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人に頼るのが苦手な夜に|受け取ることが、怖かった理由

こんにちは、ゆきのです。


電車に乗り込んで、優先座席の前に立ち止まったことがあります。

目の前に座っていた人が、荷物を持ち直しながらこちらに目を向けました。
席を譲ろうとしてくれていた。

私は別に、ケガをしているわけでも、
つらそうにしていたわけでもありませんでした。

それでも、その人は立ち上がろうとしていた。


そうわかった瞬間、私はもう「大丈夫です」と言って、ドアの方へ移動しました。
目の前でドアが閉まる音が聞こえました。

電車が動き出してから、手のひらに感触が残っていました。
手すりをつかんでいたときの、あの冷たさが。

受け取ろうとした瞬間に、断っていた。
そのことが、次の駅に着いてからも、どこかについてきました。


これが一度だけではないことを、私は知っていました。

誰かが食事をおごろうとするとき、先に財布を出していました。

誰かが荷物を持とうとするとき、「大丈夫です」と言っていました。

誰かが「手伝うよ」と言うとき、「もう終わるので」と答えていました。

受け取りそうになるたびに、何かが先に動いていました。

考えてそうしたのではありませんでした。
気づいたときには、もう「大丈夫です」と言っていた。


渡す側にいることに、気づかないうちに慣れていました。
渡すことが、自分のいる場所になっていました。
 


なぜ断ってしまうのか、長い間わかりませんでした。

あるとき、受け取ろうとした瞬間の自分の身体を、
はじめてゆっくり観察しました。


手すりを持ち直す手。
「大丈夫です」が出てくる前の、喉の奥の何か。

怖さを感じるより速く、身体はもう動いていました。

渡し続けることは、受け取ることを、後回しにし続ける方法だったのかもしれません。
手すりを持ち直す手が、そのことを先に知っていた。


受け取ることの、どこが怖かったのか。

正確には、今もわかりません。
ただ、いくつかの感触があります。

受け取ってしまったら、返さなければいけない。

返せなかったとき、関係に傷がつく。

傷つけたくないから、最初から受け取らない方がいい。


あるいは、受け取ってしまったら、その人のことが大切になりすぎる。
大切になると、失ったときが怖い。
だから、最初から深く受け取らない。


どれも、「受け取った後に起きること」への怖さでした。

手すりをつかんだまま立っていれば、
その後に続く時間が来ない。
隣の席の温度を、受け取らなくて済む。
 


面談で、似た話を聴いたことがあります。


「誰かに何かをしてもらうと、重くなるんです。
受け取ったあとから、どう返せばいいかばかり考えてしまって」
 


その人は話しながら、膝の上で指先を少し動かしていました。


「渡す方が、楽なんです」

その言葉を聴いたとき、あの電車の手すりの冷たさが、
少し戻ってきた気がしました。


もう少し話を聴いていると、こんな言葉が出てきました。

「返せないまま終わったことが、何度かあって。
それからかもしれません、受け取るのが怖くなったのは」


返せなかった経験が、受け取ることへの怖さになっていた。
その順番が、腑に落ちました。


その夜、私の手のひらが、少し冷えた気がしました。
私にも、似た記憶があったからです。

かつて、長くそばにいてくれた人がいました。
その人が困っていたとき、私は動けませんでした。

渡し方がわからなかった。それだけのことだったのに、
関係は少しずつ遠くなっていきました。

その後から、気づかないうちに渡す側にいることが増えた気がします。
身体は、そちらへ動くことを覚えていた。

「大丈夫です」と先に言うのは、臆病さではなかった。

また失わないように、守ろうとしていた、ということでした。
 


もうひとつ、あの電車の場面で気づいたことがありました。

「大丈夫です」と言ったとき、席を譲ろうとしていた相手のことを、
考えていませんでした。

あの人は席を譲ろうとしていた。
荷物を持ち直して、こちらに目を向けた。
その行為は、完結していませんでした。


私が「大丈夫です」と言った瞬間、
あの人の「譲りたい」という気持ちは、宙に浮いたまま、ドアが閉まりました。


受け取ることは、相手の「渡せた」を、
完成させることでもあった。

断るたびに、私は相手の行為を宙に浮かせてきたのかもしれません。

その気づきは、責めのために来たのではありませんでした。
ただ、手すりをつかんでいた手が、少しだけゆるんだ気がしました。


受け取ることが怖いまま、断り続けてもいいのだと思っています。

ただ、「大丈夫です」と言ってしまった夜に、
少しだけ確かめてみてもいいことがあります。


手のひらに、何かが残っていますか。

手すりの冷たさでも、
「大丈夫です」が出てきた喉の奥の何かでも。

残っていたとしたら、それはあなたが何かを守ろうとした夜のしるしです。

責めなくていい。

ただ、今夜は「断ってしまった」と、
自分だけが知っていればいい。


また電車に乗ることがあります。

優先座席の前に立ち止まることがあるかもしれない。
目の前の人が、荷物を持ち直してこちらに目を向けるかもしれない。

そのとき、また「大丈夫です」と言うかもしれません。

でもそのとき、手すりの冷たさを、
今度は少しだけ長く感じていてもいい。

受け取ろうとした瞬間の、あの一秒を。


「大丈夫です」と言った後、
まだ温かかったかもしれない座席の温度のことを。

それだけ知っていれば、今夜はもう十分な気がします。


咲かなくても、あなたは美しい。


ゆきの
 

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