断れない性格は欠点じゃない|空になっても、まだ締めていた
「私がいないと、たぶん誰かが困るので」
休憩室で、その人はそう言って、笑いました。
急な欠員が出て、誰かがもう一枠、シフトに入らなければならなくなった日でした。
声をかけられるより先に、その人はもう「私、入りますよ」と言っていました。
その日はただの水曜日で、特別なことは何も起きていませんでした。
コーヒーを飲みながら、少し首をかしげて。
困った顔ひとつ見せずに。
顎のあたりに、ほんの一瞬だけ、力が入るのが見えました。
言葉より先に、そこが動いていた。
でも次の瞬間には、いつもの笑顔に戻っていて、見間違いだったのかもしれないと思いました。
その人のことを、みんな「頼りになる人」と呼びます。
不満そうな顔を、見たことがありません。
むしろ、周りが不満を言うときほど、その人だけが落ち着いていました。
怒りが顔に出る前に、もう別の表情へ変わっている。
そういう人を、これまで何人も見てきました。
正直に言うと、私にも覚えがあります。
頼まれごとを断ることに、うまく慣れませんでした。
引き受け続けるほど、引き受けられる人だと思われていく。
その輪の中にいると、怒る隙間が、少しずつ狭くなっていくのかもしれません。
気づいたときにはもう、その狭さにさえ、気づけなくなっていました。

家に帰って、水筒を洗っていました。
台所の電気だけをつけて、他に音のない時間でした。
ロック部分を押し込む。
指の腹に、小さく硬い手ごたえが返ってきます。
もう何百回とやってきた動作です。
考えなくても、指が勝手に動きます。
水を入れて、蓋をして、ロックを押す。
それで、鞄の中でどれだけ揺れても、こぼれません。
その夜、水筒はもう空でした。
洗って、乾かすだけで、次に使うまで何も入っていません。
こぼれるものは、もう何もない。
なのに、指はいつもと同じように、ロックを押し込んでいました。
空の水筒を、留める必要はなかったはずです。
でも、指はそうしていた。
留めていたのは、こぼれそうな中身だけではなかったのかもしれない。
顎に力が入るのも、たぶん同じことなのだと思います。
怒りがこぼれそうになる前に、留める。
でもそれは、相手を困らせたくないから、だけではなかった気がします。
もし怒りがこぼれたら、「頼りになる人」という形が、そこで崩れてしまう。
崩れたあとに、自分がどこに立っていられるのか、わからなくなる。
役割の前の自分を、思い出そうとしても、うまく像が結ばれないことがあります。
好きだったこと。
苦手だったこと。
怒っていた理由。
輪郭がぼやけたまま、そこだけ靄がかかっているようでした。

役割を守っていたのだと、ずっと思っていました。
でも指が守っていたのは、役割ではなく、留めるという、その手つきのほうでした。
あの人の顎を見た夜から、少しだけ変わったことがあります。
誰かが「大丈夫です」と即答するのを見たとき、その速さの奥に、何を留めているのかを、少しだけ想像するようになりました。
自分の顎に、同じ力が入っていることに気づく夜もあります。
そういうとき、指を二本、顎の下にそっと当ててみます。
力が抜けるとは限りません。
でも、そこに力があることだけは、確かめられます。
水筒のロックを、もう一度開けてみたことがあります。
今度は、指を離す前に少しだけ、そこで止まっていました。
中には、何もありませんでした。
でも、開けようとした指先に、まだ力が入っていたことに、そのとき初めて気づきました。
守るものが何もなくても、指はまだ、守り方だけを覚えていました。
その覚え方を、責めなくていい。
ただ、今はもう、そこまで固く留めなくてもいいのかもしれません。
水筒を、棚に戻しました。
次に使うときも、きっと同じようにロックを押すのだと思います。
役割を降りても、まだそこにいられるのか。
その答えを、今夜すぐに出さなくていい。
ただ、もし顎のあたりに力が入っていることに気づいたなら。
そこに留めているのは、相手のためだけの熱ではないかもしれません。
咲かなくても、あなたは美しい。
ゆきの

