メインコンテンツへスキップ
見出し画像

『午前3時の缶コーヒー』エピローグ

    エピローグ

    数か月後。

    夜勤明けの帰り道だった。

    真壁恒一は、いつものコンビニへ立ち寄った。

    工場帰りの作業着姿。

    眠気の残る身体。

    少し重たい足取り。

    何も変わらない朝だった。

    缶コーヒーを買い、車へ戻る。

    運転席に腰を下ろす。

    エンジンはまだかけない。

    静かな車内で、恒一はスマホを開いた。

    家計簿アプリ。

    以前なら見るたびに胃が痛くなった画面だった。

    借入残高が表示される。

    先月より少しだけ減っていた。

    本当に少しだけだった。

    劇的な変化ではない。

    人生が好転したわけでもない。

    誰かに自慢できるような数字でもない。

    それでも恒一は笑った。

    増やそうとして失敗した。

    取り返そうとして、さらに傷を広げた。

    だから今は違う。

    少しずつでいい。

    一歩ずつでいい。

    遠回りでもいい。

    止まらなければいい。

    恒一はスマホを閉じた。

    缶コーヒーを開ける。

    プシュッという音が響く。

    湯気が立ち上る。

    ひと口飲む。

    温かかった。

    フロントガラスの向こうでは、朝日が昇っている。

    夜勤明けの朝日だった。

    二十代の頃も見た。

    結婚した頃も見た。

    子どもが生まれた頃も見た。

    失敗したあとも見た。

    そして今も見ている。

    景色は変わっていない。

    変わったのは、自分の方だった。

    人生は続く。

    派手な逆転はない。

    奇跡も起きない。

    借金も残っている。

    住宅ローンもある。

    老後の不安も消えない。

    それでも人は生きていく。

    失敗したあとでも。

    遠回りしたあとでも。

    歩くことをやめなければ、生きていける。

    恒一はエンジンをかけた。

    朝日がバックミラーに映る。

    その光は、少しだけ前を向いているように見えた。

    「帰るか」

    誰に聞かせるでもなく呟く。

    車がゆっくり走り出す。

    バックミラーの向こうで、朝日が小さくなっていく。

    問題は何も終わっていない。

    返済は続く。

    将来への不安も消えていない。

    それでも。

    朝日は変わらず昇る。

    そして今日もまた、朝は来る。


     
     
    40代の三交替勤務の会社員。 最近、将来の人生が不安です。 仕事に家庭…考えれば考えるほど、答えは出ない。 年金にも興味が出てきた今日この頃です。 歴史物も興味があります。 こんな自分ではありますが、よろしくお願いします。

    あなたへのおすすめ