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「海坊主の正体」

     高校三年の夏休み、男女の友人で海に行った。
     現地の海は“湾”だった。波もなくつまらなかった。
     友人が「あっちへ行こう」と指を差した。道路を挟み、見えた白い浜辺。波の音がし、潮の香りがする。私は心が躍り、道路を渡った。
     看板には【遊泳禁止】と書いてある。
     それを無視して海へ駆け出した。遠浅だった。
    「これで禁止?」
     沖へと進み、ようやく身体が浮き始めた。

     友人が「時間だ、戻ろう」と言い、先に泳いで行った。
     少し経ち、私は浜辺に戻ろうと泳いだ。
     顔を上げる。「あれ?」戻れていない。浜辺が遠い。
     もう一度、顔を上げた。さっきより遠い。足が重く、引っ張られている感じだ。
    ──溺れた。
     体力は少し残した。泳ぐのは諦め、ただ海面に浮かんだ。遠くに船が見える。
     見上げる空は青いのに、海の色だけがどんよりとしたグレーに変わっていく。気づけば、私は黒い塊のような沖へと流されていた。ただ、生きるために足を蹴り続けた。
     脳裏に「母」の顔が浮かぶ。
     帰れないかも……
     あとは、あまり覚えていない。

    ──幻聴だろうか。
     突然、左の方から楽しげな笑い声が聞こえ、赤い色彩が目に飛び込んできた。女友達の二人だった。彼女たちは浮き輪に捕まり、遊んでいたのだ。
    (助かった)と同時に、その「笑い声」に向かって、懸命に泳いだ。
     わずかな体力をすべて使い切るように。
     浮き輪を掴んだ時、もう力は残っていなかった。
     砂浜に両足がめり込み、私はようやく“生還”した。
     男友達が「地元の人が、あんな遠くまで行って大丈夫かと心配してたぞ」と言った。
     私は「ああ」とだけ言い、よろよろと歩いた。
     よく人は「死ぬと思った」と笑い話にするが、本当に覚悟した人間は、そんなものを笑い話にしたくもない。
     帰宅後、私は丸一日起き上がれなかった。

    生きるためのエネルギーの消耗は、それほど凄まじかった。
    ⸻
     数十年後、ニュースで知った。
    「離岸流」
     沖へ引きずり込む、見えない潮の流れ。その時は、浜へ向かって泳いではいけない。横に泳げとアナウンサーは言った。

     私は、あの夏を思い出した。
     昔の人はあれを、「海坊主」と呼んだのかもしれない。見えないものに足を掴まれ、海の中へ連れ去られる。どれだけ泳いでも、辿り着けない……

     昔の人が海坊主を恐れた理由を、私は知っている。

     あれから海へ行く時、「浮き輪」だけは忘れない。
    (了)

     
     

    在文

     
     
    初めまして、読んでいただきありがとうございます。在文です。 営業18年、自営19年目。 仕事や人間関係の中で感じた 「ズレ」や「対比」を、 短い話で書いています。 気づいたことを、そのままに。 読んでもらえたら嬉しいです。

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