
全てを失くした私が、今ここにいる理由。

2026年3月、読売新聞に載った。
「断酒 周囲に恩返しを」
そう書いてもらった。
悪くない見出しだと思う。
でも、美談には続きがある。
私はあの頃、全てを失くした。
家族。友達。お金。仕事。信頼。
一つひとつが、崩れるように消えていった。
娘を置いて、家を出た。
半年間。
その半年が、今でも時折、胸を締めつけ痛くなる。
一番しんどかったのは、物を失くしたことじゃない。
自分が自分じゃなかったこと。
傲慢で、高慢で——
そしてそれに、全く気がついていなかった。
アルコールは、鏡を曇らせる。
自分の本当の姿が、見えなくなる。
見えていないから、傷つけ続ける。
気づいた時には、大切なものが全部、なかった。
46歳の冬。
娘の怪我の治療で来ていた医療機関の待合室で、ぼーっとしていた。
その時、降りてきた。
私、何してるんやろ。
もう、やめよう、と。
理屈じゃなかった。
誰かに言われたわけでもない。
ただ、静かに、確かに、来た。
断酒して、すぐに立ち直ったわけじゃない。
すぐに上手くいったわけじゃない。
お酒をやめてから10年。
自分と向き合う時間が必要だった。
その途中で、大切な友達に出会った。
人は、人によって変わる。
大切な何かが見えてきた。
笑わなかった私が、笑えるようになった。
笑えない私が、笑えるようになったのも、人を通してだった。
曇っていた鏡が、少しずつ透明になっていった。
自分の傲慢さが見えた。
娘への罪悪感が見えた。
同時に——生きることへの感謝が、じわじわと戻ってきた。
娘とは、今とても仲がいい。
だけどあの半年はもう戻せない。
これでいいと、そう思えるまでに時間がかかった。
受け入れることが、生きることだと知った。
新聞には美談が載る。
でも人生は、美談の前に必ず、泥がある。
私の泥は深かった。
でもその深さが、今の私の根っこになっている。
全てを失くした私が、今ここにいる。
それだけで、十分だと思っている。