メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「フロントから、感謝を込めて。」54歳ホテルフロント、笑顔と挑戦の記録

    なぜ45歳でホテルに転職したか

    前職は個人病院で看護助手と医療事務のパートをしていたが、社員と折り合いが悪くなり退職した。

    その後、「人生の社会見学」のつもりでさまざまな仕事を経験した。

    飲料工場でジュースの箱詰め、コンビニのおにぎりやサラダ工場、パン工場の短期アルバイトなどで働いたが、単純作業を続ける働き方は自分には向いていないと感じた。

    その後は電力会社のコールセンターで一年勤務した。
    電話越しのお客様対応は想像以上に気を遣い、感謝されることもあったが、お互い顔が見えない分厳しい言葉を受けることも多く、次第に心身ともに疲れていった。

    そんな頃、知り合いからビジネスホテルのフロントスタッフを紹介された。

    ホテル業界は未経験で、45歳からの転職に不安もあった。

    それでも、人と直接関わる仕事がしたいという気持ちが強かった。

    工場勤務やコールセンターを経験し、自分は人と接する仕事にやりがいを感じるタイプだと気づいたからだ。

    ホテルのフロントは、チェックインやチェックアウトだけでなく、観光案内や忘れ物対応、備品管理や清掃、もちろんトラブル対応も行う。

    決して楽な仕事ではないが、お客様の表情を見ながら接客できることに魅力を感じた。

    実際に働き始めると、毎日が新しい発見の連続だった。

    国内外から多くのお客様が訪れ、文化や価値観の違いに驚くこともある。

    大変なことも多いが、その分やりがいも大きい。

    45歳での転職は決して遅くなかった。

    むしろ遠回りをしたからこそ、自分に合う仕事に出会えたのだと思っている。

    忘れ物で大騒ぎ

    ある日のこと。
    外国人のお客様がチェックアウトされた後、清掃スタッフから一本の連絡が入った。
    「フロントさん!ちょっと来てください!」
    ただならぬ声に、何事かと客室へ向かう。
    するとスタッフが手にしていたのは、一枚のイベントチケットだった。

    しかも開催日は当日。
    「えっ、今日のチケット!?」
    その場にいた全員が一気にざわついた。
    財布ならまだしも、スマホならまだしも。
    今日しか使えないイベントチケットである。
    これは何とかしてお客様に届けなければ。
    そこからホテル中を巻き込んだ大捜索が始まった。
    まず予約サイト経由で連絡。
    返信を待つ。
    待つ。
    待つ。
    来ない。
    次にイベント会場へ電話。
    「もしもし、そちらのイベントのチケットをお客様がお忘れでして…」
    事情を説明すると、担当の方も親切に対応してくださった。
    しかし個人情報の壁は高い。
    当然ながら、お客様の情報は分からない。
    こちらもお客様の行き先は分からない。
    みんなで知恵を絞る。

    「もう会場に向かってるかも」
    「気付いてないかも」「今頃ポケット探してるかも」
    想像だけがどんどん膨らむ。
    その間にも時間は過ぎていく。
    まるで映画の主人公を助けるために奔走する脇役たちである。

    しかし現実は映画ほど都合よくいかない。

    結局、お客様と連絡を取ることはできず、チケットをお渡しすることもできなかった。

    作戦終了。

    フロントも清掃スタッフも、みんなで肩を落とした。
    「楽しみにしてただろうなぁ…」
    「かわいそうだったね…」
    誰かがぽつりと言った。
    忘れ物はよくある。
    充電器もある。
    傘もある。
    時にはぬいぐるみもある。
    でも、当日のイベントチケットはなかなかない。

    あの日はホテル中が妙な一体感に包まれていた。
    そして今でも思う。
    あのお客様、無事にイベントへ行けただろうか。
    もし行けていたなら、それが一番うれしい。
    でももし行けなかったなら…。
    本当にごめんなさい。
    あの日の私たちは、できる限りのことはしたのです。

    忘れ物大騒ぎ


    ある日の午後。

    外国人のお客様が慌てた様子でフロントへやって来た。
    「パスポートがない!」
    そう言ってスマートフォンの翻訳機を見せてくる。
    海外旅行中にパスポートをなくす。
    考えただけでも冷や汗が出る大事件だ。
    私も思わず背筋が伸びた。
    まずは落ち着いてお話を伺う。
    翻訳機を使いながら確認すると、パスポートは猫ちゃん柄のパスポートケースに入っているらしい。
    猫ちゃんのケース。
    少しだけ和みつつも、事態は深刻だ。
    客室を確認。
    フロント周辺も確認。
    心当たりのありそうな場所も確認。
    しかし見つからない。
    お客様の表情もどんどん不安そうになっていく。
    そこで翻訳機を使って質問した。
    「最後にパスポートを使ったのはどこですか?」
    しばらく考えたお客様から返ってきた答えは、
    「横浜駅のデパート」
    だった。
    もしかしたら。
    私はすぐにデパートの遺失物センターへ電話をかけた。
    事情を説明すると、担当の方が確認してくださる。
    待つ時間がやけに長く感じる。
    数分後。
    「猫のパスポートケースに入ったパスポート、お預かりしています。」
    その言葉を聞いた瞬間、
    「ありました!」
    と、思わず声が大きくなった。
    お客様に伝えると、最初は信じられない様子だったが、意味が伝わると満面の笑顔になった。
    何度も何度も
    「ありがとう!」
    と言ってくださった。
    私も心の底からほっとした。
    ホテルの仕事をしていると、忘れ物の問い合わせは少なくない。
    けれど、パスポートは特別だ。
    その一冊には、その人の旅そのものが詰まっている。
    あの日、猫ちゃんのパスポートケースは無事に持ち主の元へ帰ることができた。
    そして私もまた、お客様の笑顔に救われた一日だった。

    毛染めはしないで!
    客室のバスルームには、小さなお願いのシールが貼ってある。
    「浴室での毛染めはご遠慮ください。」
    それでも、残念ながら時々そのお願いは守られない。
    チェックアウト後、清掃スタッフから連絡が入る。
    「毛染めされていました……。」
    その一言で状況がわかる。
    浴槽には黒や茶色の染料がこびりつき、壁や洗面台まで色が付いていることもある。
    一番困るのはシャワーカーテンだ。
    染料が付いてしまうと、通常の洗濯では落ちない。
    時間をかけてつけ置き洗いをしても落ちなければ、廃棄するしかない。
    シャワーカーテンは決して安いものではない。
    「また交換か……。」
    そう思うたびに、清掃スタッフもフロントスタッフも肩を落とす。
    もちろん、お客様に悪気はないのかもしれない。
    「少しくらいなら大丈夫。」
    そう思ってしまう気持ちも理解できなくはない。
    でも、その「少しくらい」が次に宿泊するお客様へ影響してしまう。
    ホテルは、多くのお客様が気持ちよく過ごすための場所だ。
    だからこそ、一つだけお願いしたい。
    どうか客室のバスルームで毛染めをしないでほしい。
    私たちは毎日、次に宿泊されるお客様のために心を込めて部屋を整えている。
    その思いを、ほんの少しだけ想像していただけたらうれしい。
    たった一人の心遣いが、次のお客様の快適な滞在につながっていくのだから。

    接客コンテストに参加を決めた理由

    「接客コンテストに出てみませんか?」
    社員からそう言われたとき、私は即答しなかった。
    なぜなら、そういうのは若者が参加するものと思っていたからだ。
    50代、身体的にいつまで働けるかわからないし、副業を探す毎日。
    そんな時に飛び込んできたのが、年に一度の社内接客コンテストの話だった。
    正直に言おう。
    最初は乗り気ではなかった。
    でも、まったく興味がなかったわけでもない。
    ホテルのフロントで働いて7年。
    「今の自分の接客はどこまで通用するんだろう?」
    そんな気持ちが、ほんの少しだけ心の中にあった。
    そして、もう一つ。
    いや、もしかしたらこちらの方が大きな理由かもしれない。
    優秀な成績を取ると宿泊券がもらえるらしい。
    宿泊券。
    なんて魅力的な響きだろう。
    旅行好きの私の心は、その言葉に見事に反応した。
    向上心か。
    挑戦心か。
    それとも宿泊券か。
    今となっては、自分でもよく分からない。
    ただ一つ言えるのは、私は参加を決めた。
    54歳。
    まさかこの年齢で、接客コンテストに挑戦することになるとは思ってもいなかった。
    けれど、新しい挑戦はいつだって少し面白い。
    こうして私の接客コンテスト挑戦が始まったのである。
    予選は各地方エリアから1名のみ本選出場できる。神奈川県エリアで5名が名乗り出た。他の4名は20代の若者だった。動画撮影をし、それを違うエリアの人が審査するらしい。
    お題は英会話でチェックアウトの対応、日本語でチェックインの対応だ。
    対応のやりとりの台本は自分で用意する。
    英会話の台本は同僚の英会話に堪能な後輩が用意してくれた。
    動画撮影当日、普段通りのことをすれば良いのに、緊張で手が震えてしまった。
    自分の強みは笑顔の接客だけだったのだが、撮影終了後他の参加者の皆さんの動画を少し見せてもらったが、もちろんみんなとびっきりの笑顔で接客をしていた。
    だめだこりゃ。あはは。
    でもこの緊張感はとても良い経験になったと思う。

    海外サイトから予約の落とし穴

    ある日、予約サイトから一本の通知が届いた。

    「予約キャンセル」
    よくあることだ。
    特に気にも留めず内容を確認しようとした。
    ところが、お客様の名前を見た瞬間、私は固まった。
    「あれ?」
    このお客様、今うちのホテルに泊まっている。
    間違いない。
    すでにチェックインして滞在中のお客様だ。
    なぜ予約がキャンセルになるのだろう。
    慌ててホテル側の管理画面を確認する。
    すると、そこでも予約はきれいさっぱりキャンセル扱いになっていた。
    頭の中に大きな「?」が浮かぶ。
    まさかお客様がご自身でキャンセルしたのだろうか。
    私はお客様に連絡を取った。
    「予約をキャンセルされましたか?」
    返ってきた答えは、
    「していません。」
    やはりそうだ。
    ますます分からない。

    そこでホテルから予約サイトへ問い合わせをした。

    すると意外な事実が判明した。

    お客様はチェックイン前に宿泊日数を一日延長していた。

    その追加料金を登録済みのクレジットカードで決済しようとしたが、何らかの理由で引き落としができなかったらしい。
    その結果。
    追加料金だけではなく、予約全体がキャンセル扱いになってしまったというのだ。
    しかも予約サイト側は、お客様へメールで通知済みとのこと。

    私は思わず声を上げそうになった。

    「えっ!宿泊中なのに予約がキャンセルになるの!?」

    ホテルで働いていても、なかなか遭遇しないケースだった。

    もし通知に気付かなかったらどうなっていただろう。

    管理画面上では予約が存在しない。
    お客様は普通に宿泊している。
    下手をすれば無断宿泊のような状態になっていたかもしれない。
    考えただけで冷や汗が出る。
    幸い事情はすぐに判明した。
    お客様へ状況をご説明し、ホテルで改めて宿泊代を精算していただいた。
    それで一件落着。
    お客様も納得してくださり、大きなトラブルにはならなかった。
    それにしても驚いた。
    ホテルの仕事では毎日のように予想外の出来事が起きる。
    忘れ物、道案内、海外からのお問い合わせ。
    いろいろ経験してきたつもりだった。
    それでも、
    「宿泊中のお客様の予約が突然消える」
    という出来事は初めてだった。
    あの日は心の中で何度もつぶやいた。
    「気づいて本当に良かった……。」
    海外予約サイトを利用する方は、予約変更後のメールを必ず確認してくださいね。

    一通の手紙がくれた勇気

    ホテルのフロントで働いていると、たくさんのお客様と出会う。
    その中には、一年に何度も泊まりに来てくださるお客様もいる。
    ある海外のお客様は、毎年二回、日本へ来るたびに私たちのホテルをご利用くださる。
    いつも笑顔で声をかけてくださる、とても温かいお客様だ。
    そんなある日、そのお客様から一通の手紙をいただいた。
    そこには、こんな言葉が書かれていた。
    「あなたがフロントにいると、とてもうれしいです。」
    その一文を読んだ瞬間、胸が熱くなった。
    私は特別なことをしているつもりはない。
    いつも通り笑顔でお迎えし、困っていることがあればお手伝いをし、「またお越しください」とお見送りをしていただけだった。
    それでも、その積み重ねをお客様は見ていてくださった。
    接客の仕事は、忙しい日もある。
    思うようにいかず落ち込む日もある。
    「もっと良い対応ができたのではないか」と反省する日も少なくない。
    そんな時、この手紙は私に自信をくれた。
    そして、「もっと接客を磨いてみたい」という気持ちも芽生えた。
    実は、この出来事は接客コンテストへの参加を決めるきっかけの一つでもある。
    自分の接客は、お客様にどう伝わっているのだろう。
    もっと成長できるのではないか。
    そんな思いが、挑戦への一歩を後押ししてくれた。
    今でもその手紙は、大切にしまってある。
    落ち込んだ時や自信をなくした時に読み返す、私にとってのお守りだ。
    ホテルの仕事は、決して一人ではできない。
    それでも、一人のお客様からいただいた「あなたがいてうれしい」という言葉は、これからも私の接客を支えてくれる宝物である。

    この仕事を続けられる理由

    ホテルのフロントは、華やかに見える仕事かもしれない。

    でも実際は、毎日何かしらのハプニングが起きる。

    忘れ物、道案内、急なトラブル、海外からのお客様への対応。

    一人ひとり違う事情を抱えたお客様をお迎えするため、同じ一日は一度もない。

    それがこの仕事の大変さであり、面白さでもある。

    転職したばかりの頃は、先輩たちの仕事ぶりに圧倒された。

    チェックインをしながら電話に出る。

    外線の問い合わせに答えながら、宿泊中のお客様からの内線にも対応する。
    メールを確認し、清掃スタッフと連携し、次のお客様をお迎えする準備も進める。
    すべてが同時に動いている。

    「これは私には無理かもしれない。」

    何度そう思ったかわからない。

    それでも、今日まで続けてこられた。

    その理由は、お客様だけではない。

    一番大きいのは、一緒に働く仲間の存在だ。
    忙しい時は自然と助け合い、
    分からないことは教え合い、
    失敗すれば励まし合う。
    仕事が終われば、その日あった出来事を笑いながら話し、ときには愚痴もこぼす。

    そして最後には、みんなで笑って帰る。

    そんな職場だからこそ、大変な日があっても「また頑張ろう」と思える。

    もちろん、お客様からいただく
    「快適でした。」
    「ありがとう。」

    その一言は、何よりのご褒美だ。

    でも、その言葉をお客様からいただけるのは、私一人の力ではない。

    フロントスタッフ、清掃スタッフ、メンテナンススタッフ、朝食スタッフ…。

    たくさんの仲間がいるからこそ、お客様に快適な時間を過ごしていただける。

    だから私は、この仕事を続けられている。

    そして何より、一緒に働く同僚のみんなに心から感謝している。

    この仲間たちと出会えたことが、私にとって一番の財産なのかもしれない。

    私の支えになっている言葉

    20歳の頃、友達が私にこんな言葉をかけてくれた。
    「謙虚な心を失わず、感謝の気持ちを忘れずに。」
    当時は、その言葉の重みを深く理解していたわけではない。
    でも、年齢を重ね、さまざまな仕事や多くの人との出会いを経験する中で、この言葉の意味を何度も実感するようになった。

    ホテルのフロントでは、毎日たくさんのお客様と出会う。

    嬉しいこともあれば、大変なことや思いどおりにいかないこともある。
    そんな時こそ、この言葉を思い出す。
    どんな時でも謙虚でいること。
    支えてくれる人への感謝を忘れないこと。
    その気持ちが、自分自身を前向きにしてくれている。

    今の私が仕事を続けられているのも、お客様、職場の仲間、家族、そしてこれまで出会った多くの人たちのおかげだ。

    これからも、この言葉を胸に、一日一日を大切に積み重ねていきたいと思う。

    「謙虚な心を失わず、感謝の気持ちを忘れずに。」

    私にとって、この言葉はこれからも人生の道しるべだ。

     
     

    mi〜yan

     
     
    旅行とパン作りが好きな50代主婦です。まだまだいろんなことをたくさんして人生を楽しみたい!!

    あなたへのおすすめ