
記者になれなかった私は、なぜか記者に囲まれて生きている。
私は昔、新聞記者になりたかった。理由や経緯は色々あったが、結局は漠然とかっこいいと思っていたからだ。実際、就職活動では新聞社を受験し、最終選考まで残ったりもした。
ただ、全部落ちた。だから、私は記者にはなれなかった。
そんな私は香川の小さな島で自営業を始めて6年になる。場所柄もあってか、手前味噌ながら割と多くの取材を受けてきた。
新聞3社、テレビ3社、雑誌2社。ラジオやウェブメディア等を入れるともう少しある。
不思議なもので私が営む民宿には、毎年に1人か2人くらいは現役記者または元記者という人たちが現れる。全国紙、通信社、地方紙。自分が憧れた世界をこうした人たちから少し教えてもらうのである。
これまた不思議なもので、可愛がっていた学生時代の後輩はなぜか二人も新聞記者になった。そのうち一人は「先輩が「お前、向いてんちゃう?」と言ったからっすよ」という理由で新聞社を受験し、そのまま記者になったらしい。勧めた奴は落ちて、勧められた奴が受かる。なんとも皮肉なものだ。
先日また同じような人が宿に来た。彼女も春からとある新聞社で新米記者として働くらしい。
後日いただいたお手紙には「記者になる前にお話しできたことは、とても大事なことだったと思っています」と書かれていた。
自分が逸した夢を手にした若者。そんな彼女に怨みつらみをぶつけ過ぎたと反省していた私は、もはや驚く他なかった。
ときおり、これらの現象は神の当てつけなのではと思うときがある。お前みたいなクソ生意気なバカには悔しさをずっと味わせてやろう。ありもしない嫌味が頭によぎる。
とはいえ、そんな私の被害妄想とは裏腹に、出会った記者たちはとても紳士的だ。そしていつもこう思う。
「あ、俺、そんなに他人に興味ねぇわ」
こんな奴が記者なんてなれるはずがない。たぶんそんなオーラが学生時代からにじみ出ていたのだと思う。
なお正確に言えば、本当に他人に興味がないのではない。実際、とっても興味がある。ただ、私はあくまで自分というフィルターを通した他人ひいては社会に興味があるだけなのだ。
一方で彼らは他人や社会を、自分以外の視点から見通そうとしているように思う。それが記者たちが記者たちたる所以、すなわち彼らのプロフェッショナルなのかもしれない。
過去に仕事で揉めたことがある。相手は皆、広告屋やマーケティング関係の人だった。つまり、私を通して何かを売ろうとするたちだった。自分がねじ曲げられていく。そんな感じがしたのだ。
その点、記者たちの多くはなるべくありのままの私を伝えんと腐心してくれていたように思う。
だからこそ、逆に、相手が事前に用意した筋書きに私を当て込もうする姿勢にも気づくようにもなった。昔ならそれに突っかかっていたが、今はそうした人たちにはあまり本音を話さない、最悪の場合にはNGを出すことで対処している。
そう、いつの日だったか新聞記者をやめたという40代の女性に出会った。
「他人のことを書くのに疲れたの。そろそろ自分の意見とかやりたいことを重視しようかなって」
そりゃ落ちるわ。改めて腹落ちした。