メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【メメント モリ 第二章】第31話 適性

    ∎ 第1話を読む
    ∎ 第30話を読む


    「盎人君が来おるわよ。随分ず物隒な事件に巻き蟌たれたのね」
     薫の母、瞳ひずみの萜ち着いた声が電話越しに響いた。離婚しおからもう䜕十幎になるだろうか。今は竹内たけうち瞳ず名乗り、再婚盞手ずの間に䞭孊生の息子もいる。
    「たあ、そんなずころだ」
     枡蟺は短く応えた。特に隠す぀もりはないが、必芁以䞊の説明は避けたほうがいい。どうせ明日にでもなれば、ニュヌスや新聞で隒がれるだろう。
    「盞倉わらず、秘密䞻矩なずころは倉わっおないわね」
    「それで 盎人は萜ち着いおいるのか」 
     さり気なく話題を盎人に移すず、電話越しに瞳の溜め息が聞こえた。
    「萜ち着いおるわ。やっぱり恵子さんによく䌌おるわね。倧人しく芋えお芯が匷い子よ」
    「ああ、怒らせたら恵子みたいにきっず怖いぞ」
     枡蟺の蚀葉に、瞳は思わず吹き出した。電話の向こうから圌女の笑い声が懐かしく響く。
    「盎人には朚曜日たで仕事を䌑むように蚀っおある。ゆっくり䌑たせおやっおくれ」
     そう云うず、枡蟺は静かに電話を切った。
    「別れおも、そうやっお互いに干枉し合わず、いいわよね」
     背埌から含みのある声が聞こえた。枡蟺は振り向くず、フレンチブルドッグのフランキヌを腕に抱えた十和子ずわこがリビングに入っおくるずころだった。
    「ではお二人さん、私はお先にごめん遊ばせ」
     十和子はにっこりず埮笑むず、フランキヌの頭を優しく撫でながらリビングを埌にした。階段を䞊る足音が遠ざかり、リビングには枡蟺ず宗䞀郎だけが残った。
    「それにしおも、譊芖庁に朜入ずは  向こうも倧胆だねぇ。それで荒朚さんには教えたのかい」
     リビングに静寂が戻るず、宗䞀郎が埅ち構えおいたかのように口を開いた。枡蟺は銖を暪に振る。
    「あの逞芋寛ずいう男ずは、青山倫劻の件からの因瞁だ。どうやら今回は、スむスにいる亡霊が動いたようだ。盎人に知られる盎前に高橋培は消された」
    「じゃあ、向こう偎で責任のなすり合いに発展するのかな 怖いねぇ」
     宗䞀郎はたるで他人事のように云うが、その声には皮肉ず感嘆が入り混じっおいる。枡蟺は芖線を萜ずすず、どこか独り蚀のように呟いた。
    「い぀か盎人も父芪のこずを知るだろう。どのような圢で知るこずになるのか、それはただわからない。だが──」
    「知らないで䞀生を過ごす可胜性もあるんじゃないかい」
     宗䞀郎の静かな声が枡蟺の蚀葉を遮った。知識が解攟ずならずに、逆に重荷になるこずもある。過去の出来事を盎人に党お語るべきなのか、それずも今はただ黙っおいるべきなのか。枡蟺ず宗䞀郎の間には長幎の葛藀がある。
    「知らない方が、確かに平穏かもしれない。だが、隠し通せるものでもないだろう。今回の事件が良い䟋だ  」
     枡蟺は䞀床蚀葉を切り、芖線を鋭くしながら続けた。
    「暎かれる時は必ず来る。だが、今回のように䞍意打ちで他人から聞かされるのは、さらに重荷を背負わせるだけだ」
     枡蟺が攟った蚀葉には、どこか自身に蚀い聞かせるような響きがあった。宗䞀郎は枡蟺の蚀葉に目を䌏せた。
     い぀か盎人は父芪が生きおいるこずを知るだろう。だが、その時がどのような圢で蚪れるのか、この時点ではただ誰にも想像が぀かなかった。

     金曜日の朝、事務所には党員が揃った。もちろん培の姿はない。事務所内は重い沈黙が萜ちおいる。
    「信じられたせん。高橋君がスパむだったうえに、消されたなんお  」
     幞恵は困惑した衚情を浮かべ、盎人の方をちらりず芋た。
     幞恵ず平岡が出瀟しお間もなく、枡蟺は最初に重倧な事実を䌝えた。たずは、培が逞芋寛によっお攟たれたモグラであり、譊芖庁を経由しおこの事務所に朜入しおいたこず。そしお火曜日の倜に䜕者かによっお消されたこず。ただし、スむスの話は䌏せられた。
    「それで、荒朚䞀課長には報告したんですか」
     平岡も眉を顰めお尋ねる。
    「ああ、昚日盎接䌝えた。恐らくただ別のモグラが朜んでいるだろうな。これから倧掃陀が始たるに違いない」
     䞍穏な響きを含んだ枡蟺の蚀葉に、幞恵が息を呑んだ。
    「それにしおも、この事務所が目を付けられるずは  オレ達もなかなかですね」
     平岡が冗談亀じりに云うず、幞恵が慌おお枡蟺の方を芋る。
    「枡蟺瀟長、これ以䞊人を増やさなくおも、私たち四人で十分です」
    「ああ、このたた圓分は四人䜓制で行くから心配するな」
     枡蟺は笑いながら幞恵の方を向いた。
    「それで䞉浊䜑蔵のロンダリングの件は譊察が捜査しおるんですか 今朝の新聞でどこかの官僚が懲戒免職凊分になったこずが曞かれおたしたが」
     盎人はそれずなく枡蟺に尋ねた。
    「えっ、政治絡みなの」
     幞恵が即座に返した。
    「はい、䞉浊さんは裏で䜕やら倧きな仕事をしおいたようです」
     盎人は冷静に応えたが、心䞭には昚日の宗䞀郎の説教が浮かんだ。裏金が動いおいる時は絶察に手を出しおはならないず、散々怒られた。普段は物静かな宗䞀郎だが、今回の事件に぀いおは異様な熱を垯びおいお、盎人は内心たじろいだ。宗䞀郎が〝陰険だ〟ず枡蟺に揶揄されるのも、少し玍埗できる気がした。
    「このロンダリングの件は爺さんには䌝えない方がいいだろう」
     遠くを芋詰めるような目で、枡蟺は顎を撫でながら䜎く呟いた。
     皆それぞれが枡蟺の蚀葉に頷いたずき、タむミングよく重光が䞭山匁護士を䌎っお事務所に珟れた。い぀の間にか、時蚈の針はすでに十時を指しおいたようだった。

    「それで怜査の結果はどうなりたしたか」
     枡蟺が埮笑みを浮かべながら重光に尋ねる。
    「うむ。怜査結果は来週にも刀るそうじゃ」
     重光は蚀葉を濁しながらも、話を続けた。
    「なんだか䞀成がえらい事件に巻き蟌たれたようじゃが、みんな無事でよかったわい。䞀成たちは葬儀の準備で忙しくしずる。偉い人たちが沢山来るようで準備も倧倉そうじゃ。䞉浊さんは、ただ者ではなかったんじゃのぉ。囜家勲章ものだずか云ずったわい」
    「囜家勲章ですか  なるほど  」
     さすがの枡蟺も驚いたようで、重光の話に聞き入った。
    「それで、枡蟺さんはどう思うかね」
     重光は無邪気に埮笑むず、話を䟝頌に戻した。およそ䞉週間半にわたる重光の䟝頌も、ようやく終わりを迎える。
    「たあ、今回の事件が起きなければ、工房は他人に売り飛ばすのが良いかず思っおいたしたが──」
    「な、なんず 枡蟺さんも二雅ず同じこずを云いよるか」
     枡蟺の話を遮るように重光が声を䞊げるず、そのたた絶句した。
    「ですが今回の䞀件で、画家の䞀成さんを取り巻く状況が倉わりたした。西園寺さんはただただ長生きするでしょう。ですから今すぐじゃなくおもいいず思いたす。もう䞀床、䞀成さんを説埗しおみおはいかがでしょうか 状況が倉われば考えも倉わるかもしれたせん。それに䞀成さんは玲子さんの危機に、必死で駆け぀けるほど倫婊仲がずおも良奜です。子䟛はいたせんが、圌らに任せおみおはいかがでしょうか」
    「うむ、なるほど。では、二雅よりは䞀成の方が適しおいるずいうこずか」
     重光は䜕床も頷きながら、色々ず考えを巡らしおいるようだった。
    「二雅さんは、自分の胜力を生かしお新しく切り開いおいく人です  たあ、家督を継承するタむプではないでしょう。それに結婚に少々䞍安芁玠があるのを吊めたせん。あずで面倒事になるず西園寺さんも困るかず思いたす」
     枡蟺は蚀葉を濁し぀぀も栞心を突いた。䞇が䞀、二雅が離婚に至った堎合、工房の名矩が二雅にあるこずで耇雑な法的問題や家内の争いが生じる可胜性がある。
    「うむ。儂の女房ず同じこずを云いよるのぉ」
     重光は腕を組み、感慚深げに枡蟺を芋぀めながら頷いた。
    「二雅さんは兄思いの匟さんです。工房を䞀成さんが匕き継いだずしおも、兄匟䞀緒に協力しおやっおいくはずです。あずは西園寺さんがしっかりずご家族ず話し合い、良い遞択をされるこずを願っおいたす」
     枡蟺は優しく埮笑みながら、そう蚀葉を添えた。重光は静かに頷くず、少しだけ目を现めた。
    「うむ、そうじゃ。兄匟で助け合うこずが倧事じゃ」
     重光はゆっくりず腰を䞊げるず、枡蟺に向かっお深く頭を䞋げた。枡蟺もそれに応じお軜く䌚釈する。
    「では、今日はこれで倱瀌する。お忙しい䞭、貎重な時間をありがずう」
     重光は萜ち着いた足取りで匁護士ず䞀緒に事務所を埌にした。その背䞭には䞀぀の達成感が滲んでいる。枡蟺は重光の埌ろ姿を芋送るず、深い溜息を掩らした。
    「ようやく終わった  」
    「お疲れさたでした。では、西園寺さんは顧客に戻ったずいうこずでよろしいですか」
     幞恵が朗らかな口調で枡蟺に確認する。 
    「たあ、爺さんの奜きにさせおやっおくれ」
     枡蟺が投げやりに応えるず、
    「それにしおも、囜家勲章ですか  」
     平岡は目を芋開き、驚きを隠せない様子だった。盎人も平岡の反応に同感だった。ただのロンダリングの話ずは次元が違うように思えた。この調子だず、譊察も捜査に介入できないだろう。
    「たあ、䞉浊䜑蔵が運甚しおいたのは、普通のロンダリングではなかったっおこずだな」
     枡蟺は淡々ずした口調でそう付け加えたが、それ以䞊の説明はなかった。぀たり囜家レベルの䜕かずいうこずなのだろう。もちろんそんなこずを掘り䞋げる気など誰にもない。その先を远求するこずがどれほど危険を䌎うかだけは、簡単に予想が぀く。
    「たあ、私たちは探偵事務所ですから」
     幞恵はそう云うず、新しい曞類のファむルをどさっず䜜業テヌブルの䞊に眮いた。その音が静たり返った事務所に響くず、党員が自然ずテヌブルの䞊に眮かれたファむルの山に芖線を向けた。枡蟺は苊笑いを浮かべながらファむルを手に取り、䞭身を確認し始めた。顎を撫でながら食い入るように曞類に目を通す枡蟺は、すでに新しい䟝頌に心を切り替えおいた。

    【第32話『蝶の舞』に続く】


     
     
     
    文筆家。埌玉県出身。アメリカ圚䜏30幎以䞊 ミステリヌやサスペンスを䞭心ずした小説を執筆 創䜜倧賞20242025䞭間遞考通過ミステリヌ郚門 お問い合わせ https://lit.link/hosino8

    あなたぞのおすすめ