「ロバート・ワイアット」の本を読み終えた
1、概要、私がRobert Wyattを聴くキッカケなど
まず、自分とRobert Wyattの関わりを幾らか書きますが、ここを飛ばして、2から読んでもらうのもアリかもしれないです。
とりあえず、コレを書いているのがどんな人間か、ということで。
自己紹介を改めてすると、Hoshina Anniversaryという名義で音楽活動をしていまして、DJ/Producerとして海外リリースを何枚かしてきました。
最近はVocalやBassをして、Live活動も行っています。
Robert WyattのSea Songを軽くカバーしてみたり。
よかったら聴いてみてください。
自分がこの本を知ったのは7月下旬で、たまたまRobert Wyatt関連のことを検索していたら引っ掛かって、それで購入した次第です。下記にこの本の概要を貼っておきます。
価格は6600円(税込)と結構するのですが、内容は濃厚だし、巻末のディスコグラフィなど充実した内容で、Robert Wyatt好きはもちろん、音楽好きなら読んでおいて損はない内容かと思います。
私がRobert Wyattの音楽を聴くキッカケはThe Soft Machineの1枚目とVolume Twoをまとめた2枚組のCDだったと思います。
もう20年以上前とかです。
特にVolume Twoの"As Long As He Lies Perfectly Still"から"Dedicated To You But You Weren't Listening"の流れが好き過ぎて、そこばっかり聴いていたような記憶が。
The Soft Machineの音楽は「プログレ」と呼ばれたりする訳だけど、自分は正直「プログレ」が苦手でした。
どうも、オタクとかダサいってイメージが当時はあったのか、学生時代のプログレサークルの人々の見た目が苦手だったのっか、今思うと偏見なんですけど、入っていけなかった訳です。
そんな自分が「プログレ」に入っていけるようになったのは、Vincent GalloのBuffalo 66で、そうか、YesとかKing Crimsonってこう聴くとカッコ良いのか、と自分なりに感じた次第です。
そして、その後、だんだんとプログレとかは聴くのだけど、Robert Wyattのソロ時代の作品を聴くキッカケもなく、真剣に聴き出したのは、本当、ここ1〜2年かもしれないです。
自分自身の音楽活動としては、2021年にJomonという作品をリリースしたのですが、その時に、Resident Advisorでこのアルバムのレビューをしてくれた方から、「King of Prog Rock」的なことを言われまして、自分自身はプログレの影響って少ないと思っているんですけど、嗜好としてRobert Wyattに近いのはあるかもしれないです。
とりあえず、手前味噌ですが、私のJomonも聴いてみてください。
そして、上記に書いたReviewもよかったらどうぞ。
2.本の中で響いた箇所を取り上げてみます。
では、ここからは本の中で自分の心に響いた箇所を引用して、それに対して何か感想を書いてみます。
しかし、そうしたジャズの影響にもかかわらず、この段階のソフト・マシーンはストレートなジャズグループになるだけの総合的技術力が欠けていてた。おそらくその障害こそが彼らをオリジナリティへと駆りたてたのだ。「今にして思えば、誰もセッション・ミュージシャン」に要求されるようなしっかりしたテクニックはもっていなかった」とロバート。「だから、ジャズやいろいろな音楽で起こったように、僕らは自分たちの限界を利用して、できることを押し出してみせたというだけさ。それこそが、たまたまだけれど革新的ということなのさ」
ここに関しては、自分も共感できまして、学生時代Jazzをやっていて、ベースを弾いていたんだですが、練習してもimprovisationがまるで出来なくて、たぶん好きじゃないんでしょうね。それで今やっている音楽にたどり着いたので。
外国語のヴォーカルはロバートの後のソロ活動でも繰り返し使われるー
それは自称外国好きだからでもあるが、純粋に実践的な意味で、彼は外国語を使うことで自分の口がいつもと違う形となり、いつもと違う音を出すのを楽しんでいたのだ。「僕は外国のレコードをよく聴く」と彼は語る。「でも何について歌っているかは知らない。だから、口を楽器みたいに使うというアイディアには慣れていたのさ」
ここは、日本人として海外の音楽を聴くという立場から参考になるんでは、と。
「僕にとってはフュージョンは両方の悪いとこどりだね」とワイアットは語る。「ロックのリズムだけど演奏には正気がなくて、その上でえらく複雑なソロが延々と続く。僕はその逆の方が好きだね。軽くて流れるようなジャズのリズムセクションに、ほとんどフォークみたいな単純なポピュラーソングっていうのがね」
この発言を見ていると、彼って「プログレ」って範疇からも離れている人かな、なんて思いつつ、ただ、この辺は、今、どうこう言わず文章を噛み締めますか。
彼はこのとき、ショービズへの不快感を社会主義的な視点から合理化しようとしていた。「そこには階級の問題があることがほとんどなんだ」と彼は『サウンズ』に語っている。「[反動的ジャーナリストの]オーベロン・ウォーが下層階級(ローワー・オーダーズ)と呼ぶグループはチャートに入ろうとやっきになっている。それはかわりになるものがうまくいっていなくて楽しくないからさ。スラップ・ハッピーや僕みたいにのんびりした連中は、うまくいっていようといまいと、すてきで楽しい人生を送ったり、周りとも仲よくできるけどね」
ここまで言えるのは「自分の音楽」をしっかり持っているからでしょうね。
ワイアットは5年間の沈黙を「アラウコ」というスペイン語の曲で破ることになった。「ラテン系の言語はすごく歌いやすいんだよ」と彼は語る。「韻がすごく踏みやすくてね。僕が意のままにできる楽器のひとつさ。たとえばブライアン・イーノが新しいシンセサイザーや電子楽器で新しい音を探すみたいに、僕は口や身体や手を使って新しいものを探す。イデオロギー的なものじゃない、もっと全然プリミティヴなものさ」
Vocalのやり方について考えさせられますかね。
これを読むと、ワイアットはもう間違いを直したりしないのかという印象を受ける。それどころか、シングル盤はどれも意図的に、注意深く、だらしなくしてあるー
冷たく響かないように技術が使われているのだ。「セザンヌの粗い筆の跡を整えたりなんかしないだろ」とロバートは愉快そうに笑う。「それじゃ何も残らない。僕は筆の勢いを残しておくのさ、そのままね」
作品の作り方ってことで、参考になりますよね。
一方で、ロバートはミュージシャンであることをほとんど恥じてもいた。芸術が本質的に役立たずであるおとが気にかかっていたのだ。「アーティスト。われわれは自分をいったい何さまだとおもっているのか?」。ワイアットは2012年の『ワイアー』のトニー・ヘリントンとの対話の中で、こんな修辞的な問いを発している。「芸術の定義は、それが使えないものだということ。もしあるものが完全に役立たずだったら、それは芸術なのさ。」
ここの箇所、そしてその後に続く文書は「アーティスト」とか「芸術」って言葉について考えさせられる、自分的にはこの本のハイライトの一つですかね。
「即興演奏──それこそジャズの醍醐味だよね──はある定められた状況の中で音を無限に変化させることだ。さて、作曲をするときはどうか。曲に与えられた音から離れたとたん、作曲は始まっている。それを続けていけばいい。僕の仕事は主にそんなやり方だと思うけどね。鼻歌をもとの曲とわからなくなるまで歌うのさ。パクリだって呆れるほどあるよ」とロバートは笑う。「僕がやられちゃいけないから、どの曲かは誰にもいわないけどね
マジか、、、そんな作り方もしていることに驚きつつも、参考にさせてもらいます。
「無名の種族を代表するフォーク・ミュージシャンのようなものだね。その種族にはほかに誰もいないかもしれねいけど」
この考え方は参考になるわな、と。
「ロバートの声域の広さはすごいじゃない」とビョークは語る。「トム・ヨークにも似てるわよね、あのテナー。すごく高くて、優しい音。本当に繊細だわ。すごく個人的な、つまり個性のある声の人を探していたの。どんなかはわかるでしょ。ロックシンガーもいればソウルシンガーもいる。でも、ロバートは全然そういう人たちとは似ていない。ちょっとフォークが入ってるのかな。もちろんジャンルに収まるのは避けたかったわ。でも、もし『メダラ』にジャンルがあるとすれば、使ってみたかったのはフォークね」
BjorkがRobert WyattとThom Yorkeの近似性について言及しているのは興味深いですね。
確かに、自分が歌っていて、その2人は共感できるっていうのはあるし、声質と音楽性、その辺が近い2人も言えるでしょうね。
本当は、この他にも心に響いた箇所がまだまだあるんですが、あとはまたの機会に。
そんな訳で、是非、この本を買って、読んでみて下さい。
改めて、Robert Wyatt好きはもちろん、ミュージシャン、芸術家など、役に立ち、自分を深める言葉に溢れているかと。
