気づかれない努力は無駄じゃない|気づかれなくても、なかったことにはならない
夕方、物干しから洗濯物を取り込んでいると、あたりがやけに静かでした。
蝉の声が、聞こえません。
つい先週まで、うるさいくらいに鳴いていたはずなのに。
いつから静かになっていたのか、思い出せませんでした。
最後の一匹がいつ鳴きやんだのか、誰も見ていません。
蝉は、最後の日を知らせてくれません。
昨日まで鳴いていたのに、今日から鳴かない、という区切りの日は、どこにもありませんでした。
少しずつ数が減って、少しずつ声が薄くなって、ある日気づけば、もう聞こえなくなっている。
それだけのことでした。
背中のあたりには、まだ夏の湿気が残っているのに、耳に届く音は、もう夏のものではありませんでした。
季節の終わりは、いつも静かに、後ろのほうからやってきます。

自分の中の何かも、同じように終わっていくことがあります。
あんなに苦しかった気持ちが、いつの間にか、以前ほど重くなくなっている。
でも、いつ軽くなったのか、はっきりとは思い出せません。
「もう大丈夫になった日」という区切りは、心の中にも、どこにもありませんでした。
蝉の最後の一声に、誰も気づけなかったように。
自分の変化にも、はっきりした最後の日はなかったのかもしれません。
それでも、鳴いていた夏は、確かにありました。
気づかれなかったからといって、なかったことにはなりません。
洗濯物を抱えたまま、しばらくそこに立っていました。
もう蝉の声はしません。
かわりに、虫の音が、少しだけ聞こえていました。
ゆきの

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