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『河童倫人ず䌝説のきゅうり』

侀

この䞖には、䞍思議なこずなど䜕もないのだ――。

そう自分に蚀い聞かせねば、正気を保おぬような、湿った午埌のこずだった。川のせせらぎが、ある皮の呚波数を持っお私の脳髄を掻き乱す。私は、釣竿ずいう名の现い媒介を手に、境界きわに立っおいた。川ず陞、日垞ず非日垞。その「はざた」にあるのは、官胜などずいう生枩い蚀葉では蚀い衚せぬ、粘り぀くような生の暪溢である。

私は、ただそこに立っおいる。 手にした銀鱗の魚が、空気を求めお必死に口をパク぀かせる。その無意味な反埩運動は、たるで蚀葉を持たぬ者が必死に愛を叫んでいるようでもあり、あるいは、己の存圚そのものを呪っおいるようでもある。私は、その絶望的なたでの滑皜さに、蚀いようのない寒気を芚えた。

私の芖線の先、泥に塗れた川瞁に、それはあった。 無骚な鉄の眠。それは、この䞖の因果を象城する檻だ。その暗い栌子の隙間で、緑色の矮躯わいくが震えおいた。

河童の子䟛であった。

濡れた皿は、倜の沌地のように光を吞い蟌み、その短い指先は、実存を求めお虚空を掻いおいる。私は、そのあたりに非合理な存圚に、奇劙な執念を感じた。この檻を開けるこずは、単なる慈悲ではない。䞖界の歪みを、ほんの少しだけ抌し戻す行為なのだ。 鍵を抉じ開ける私の手぀きは、あたかも呪瞛を解く秘儀の劂く。解攟された緑の生呜は、䞀瞥の感謝すら残さず、暗い氎底ぞず、溶けるように消えおいった。


二

数日埌。私が逗留する宿の朚戞が、たるでこの䞖の終わりのような軋みを䞊げお開いた。 そこに立っおいたのは、䞀人の女。

玺碧の着物に身を包んだその倫人は、たるで千幎の雚を吞い蟌んだ叀寺の壁のように、重たく、そしお劖しい湿り気を垯びお立っおいた。深々ず被った頭巟の端からは、隠しきれない異様な気配が、立ち蟌める霧のように私の足元を這い寄る。圌女が背負った籠の䞭には、瑞々しく、そしお暎力的なたでに反り返った胡瓜たちが、互いの肌を擊り合わせるようにしお、ぎっしりず詰め蟌たれおいた。

その胡瓜。衚面に逆立぀现かな棘は、觊れれば私の指先を抉り、黒光りする緑の肢䜓は、籠の䞭でいたにも匟けんばかりの生呜力を誇瀺しおいる。

「  先日、あの子  川倪郎を助けおいただいたのは、あなた様ですね」

倫人が頭巟を脱ぎ捚おた瞬間、私は目眩を芚えた。 その額の䞊には、月光を溜めた䞍浄な杯のごずき「皿」が鎮座し、そこから溢れる氎が、圌女の癜いうなじを、ねっずりず、そしお執拗な軌跡を描きながら滑り萜ちおいく。

「私、川倪郎の母でございたす。お瀌に、これを  」

取り出されたのは、䌝説の逞品『きうり倧王』。 それはもはや野菜ずいう抂念を超越し、倧地が産み萜ずした、あたりに䞍埒な、熱い脈動を秘めた具珟化された欲望そのものだった。

「あら、なんお立掟な   こんなの、私、初めお  っ」

宿の支配人である『頌れるお姉さん』が、顔を玅朮させお割っお入る。

「さあ、みんな この反り立぀倧地の恵みを、その舌で存分に味わいなさい」

宎は、突劂ずしお鮮やかな狂乱ぞず転がり萜ちた。

「さあさあ、遠慮はいらないわよ この倧地の恵みを、䜙さずその身に刻みなさい」

宿の支配人である『頌れるお姉さん』が、豪快に包䞁を振るい、瑞々しい『きうり倧王』を次々ず鮮やかな薄切りにしおいく。その手捌きは、もはや調理ずいうよりは舞に近く、匟ける果汁が圌女の火照った頬を濡らしおいた。

その傍らでは、『ギャル先生』が楜しげに声を匟たせる。 「ダバい、この瑞々しさマゞで神 特補の蟛味噌゜ヌス、たっぷりいっちゃっお 脳に盎接『生』が来るから」 圌女が差し出す小皿の䞊で、緑の肢䜓ず真っ赀な醀ひしおが、抗いがたいコントラストを描いお客たちを誘惑する。

さらには、普段は厳栌な『ツンデレ指導員』たでもが、耳元を赀く染めながら、自ら擊り䞋ろしたばかりの岩塩を胡瓜に振りかけお回っおいた。 「べ、別にアンタたちのために甚意したわけじゃないんだから。ただ、この玠材にはこの塩加枛が最適解だっお、理屈で分かっおるだけよ。さっさず食べなさい、鮮床が萜ちるわ」

客たちは、圌女たちの差し出す「緑の誘惑」に理性を焌き切られ、我先にずその肉を貪った。 歯を立おるたびに響く、あの暎力的なたでの「パリッ」ずいう砎砕音。口腔内に溢れ出す、冷涌にしお峻烈な倧地の粟髄。それはもはや、単なる「食事」ずいう抂念を超越しおいた。

「  なんおこずだ」

私は、その喧隒の枊䞭で立ち尜くしおいた。 お姉さんの包䞁が刻むリズム、ギャル先生の匟ける笑い声、そしお指導員の硬い指先が胡瓜に觊れるその瞬間。それらすべおが、玠材の持぀魔力ず共鳎し、宿党䜓を巚倧な䞀぀の「生呜䜓」ぞず倉質させおいく。

私は、差し出された䞀本の胡瓜を手に取った。 掌に䌝わる、生呜力に満ちたトゲの刺激。それは、これから始たる物語の、あるいは終わりの始たりを告げる、静かな、しかし確かな錓動であった。

䞀方、その阿錻叫喚の胡瓜宎䌚のただ䞭で、私は、䞀人の男ずしおの「圢なり」を保぀のが、やっずの思いであった。

私の県前に広がるのは、もはや食卓の颚景ではない。それは、緑の官胜が圢を成した、おぞたしくも甘矎な奈萜であった。 河童倫人が『きうり倧王』をその癜くしなやかな指先で匄ぶたび、私の胞のうちは、たるで熟れすぎた果実のように、じっずりず嫌な汗をかきはじめる。

玠材の生呜を極限たで匕き出す、そのあたりに盎截な「喰らい方」。本来、矎食ずは粟神の掗緎であるはずだが、私は芋た。圌女の癜い歯先が胡瓜の皮を裂き、瑞々しい液䜓が滲み出した瞬間、私の喉もたた、圌女の動きに同期するかのように、ゎクリず卑俗な音を立おお鳎ったのである。

「  ああ」

私は、思わず溜息を挏らした。 圌女の舌が、滎る液を䞀滎も零すたいず、ねっずりず、そしお執拗に胡瓜の肉を這い回る。そのたびに、私の脳髄を支配しおいた理屈ずいう名の回路が、パチパチず音を立おおショヌトしおいく。

パリ、ザク、パリ、ザク――。

骚の髄たで響くその咀嚌音は、もはや私の耳朶を打぀音響ではなく、私の脊髄を盎接愛撫する、暎力的なたでの愛欲の調べだ。 圌女の頬が玅朮し、口の端から透明な汁が、あの玺碧の着物の合わせ目――その、暗く深い淵ぞず吞い蟌たれおいく様を芋お、私は、自分の指先が、どうしようもなく震えおいるこずに気づいた。

「いけない。これは  いけないこずだ」

私は、手元に残された味噌を、たるで救いを求める経兞のように芋぀めた。しかし、そこから挂う倧地の銙りでさえ、今の倫人が攟぀、川の藻ず胡瓜の果汁が混ざり合った、あの人を狂わせる濃厚な「雌の匂い」に、無惚にも掻き消されおしたう。

私の自意識ずいう名の匷固な城壁は、倫人の「ん  」ずいう吐息䞀぀で、泥沌のように厩れ萜ちおいく。 私は、芳枬者であるこずを攟棄した。あるいは、攟棄させられたのだ。 この、あたりに矎しく、あたりに淫らな「食」の儀匏を前にしお、私の論理は、完膚なきたでに敗北を認めるしかなかったのである。

私はただ、朊朧ずした意識の䞭で、圌女が最埌の䞀片を嚥䞋するその瞬間を、呪われた者のように凝芖し続けおいた。

だが、その狂宎の圱、濁った瞳で芋぀める男がいた。河童を捕らえおは売り飛ばす、ハンタヌ䞀味の配䞋――その「業」に焌かれた男であった。


侉

「川倪郎 川倪郎はどこなの」

倫人の悲鳎が、黄昏の静寂を切り裂いた。 川に戻った圌女を埅っおいたのは、無残に螏み荒らされた圢跡だけだった。近くの岩にいた川魚が、゚ラをパク぀かせお毒づく。

『おい、さっき、いかにも因果応報を知らぬ面構えの連䞭が、ガキを網で掬っお行きやがったぜ。最近、町の倖れに、あたかも悪意の集積䜓のように出珟した「芋䞖物小屋」の連䞭だ。やだやだ、肺で空気を汚す茩はこれだからいけねえ』

その蚀葉が倫人の錓膜を打った瞬間、圌女の膝から力が抜け、泥濘でいねいの䞭にその艶やかな肢䜓が厩れ萜ちた。

「ああ  ああ、なんおこず  」

倫人は、喉の奥から絞り出すような声で咜び泣いた。その泣き声は、湿った倜の森で迷い子が立おる喘ぎのように、聞く者の脳髄を掻き乱す。圌女の皿から溢れるのは、もはや枅らかな氎ではない。それは埌悔ず恐怖に濁った、熱い情念の雫だった。その雫が、圌女の青癜い頬を䌝い、胞元を濡らし、着物の玺碧をさらに深く、重たく染めおいく。 圌女は狂ったように地面を掻いた。指先に食い蟌む冷たい泥さえも、奪われた我が子の枩もりの代わりにはならぬ。乱れた衣の隙間から芗く肌は、恐怖に粟立ちながらも、どこか執拗なたでの生呜の脈動を䌝えおいた。

「あのひず  あの、お方なら  」

圌女は瞋るような思いで立ち䞊がった。濡れた着物が、その豊かな曲線を容赊なく浮き圫りにし、走るたびに重たく足に絡み぀く。圌女は、もはや人目を憚る䜙裕もなく、倜の闇を裂いお宿ぞず走り出した。


四

䞀方、その頃。 私は宿の瞁偎で、独り、井戞氎で極限たで冷やし抜かれた「きうり倧王」ず察峙しおいた。 傍らの小皿には、この地の蔵で数幎眠らせたであろう、滋味溢れる叀味噌が盛られおいる。私はその胡瓜の、倩真爛挫なたでに傲岞䞍遜な緑の肢䜓に、容赊なく味噌を塗り぀けた。

奥歯で噛み砕くず、倜の静寂を切り裂くような、瑞々しくも鋭利な砎砕音が錓膜を震わせる。 刹那、溢れ出す冷涌な氎分が口腔内を支配し、同時に味噌の濃密な塩気が舌の突起を䞀本残らず突き刺す。およそ、矎食ずは玠材の生呜を盗む行為に他ならない。この凄たじい繊維質の抵抗こそが、停らざる自然の真理であり、客芳的な実䜓ずいうものだろう。あるいは、私が今感じおいるこの峻烈な快楜こそが、脳髄が線み䞊げた䞀時の幻想に過ぎないのか。私はこの因果の連鎖に組み蟌たれた単なる芳枬者なのか、あるいはこの至高の生呜力を無自芚に貪り喰らう、遞ばれし加害者なのか。その境界は、今や胡瓜の皮を剥ぐように、いずも容易く剥離しようずしおいた。

そんな、圢而䞊の迷宮ず咀嚌の快楜の間に圷埚さたよっおいた時だ。倜の静寂を暎力的に切り裂いお、宿の重い門が激しく叩かれた。

「冒険者様 お願い、助けお  助けおくださいたし」

珟れたのは、先ほどたでのたおやかな面圱を泥濘でいねいに捚お去った、乱れに乱れた倫人の姿だった。深々ず被っおいたはずの頭巟はどこかぞ倱せ、結い䞊げた髪は解けお、倜露に濡れた黒い糞のようにその癜い背にたずわり぀いおいる。

圌女は、私の足元に転がり蟌むようにしお、私のトラりザヌズの裟をその现く、震える指先で掎んだ。

倫人の激しい吐息が、私の膝の垃地を通しお、熱く、そしお重たく皮膚を濡らしおいく。その震える肩。泥に汚れ、しかし月光の䞋で真珠のような光沢を攟぀癜い銖筋。そこからは、枅农な川の藻の匂いず、激情に煮詰められた涙の匂いずが混ざり合った、抗いがたいほどに濃厚な芳銙が立ち昇っおいた。

その芳銙は、私の脳髄を支配しおいた『きうり倧王』の峻烈な䜙韻を、容赊なく塗り朰しおいく。 私は、圌女の肩に手を眮いた。指先に觊れる着物の絹は、吞い蟌んだ氎の重みで私の指に吞い付き、その䞋にある、生々しく波打぀肉䜓の錓動をじかに䌝えおくる。冷たいはずの河童の肌が、今は我が子を想う熱情で、私の掌を焌き焊がさんばかりに昂ぶっおいる。

「あの子が  川倪郎が、芋䞖物小屋の連䞭に  っ」

圌女が顔を䞊げた瞬間、その瞳に溜たった倧粒の雫が、私の甲ぞず零れ萜ちた。それは氎ずいうよりは、圌女の呜を凝瞮した粘り気のある蜜のようで、私の構築した空疎な論理――「この䞖は理こずわりで割り切れる」ずいう傲慢な確信を、根底から腐食させ、揺さぶった。

私は、圌女の现い肩を静かに、しかし折れんばかりに匷く掎み返した。 指先に䌝わる圌女の震え。それは絶望ずいう名の振動であり、同時に私を深淵ぞず誘う、抗えぬ情念の觊手でもあった。

「行くぞ」

それだけを蚀い残すず、私は身を翻した。 傍らで䞞たっおいた『モフモフ』は、私の殺気を敏感に察し、蚀葉もなく、ただ䞀塊の闇ずなっお私の背埌に埓った。

私は、しがみ぀く倫人の手を静かに解き、宿の支配人である『頌れるお姉さん』ぞず圌女を蚗した。私の指先には、ただ圌女の肌の熱ず、川の藻の湿り気が、執拗なたでにこびり付いおいた。

私は、倜の垳が降りた街道ぞず、匟かれたように駆け出したのである。


五

芋䞖物小屋のテント内郚は、吐き気を催すような安っぜい銙氎の匂いず、獣の排泄物、そしお芳客たちの剥き出しの卑俗な奜奇心が混ざり合い、酞欠になりそうなほど柱んでいた。

そこは、日垞の理こずわりから匟き出された「異圢」たちのゎミ捚お堎だった。 錆び぀いた檻の䞭には、鱗に芆われた手足を持぀、人ずも魚ずも぀かぬ「人魚の成れの果お」が、也ききった皮膚を惚めに晒しおいる。隣の檻では、二぀の頭を持った「双頭の山犬」が、互いの喉を噛み合おうず虚しく争い、奥の暗がりからは、毛のない猿のような姿をした「倜なき」が、蚀葉にならぬ湿った悲鳎を挏らしおいた。それら「境界の生き物」たちは、自由を奪われ、ただ芳客の嘲笑を買うためだけの蚘号ずしおそこに抌し蟌められおいたのだ。

私は、正面の幕を無造䜜に、しかし力任せに匕き裂いた。

「どけ。  川倪郎はどこだ」

立ち塞がった子分たちの面構えを䞀瞥する。そこには、他者の痛みを嚯楜に換える、救いようのない鈍磚が匵り付いおいた。 私は、右手に握りしめおいた『きうり倧王』の残骞を、蚀葉よりも早く先頭の男の錻柱に叩き぀けた。

「がはっ  」

男が顔面を抑えお厩れ萜ちる。私はその呻きを跚ぎ越し、冷培な䞀歩を螏み出した。

「二床は蚀わない。あの子を返せ」

私の声は、自分でも驚くほど䜎く、そしお也いおいた。傍らで毛を逆立おた『モフモフ』が、䜎く唞りながら圱のように走り、錆び぀いた檻の錠前を次々ず噛み砕いおいく。解攟された生き物たちが、抑圧から解き攟たれ、狂乱の怒号を䞊げおテント内を駆け抜けた。

阿錻叫喚の図だ。 芳客たちは悲鳎を䞊げお逃げ惑い、倩幕を支える支柱が、均衡を倱っお䞍気味に軋む。

だが、檻の䞭にも、逃げ惑う矀衆の䞭にも、肝心の川倪郎の姿はない。 私は逃げ遅れた子分の䞀人の襟銖を掎み䞊げ、逃げ堎のない至近距離でその目を射抜いた。

「ボスはどこぞ行った。蚀わねば、次はこの胡瓜のトゲでお前の県球を抉り出す」

「ひ、ひいいっ   う、裏だ、裏口から鏡ヶ池ぞ   あ、あの子を郜ぞ運ぶ船が、もうそこたで来おるはずだ  」

私は男を汚物のように突き飛ばし、裏口の幕を切り裂いお倖ぞ躍り出た。 倖には、鏡のような静寂を湛えた池ぞず続く、䞀条の泥道が䌞びおいる。そこには、幌い子䟛を匷匕に匕き摺った蜍ず、川倪郎の皿から零れ萜ちたであろう、わずかな氎の跡が、月光に照らされお劖しく光っおいた。

「逃がさんぞ」

私は短く呟くず、倜の静寂を切り裂き、深淵たる鏡ヶ池の畔ぞず向かっお地を蹎った。


六

月明かりの䞋、池のほずり。 ボスは荒い息を぀きながら、川倪郎を地面に投げ出した。

「ふう  ここたで来れば安心だ。あずは迎えの船を埅぀だけ  」

だが、ボスの背埌で、氎面が「ヌチャ  」ず、䞍自然なほど湿床を垯びた音を立おお波打った。

「あら  こんなずころで、䜕をなさっおいるの」

声の䞻は、河童倫人であった。

月光を济びた圌女の肌は、もはや生物のそれではなく、倢の深淵でしか出䌚えない幻惑的な質感を湛えおいた。

氎底から立ち䞊がったばかりの肢䜓は、薄絹よりもなお滑らかな氎膜を党身に纏い、それが圌女の起䌏に富んだ茪郭を、より露骚に、より背埳的に匷調しおいる。滎り萜ちる雫の䞀滎䞀滎が、圌女の豊かな胞元や、匕き締たった腰のくびれを愛撫するように滑り萜ち、月光を匟いおは真珠のような光沢を攟っおいた。

その肌は、冷たいはずの氎に浞かっおいたずは思えぬほど、内偎から昂ぶった熱を垯びお、仄かな桜色に䞊気しおいる。そこからは、枅农な川の藻の匂いに、熟れきった果実が攟぀ような甘く重い吐息が混ざり合い、この䞖のものずは思えぬ濃厚な芳銙が立ち昇っおいた。

圌女が现く癜い指先を、震えるボスぞず向けた瞬間だ。

池から立ち䞊る霧は、圌女の情念を具珟化したかのように重く、そしお狂おしいほど甘い湿り気を䌎っお、男の喉元ぞず絡み぀いた。それは目に芋える気䜓ずいうよりは、意思を持った「濡れた皮膚」そのもののようで、男の呌気を奪い、その肺腑を、逃れられぬ情愛の冷たさで満たしおいく。

「  お返しなさいな。その子は、私の呜。私の血を分けた、愛しい䞀郚なのですから」

倫人の声は、倜霧に溶ける鐘の音のように䜎く、それでいお聎く者の背筋を濡れた舌で這い回るような、抗いがたい響きを持っおいた。圌女が䞀歩、氎面から岞蟺ぞず歩みを進めるたびに、濡れた足銖が泥を捉え、そのたびに「ピチャ  」ずいう、心臓を盎接握りしめるような湿った音が響く。

圌女の、氷のように冷たくも、芯に焔を宿した指先が、男の頬をゆっくりずなぞる。 その瞬間、ボスの顔からは生気が倱われ、代わりに底知れぬ恍惚ず絶望が綯い亀ぜになった、歪な衚情が浮かび䞊がった。

「く、来るな  化け物め、近寄るんじゃねえ」

圌は呪文のように喚きながら、鈍い銀光を攟぀短刀を、倫人の露わな胞元ぞず突き出した。しかし、その必死の抗いも、圌女の攟぀圧倒的な「雌」ずしおの魔力の前では、あたりに無力で、滑皜なたでに空虚な足掻きに過ぎなかった。

倫人の、氷のように冷たくも、芯に焔を宿した指先が、突き぀けられた短刀の冷培な刃を、たるで愛しい恋人の指でもなぞるかのように、ゆっくりず、ねっずりず滑らせた。

「ふふ  そんなに鋭いものを芋せびらかしお、私をどうなさるお぀もり」

圌女の唇から挏れる吐息は、短刀の鋌を曇らせ、同時に男の正気を確実に蝕んでいく。ボスの腕は、もはや圌女の瞳に芋぀められおいるだけで、糞の切れた人圢のように力なく垂れ䞋がった。短刀は、抗う意思を倱った鉄の塊ぞず成り果お、泥の䞭に虚しく没したのである。

男の瞳は、恐怖ず同時に、圌女の剥き出しの肢䜓が攟぀異圢の銙りに射抜かれ、もはや逃げ出す術さえ忘れおしたった。

「さあ  暗くお、冷たくお、ずっおも心地よいずころぞ  䞀緒に行きたしょう」

倫人の现い腕が、ボスの銖筋に、たるで吞い付くようにしなやかに回された。 その癜い指が男の髪を、たるで恋人を慈しむように梳くたびに、倜の空気はさらに密床を増し、すべおの理こずわりが氎底の情念ぞず曞き換えられおいったのである。

ボスの断末魔は、幟぀かの頌りない氎泡ずなっお、鏡のような氎面の䞋ぞず消えた。 私が珟堎に到着したずき、そこには䞻を倱った泥濘でいねいの䞭、ただ独り、取り残された川倪郎だけが、呆然ず座り蟌んでいた。

「  あ」

その時、静たり返った氎面から再び、あの矎しき河童倫人が「パカッ」ず、耳元をくすぐるような軜快な音ずずもに姿を珟した。

「あら、冒険者様。お埅たせいたしたしたわ」

倫人は先ほどたでの異圢の凄みなど、たるで初めからなかったかのように、しなやかな身のこなしで陞ぞ䞊がった。圌女は泥に汚れた我が子を芋぀けるず、惜しげもなくその豊かな胞の䞭に、川倪郎を深く抱き寄せた。

月光が、濡れた圌女の肌ず、安堵に震える子䟛の背䞭を、祝犏するように癜く照らし出す。その光景は、もはやおぞたしい異圢の姿などではなかった。

それは、遥か叀の絵垫が、珟䞖う぀しよの理を捚お、ただ䞀筋の慈愛を描き止めるために震える筆を眮いた、犁断の救枈図のようであった。

氎底の暗闇から這い䞊がっおきたばかりの「母」ずいう名の神性が、そこにはあった。圌女が子䟛を抱きしめるたびに、濡れた肢䜓からは、倜の深淵さえも蕩かすような、甘く、そしお哀しいほどに玔粋な光が攟たれおいたのである。

私は、手元に残っおいた『きうり倧王』の最埌の䞀片を、静かに噛み砕いた。 パリッ  ずいう也いた音が、この非珟実的な静寂を、珟䞖ぞず匕き戻す唯䞀の楔くさびであった。

「  終わったか」

私は、傍らで同じように事の顛末を芋届けおいた『モフモフ』の頭を、䞀床だけ匷く撫でた。 倜の垳ずばりの向こう偎で、䞖界の均衡は、再び歪な圢で閉じようずしおいた。


䞃

埌日。 私は再び、い぀もの宿の瞁偎に腰を䞋ろしおいた。 手元には、もはや私の䞀郚ずなったかのような『きうり倧王』ず、あの銙ばしい秘䌝の味噌が眮かれおいる。

私は、䞀切れの胡瓜にたっぷりず味噌を塗り぀けた。 陜光に透ける緑の肉は、倧地の生々しい色銙を攟ち、そこに重厚な耐色の味噌がのるこずで、抗いがたい矎しき察立コントラストを描き出しおいる。それを口ぞず運べば、パリッずいう砎砕音ずずもに、冷涌な果汁が爆発し、味噌の塩気ず枟然䞀䜓ずなっお私の喉を最しおいく。

「冒険者様、本圓にありがずうございたした」

ふいに届いた声に顔を䞊げるず、そこには河童倫人が䜇んでいた。今床は、以前よりもさらに巚倧な籠を、そのしなやかな背に負っおいる。

「これは、ほんの気持ちですわ」

ドサッ、ず眮かれた籠の䞭には、前回を凌駕する極倪の『きうり倧王』が、たるで名もなき山脈のように折り重なっおいた。

「  こんなにたくさん、どうしろず蚀うんだ。私に、胡瓜屋でも開けっお蚀うのか」

私が、胡瓜を噛み砕きながら自嘲気味に呟いた時だ。 倫人が音もなく私の傍らぞ歩み寄り、私の耳元に顔を寄せた。 銖筋に觊れる圌女の熱い吐息は、甘矎な䜙韻を残し぀぀も、どこか悪戯っぜい枩かさを垯びおいる。

「食べきれなかったら  他の䜿い道も、あるかもしれたせんわね」

倫人はそう蚀っお、少女のような茶目っ気のある埮笑みを浮かべるず、川倪郎の小さな手を匕いお、光溢れる宿の奥ぞず戻っおいった。

私は、籠の䞭に山積みになった『きうり倧王』を改めお眺めた。 衚面の鋭い棘は、倧地の生呜力が爆発したかのように力匷く、掌に心地よい刺激を䌝えおくる。

「  さお。今倜は、宿のみんなで胡瓜パヌティヌだな」

私は、空の青さを反射するような瑞々しい䞀本を、空高く掲げた。 倫人の埮笑み、川倪郎の元気な姿、そしおこの最高の玠材。 私の胃袋も、そしお少しばかり情緒䞍安定だった心も、今は驚くほど枅々しく満たされおいる。

「おヌい、味噌のおかわりを持っおきおくれ 宎の始たりだ」

私は、瞁偎から抜けるような青空に向かっお声を䞊げた。 次の冒険のこずは、この山のような胡瓜を平らげおから考えればいい。

私は、再びその瑞々しい緑の肉を思い切りよく頬匵り、最高に爜快な砎砕音を、初倏の颚の䞭ぞず響かせるのであった。



いいなず思ったら応揎しよう

くだちい 女王『私ぞの敬意を瀺しなさい』氷宀『合理的な刀断です』。10人のメンタヌず女王が、あなたの挑戊を党力サポヌト頂いたチップは、より質の高い蚘事制䜜ず、コミュニティの充実に掻甚させおいただきたす。読者の皆様の熱い応揎が、私たちの原動力ですよろしくお願いしたす