理不尽に苛立ちが止まらない|見ていたのは、過去の自分だったのかもしれない
残暑の昼下がり、訪問先をまわっていました。
バスの冷房はいつも強くて、外に出ると、その冷たさがすぐに溶けていきます。
だから訪問のときは、薄いカーディガンを一枚、羽織ったり脱いだりしながら過ごしています。
その日の利用者さんは、いつも落ち着いて話す方でした。
ただ、ひとつだけ、文末の上がり方が違いました。
「もう、いいですから」
その言い方に、説明のつかない硬さが、胸の奥に一瞬だけ走りました。
理不尽な内容だったわけではありません。
それでも、何かが強く反応していました。
表には出さずに、いつもどおり相づちを打って、訪問を終えました。
帰り道、暑さに耐えられなくなって、カーディガンを脱ごうとしました。
袖から手首を抜くとき、指先が、内側の袖口に触れていました。
気づいたら、そこに触れていた、という順番でした。
ひやりとした生地の下に、もう一枚、何かが残っている気がしました。
脱いだつもりで、まだ着ていたのです。

そのとき、ずいぶん前の夜のことを思い出しました。
あの夜も、誰かが同じように文末だけを鋭く上げて、「もう、いいから」と言いました。
私は、何も言えずに、ただ立っていました。
あの涙は、最後まで乾かないまま、どこかに残ったのだと思います。
苛立っていたのは、目の前の利用者さんに対してではありませんでした。
あの上がり方を聞いた瞬間、まだ乾いていなかった、あの夜の涙が動いたのです。
理不尽だと感じた瞬間、見ていたのは、今日の出来事ではありませんでした。
ずっと前に、泣き終えられなかった自分でした。
そう思うと、これまでの仕事の中で見てきた人たちのことも、少し違って見えてきます。
理不尽な出来事そのものより、ある言い方や声の高さに、急に強く反応してしまう人がいます。
本人も、なぜそこまで反応したのか、説明できないことが多いのです。
あの人たちの中にも、まだ乾いていない場所が、どこかにあったのかもしれません。
苛立ちは、器の狭さの証拠ではなかったのだと、今は思います。
まだ乾いていない場所が、もう一枚、奥に残っていた。
それだけのことでした。
カーディガンを、もう一度羽織り直しました。
手首のあたりに、薄い生地がもう一度触れました。
今日はまだ、脱がなくていい。
咲かなくても、あなたは美しい。
ゆきの

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