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支えおいるのは、どっちだろう

以前、芋守りず監芖のこずを、
パノプティコンを手がかりに考えおみたした。

私には、あの蚘事を曞いたあず、もうひずり
どうしおも気になる哲孊者がいたした。

ヘヌゲルです。

圌の『粟神珟象孊』の䞭に、「䞻人ず奎隷の匁蚌法」ずいう有名な話がありたす。難しそうな名前ですが、ざっくり蚀うず、「䞀芋匱そうに芋える偎のほうが、実は成長しおいく」ずいう、ちょっずした逆転の物語。

それを知っおから、病棟で患者さんず向き合うずきの自分の立ち䜍眮が、少し違っお芋えるようになりたした。


䞻人ず奎隷、本圓に匷いのはどっち

ヘヌゲルの話は、こんなふうに始たりたす。

ある日、ふたりの人間が出䌚いたす。
どちらも「自分が正しい」「自分が䞊だ」ず思っおいお、盞手に認められたい。そこで、どちらが優れおいるのかをかけお、呜がけの戊いを始めおしたいたす。

やがお、䞀方は死が怖くなり、
もう䞀方に屈服したす。

屈服したほうは「奎隷」、
勝ったほうは「䞻人」になる。

ここだけ聞くず、䞻人の勝ちだし、
匷いのは䞻人のように芋えたす。

䞻人は呜がけの戊いに勝ち、
自由な立堎を手に入れたした。

奎隷は呜が惜しくお生き延びるこずを遞び、
䞻人に仕える偎になりたした。
食べ物や䜏む堎所は䞻人から䞎えられ、
奎隷はひたすら働いお、
その芋返りを受け取るだけです。

でもヘヌゲルは、ここで
「本圓に成長しおいくのは奎隷のほうだ」ず蚀うんです。

䞻人は自分では䜕も䜜らず、
ただ奎隷の劎働の成果を受け取っお生きおいく。

䞀方で奎隷は、毎日手を動かしお、朚や石や金属を盞手に道具や家やさたざたなものを䜜っおいく。

䞖界に觊れ、工倫し、倱敗し、たたやり盎しお自分の手で珟実を倉えおいくんです。

気づけば、䞖界を理解し、䞖界を䜜り倉える力を身に぀けおいるのは䞻人ではなく奎隷のほう。

「䞀芋匱く芋える偎のほうが、実は深く倉化しおいく」ずいうのが、この物語のいちばんおもしろいずころだず私は思っおいたす。


悪い癖で、぀い自分を重ねおしたいたす。

「奎隷」ずいう蚀葉は匷すぎるけれど、少しだけ自分たちに重ねおみたい。もちろん、患者さんを「奎隷」だなんお思っおいるわけではありたせん。あくたで、関係の "かたち" を考えるための䟋え話ずしお、ここから先をよんでいただけるず嬉しいです。

薬剀垫である私は、患者さんの薬を管理する。
凊方内容を確認しお、飲み合わせを考えお、量を調敎しお、枛らせそうな薬を探す。配薬や服薬の状況をチェックしお、声をかけながら「飲み忘れがないか」を確認する。

やっおいるこずだけを芋れば、
「䞎える偎」「敎える偎」「支える偎」です。
ちょっずヘヌゲル颚に蚀えば、䞻人の䜍眮に立っおいるように芋えなくもない。

䞀方で患者さんは、
こちらから芋れば「される偎」です。

薬を飲むよう蚀われ、
リハビリに誘われ、
食事の指導を受ける。

状態によっおは、転倒予防のために行動を制限され、「ナヌスコヌルを抌しおから動いおくださいね」ず䜕床も蚀われる。

だけど、考えおみれば
実際に「倉化」を匕き受けおいるのは
い぀も患者さんのほう。

ベッドから起き䞊がるのも、
トむレたで歩いおみるのも、
飲みにくい薬を䞀包䞀包、頑匵っお飲みきるのも、医療者偎からの誘導があったずはいえ、党郚患者さん自身の身䜓ず心がやっおいるこずです。

私の「この薬を枛らしたしょうか」ずいう提案だけでは、誰も元気にはなりたせん。

その提案を受けお、ふら぀きが枛った身䜓で
もう䞀歩前に螏み出しおくれるのは患者さん。

実際に「倉わっおいる」のは、
ベッドサむドにいるその人の身䜓ず心のほうです。

そう思うず、䞀番倧きく䞖界ず栌闘しおいるのは、䞀芋するず「管理される偎」にいる患者さんなんだなず思いたす。


䟝存しおいるのは、どっちだろう

䞻人ず奎隷の話には、
もうひず぀倧事なポむントがありたす。

䞻人は奎隷がいないず生きおいけない
ずいうこずです。
自分では䜜らず、考えず、手を動かさず、
すべおを奎隷の劎働に頌っおいる。
぀たり、䞀芋自由そうに芋える䞻人こそ、実は奎隷に深く䟝存しおいる存圚だずヘヌゲルは蚀いたす。

自省を蟌めお芋盎しおみるず、
私たち医療者も同じじゃないかず思うんです。

患者さんが来なければ、
病院薬剀垫の仕事は存圚したせん。

回埩期リハ病棟が成り立぀のも、
「もう䞀床歩きたい」「家に垰りたい」ず
願っおくれる人たちがいるからです。

患者さんは、私の「管理」がなくおも、
どこかでどうにか生きおいくかもしれない。
けれど私は、患者さん抜きには
薬剀垫ずしおの「圹割」も「存圚意矩」も保おない。

支えおいるのは私だず思いがちだけど、
実際は、患者さんの存圚そのものに私が支えられおいる。

カルテを開くずき、
私は職胜を発揮できるチャンスをもらっおいる。

カンファレンスで意芋を求められるずき、
私の知識が誰かの圹に立぀堎を䞎えられおいる。

「この薬のおかげで、足が軜くなったよ」ず笑っおくれるずき、私は「この仕事を続けおいおいいんだ」ずいう根拠ず垌望を分けおもらっおいる。

支える支えられる
教える教わる
管理するされる

その境界線は、思ったよりもずっずあいたいで、
䞍安定なものなのかもしれたせん。


パノプティコンの蚘事では、「芋守りず監芖の違い」を考えながら、最埌に「いっおらっしゃいず送り出す人でありたい」ず曞きたした。

今回、ヘヌゲルの䞻人ず奎隷を重ねおみおあらためお思うのは、私は䞻人になりたいわけじゃないずいうこずです。

患者さんの倉化を自分の手柄みたいに感じおしたうずき、「治しおあげた」ず心のどこかで思っおしたいそうなずき、ヘヌゲルのこの物語を思い出すようにしたい。

倉わったのはその人自身で、私はたたたた、その倉化のそばに立ち䌚わせおもらっただけかもしれない。

支えおいる぀もりで、実は支えられおいる。
教えおいる぀もりで、実は䞀番教わっおいるのは自分。

そうやっお考えおみるず、
「薬剀垫ずしお患者さんを支える」
ずいう蚀葉の䞭身が、少しだけ違っお芋えたす。

支えおいるのは、どっちだろう——。

この問いを、答えを決めずに持ち続けるこず。
それが、倚分いちばん私を「䞻人」から遠ざけおくれるのかなず思っおいたす。


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