はうまく言葉を探せないまま、口を開いた。
「あなたは、」
風が吹く。
欠けた月が、静かに光る。
「あなたは、ちゃんと休めてるんですか。」
その瞬間。
青年の表情が、ほんの少しだけ止まった。
たぶん、その質問をされることに慣れていなかったのだ。
誰かを気遣うことには慣れていても、
自分が気遣われることには、不器用な人。
夜が、静かに揺れていた。
「私は、この社会でちゃんと生きられない人間です。」
言葉にすると、少しだけ胸が痛んだ。
でも、不思議と恥ずかしくはなかった。
この屋上では、“ちゃんとできないこと”を隠さなくていい気がしたから。
「だから、こうやってここに引かれてやってきた。」
フェンスの向こうで、街の灯りが瞬いている。
みんな、器用に生きているように見える。
朝になれば働いて、笑って、人と繋がって。
私は、そこへうまく馴染めなかった。
ちゃんと生きようとするほど、息が苦しくなる。
「でも、」
私は月を見上げる。
少し欠けた光。
それでも、誰かを照らそうとしている月。
「あなたと、あなたの月に出会って思ったんです。」
夜風が頬を撫でる。
「私も、誰かの力になりたいなって。」
言った瞬間、自分で少し驚いた。
ついさっきまで、
“消えそう”だと思っていたのに。
それでも心のどこかに、
まだ誰かへ向かおうとする灯りが残っていた。
青年は、しばらく何も言わなかった。
ただ静かにこちらを見ている。
その目は、何かを確かめるみたいにやさしかった。
やがて彼は、小さく笑う。
「……そっか。」
月明かりが、その横顔を淡く照らす。
「君は、ちゃんと月に見つかったんだね。」
風が吹いた。
その瞬間。
欠けていた月が、ほんの少しだけ満ちた気がした。
「ここにいると、心が洗われる。」
私は、ぽつりと呟いた。
「何か解決したわけじゃないし、寂しい気持ちもなくなってないし、」
部屋へ帰れば、また現実は待っている。
明日の仕事。
返せていない連絡。
うまく笑えない自分。
きっと、急に人生が変わるわけじゃない。
「むしろ、人の孤独に触れて苦しい。」
青年は静かにこちらを見る。
私は少し笑った。
「苦しいんです。ちゃんと。」
月明かりが、フェンスに白く滲む。
「でも。」
そこで私は空を見上げた。
欠けた月。
それでも誰かを照らしている光。
「なんか、ひとりじゃないんだなって思った。」
夜風が、やわらかく吹き抜ける。
青年はしばらく何も言わなかった。
たぶん、その言葉を大事に受け取ってくれている。
やがて彼は、小さく息を吐いた。
「孤独って、なくならないんだと思う。」
その声は、とても静かだった。
「たぶん人は、一生どこか寂しいまま生きていく。」
私は黙って聞く。
「でも時々、“同じ夜を知ってる人”に出会う。」
彼は少しだけ笑った。
「それだけで、人は少し呼吸しやすくなる。」
遠くで電車が走る音がした。
この街のどこかにも、
眠れない人がいるのかもしれない。
泣きそうな夜を抱えたまま、
それでも朝を迎えようとしている人が。
月は、そんな夜を静かに照らしていた。
しばらく、誰も喋らなかった。
でも、その沈黙は苦しくなかった。
言葉を無理に探さなくても、
ここではちゃんと呼吸ができる。
月明かりが、静かに屋上を照らしている。
青年はフェンスにもたれたまま、空を見上げていた。
私はふと、気づく。
さっきより、月が少しだけ丸くなっている。
「……あれ。」
思わず声が漏れた。
「月。」
青年がこちらを見る。
「ちょっと満ちてません?」
彼は空を見上げ、それから小さく笑った。
「ほんとだ。」
その声は、どこか安心したみたいだった。
「そんなこと、あるんですね。」
「あるよ。」
風が吹く。
「月は、人が“ひとりじゃない”って思えた夜に、少しだけ戻るから。」
私は空を見上げた。
欠けた光。
でも確かに、さっきより柔らかく見える。
「……変なの。」
「うん。」
青年は笑う。
「かなり非科学的。」
思わず私も笑ってしまう。
こんなふうに自然に笑ったの、いつぶりだろう。
そのときだった。
かたん、と小さな音がした。
屋上の扉。
私は振り返る。
誰もいない。
でも、扉の前には、小さな紙袋が置かれていた。
古びた茶色の紙袋。
コンビニのものでも、誰かの忘れ物でもない。
まるで、“最初からそこにあった”みたいに静かに置かれている。
「……あれ。」
青年は、その紙袋を見ると、小さく目を細めた。
「来たみたいだね。」
「来た?」
私は近づく。
紙袋の口から、白い封筒が少しだけ覗いていた。
宛名はない。
でも、そこには滲むような文字で、こう書かれていた。
――『もう、消えたいです』
胸が、ぎゅっと痛んだ。
夜風が吹く。
その瞬間、月がほんの少しだけ欠けた気がした。
「……次のお客さん?」
私は封筒を見つめたまま、小さく呟いた。
青年は、静かに頷く。
「こうやって来ることもあるんだ。」
月明かりが、白い封筒を淡く照らしている。
「ここへ来られる人ばかりじゃないからね。」
風が吹く。
紙袋の口が、かさりと揺れた。
「本当に限界が近い人って、“助けて”を言葉にする前に動けなくなることがある。」
その声は、どこか痛みを知っている人の声だった。
私は封筒へそっと触れる。
冷たい紙の感触。
たった一行。
――『もう、消えたいです』
それだけなのに、
胸の奥へ重く沈んでくる。
「この人……ひとりなんでしょうか。」
青年は少し考えるように目を伏せた。
「たぶんね。」
「……たぶん?」
「孤独って、ひとりかどうかだけじゃ決まらないから。」
遠くで車の走る音がする。
「家族がいても、恋人がいても、“誰にも触れてもらえない”まま苦しくなる夜はある。」
私は、ゆっくり封筒を抱える。
まるで、小さな体温みたいだった。
「どうするんですか、これ。」
すると青年は、静かにこちらを見た。
月明かりの中、その目だけがやけに優しい。
「……君は、どうしたい?」
私は言葉に詰まる。
ついさっきまで、
“消えそう”だった自分。
誰かを救えるような人間じゃない。
それなのに。
封筒を持ったまま、
放っておけないと思っている自分がいた。
「……寄り添いたい。」
気づけば、言葉が零れていた。
青年は何も言わず、静かにこちらを見ている。
私は封筒を胸の前で抱えたまま、ゆっくり続けた。
「今の私に、この方を救う力はきっとない。」
風が吹く。
月明かりが、白い紙を淡く照らした。
「ちゃんとした言葉もわからないし、“大丈夫”なんて軽々しく言えないし。」
私は少し笑う。
「そもそも、自分のことすらうまく救えてないですし。」
夜の空気が、静かに肺へ入ってくる。
「でも、」
私は封筒を見つめる。
たった一行。
――『もう、消えたいです』
その言葉の重さを、少しだけ知っている。
だからこそ。
「“ひとりじゃないよ”って、」
喉が熱くなる。
「“私がここにいるよ”って、伝えたい。」
青年は、しばらく黙っていた。
その沈黙は、何かを見守るみたいに穏やかだった。
やがて彼は、小さく笑う。
「……それで十分なんだと思う。」
私は顔を上げる。
欠けた月が、静かに光っている。
「人ってさ、本当に限界のとき、“正しい言葉”より、“誰かが隣にいること”のほうが救いになることがあるから。」
その声は、まるで過去の自分へ言っているみたいだった。
青年はゆっくり立ち上がる。
そして、私の持つ封筒へそっと触れた。
「じゃあ、返事を書こうか。」
風が吹く。
その瞬間。
欠けていた月が、またほんの少しだけ満ちた。
私は、震える指でペンを握った。
夜風が、便箋の端を揺らしている。
何度も言葉を考えて、
そのたびに、“違う”と思った。
励ましたいわけじゃない。
無責任に希望を語りたいわけでもない。
ただ。
この痛みを、
ちゃんと受け取りたかった。
私はゆっくり、便箋へ言葉を落としていく。
『もう消えたいって気持ち、伝えてくれてありがとう。
私も、限界になってここへ来ました。
だからって、あなたの苦しさを全部わかるなんて言えないけれど、
“消えたい”って思う夜の重さを、少しだけ知っています。
あなたを救う言葉が、今の私には見つかりません。
“大丈夫”とも、“頑張って”とも、うまく言えない。
でも、私はここで、あなたの言葉を確かに受け取りました。
ちゃんと届いています。
そして、“力になるよ”とまでは言う自信がないけれど。
もしよかったら、
少しだけ、そばにいたいです。』
書き終えた瞬間、胸の奥が静かに熱くなった。
うまい文章じゃない。
綺麗に救える言葉でもない。
それでも、不思議と、
“嘘がない”と思えた。
私はそっとペンを置く。
青年は、隣で静かに微笑んでいた。
「……いい手紙だね。」
その声は、どこか安心したみたいだった。
私は少し照れくさくなって、視線を落とす。
「こんなので、よかったんでしょうか」
すると青年は、欠けた月を見上げながら言った。
「“ちゃんと受け取った”って伝えることって、たぶん、思ってるよりずっと難しいんだよ。」
風が吹く。
その瞬間。
月の光が、少しだけやわらかく滲んだ気がした。
私は、便箋を見つめたまま、小さく呟いた。
「……あなたは、」
声が少し震える。
「あなたは、つらくないんですか」
青年は何も言わなかった。
私はゆっくり顔を上げる。
月明かりの中にいるその人は、
相変わらず静かで、穏やかで。
でも今は、その優しさが少し痛々しく見えた。
「私は、あなたの存在に助けられたんです。」
風が吹く。
欠けた月が、静かに揺れる。
「ここに来なかったら、たぶん私は、自分が“消えそう”だってことも言えなかった。」
夜の屋上。
月明かり。
誰にも言えなかった言葉。
全部、この人が受け止めてくれた。
だから。
「……私も、」
喉の奥が熱くなる。
「私も、あなたの存在を受け入れたい。」
青年の目が、ほんの少し揺れた。
たぶんその言葉は、
彼にとってあまりにも不慣れだった。
誰かを受け止めることには慣れていても。
自分が受け止められることには、
きっと、ずっと慣れていない。
長い沈黙が落ちる。
遠くで、終電のベルみたいな音が微かに響いた。
やがて青年は、小さく笑う。
でも、その笑い方は少しだけ困ったようだった。
「……参ったな。」
月明かりが、睫毛に淡く滲む。
「そういうこと言われると、ちゃんと嬉しい。」
その声は、とても静かで、
どこか、
壊れかけた人の声だった。
私は、そっと訊いた。
「過去のこと、聞いてもいいですか?」
夜風が吹く。
青年の黒髪が、静かに揺れた。
「……それとも、」
私は少し迷ってから続ける。
「今の気持ちを、聞かせてくれますか。」
月明かりが、屋上を白く照らしている。
青年はすぐには答えなかった。
たぶん、どちらも簡単な質問じゃない。
過去を話すことは、
傷口を開くことに似ている。
今の気持ちを話すことは、
もっと怖い。
だって、“今ここにいる自分”を見せることだから。
しばらくして。
彼は、空を見上げたまま小さく息を吐く。
「……今の気持ち、か。」
その声は、どこか遠かった。
「昔のことは、もう何度も整理しようとしてきたんだ。」
風が吹く。
「なんで壊れたのかとか、どこで間違えたのかとか、“もっとこうしていれば”とか。」
彼は少し笑う。
「そういうの、支援職っぽいでしょ。」
私は黙って頷いた。
原因を探して。
意味を探して。
納得できる形へ整えようとする。
それは、人を支えてきた人ほど染みついてしまう癖なのかもしれない。
「でもね、」
青年は月を見上げる。
欠けた光が、瞳に映っていた。
「今の気持ちって聞かれると……正直、少し怖い。」
私は静かに耳を傾ける。
「また誰かを受け止めて、自分が空っぽになる日が来るんじゃないかって、時々思う。」
その言葉は、夜へ静かに沈んでいく。
「誰かに必要とされることで、自分を繋いでるところがあるから。」
月明かりが、白く滲む。
「だから本当は、休み方も、甘え方も、まだよくわからない。」
その横顔は、
初めて“助ける側”ではなく、
ひとりの傷ついた人間に見えた。
「……話してくれて、うれしいです。」
私は、ゆっくり言った。
青年は少し驚いたようにこちらを見る。
「きっと、自分のことはいつも後回しだったんですよね。」
風が吹く。
「自分の気持ちを話す機会なんて、あんまりなかった。」
彼は何も言わなかった。
でも、その沈黙が答えみたいだった。
誰かの話を聞くこと。
寄り添うこと。
支えること。
そういう役割を続けている人ほど、
“自分が弱ること”を後回しにしてしまう。
「あなたは、人のために尽くしてきた、本当に優しい人だと思う。」
月明かりが、青年の横顔を白く照らしていた。
「だから私は、」
喉が少し熱くなる。
「あなたが、すごく傷ついてるように見える。」
その瞬間。
青年の表情が、ほんの少しだけ揺れた。
たぶん、
“傷ついている”と真正面から言われたことが、
あまりなかったのだ。
彼はずっと、
“支える側”として見られてきたから。
私は続ける。
「逃げないでほしい。」
夜風が吹く。
欠けた月が、静かに滲む。
「あなたが、みんなにしてあげてることを、」
私は青年を見る。
「自分にも、してあげてほしい。」
沈黙が落ちる。
長く。
静かで。
壊れそうな沈黙。
やがて青年は、ゆっくり目を伏せた。
「……難しいな。」
その声は、少し掠れていた。
「自分のことになると、急にやり方がわからなくなる。」
彼は小さく笑う。
でも、その笑い方は、
今にも泣きそうに見えた。
「でも、」
月明かりが、頬を淡く照らす。
「君にそう言われると、少しだけ……生き延びてもいいのかもしれないって思う。」
風が吹いた。
その瞬間。
欠けていた月が、静かに、ほんの少し満ちた。
「私は、あなたの味方です。」
言葉にした瞬間、
胸の奥が静かに震えた。
青年は、ゆっくりこちらを見る。
月明かりの中、その瞳だけがひどく静かだった。
「見ず知らずの、助けてもらってる側の私が言うことじゃないのはわかってるんですけど、」
私は少し笑う。
「でも、」
風が吹く。
欠けた月が、白く滲む。
「あなたには、生きていてほしいって、心から思います。」
その瞬間。
青年の表情が、ほんの少し崩れた。
まるで長いあいだ、
誰にも触れられないように抱えていたものへ、
ようやく誰かの手が届いたみたいに。
彼はすぐには何も言わなかった。
ただ、静かに息を吐く。
夜の空気が、少しだけ揺れる。
「……不思議だね。」
やがて、青年は小さく笑った。
「君を助けてるつもりだったのに。」
その声は、どこか頼りなかった。
壊れそうで。
でも、ちゃんと人間の温度があった。
「今、救われてるのは、たぶん僕のほうだ。」
私は何も言えなくなる。
胸がいっぱいだった。
助ける側と、助けられる側。
ずっと綺麗に分かれていると思っていた。
でも本当は、
人は誰かに支えられながら、
同時に誰かを支えているのかもしれない。
青年は空を見上げる。
欠けていた月は、
気づかないくらいゆっくりと、
でも確かに満ち始めていた。
「……ありがとう。」
その言葉は、
夜の奥へ静かに溶けていった。
「……大事なことに気づかせてくれた。」
私は、ゆっくり言った。
夜風が、髪を揺らしていく。
「私、ここに来てよかった。」
青年は何も言わず、静かにこちらを見ている。
その沈黙が、やっぱり優しかった。
私は少し笑う。
「何回も言っちゃうけど、」
フェンスの向こうで、街の灯りが瞬いている。
誰かの帰り道。
誰かの生活。
そこへうまく馴染めない自分を、私はずっと責めていた。
「帰ってもひとりだし、職場にもなじめないし、毎日寂しい。」
言葉にすると、少しだけ胸が痛む。
「それは、たぶんすぐには変わらない。」
明日になっても、
急に人生がうまくいくわけじゃない。
ちゃんと笑えない日もある。
孤独で眠れない夜も、きっとまた来る。
でも。
私は空を見上げる。
欠けていた月が、
少しずつ光を取り戻している。
「そんな私だから、」
喉の奥が熱くなる。
「ここで、あなたに出会えた。」
風が吹いた。
月明かりが、青年の横顔を白く照らす。
「ありがとう」
その瞬間。
青年は、ほんの少しだけ目を伏せた。
まるで、
その言葉を大事に受け取っているみたいに。
やがて彼は、小さく笑う。
「……こちらこそ」
その声は、
前より少しだけ、生きている人の声だった。
遠くで、始発前の静かな街が息をしている。
夜はまだ終わらない。
でも私はもう、
この夜を“ひとりで歩いている”気がしなかった。
そのとき。
かさり、と小さな音がした。
私は振り返る。
屋上の扉の前。
また、新しい紙袋が置かれていた。
「……来た。」
青年が静かに呟く。
私はゆっくり近づく。
今度の封筒は、少し皺がついていた。
まるで、強く握りしめられていたみたいに。
私はそっと開く。
中には、短い文字。
――『助けてって言えないまま、ここまで来てしまいました。』
胸が、きゅっと痛む。
夜風が吹く。
欠けた月が、少しだけ揺れた。
私は便箋を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……前の私みたい。」
青年は何も言わなかった。
でも、その沈黙は、
“わかるよ”と言っているみたいだった。
私は便箋を胸元で抱える。
前ならきっと、
こんな言葉を受け取るだけで潰れていた。
誰かの孤独に飲み込まれて、
一緒に沈んでしまっていた。
でも今は。
苦しいのに、
逃げたくないと思っている。
「……返事、書きたいです」
青年がこちらを見る。
私は少し迷ってから、続けた。
「たぶん私は、誰かを救える人間じゃないです。」
月明かりが、白く滲む。
「今も寂しいし、明日だって普通にしんどいと思う。」
職場へ行けば、
またうまく馴染めない自分がいる。
ひとりで部屋へ帰って、
孤独に飲まれそうになる夜も、きっとまた来る。
でも。
「それでも、」
私は便箋を握りしめる。
「同じ夜を知ってるって、伝えることはできる気がする。」
風が吹いた。
その瞬間。
欠けていた月が、
ほんの少しだけ光を取り戻した気がした。
私は、便箋へゆっくり言葉を書き始めた。
夜風が、指先を冷たく撫でていく。
綺麗な言葉じゃなくていいと思った。
無理に前向きじゃなくていい。
この人はきっと、
“正しい答え”じゃなく、
“本当にそこにいる言葉”を探している。
私は、小さく息を吐く。
そして、静かに書いた。
『私も、“助けて”って言えません。
だって、誰も助けてくれないって思ってしまうから。
“私の何がわかるんだ”って、
叫びたくなる夜ばっかりです。
頑張っても苦しいし、
ちゃんと生きようとするほど、
自分だけ置いていかれてる気がして。
嫌になりますよね。
でも。
あなたの手紙、ちゃんと届きました。
この夜に、
同じように苦しい誰かがいるって、私は知りました。
だからもし、
“ひとりじゃない”って少しでも思えたら。
この苦しい夜も、
ほんの少しだけ呼吸しやすくなりませんか。』
書き終えて、私はペンを置いた。
胸の奥が、じんわり熱い。
弱いままの言葉だった。
でも、その弱さをごまかしていない気がした。
青年は隣で静かに読んでいる。
やがて、小さく笑った。
「……君の言葉って、不思議だね。」
私は顔を上げる。
「不思議?」
「うん。無理に救おうとしないのに、ちゃんと隣にいる感じがする。」
風が吹く。
月明かりが、便箋を白く照らした。
その瞬間。
屋上の空気が、
少しだけあたたかくなった気がした。
「……私、」
私は、月を見上げたまま呟いた。
欠けていた光は、
気づかないくらいゆっくりと満ち始めている。
「今まで、救ってもらうことばかり考えていました。」
夜風が吹く。
「自分が楽になりたいとか、満たされたいとか。」
誰かに愛されたい。
必要とされたい。
寂しさを埋めてほしい。
そんなことばかり願っていた。
「あなたとは、真逆です。」
青年は静かに聞いている。
否定もしない。
その沈黙が、
“そのまま話していい”と言ってくれている気がした。
「でも、」
私は小さく息を吐く。
「ここに来て、あなたと、あなたの月に出会って、」
白い月明かりが、フェンスを淡く照らしていた。
「等身大の私にも、できることがあるかもしれないって、少し思い始めました。」
それは、
誰かを完璧に救うことじゃない。
苦しみを消してあげることでもない。
ただ。
“あなたの孤独を受け取ったよ”と伝えること。
“ここにいるよ”と隣に座ること。
その小さな灯りなら、
今の自分にも持てる気がした。
青年はしばらく何も言わなかった。
やがて、少し困ったように笑う。
「……君はさ、」
風が吹く。
月明かりが、その睫毛を白く縁取る。
「自分では気づいてないだけで、たぶん昔から、ちゃんと誰かを照らしてきた人だよ。」
私は思わず首を振る。
「そんなこと。」
「あるよ。」
彼は静かに言った。
「苦しんだことがある人の言葉って、綺麗じゃなくても、ちゃんと誰かの夜へ届くから。」
その声は、とても優しかった。
でも同時に。
どこか、
“自分にもそう言い聞かせている”みたいに聞こえた。
「あなたの言葉も、ちゃんと届いています。」
私は、ゆっくり言った。
青年の瞳が、わずかに揺れる。
「私が救われたみたいに。」
夜風が、二人のあいだを静かに通り過ぎる。
屋上のフェンス。
欠けた月。
眠らない街。
ここへ来た夜の私は、
自分が消えそうだと思っていた。
誰かに満たしてほしくて、
でも誰にも触れられなくて。
そんな夜だった。
でも今は。
苦しさは消えていないのに、
胸の奥に、小さな灯りみたいなものが残っている。
それはきっと、
この人がくれたものだった。
「だから。」
私は、少しだけ笑う。
「あなたにも、自分を大切にすることを知ってほしい。」
青年は、何も言わなかった。
でもその沈黙は、
簡単に受け取れないほど、
その言葉を必要としている人の沈黙だった。
「難しいのはわかってます。」
私は続ける。
「急に変われないのも、たぶん、すぐには自分を好きになれないのも。」
風が吹く。
欠けた月が、静かに滲む。
「でも。」
私は青年を見る。
「あなたが、あの月と手を組んだみたいに、」
喉の奥が熱くなる。
「……私とも、手を組みませんか。」
その瞬間。
青年の表情が、静かに崩れた。
泣きそうにも見えたし、笑いそうにも見えた。
たぶん、
長いあいだずっと、
“誰かと一緒に生きる”ことを諦めてきた顔だった。
彼はすぐには答えられない。
ただ、
ゆっくりとこちらへ手を伸ばす。
触れるか触れないかくらい、
不器用な距離で。
「……ずるいな。」
掠れた声だった。
「そんなこと言われたら。」
月明かりが、
二人のあいだへ静かに落ちる。
そしてその瞬間。
欠けていた月が、
今まででいちばん丸く光った気がした。
「……いちばん苦しかったのも、」
私は、月を見上げた。
白く滲む光。
ずっと誰かを照らしてきた月。
「きっと、」
風が吹く。
「……あの月が、いちばん救いたかったのも、」
私はゆっくり、青年を見る。
月明かりの中にいるその人は、どこかひどく静かで。
でも今は、
前より少しだけ“ここにいる”ように見えた。
「あなた、だったのかもしれませんね。」
その瞬間。
青年の呼吸が、
ほんの少しだけ止まった気がした。
屋上に沈黙が落ちる。
遠くで、始発前の街が小さく息をしている。
彼はすぐには何も言えなかった。
たぶん、
そんなふうに考えたことがなかったのだ。
自分は“照らす側”だと思っていた。
苦しい人を見つけて、
支えて、
寄り添う側。
でも。
その月は、
ずっと彼のそばから離れなかった。
壊れてしまった夜も。
逃げるようにこの屋上へ来た日も。
何も感じられなくなった日も。
それでも、消えずにここにいた。
まるで。
“あなたも、見捨てない”と言うみたいに。
青年は、ゆっくり空を見上げる。
欠けていた月は、
もうほとんど丸くなっていた。
「……そっか。」
掠れた声だった。
「僕、救われてよかったんだ。」
その言葉は、
誰かに許しをもらった人の声に聞こえた。
夜風が吹く。
私は、少しだけ笑う。
「はい。」
月明かりが、
静かに二人を照らしていた。
「……この月の役割も、終わりかもしれませんね。」
私は、空を見上げながら言った。
夜明け前の空は、ほんの少しだけ色を薄め始めている。
青年は何も言わなかった。
ただ、静かに月を見ている。
欠けていたはずの光。
寂しい人を照らすたび、
少しずつ削れていった月。
でも今は。
どこか安心したみたいに、
やわらかく丸く光っていた。
風が吹く。
その瞬間。
月の輪郭が、淡く揺れた気がした。
まるで、
長い旅を終えた人みたいに。
青年は、小さく笑う。
「そうかもしれないね。」
その声には、
不思議なくらい寂しさがなかった。
「たぶん、この月は、」
彼は空を見上げる。
「誰かを“完璧に救う”ためにあったんじゃない。」
月明かりが、
静かに街へ落ちていく。
「孤独な夜を、“ひとりじゃない”って思い出させるために、ここにいたんだと思う。」
私は黙って聞いていた。
青年は続ける。
「だからきっと、役割が終わるとしたら、」
風が吹く。
その横顔は、
前より少しだけ穏やかだった。
「“もう大丈夫”になった時じゃなくて。」
彼は、小さく笑う。
「“誰かと夜を分け合えるようになった時”なんだろうね。」
その瞬間。
月の光が、静かに滲んだ。
まるで祝福みたいに。
そして。
白かった輪郭が、夜明けの空へゆっくり溶けていく。
消えていくというより。
――還っていく。
そんな光だった。
私は、その光景をただ見つめる。
寂しいのに、
不思議と、置いていかれる感じはしなかった。
だってもう。
この夜は、ちゃんと私の中に残っているから。
風が吹く。
空は少しずつ青みを帯び始めていた。
青年は、フェンスにもたれたまま静かに笑う。
「……朝が来るね。」
その声は、どこか遠くへ行きそうだった。
私は急に、不安になる。
この夜が終わったら。
月が消えてしまったら。
この人まで、
どこかへ行ってしまう気がした。
「……また、」
私は、小さく口を開く。
喉が少し詰まる。
「また、会えますか。」
青年はすぐには答えなかった。
ただ、夜明け前の空を見上げている。
やがて、小さく笑った。
「君がまた、ひどく寂しくなったら。」
風が吹く。
その横顔は、
最初に会った時より少し柔らかかった。
「たぶん、どこかで。」
その答えは、約束みたいで、
でも、約束じゃなかった。
だからこそ、
余計に胸が苦しくなる。
私は俯く。
「……ずるいですね。」
青年が小さく笑う。
「うん。自分でも思う。」
その声に、
少しだけ安心してしまう。
完全に消えてしまう人の声じゃなかった。
私はゆっくり深呼吸する。
冷たい朝の空気が肺へ入ってくる。
部屋へ帰れば、
また現実が待っている。
職場。
うまく馴染めない会話。
ひとりの食事。
静かな夜。
たぶん、
全部すぐには変わらない。
それでも。
私はもう、
“誰にも見つけてもらえない”場所にはいなかった。
青年が、ふいにこちらを見る。
「ねえ。」
「……はい?」
彼は少しだけ迷うように目を細めた。
それから、
どこか照れくさそうに笑う。
「生きて。」
夜明け前の光が、
静かに屋上へ滲んでいく。
私は、言葉を失った。
簡単な言葉だった。
でも。
今まで誰かに言われたどんな励ましより、
ずっと深く胸へ落ちてくる。
青年は続ける。
「ちゃんとじゃなくていいから。」
風が吹く。
「うまく生きられなくてもいいから。」
空が、
少しずつ明るくなる。
「君はもう、誰かの夜を照らせる人だから。」
その瞬間。
胸の奥で、何かが静かにほどけた気がした。
泣きたかった。
でも、
それは前みたいな絶望じゃなかった。
壊れたままでも、
この先を少しだけ歩いてみたいと思ってしまった。
私は、小さく頷く。
「……はい。」
青年は安心したみたいに笑う。
その表情は、
もう“月に縋っていた人”じゃなかった。
夜を越えて、
ようやく朝を見ている人の顔だった。
屋上を出る前に、
私はもう一度だけ振り返った。
朝焼け前の空。
さっきまでそこにあった月は、
もう輪郭がほとんど見えなくなっている。
でも不思議と、
消えてしまった感じはしなかった。
青年はフェンスにもたれたまま、
静かに街を見下ろしていた。
「……帰ります。」
私が言うと、
彼は小さく頷く。
「うん。」
「たぶん今日も、普通にしんどいと思います。」
思わず笑ってしまう。
「職場も苦手だし、うまく話せないし。」
風が吹く。
「また“消えたい”って思う夜も来るかもしれない。」
青年は黙って聞いている。
私はゆっくり息を吐いた。
「でも、」
朝の薄い光が、
屋上の床を白く照らし始めていた。
「前より少しだけ、生きていたいです。」
その言葉は、
自分でも驚くほど静かだった。
青年は、少しだけ目を細める。
「……そっか。」
それだけだった。
でも、その声は、
何かをちゃんと受け取ってくれた音がした。
私は屋上の扉へ向かう。
錆びたドアノブへ手をかけた瞬間。
かさり、と音がした。
私は振り返る。
扉の前。
小さな紙袋が置かれている。
私はゆっくり近づいた。
中には、白い封筒が一通。
そこに書かれていた文字を見て、
胸が少しだけ痛くなる。
――『朝が来るのが怖いです』
私は、しばらくその文字を見つめていた。
ついさっきまでの自分みたいだった。
朝が来れば、また現実へ戻される。
苦しいまま、
何事もなかった顔をして生きなきゃいけない。
だから夜に縋ってしまう。
私は封筒をそっと胸元へ抱える。
青年が静かにこちらを見ていた。
「……書きます。」
私が言うと、
彼は小さく笑う。
「うん。」
私は便箋を取り出す。
まだ手は少し震えていた。
でも。
前みたいに、
“救ってほしい”だけの震えじゃなかった。
私はゆっくりペンを握る。
そして、
夜明け前の屋上で、
新しい誰かの孤独へ言葉を書き始めた。
私は、便箋へゆっくり言葉を落としていく。
夜明け前の空気は冷たくて、
でもどこか、昨日までより呼吸しやすかった。
私は小さく息を吐く。
それから、
まるで自分自身へ言い聞かせるみたいに書き始めた。
『朝。
“希望に満ちた朝”なんて、本当にあるのかなって思ってしまいますよね。
私も、そうです。
また一日が始まる。
馴染めない社会の中で、
ちゃんと息をしなきゃいけない。
笑わなきゃいけない。
働かなきゃいけない。
苦しいまま、
何事もない顔で生きなきゃいけない。
生きていたら、
つらいことがたくさんあります。
救われないことも、
思った以上にたくさんある。
だから時々、
朝が来るのが怖くなる。
でも。
“ひとりじゃない”って思えたら。
少しだけ呼吸しやすくなることを、
私はあなたより少しだけ先に知りました。
あなたの手紙、ちゃんと届いています。
この夜に、
同じように苦しい誰かがいます。
だから。
あなたは、ひとりじゃない。
どうか、
仲間がいることを忘れないでほしいです。』
書き終えて、私は静かにペンを置く。
胸の奥が、じんわり熱かった。
綺麗に救えている気はしない。
それでも。
少し前の自分なら、
こんな言葉は書けなかったと思う。
青年は隣で便箋を読んでいた。
やがて、
とても静かに笑う。
「……もう、大丈夫そうだね。」
私は顔を上げる。
「え?」
風が吹く。
夜と朝の境界が、
ゆっくり空へ広がっていく。
青年は、
どこか安心したみたいな顔で、
満ちかけた月を見上げていた。
「……あの月を、解放しませんか。」
私は、空を見上げながら言った。
夜明け前の月は、ほとんど丸い光になっている。
でも。
その光はどこか、
長い間、誰かを支え続けてきた人の背中みたいに見えた。
「たくさんの人の孤独を吸収して、」
風が吹く。
「苦しくないのかな。」
青年は、静かに月を見上げている。
しばらく答えは返ってこなかった。
その沈黙は、
たぶん“考えている”というより、
“感じている”沈黙だった。
やがて彼は、小さく笑う。
「……そうだね。」
その声は、
少しだけ寂しそうだった。
「僕、ずっと“支えられてる側”だと思ってた。」
白い光が、静かに屋上を照らしている。
「でも本当は、あの月も、かなり無理してたのかもしれない。」
私はもう一度、月を見る。
寂しい人を見つけて。
誰かの夜を照らして。
削れながら、
それでも消えずにここにいた光。
それはどこか、
青年そのものにも見えた。
「休ませてあげたいですね。」
私が言うと、
青年は少し驚いたみたいにこちらを見る。
たぶん。
“救う”じゃなく、
“休ませる”と言われたことが、嬉しかったのだ。
風が吹く。
月の輪郭が、淡く揺れる。
青年は、ゆっくり空へ手を伸ばした。
触れられるはずもない距離なのに、
その仕草はひどく優しかった。
「……もう、いいよ。」
掠れた声だった。
「長い間、ありがとう。」
その瞬間。
月の光が、ふわりと滲んだ。
まるで、
安心したみたいに。
それから。
白い光は、ゆっくり夜明けの空へ溶けていく。
今度は、
寂しさより先に、
“おつかれさま”という気持ちが浮かんだ。
私は静かに見送る。
孤独を照らし続けた月が、
ようやく眠りにつくみたいに、
空へ還っていく姿を。
「……さよなら。」
私は、小さく呟いた。
誰に向けた言葉なのか、
自分でもよくわからなかった。
夜を照らし続けた月へ。
この屋上へ。
それとも。
隣にいる、
この青年へ。
白かった光は、
もうほとんど朝の空へ溶けている。
風が吹く。
夜が終わろうとしていた。
もう、
この青年にも、
この月にも、
二度と会えないのかもしれない。
そう思うと、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
でも不思議と、
絶望みたいな寂しさではなかった。
私は知ってしまったから。
孤独は、
完全にはなくならないこと。
それでも。
誰かと夜を分け合えた記憶は、
ちゃんと人を生かすこと。
私はゆっくり空を見上げる。
朝は来る。
また仕事へ行って、
うまく笑えなくて、
人間関係に疲れて、
帰り道でひとりになる。
きっと、
日常は大きく変わらない。
私は相変わらず、
生きるのが少し下手なままだ。
でも。
「……なんとなく、」
私は小さく息を吐く。
朝の空気が、
静かに肺へ入ってくる。
「だいじょうぶ、な気がする。」
その言葉は、
誰かに言わされたものじゃなかった。
初めて、
自分の中から出てきた言葉だった。
青年は、何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑っている気配がした。
私は屋上の扉へ向かう。
そして最後に、
もう一度だけ振り返る。
東の空が白み始めた頃。
そこにはもう、
月はなかった。
でも。
ほんの少しだけ、
世界が呼吸しやすく見えた。
私は静かに扉を開ける。
新しい朝の中へ、
ゆっくり歩き出した。
数日後。
仕事帰りの電車は、相変わらず息苦しかった。
疲れた顔。
スマホを見つめる人たち。
誰とも目を合わせない車内。
私は吊り革を握りながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。
今日も、うまく話せなかった。
休憩中の雑談に入れなくて、
タイミングのズレた相槌ばかり打って、
帰るころには、もう電池が切れたみたいに疲れていた。
「なんでそんなに静かなんですか?」
悪気のない言葉に、
うまく笑えなかった自分を思い出す。
たぶん私は、
これからもこういう不器用な生き方をしていく。
急に明るくなれるわけじゃない。
器用に人と繋がれるわけでもない。
それでも。
前みたいに、
“誰にも見つけてもらえない”感じは、
少しだけ薄れていた。
ふと、隣の席を見る。
スーツ姿の男性が、
首を傾けたまま眠っている。
向かいでは、
学生服の女の子が、
ぼんやりスマホを見つめていた。
みんな何事もない顔をしている。
ちゃんと社会の中に馴染んで、
普通に生きているように見える。
でも本当は。
この中にも、
眠れない夜を抱えている人がいるのかもしれない。
誰にも“助けて”と言えないまま、
朝を怖がっている人がいるのかもしれない。
そう思うと、
世界は少しだけやわらかく見えた。
駅へ着く。
改札を抜けると、夜風が頬を撫でた。
私はなんとなく足を止める。
コンビニの灯り。
自転車を押して歩く人。
遠くの踏切の音。
変わらない街。
でも、
前より少しだけ、
呼吸がしやすい。
レジで会計を済ませる。
以前なら俯いたまま立ち去っていたのに、
気づけば私は、小さく「ありがとうございます」と言っていた。
店員は少し驚いた顔をして、
それから「ありがとうございました」と返してくれる。
たったそれだけだった。
でも、
その小さなやり取りが、
なぜだか少しあたたかかった。
スマホが震える。
画面を見る。
返せていなかった友人からのメッセージ。
『最近どう?』
前なら、
返す気力もなく閉じていたと思う。
私は少し迷ってから、
短く文字を打つ。
『相変わらずだよ。でも、少しだけ元気』
送信。
たったそれだけなのに、
胸の奥で何かが静かに動いた気がした。
風が吹く。
私はもう一度、空を見る。
あの屋上も、
青年も、
月も。
本当に存在していたのか、
もうわからない。
でも。
あの夜を知っている。
誰かと孤独を分け合った夜を、私は確かに知っている。
だからきっと。
これからまた、
消えたくなる夜が来ても。
私はもう、
完全にひとりではない。
月は静かに、
夜の街を照らしていた。
私は、少しだけ笑う。
生きるのは、やっぱり難しい。
明日になれば、
また疲れるし、
寂しくなるし、
うまく笑えない日も来る。
それでも。
あの夜、
「生きて」と言ってくれた声を、
私はもう知っている。
誰かの孤独を受け取ることは、
きっと簡単じゃない。
でも。
“ひとりじゃない”と伝えることは、
思っていたより、
ずっと人を生かすのかもしれない。
夜風が吹く。
少し欠けた月が、静かに空へ浮かんでいる。
完璧じゃない光。
でも、
だからこそ、
私にはあたたかく見えた。
私は、ゆっくり歩き出す。
まだ少しだけ、
この世界で生きてみようと思った。