
イスタンブールのタクシー運転手に帽子を"かぶり逃げ"された――その結末が、30年かけて、私の宝物になったワケ
世界で一番
間抜けな盗まれ方だった、
と思う。
30年前イスタンブールで
私はタクシーの運転手に
帽子を"かぶり逃げ"された。
「ちょっと、貸して」と言われて
言われるままに応じて
にっこり笑顔でそのまま走り去られた。
ただ、それだけの話。
警察に届けるほどの
事件でもない。
盗られたのは、
ベージュの花柄のチューリップハット
ただ一つ。
なのに私は
この"帽子泥棒"のことを
30年、忘れられずにいる。
今ではもう、
旅のいちばんの宝物になっている。
旅の不思議。
ちっぽけな帽子ひとつが
なぜ、宝物になったのか。
他愛もない話だけど
ちょっと聞いていって下さいな。
1995年、秋。
当時OLだった私と
親友のみっちゃんは、
旅行会社の格安パックで
一週間のトルコ周遊に出た。
「地球の歩き方」なんて知らなかった。
添乗員さんと観光バスがあれば
世界はわりと優しい。
そう信じていた、二十歳そこそこの二人。
窓口のお姉さんは、満面の笑みで言っていた。
「トルコは親日国ですから。
女性二人でも、安心・安全ですよ」
この言葉を
あとで思い出すことになるとは……。
大きな観光バスは
私達を別世界へ連れて行ってくれた。
パンフレットで見たとおり。
でも、そこにある写真には
匂いも
音も
真上に広がる空も
なかった。
グランドバザールでは
「yasuiyo! yasuiyo!」の声がかかる。
早速青い目玉のお守り
「ナザールボンジュウ」を買った。
他人の妬みの視線を跳ね返してくれる、という。
でも、それが効いたのかは
はなはだ、疑問。
洞窟レストランでは
壺で焼いたパンを頬張った。
食事を終えた頃、照明がふっと落ちた。
小さなステージに、一人の女性。
ベリーダンスショーの始まりだ。
お腹のお肉が、
さざ波のように
うねるように
波打ちはじめる。
隣のみっちゃんは、
口を小さく開けて
固まっていた。
私も、固まっていた。
行く先々で、小さな猫たちが
「ミャオ〜」と出迎えてくれた。
…時には、寝顔で。
カッパドキアで、私達は地下へ潜った。
大人が一人
やっと通れる穴を
頭を下げて
体を折り曲げて
進む。
進む。
進む。
急に広がる、静かな空間。
集会所。
台所。
食糧庫。
寝室。
縦に
何層にも掘られた
モグラの巣のような世界。
紀元前から
何世紀にも渡って。
迫害を逃れるため。
生き延びるために、
掘られた街。
地中の奥で吸い込んだ空気は
ひんやりと
冷たかった。
一生を、
ここで過ごした人もいたのだろうか。
空も
太陽も
風も
知らないまま。
白い岩壁は、何も答えない。
外に出ると、太陽の光が私たちを刺した。
乾いた風と、砂が目に入る。
私は、帽子を目深にかぶった。
一週間の周遊なんて、本当にあっという間だ。
観光バスは、イスタンブールの街に戻ってきた。
明日にはもう、日本に帰る。
みっちゃんと二人、街をぶらり。
ガイドブックを抱えて
最後の夕暮れを惜しんでいた。
西日を浴びた石畳の街は
赤く染まりつつある。
私たちは、一台のタクシーを拾った。
「Please, go to ○○ Hotel!」
エキゾチックな香料の匂いが
車内に充満している。
ゴゴゴ…
響くエンジン。
ラジオから
陽気な異国の旋律。
運転席には、
顎鬚
口髭
揉み上げ
見事な髭モジャのおっちゃんが座っていた。
「ドア、シメテネ!」
「あー、yes、yes、yes」
バタン!
「ジャパニーズ?コンニチハ!
イイね! これ、トヨタ!」
ハンドルをポンポン叩きながら
自信満々の片言の日本語。
こちらは
中学生レベルの英語が精一杯だ。
帰ったら、英会話を習おうかな…。
バックミラー越しに、
おっちゃんが
ちらりと私を見た。
いや、私の、帽子を見た。
ベージュのチューリップハット。
内側に、淡い花柄。
地味だけれど
ささやかなお洒落を秘めた
旅の相棒だった。
車が止まる。
赤信号ーー
おっちゃんが、
ミラー越しに私の帽子を指差し、
次に、自分の頭を指す。
「……ちょっと、貸してよ」
分厚い手が、
助手席の隙間から
スッと伸びてきた。
満面の笑み。
あまりにも陽気で
あまりにも自然。
二十歳そこそこの小娘に
拒む言葉も
拒む勇気も
なかった。
気づいたら
私の花柄帽子は、
髭モジャ頭に
ひょいと乗っかっていた。
「ははは! 似合ってるだろ?
ね、似合ってる!」
「ははは・・・」
車内は、謎の一体感。
謎の盛り上がり。
持ち主を離れた帽子が
髭モジャの上で
やけに楽しそうに
揺れている。
タクシーは、
カタカタと坂を上っていった。
カタカタ
カタカタ…
ホテルの前に
タクシーが滑り込んだ。
ホテルのドアマンが
タクシーのドアを開けてくれる。
みっちゃんが
言われた通りの料金を払う。
「アリガトウ!」
おっちゃんは、
慣れた日本語で
とびきりの笑顔を見せた。
私たちは車を降りた。
ドアマンが言った。
「オカエリナサイ。」
バタン。
タクシーが走り去る。
砂埃が舞った。
西日を浴びて、キラキラと霞がかかる。
……。
「あ」
一秒 固まる。
「帽子、返してもらってない」
世界から 音が 消えた。
私はみっちゃんと、
目を見合わせた。
数秒の沈黙。
そして、同時に、
吹き出した。
「ひっどーい!」
「ひっどーい!」
ホテルの前で、二人して、
お腹を抱えて大爆笑した。
あまりにも滑稽だ。
こんなこと、日本であるか?
やられた。
たぶん。
たぶん、あの笑顔、ほくそ笑んでいた。
私たちは、笑ってやった。
悔しさを押し隠して、
大きな声で、笑ってやった。
みっちゃんによると、
旅から帰ってしばらく、
私は恨み節を吐いていたと言う。
私はもちろん、覚えてない。
「トルコは親日国ですから。
女性二人でも、安心・安全ですよ」
いえいえ、お姉さん、
トルコは結構、スリリングな国でしたよ。
あれから、30年余り。
あの花柄帽子は、その後、
どうなっただろう…。
おっちゃんは、
可愛い姪っ子にでも、あげたのか。
猫ちゃん達のお布団にでも、なったのか。
どちらにしても、
私の代わりに
親善大使にでもなってくれたに違いない。
そう思うと、
不思議と怒りは消える。
おかしな愛おしさが
込み上げてくる。
ちなみに、
青い目玉の「ナザールボンジュウ」は、
スーツケースの中にしまってあった。
帰るまで、無くさないように。
肝心な時に、使えなかった。
この原稿を書きながら知った。
「飛んでイスタンブール」という曲の続きを。
うらまないのが、ルール
そういう歌詞だった。
東西の文化が交差するあの街で、
そのルールは、ほんとうに、
あったのかもしれない。
帽子一つを持っていかれた話と、
あの地下で身を守り続けた人たちの話。
2つを同じ天秤に載せるなんてことはしない。
そんなことはできない。
ただ、私は知っている。
傷は、
いつのまにか
宝に変わることがある。
ちっぽけな私の帽子は、
30年かけて
旅のいちばんの思い出に
なったのだから。
また、イスタンブールを旅したい。
素敵な帽子を
ともにして。
誰かが「クールだね」と
声をかけてくれるような帽子を。
そのとき、私が差し出すのは
もう、帽子ではない。
とびっきりの、笑顔だ!
うらまないのが、ルール。
ありがとう、イスタンブール♪

※会話や場面の一部は、30年前の記憶をもとに再構成しています。