
「押すなよ!」の向こう側|田舎の片隅で⑭
中学1年生の6月下旬。
ジリジリと蒸し暑い陽射しが照りつける日のことだった。
誰かの「暑いね」という一言をきっかけに、僕たちは川へ遊びに行くことになった。
川に着くと岩陰に荷物を置き、水着に着替えた。
空は真っ青。
足を入れた瞬間、「冷たい!」と声を上げ、思わず笑ってしまった。
川の水は雪解けを含んでいて、驚くほど冷たかった。
僕たちはお菓子をつまみながら、流れる水の音と鳥のさえずりに耳を澄ませた。
お菓子を食べ終わり、川の流れをぼんやり眺めていたら、誰かが「向こう岸まで行ってみようぜ」と言い出した。
川の深さはせいぜい膝下くらい。
流れは穏やかだったけれど、石の表面には苔が生えていて、足元は滑りやすかった。
僕たちはおそるおそる歩き出した。
川の真ん中あたりに差しかかったときだった。
「押すなよ!」
友達の一人が叫んだ。
すぐに別の友達も笑いながら
「押すなよ!」
と続く。
お笑い番組でよく見るお約束のやり取りにみんなで乗っかった。
僕もつられて
「押すなよ!」
と声を出した瞬間だった。
背中にふっと力を感じた。
バスケ部のSがいたずらっぽい笑顔で、僕を軽く押したのだ。
バランスを崩した僕は足を滑らせ、
「ザブン!」
という音とともに川の中へ倒れ込んだ。
「殺す気かー!」
大声で叫んだ。
河原に声がこだまする。
Sがニヤニヤしながら手を叩き、みんなが腹を抱えて笑った。
僕は水に濡れたことよりも、笑いがとれたことが妙に嬉しかった。
あの頃は、とにかく“ウケる”ことが楽しかった。
誰かが笑えば、それで満たされた。
「押すなよ!」は、ただの冗談じゃない。
あれは、仲間の中にいることを確かめる、そんな合図だったのかもしれない。
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